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今、目の前にある玄関の奥に居た守衛兵達が居なくなっていると思うと少しずつ落ち着きを戻し、聞こえづらかった力強いた鼓動も次第に聞こえてきた。
そろそろ鼓動も落ち着いてきた頃白衣を脱がず、特に意味は無いのだがこの姿のまま少女のところへ向かうことにした。
少女は相変わらず無表情を貫き通したまんま、無味無臭といった感じだ。
少女は私の姿を見るなり――――――特に反応は無かったし、何もしなかった。
少女の向かいのソファに腰掛けて、身を乗り出して膝の上で手を組んだ。
「なあ。」
もうこの際、呼びかけ方がどうとかそんなものはどうでもいい、ただ話をどんどん先に進ませたかった。
「へぁっ、あ………その……なんですか?……」
しかし、私は伝えたいことよりも、今何よりも知りたいことを優先することにした。
「そうだなあ、まずは君の名前を知りたいかな。ほら、まだ一回も名前で呼んでないだろ?」
少女はこの質問を聞くなりキョロキョロと手元と足元を行ったり来たりさせていた。
しかし話をふっかけて早々に悪いのだが、まず自分がやらなければならない事があった。
「そうだそうだ、私がまず名乗らなきゃならないよな。私はシオンだ。まあ、どうぞよろしく。」
少女に向かって握手を求めると少女は恐る恐る両手を差し出してきて私の手をぎゅっと握った。
その手はとても弱々しく、しかししっかりと握ってきたのはそれなりに健康な証なのだろう。
小さく可愛らしいその両手は私の手から離れてしまったが、少女の手に籠もった熱が残っているのがよく分かる。
何だか、商談みたいでただの自己紹介では無く思えてしまった。
「えっと……私の名前は…………前のところでは…サミュア……………と呼ばれていました。……もし差し支えあれば…………名前を変えてもらっても………大丈夫です。」
私と違って手を差し伸べることは無かった。
しかし、
「まさか俺と同じ、コモンネーム無しの人間とはなぁ。あんまり居ないもんだと思っていたけどいるんだな。」
サミュアは驚いたように両手で口を覆うようにしたが、少女は話を続けてきた。
「いえ……私も………まさかとは思ったのですが―――――――」
眉を顰めて足元を見るようにしてから深刻そうな表情で言ってきた。
「その………私にコモンネームが無いのは………取られたからなんです。」
「ちょっと言いづらいけど、奴隷だったからか?」
「はい。…………私たちの界隈の中ではこんな遊び言葉でよく使われていました。」
はてさてどんな言葉だ、と言い始めるのを待つ。
「家族という災厄。名前という足枷。自分という病気。そういう………言葉です。」
私は何も言えなくなり、生唾を飲み込んだ。
早く話を終わらせようとか、自己紹介だけでいいやとかそんな野暮なことは言わないし、何より言うタイミングではない。
「私たちを金で売った家族は、私たちの事を首枷のようにしか思っていませんでした。私たちのコモンネームが取られたのは、元家族は私たちと同じコモンネームを持つのは嫌だったからです。元家族にとっては妨碍だったのでしょう。私という病気を家族から取り除けていい思いだったのでしょうね。」
サミュアは悲しげに事を話すが、悲しいだけではない。
その言葉の中には確かに怒り、憎しみが混じっていた。
しかし話はここで終わりではなく、というかここから始まりといった感じで話し始めた。
「私はコモンネームもありません。自由もありませんでした。ですが、ご主人様はコモンネームは無くても自由はあるように感じられました。だから、」
一息ついてから言い放った。
「私は知りたいのです。何故、ご主人様にはコモンネームが無いのか。」
私はその質問にビックリしてしまい、又サミュアの勘が良いのかもと思ったし、もしかしたら全て見抜かれたのかもしれない。
痛いところを突かれてしまった。
「そうだねぇ、それを君に語るには私は過去を語らなきゃいけないんだけど…………しかし、人には思い出したくない物もあるんだよ……………」
「す、すいません!あの………失礼だとは…思ったのですが……………その………失礼しました。み、身分を弁えずにこんな事…………」
さっきの威厳や凛々しい目は何処へやら、さっきのサミュアに元通りだ。
「サ、サミュア。まあ気にしないでくれ。それより!それよりだ。本題は自己紹介じゃないんだ。ひとつ話をしたいんだ。」
もう、こんな暢気な話をしているは暇はなく、サミュアを急かすように話を進めた。
「この家に来て突然で悪いんだが………その、言いづらいんだが。」
「い、いえ………私になんて気を……使わなくて……」
サミュアがそういう事を言うもんだから余計に言いづらくなってしまった。
だが本人がこういっているんだ、ここはしっかりと言おう。
「君は奴隷になる前、どういう生活をしていたんだ?」
単刀直入に、でも本当に聞きたい内容は遠回しにして質問を投げかけてみた。
「……………」
ただ、沈黙が淡々と流れていくだけで私もサミュアも喋り出そうとはしなかった。
ならば、私から催促を仕掛ける事にして、
「君は―――――」
「ごしゅ――――――」
『おーーーーい!』
家の外からの声がこの家中に響きわたった。
私はともかくとして、サミュアも話し始めようとしていたみたいだし…
なんだか悪い事をしてしまったと思うにも、どうしてもそうは思えなくなってしまうのだ。
その理由は単純なものであった。
「早く出てこい!この反逆者め!」
途端にサミュアはひっ、と恐怖で体を体育座りして縮こまってしまった。
「なるほど…………そうきますか。」
こうなる事はだいたい予想できていた。
訊ねられるようなことはしていないのに、訪問していた所で何かしらの違和感はあった。
その原因はサミュアにあるではないかと、今のこの段階で気付いた。
恐怖で怯え、縮こまっているサミュアを尻目に私は行動に移すことにした。
紙とペンを持ってきて私は簡素な文を書きあげた。
お父様、お母様、私のことは探さないでください、と。
悪あがきかもしれないが何もしないよりかはマシなはずだ。
恐怖で怯え、縮こまっているサミュアの肩をぽんと叩き、顔を上げたところで手を掴んだ。
家の外からはドアをドンドンと叩く音と周りの住民のざわざわしたのが聞こえてくる。
「家に来てからそんなに経ってもいない、しかし引っ越さなきゃならないようだ。」
何が何だかわかっていないサミュアに私は平然を装って聞く。
「君は足は早い方かい?」