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5

んーー


手を枕代わりにして机に突っ伏していた顔を頑張って上げようとするが寝起きの体ではとてもきついものがある。


多少の時間はかかりつつ、顎を手の上に乗せるが如何(いかん)せん目は閉じたままだった。


目を開けようとしても、(まぶた)に重りが乗っているかの如く開けるのが辛いのだ。


目に光を感じるがそれでも開けたくない、そしてこのまままた寝たいという気持ちが高まってきた。


私はのそのそと椅子から立ち上がり、やっとの思いで開けた半開きの目でキッチンに向かった。


左右にぐらぐらと揺れながらもキッチンの前まで向かい、半開きの目から分かる少しの情報と感覚を頼りに蛇口を(ひね)った。


水の流れる線は小さいものだったが、シンクに打ち付けられるその水はこの寝ぼけた耳には轟音に聞こえた。


半開きの目のまま、手をお椀の形にして水の流れに手を差し伸べる、水は今までの動きをやめたようになり手の中に溜まっていった。


目を閉じ、手の縁まで溜まりきった水を顔に一気にぶっかけた。


眼を閉じたまんまだったが顔じゅうのしわが吹き飛ぶように感じられ、目も覚めてきた。


数回これを繰り返すと眠気は完全に吹き飛び、きょう一日がやっと始まりを迎えた。


蛇口を閉めてから、昨日のことを思い出した。


何だか現実味のある夢だったなーと思う、いやそう思いたい。


それを確認するために私は自分の寝室に向かうことにした。


昨日の夢通りだったならば、少女を私の寝室で寝かせているはずなのだ。


寝室の前まで来て、もしかしたら居るかもしれないという覚悟を決めて深呼吸をした。


開き戸のレバーハンドルをわざと大きな音を立てて回し、ずかずかと中に入っていった。


夢通りならばここのベッドで少女が寝ているはずなのだ、しかしそこには少女は寝ておらずそれどころかこの部屋にすら居なかった。


そうか、あれは夢だよな


私は心の中でそう思ったが、口には出そうとは思わなかった。


それはなぜかって?


私は部屋に体を向けているわけで、それはつまり廊下には背を向けているという事になるのだ。


私は背中に違和感を感じた、何かが背中に触れたといった方がいいだろう。


まさかと思いながら恐る恐る後ろを見てみるとそこには


「あっ…その…………お、おはよぅ………ございます…………ひっ」


私の中では夢の中でしか存在しない少女がそこに居て、私に向かって挨拶してきた。


最後にひっ、と言ったのは私が少女の肩をポンと叩いたからである。


それだけでも怖がらなくても………これじゃまるで私が何か変なことをしたみたいじゃないか。


「あー、おはよう」


頭を掻き毟りながら挨拶を返す、一応挨拶をされたら挨拶を返す習慣ぐらいは身に付いている。


このままここに居ても、少女がおどおどしているだけなので少女を客間に行くように促す。


少女は一向に動こうとはしなかったが、私が客間に向かうと少女は私の後をついてきた。


客間に来たら少女は何をしたらいいのか分からないのかそのまま突っ立っているだけだった。


少女は元奴隷だが、それでも来客としてもてなすことにした。


少女を上座のソファに座るよう勧めると、遠慮はしながらも座ってもらえた。


少女はソファの端に寄って、ただただ良い姿勢で座っていた。


それはともかくとして、私の中では絶対に座ってもらえないと思っていたのだが。


その理由というのもこの少女が自分自身の評価を低くしているところにあるのだ。


もしも、少女が客間についてのマナーを知っていたとしたら、

頑として下座に座りたがるだろう。


しかし幸いな事に少女はそのマナーを知らなかったのである。


そのマナーを知らないという事はあまり良いことではない、良いことではないのだが今に関して言えば助かったの一言だ。


私は少女と向かい合うように下座に座り、前かがみになって膝に肘を置き手を組んだ。


前の少女を改めて見るとやはり美しいと思えてきてしまう。


灰白色の髪に、10代になりたてと思わせる体躯、整った目鼻立ち、これだけ見ると可愛らしいものだが。


体中にある火傷の痕はそれとは対照的なものである。


その両方は互いを引き立たせ少女を切なげに儚げに見せつけてくる。


それにより可愛いという感情から美しいという感情に移り変わるのだ。


私がずっと少女の顔を見ていたのを、少女は何か気に障ったのかと思ったらしく


「あ、あの……すいません…………わたし……何か………変な事……」


と言ってきた。


「あぁ、大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだよ。」


もしも前のご主人様だったら、そうだよお前のせいだよ!とか言いそうだけど、私にとってはそんなことは無いので相手を心配させない程度に返しておく。


「それで本題に入りたいんだけど、君は私の所で暮らしたいと思うのかい?」


私はストレートに聞いた。


少女は姿勢を変えることなく視線だけを足元にやって考え始めた。


遠回しに聞いてもよかったのだが、そうすると本心では話さなくなるのではないかと思って一応直球で攻めてみたのだけれど……


どっちにしろ本心では話してくれなさそうだ。


少女の顔を見ると、その顔からは表情を読み取ることは難しくせめて言うなら真顔っていう感じだ。


きっと、私はどちらでもいいですなんて答えかねない。


あとちょっとすれば少女が答えるんじゃないかというところで私は誘導作戦に出ることにした。


「これは奴隷の私だからとか、仕える立場だからとか、そういう立場で答えてほしくはないんだ。君という存在、君という女の子、君という人間に答えてほしいんだ。奴隷の立場としての建前なんてどうでもいい。君自身の答えを聞いてみたいんだ。」


私は出来るだけ親身になって問いかけたつもりだ。


これでも少女は表情を変えなかったが、少し経ったうちに答える気になったのか私の方を向いた。


「ご主人様の……期待にそう形の答え方をするならば………私は……………」


そう言って黙り込んだかと思ったら少女は再び口を開き


「私はここで……………暮らしたいです。」


少女はそう言った。


「前のご主人様と比べると優しいし、気を配ってくれて私が奴隷だったという事を忘れさせてくるようでした。」


表情を全く変えずに少女は一息ついて


「でも、私はまだ……………信じられないのです。」


”信じられない”という言葉を発するのに間をあけたのは何かされるだろうと思ったのだろう。


「前のご主人様の躾はいろいろなものが多かったです。一番多くされたのは火炙りです。一日一回は火で炙られました。酷いときは私が死にかけるまで炙ってから、治療してそしてまた死にかけるまで炙って…………その繰り返しは三ヶ月続けられました。」


私は、不意にこの躾を自分に置き換えて考えてしまった。


体中にこの痛みが一気に押し寄せたようになって、私は痛みをイメージしただけなのに。


しかし決してそれは私の想像力が豊かという訳ではない、私の想像力は大体人並みぐらいだ。


ではなぜ、痛みを感じたか………それは少女の会話力である。


その会話を聞いているだけであたかも自分がその状況に立っているように感じられる。


会話力は基本的に有る、無いで判断されるが、少女のはそうではない。


そう、強いのだ。


有る、無いではとても収まりきらない、強さでしか表すことができない。


少女の目、少女の自然と出る抑揚のある話し方、少女は表情を変えていないのにここまでの会話力はきっとこれは少女の経験によるものだろう


私は少女に同情することしかできなかった。


「つまり、暮らしてもいいけど信用はできないという解釈でいいんだね。」


少女は静かに頷きそのまま顔を爪先とにらめっこさせた。


私は考える事は無く、迷いのない言い振りで話し始めた。


「確かに、私の事は信用できないかもしれない。」


私が話し始めると、少女は顔を上げ真っ直ぐな目つきで私を見てきた。


「けど、私は君を裏切らないようにする。口だけじゃ簡単だ。」


そう、口だけじゃ………


「だから、私は」


だから………


「君を幸せにしてみせる!」


私はソファから立ち上がってそう言った。


「ふぇ?」


少女は困惑を隠せないでいるが私はそのまま話を続けた。


「君が幸せにいられなかった時の分まで!君を幸せにする!」


私は言い切った。


つまり、宣言したのである。


この子を幸せにすると………


「えっと………あ、あの…………」


少女の顔は真っっっっっ火になっていた。


しかし無理やり、話を進めて


「よし!それじゃあ朝ご飯を食べよう!」


私は赤面状態の少女を後に客間からキッチンに向かっていった。

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