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塔の上の妃  作者: たろう
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 三つあるうち、私が住むことになった離宮は宮殿の最も西にある一番小さなものだった。対して皇后陛下が住まう離宮はもっとも奥まった北に位置し、広大な庭園を二つ抱えるとほうもなく立派な建物であるらしかった。

 これは妻の格の違いというよりは、ありていに言えば重要度の違いであるようだ。なぜなら小国とは言え一国の王女と侯爵ご令嬢では客観的に見て私のほうが格が上であり、皇后陛下と側室という関係を鑑みても、一番小さい離宮に住まわせるというのはやはり待遇としておかしいように思われた。

 侍女のマーサも護衛騎士として残ってくれたジョルジュも口を揃えて不満を口にしていたが、皇帝陛下のお渡りのない私にはどう考えても発言力はないと思われた。不満を伝えたところで聞き届けられることはないだろうと思ったが、父に言われたように形だけでも抗議をするため、直訴のお手紙を、可能な限り婉曲な表現でしたためて侍女へ託した。

 そうして、帝国の宮殿の中では小さな敷地が私の新しい住まいとなった。宮殿に勤める侍女たちがせわしなく動き回り、何人もの騎士たちが離宮の警護であちらこちらに立っていた。初めは慣れない習慣や知らない従僕たちに傅かれ心休まらない日々が続いたが、それでも徐々にこちらの生活に溶け込んでいき、一月に満たない期間で私は完全にここの生活に馴染んだ。

 躾の行き届いた侍女たちは、少しずつ私と打ち解けるようになった。私は側室としての公務がなにかしらあるのだろうと身構えていたが、儀式や式典への出席は言うに及ばず、夜会やお茶会すら出席を求められることはなかった。

 ここにきて私は、さすがに何の仕事も与えられないのは何かの手違いでこちらに情報が届いていないのではないかと不安になった。何度か陛下宛に確認の書状をお送りしたが、長旅の疲れをいやすようにとしか返事には書かれていなかった。

 ここまで徹底的に排除されているとさすがに怒りを通り越して可笑しさが湧き上がり、もうこのまま怠惰な一生を贈ろうという変な決意さえしてしまった。実際何もすることもなく何もさせてもらえず、離宮から出ることもかなわず、やることと言ったら日がな一日豪華な食事を食べて、庭園を散歩し、図書室で本を読み、刺繍をし、絵を描き詩を作り歌を口ずさむことであった。

 日々の生活の中、私は徐々に離宮を受け持つ侍女たちの幾人かと気安い話ができるようになった。そのほかの侍女たちは私と会話することを避けるか、気安く話しかけようとする私を諫めるかだった。

 そしてしばらくすると、私の世話をする侍女たちは一人また一人と入れ替えられ、仲良くなった先からいなくなっていった。次第にほとんどすべての侍女たちがよそよそしくなった。仲良くなった侍女が次から次へと交代させられるのを見て、私は打ち解けようと努力することを放棄するようになった。

 それでも、時折風にのって遠くから女の甲高い歓声が聞こえてきたりすると、答えを期待することなく、尋ねたりはするのだった。最も大きな離宮のほうであろうか。

 私の身の回りを世話する女性たちは、二か月もすると私の個人的な話にはもはや答えてはくれなくなっていたが、それでも皇后陛下や皇帝陛下の動向は、思い出したように教えてくれた。

 ご夫婦で儀式に出席されたこと、皇后陛下が上位貴族女性を集めて盛大なお茶会を離宮で開いたこと、外国の使節を持て成す夜会が開かれたこと。私にはそのどれも関係はなかったが、確実に外界では時間が流れているのだと実感できた。

 時折交わされる皇帝皇后両陛下の動向に関する会話と祖国との手紙だけが私と外界とをつなぐ数少ない手段であった。私は定期的に皇帝陛下宛に手紙を書いた。その私の手紙は、離宮の侍女を通じて届けてもらっていたが、返事はいつも素っ気なく、当たり障りのない言葉でもって、私を気遣うようでいて全く気持ちの込められていない手紙が届くのみで、いつしか書くことをやめてしまった。せめて手紙でのやりとりを通じて、少しでもお互いを知ることができたらと思った私の期待は見事に打ち砕かれた。

 いくら陛下が私に関心がなかろうと、何かきっかけがあれば、いつかは友好的な関係を結ぶことができると思っていたのだ。

 私の故国への手紙は検閲され、帝国に不都合のある内容、つまり私が幽閉に近い扱いを受けていることは書くことが許されず、結局当たり障りのない内容でお茶を濁したような手紙しか書くことができなかったけれど、私は定期的に手紙を書いた。それに対する家族からの返事が私の心を勇気づけた。

 家族は私の待遇を常に心配し、双子国どうしの関係は良好である旨がいつも綴られていた。手紙を読むと父母や宰相、姉と弟妹のことを、気安い従者たちのことを懐かしく思い出すのだった。

 しかしそんな気やすい生活も離宮に棲み始めて三か月、突然に終わりを迎えた。



 それは残暑厳しい夏の終わりだった。良く晴れた日であったのを覚えている。いつものように侍女のマーサと護衛騎士のジョルジュとともに午後のお茶を楽しんでいるころであった。

 突然の先触れの後、この国の宰相が私の離宮へとやってきた。一月ぶりであっただろうか。

 私は彼があまり好きではなかった。もう名前も忘れかけていた。笑顔を面に張り付けて、しかし笑っていないギラギラとした目でこちらを観察するような視線が、いつも私を不安にさせた。丁寧な言葉と優しさ装って、私たちの要求を親切にかこつけた理由で拒絶する。少しも気安いところのない男性であった。

 そんな男が私の私室に入ってくると、挨拶もそこそこに離宮を出て別の場所へ移るように提案された。それは提案の形をした命令であった。何の理由も告げられず、ただ突然に一週間後にここを引き払い別の場所へ移るように言ってきたのだった。

 行き先を聞いても、落ち着いた静かなところで、こんな騒がしい場所よりも心が休まるだろうと言われた。皇帝陛下の気遣いだと。そんな気遣いなど不要であると私は言いたかった。今のままでも十分すぎるほど静かであるのに、この男は何を言っているのだろうと私は思った。

 宰相が退出したあと、マーサとジョルジュは彼と陛下をあしざまに罵った。これ以上私たちの姫様に無体を働いて許されると思っているのかと、罵倒した。

 もはや私には文句を言う気力もなかったけれど、陛下に向けて抗議の手紙だけは送っておいた。無視されるだろうとは思ったが、手紙を書いたという事実と証拠を残すことが肝要だと思われた。

 そうして私たちは急ぎ引っ越しの準備をし、質素な馬車に乗せられて離宮を後にした。たった三か月の滞在ではあったが、それでも私はそこを終の棲家として受け入れ始めていたので、いくぶん寂寥感に包まれた。

 馬車は私たち三人をのせて細く不安定な道を通って森へと進んでいった。皇帝の森と呼ばれる場所であろうと思われた。その後ろを引っ越し先を整えるための従僕が同様に馬車に乗って何人もついてきた。

 奥へ奥へと馬車が進むにつれ、私の胸に不安がさざ波のように静かに押し寄せてきた。

 

 

 

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