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塔の上の妃  作者: たろう
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 両国の婚姻式のために、私が隣国バルダテュールの首都へ向け父王と貴族らとともに皇都へ向けて出発したのは二週間前のことだった。片道一週間もかかる長い馬車の旅だった。天候などのために進行に遅れが生じることを鑑みて、少し早めに出発した。王族専用の豪華な黒い馬車に父と側近ら、華やかな白い馬車には私と侍女らが乗り込んで、ぞろぞろと大仰な列を作ってゆっくりと進んでいく。多くの従者を引き連れて。

 婚約の儀は皇帝の忙しさのために行われない旨の書状が王宮に届けられた。おそらく側室の輿入れであったことが関係しているのだろう。側室程度に時間は割けないということのようだ。私たちを見下しているのだと感じたが、それも仕方のないことだと私は思った。父や側近らは大変にお怒りであったし、実際、使者として丁寧な詫び状を携えてやってきた隣国の侯爵に嫌味の一つや二つや三つをぶつけていた。

 もしかしたら皇后の横やりが入ったのかもしれないとも噂された。過去隣国の王族が側室をもったことは長い歴史の中ではまれであったし、帝国となってからは初めてのことであった。正妃として納得できるものではないのだろうということは理解できた。

 それでも、父は国の威信のために、使者が帰るときには抗議の書状を持たせた。どれほどの意味があるかはわからないけれど、礼儀に叶わないことには断固と声を上げることが大事なのだと父は言った。

 私たちのお尻の健康を犠牲にして、輿入れの一団は皇都にある宮殿に到着した。出発から十日後のことであった。

 宮殿は私の住んでいる城などとは比べ物にならないほどの豪華さと規模であった。話に聞くと離宮が三つと美しい庭園がいくつか、私たちが式を執り行う神殿と広大な皇帝の森とがあるらしい。他にも地方にはいくつかの城まであるとか。

 なんという無駄、というのが私の感想ではあったが、権力を誇示するための装置は対外的に必要なのだろうとも思う。

 私たちが到着したとき出迎えてくれるはずの皇帝陛下は、多忙を理由に不在だった。その代わり宰相が私たちを歓迎してくれた。表情はそんなふうには全く見えなかったけれど。

 父と側近たちは再び怒り、抗議した。

 それから私たちは離宮へと案内され、そのまま結婚式当日を待った。


 私は夫となる皇帝陛下の顔は釣り書きとともに送られてきた姿絵でしか知らなかった。姿絵は常に本物よりも美しく描かれるものではあるが、それを差し引いても皇帝陛下は見目麗しい容貌をしていることがわかる。

 銀色の髪に浅黒い肌、金色の瞳をもち、背の高いがっしりした体躯の美丈夫だった。顔は信じられないくらいに整い、意志の強そうな眉と厳しい目元が印象的だった。隣に並んだ私は霞んでしまい、誰の記憶にも残らないかもしれない。

 当日、式自体は私たちの国から見ても質素なものであった。両国の高位貴族のみが招待されており、神殿の広さに対して人数が圧倒的にすくなかった。

 現皇后陛下との挙式の際にはこの神殿が満員になるほどの規模で行われ、国を挙げて三日三晩祝宴が行われたと、参加した父から聞かされていた。

 側室との挙式などこの程度のものなのだろうと私はすんなり受け入れていたが、父たちはやはり怒りをにじませていた。私としては質素なほうが緊張も少なくて助かるのだけれど。愛もない結婚式を盛大に執り行うなどどんな茶番であろうか。白のウエディングドレスに私のうすぼんやりした顔がなじんで余計記憶に残らなかった花嫁になってしまう。

 私は結婚式で初めて婚約者であり皇帝であるコンスタンティン・べデルボーエンの顔を間近に見た。現実離れした容貌にはなんの感情も読み取れず、嬉しいと思っているのか面倒だと思っているのかもわからなかった。そのため、私の輿入れが彼にとって感情を動かすような重要な出来事ではないのだと、理解した。

 この時私はうまくやっていけるかと1か月以上悩み続けたこと自体が無駄なことであったのだと悟って、少し悲しくなってしまった。

 結婚に夢を見ていたわけではなかったけれど、それでも幸せになる未来を、夫となる人と協力して未来を築いていくというささやかな願いさえ霧散させてしまった。

 初夜、私は緊張と期待と恐怖でもって皇帝陛下に呼ばれるのを、或いはやってくるのを広いベッドの上でまったが、彼と言葉を交わすどころか顔を突き合わせることさえなかった。夫となった相手はやってこなかったから。

 翌日宰相閣下がやってきて多忙を理由に来られなかったこと、その多忙により数日は顔を会わせられないことを告げられ、私は完全に自分の役割を放棄した。

 私など全く必要なかったのだと、完全に理解した。会いに来ることさえ忙しさを理由に拒絶されるとは思わなかった。私たちは結婚式の誓いの挨拶以外一言も言葉を交わしていなかった。

 父たちは式の翌日には帰っていった。王がこれ以上国をあけているわけにはいかなかったからだ。

 しかしここで大きな問題が起こった。私たちは私専属の侍女を幾人も引き連れてこの国へ輿入れしてきた。しかし、式の翌日、唐突に宰相閣下から皇帝陛下の安全の確保のために、宮殿へ他国のものを受け入れることはできないと言い渡されてしまった。

 そんな話は聞いたことがないと父は抗議したが、ご理解くださいとしか宰相閣下は言わなかった。.そうして、最後に一つの妥協点として、私の元に一人の年老いた侍女と年老いた護衛騎士が残り、それ以外はみな帰ることとなった。

 子供の頃から一緒だった専属侍女は泣く泣く故国へ帰らせた。常識では考えられない待遇を強要する帝国の離宮で、年若い侍女よりは経験豊富なもののほうが良いだろうという判断だった。

 さらに、こんな様子では侍女の結婚もままならないだろう。彼女には私の代わりに幸せになってほしかった。

 離宮には余計な問題を、つまり妃たちの不貞を未然に防ぐために、年若い男の立ち入りが禁止されていることを理由に老齢の騎士を残すことしかできなかった。

 父はもはや怒りを見せることさえせず、ただ茫然としていた。そうして悔しがった。力のない自分を、ふがいない自分を申し訳なく思うと泣かれた。

 父の涙を私は初めて見た。

 そうして、皆が帰り三人だけになって、私は離宮でひっそりと生きて行こうと決意した。

 これほどまでに蔑ろにされる私ではあるが、父が言うには、国としては優遇されているらしい。攻め込めば簡単に落とせる弱小国家を、姫を差し出した形にはなるが同盟でもってつながりを持とうという提案は、一重に隣国の首脳陣の思惑であるようだった。

 どんな裏があるのかはわからなかったが、家族を、国を守ることになるのならと、私は甘んじてこの境遇を受け入れるだけだった。

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