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塔の上の妃  作者: たろう
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 目の前に立つ塔は背の高い円柱で、その外壁は縦横無尽に走る蔦で覆われていた。傾き始めた日の光の中で、物寂しいというよりはむしろ不気味な印象を与えた。

 うっそうと広がる森の中、開けた草地の中にぽつんと立つその塔は、定期的に人の手が入っているのか、それとも私たちが移ってくるのに合わせて急ごしらえで整えられたのかはわからなかった。

 それでも、塔の周囲の草は短く刈り揃えられ、いくつか見える窓ガラスは美しく光を反射して輝いて見えた。

 せめて住めるように手が加えられていたことに、私は安堵した。第一印象ほどにはひどいところというわけではなさそうだったからだ。

 塔の内部も一見して住むのに問題ないくらいに綺麗に掃除がなされていた。私たちの後についてきた者たちが積み込まれた荷物をてきぱきと下ろしていく。

 私に与えられた部屋は塔の一番上だった。最上階全てが私にあてがわれていた。居間と応接間を兼ねた広い部屋と寝室、トイレと浴室、収納部屋がついていた。衣裳部屋はなく寝室に大きめのクローゼットが備え付けられていた。

 下の階がマーサの部屋と私のかさばる荷物が収められる部屋があり、そのさらに下の階の部屋の一つがジョルジュの部屋としてあてがわれた。詳しくはわからないが住み込みの料理人夫婦の部屋もあるらしい。

 一番下の階は塔の見張り番の仮眠室や休憩室、調理場とがあった。

 塔の入り口を警護する騎士は交代制で毎日やってくる。入口に二人が立つ。これは外からの人を警戒すると同時に、私たちが逃げ出すのを警戒しているのかもしれない。

 マーサは塔を一目見て言葉を失った。そしてこのような場所に閉じ込めるなど、と小さくこぼしたが、すぐに気持ちを入れ替えたのだろう、今は家具をどこに配置するかで采配を振るっている。

 ジョルジュは塔の周囲がどうなっているのかを確認しに行ってしまった。

 私は少しずつ整えられていく塔の中で、宰相に言われたことを思い出していた。彼は数ヶ月の滞在であり、不自由はさせないこと、手紙や希望の品がいれば、護衛の騎士を介して手配しようと言った。戻った後でこの国に私の居場所はあるだろうか。

 日が沈む前に、とりあえず私たちの部屋が住めるようになった。まだ荷物の片づけや掃除が残っているので、幾人かが空いた部屋にとまり、残りの作業は翌日ということになった。それ以外の者は馬車に乗って帰っていった。彼らを見送ると無性に心細いような気がした。

 騎士と住み込み夫婦に挨拶を済ませ、食事をした。離宮にいた時と比べようもないほど粗末な食事だったが、素朴な味で私は美味しいと思った。料理人の数がそもそも宮殿と違うし、給仕するものもマーサしかいない。見た目や品数が劣るのも当然だった。

 料理人夫婦はとても気さくで気の良い者たちであった。

 食べ終わり湯浴みをして、疲れた私たちは早々に眠りについた。



 ここで暮らし始めてからの日々を指折り数えて、今日で三ヶ月になった。離宮で過ごした時間と同じになって、私はもうあそこへは戻れないだろうと思った。

 日々は短調に過ぎて行く。刺繍をして絵を描いて歌を歌い、お茶を飲みながらマーサとジョルジュと同じ話題を繰り返す。さすがに暇すぎて脳味噌が溶け出しそうだった。知能の低下を感じる。

 体力が衰えることを防ぐために毎日塔の周囲を私たち三人と、護衛騎士の一人を加えた四人で散歩した。逃亡の意思がなくとも私たちから目を離すことが許されていないのだろう。

 今のところ宰相が言っていた通り、こちらの小さな要望は聞き入れられており、不自由の中で許される快適な日々を送っていた。

 マーサと日課にしている刺繍は少しずつ大きく複雑な模様を刺せるようになり、将来は歴史を題材とした連作を作ろうと思っている。最近ではレース編みにも手を出すようになり、教えてもらいながらクッションカバーを作っている。

 さらに一週間に一作風景のスケッチをとり、水彩で仕上げる。見える景色はどこも同じなので、変わり映えのしない絵ばかりが増えていった。ジョルジュには絵の才能が少しもないようで、少しずつ上達しているようではあったが、それでも子供の落書きのようにしか見えず、それが私たちをいつも笑わせてくれた。

 そうして夏が過ぎ秋が来た頃、いくつかの変化が起きた。

 騎士を通じて、宰相からの命により塔から出ることを禁じられた。さらに住み込みの料理人夫婦は高齢を理由に突然に暇を出された。彼らは泣きながら去っていった。代わりに来たのはこちらを警戒心を込めて不躾に見つめてくる嫌な感じのする夫婦だった。彼らは塔には住まず、通いで来るのだと言った。

 その日から食事はさらに粗末なものとなった。温かい料理は昼だけになった。朝交代の騎士と共にやってきて、夕方騎士の交代に合わせて帰るため、夜の食事は作り置いたものを食べることになった。朝はさらに酷く、パンと保存食になった。

 今まで手に入っていた画材や糸や布は手に入らなくなった。ますますすることが無くなり、精神に変調をきたし始めた頃、マーサと相談して、料理人夫婦を介して少しずつドレスや宝石を絵や裁縫の道具と交換してもらった。絹のドレスや宝石はそれと見合わない糸や絵具になった。

 手紙だけは変わらずやりとりができた。

 外出する機会がなくなり、私たちはさらに体力が衰えることを心配するようになった。そのためジョルジュにお願いして室内で軽い運動をすることが日々の日課になった。

 三人でいれば辛い現実も乗り越えられた。

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