10
長との話が終わった後、朔夜はベルメルの家へと案内されていた。里の端に建てられたその家は小さいながらも造りはしっかりしており、手入れもよくされていた。
「じい様、ただいま!」
ベルメルは勢いよく木戸を開け、中に入っていく。その後に続いて入っていいのか朔夜が迷っていると、先にいったはずのベルメルが戻ってきて、問答無用で腕を取り中に引っ張り込んだ。
目を白黒させ家の中に入った朔夜は、部屋の奥に年老いた男がいるのに気づいた。ベルメルは最初からわかっていたようで、朔夜を連れ男の正面へと座る。
「いま戻りました、じい様」
ベルメルが報告すると、男は深く長いため息を吐き口を開いた。
「無事じゃな? ベルメル」
「問題なし。見ての通りよ」
五体満足なのをアピールし、ベルメルはにっこりと微笑む。その様子を見て本当に大丈夫なのだと察した男は肩から力を抜いた。
ベルメルは男にとって最愛の孫であり娘の忘れ形見なのだ。それがオーガに遭遇し、しかも友を逃がすために囮になったと聞いた時は、生きた心地がしなかった。いかに魔法の素養があるからとオーガ相手ではどうなるかわからないからだ。
それでもベルメルはたいした傷を負うこともなく帰ってきた。男は朔夜に視線を向けた。その視線に気づいた朔夜が顔を上げる。
「ベルメル、長から連絡はきておる。この少年がオーガよりお前の命を救ったのだと」
「ーーうん、だから里にいる間はここに泊まってもらおうと思って……。だめかな?」
月人族でもない朔夜を泊まらせることに、許可がでるのか急に不安になったベルメルは、伺うように男を見た。男は表情を緩め、ベルメルの頭を優しく撫でる。
「お前の命の恩人だ、だめなどと言うはずがなかろう。ーーーさて、少年」
「……」
「孫娘を助けていただき礼を言う。儂はリュウゲン·ハウリング、この子の祖父だ」
「桐生朔夜。礼はいい、もとはといえばこっちが……」
「はいはい、その話はいいから」
自分は恩人ではないと長の時と同じ話をしようとした朔夜の言葉を、ベルメルは途中で遮った。
「じゃあ、私はご飯を作ってくるからサクヤは寛いでいてね」
座ったと思ったらベルメルはすぐに立ち上がり、奥のほうへ姿を消した。その場に残された朔夜は、リュウゲンと一対一で顔をつきあわせることになる。
双方無言でいたが、朔夜が口を開いた。
「あの、リュウゲンさん、今回はそちらの厚意で泊めてもらえることになり感謝する。正直とても助かった」
「長からだいたいのことは聞いておる。お主も大変な目にあったようだな。こんなあばら屋でいいのならいくらでも泊まっていくといい」
家主であるリュウゲンの厚意的な言葉に、朔夜は静かに頭を下げた。