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塔の上の妃  作者: たろう
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 三度目の秋を迎えた。私は二十一歳になった。

 木々の葉は鮮やかに色づいて、窓からの景色は一年の中でもっとも華やかな季節だ。風は少しずつ冷たくなり、木々の梢を渡る風がさわさわと枯れ葉を散らしていく。

 私たちが作った刺繍や絵はどんどん増えていった。最初期の頃と今の作品とを比べると驚くほど上達していることがわかった。窓から見える景色を模写した風景画は一枚一枚季節を写し取ったかのように色味を変え、芽吹きから落葉、冬枯れの木立まで、私たちがここで過ごした時間の途方もなさをありありと見せつけた。ジョルジュの絵も子供のらくがきから絵を習い始めた子女の作品といっても差し支えない程度には上達していた。

 ある晴れた日、父からの手紙が届けられた。厚手の真っ白な封筒の表面には金箔で蔦の箔押しがされている。少しくすんだ赤い封蝋には懐かしい紋章。ペーパーナイフなどないので封を手であける。つるつるした白い便箋には父の厳格な字で弟が婚約したと書かれていた。二つ下の弟ももう十九歳になったころだ。この塔では時間の流れは恐ろしいほどに遅いと思っていたけれど、それでもこうして時は過ぎていくのだ。一日が過ぎるのはあまりに遅いのに、この三年も途方もなく長いと思ったのに、弟が大人になっていくのはあっという間だと思った。

 同じ封筒の中にもう一通色の違う便箋が折りたたまれてはいっている。開くと当の本人からの手紙だった。婚約すること、相手は小さいころからの知り合いであること、幸せになること、国を守っていくという決意が綴られていた。

 お相手は私も何度か話したことのある侯爵家のご令嬢だった。今はどんな風に成長しているのだろう。弟の二つ下だから十七歳だろうか。婚約したからすぐに結婚というわけではないのだろうが、それでも私の知らないところで大人になり夫になり父親になる弟に思いを馳せずにはいられなかった。

「マーサ、弟が婚約するそうよ。」

「まぁ、お嬢様。レイノルド坊ちゃまがですか。それは大変おめでたいことでございます。」

「婚約式には帰ってきて欲しいって。レイノルドが。」

「……。それは難しいかもしれませんね。こんな状況でございますから、国外へでることは許されない可能性が高いでしょう。」

「かもしれないわね。一応お願いのお手紙を陛下にお送りしましょう。」

「それにしてもあのレイノルド様がご婚約だなんて。王宮では皆様がお喜びでしょうね。」

「ええ、本当に。……幸せになって欲しいわ。」

 思わず口をついて出てしまった言葉に、はっとしてしまい、次の句が告げなかった。まるで自分が不幸のただ中にいることを嘆くかのような調子で呟いてしまった。とりつくろわなければと焦る。

 何気なさを装って顔を向けると、言葉を失い、口をかすかにあけたマーサが目に入った。

 完全に失言だった。マーサを悲しませたくなかったのに。

「贈り物には何を贈ったらよいかしら。誕生日にはレース編みや刺繍したハンカチを贈っていたでしょう?似たようなものじゃ特別感がないわよね。」

 私は慌てながら努めて陽気に聞こえるようにしゃべらざるを得なかった。

「レイノルド坊ちゃまはそんなこと気になさいません。お嬢様がお贈りするものはなんでも喜んでくださるはずですよ。」

「そうだといいのだけれど、さすがに似たようなものばかり贈るのは芸がないわよね。家族のみんなにも刺繍を贈っているのだから。困ったわ。ここじゃあ高価なものは手に入らないし、かといって贈れるものといったら私が作ったものだけで……。」

 あぁ、しまった。まるでここの生活に不満があるかのような発言をまたしてしまった。頭を使って会話する機会がなくなって、私は本格的にお馬鹿さんになってしまったのかもしれない。

「レイノルド坊ちゃまはお嬢様に大層なついておりました。何を贈られてもきっとお喜びになります。それにまだ時間はございます。みんなで考えればきっと良い案も浮かびましょう。」

「ええ、そうね。ありがとうマーサ。」

 それから、三人で知恵を出し合って、結局ハンカチに刺繍して送ろうということになった。父から繰り返し聞かされた王族に必要とされる四つの要素、勇気と自愛と知識と理性、それらを表す四種の古典的なデザインを四枚のハンカチに刺すことになった。

 料理人に特別にお願いして、絹の白いハンカチと普段よりもずっと良い糸を買ってきてもらった。私の宝石がもうすぐなくなりそうだった。


 しばらくして初雪が降った。朝は冷え込み、ベッドからでるのが億劫になる。ジョルジュは寒さが身に染みるとぼやき、そのたびにマーサに窘められる。

 マーサとジョルジュが一階から朝食を運んでくる。少し乾燥して硬くなったパンと作り置きを温めたスープ、ピクルスとゆで卵に冷たいハム。

 父に知られたら卒倒されてしまうかもしれない。私の部屋で三人そろって朝食をいただく。初めは食事に同席することなどできないと固辞していた二人だったけれど、今では一緒に小さなテーブルを囲むことにもなれてしまった。

 朝昼夜の三食全て一緒に食べる。国にいたころは、家族で食べるときは三つある中で一番小さいダイニングルームで、比較的小さなテーブルに座って食べた。お互いの顔が近く、会話も良く聞こえる。とてもにぎやかな食卓だった。

 もし近い距離で食べる者たちのことを家族というのなら、マーサとジョルジュはすでに私の家族だった。


 寂しい食事をことさら豪華な料理のように大げさに誉めそやして食べるのが、私たちのここ一年の食事風景だった。

「こんな豪華な食事、王宮の晩餐会でもお目にかかれないわ。」

「本当です。このハムの控えめさといったら。向こうが透けて見えそうです。ドレスに使うレースのかわりにいかがでしょう。」

「このピクルスなどヒスイのようです。アクセサリーに加工しましょう。」



「お嬢様、見てください、これを。」

「まぁ茶葉じゃないの、マーサ。どこにあったの?」

「あの料理人らが空いた部屋に隠していたんです。普段は用もない部屋に立ち入ったりはしないのですけれど、ふっと思いついて掃除にいきましたら、箪笥にしまってあったんです。」

「よくやったわマーサ。どうせ私の宝石やドレスを売って手に入れたお金で買ったものよ。私たちも所有権を主張できるはずね。ジョルジュも呼んでお茶にしましょう。」

「かしこまりました。お茶請けのお菓子がないのが残念ですが、お砂糖とミルクは調理場にございますので、持ってまいりましょう。」



「お嬢様、どうです私の絵は。ずいぶん上達したと思いませんか。」

「ええ、ほんと。人間が人間に見えるわ。でもこれ、誰がモデルなの?」

「マーサでございます。ほら、この髪と服装が。」

「ねぇジョルジュ。顔で判別できない時点で絵としては失格よ」

「お嬢様、そんなに笑わないでくださいまし。次はお嬢様がモデルになってください」

「私、時々思うのだけれど、ジョルジュはわざとこんな下手に描いてるんじゃないのかしら。次から私をモデルにするときは、対価として部屋の掃除をお願いすることに決めました。」


 他愛のない会話が、故郷にいたときには絶対に交わされることのなかった気安い、気安すぎる会話が、いつまでも部屋に満ちていた。

 

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