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少女はゆっくりと、爆弾でも扱うかのようにパンに手を伸ばそうとしたが私の方を見るなり、またゆっくりと手を膝の上に置いてしまった。
どうかしたのかと問い掛けると少女はゆっくりと口を開き始め言った。
「いや………あの……わ、私は前のご主人様に仕えていた時にご主人様よりも早くご飯を食べてはいけないという掟がありまして…………それで………」
そんな掟があること自体私は不思議でならないのだが……やはり奴隷というものはそうなんだろうか。
そうでなければならないのだろうか、否それは違うのではないかと私は思う。
しかし、この悪しき風習が治ることは無く、その証拠に私の目の前には目も向けられないくらい悲惨な火傷の痕がある少女がいて、奴隷。
少し不謹慎かもしれないし、さっき言ってた事と違うじゃないかとか言われそうだが、私にとってはとても刺激的であり興味をそそられる状況である。
恐らく少女は私が食べなければ食べようとはしないのだろう。
昔から教え込まれた癖はなかなか抜けることはなく、人の性格や癖は住む場所に依存するというが確かにその通りだと思っている。
ただ、まだこの家に来てから数時間しか経ってないこの状態で今までの癖が抜けるわけもなく、こういう状況に陥ってるのだろう。
手元を見て私が食べるのを待ってる少女に分かるようにはっきりとした声で
「じゃあ、私が食べたら君も食べてくれるかい?」
そう、少女に問うと少女は下に向けていた視線を前の私に向けて、そして向けた視線をすぐに私の顔から外して
「……あっ、あの……前はそうだったのですけど…その………ご主人様は……私が食べることを…許してくださいますか?」
「もちろんだよ。まあ、本当は全然先に食べてもらっていいんだけど………でもそれで食べてくれるのなら私はそうするよ。」
………なんか話がおかしくなってる気がする。
いや、別に話はおかしくなってはないんだけどどっちが遜っているのか分からないというか、どちらも遜っているというかなんというか。
けど、こんな自分の考えに耽っている中でも少女は食べられないでいるんだ、早く食べることにしよう。
目の前にある皿に適当に盛られているパンにバターを塗ってから―――――うん、やっぱりいい匂いがするしこのすききった腹を刺激してくる。
「じゃあ、いただきます。」
この言葉の後に私はパンの両端を持ち口に運び、噛んだ。
噛み締めた瞬間のパンの感触と味を味わいながら私は改めて思う。
―――――やっぱりパンにバターは最高だ!
私が食べたのを見計らって少女もパンを持って口に運んだ。
私が食べているパンはさくさくといい音をたてながら、そしていい匂いも醸し出しているのだから少女は口いっぱいに頬張るものだと思っていた。
否、そんなことをする訳がなかった、というかそんなことをすると思うのが甘かった。
少女はパンを食べてから一言
「おいしいです。」
それだけだった。
その淡白な感想で喋るのは終わりであとは静かに食べていた。
部屋にはパンのさくさくという音が響いていただけで食事は終わった。
「ごちそうさまでした。」
「ごちそうさまでした。」
ほぼ同時に食べ終わったので同じくらいの時間で食べ終わることができた。
ふと、窓を見ると外は真っ暗で部屋に掛けてあった時計を見ると11時を回っていた。
さっきまで暗かったのに時間はあっという間だと思ったけど、そうだ今の時期は日が出てる時間が長いのを忘れていた。
「そろそろ寝ようか。」
少女にそう問い掛ける。
「ご主人様がそう…その………おっしゃるのなら、私は……そうします。」
この答えは大体予想通りなのだが―――――
私が今まで寝ていた所はベッドで、ここからが問題なのだが実はこの家にはベッドのような寝る所はそのベッドしかないのだ。
私はそのことが思いついてから、私が椅子なりなんなりで寝ればいいじゃないかと思ったのだが………
しかし、さっきの食事を見た感じあの少女が素直にありがとう、と言ってベッドで寝るはずがない。
ただ、椅子とかに座っている所を想像すると私が耐えれそうにない。
「君はベッドで寝てくれ。私は椅子で寝ているから。」
無理やりにでもベッドで寝させる作戦を取った。
しかし、予想通りの答えが来た。
「いや、大丈夫です。」
と声は小さいもののはっきりとした声で答えた。
こんな受け答えは聞いた事は無かったから少し戸惑ってしまった。
「あっ、…その………あの…………すみません。」
その様子に気付いたのか、少女はすぐに謝った。
「いや、謝らなくて大丈夫だよ。」
少女はありがとうございますと言ってからまた自分の手元を見てそのまま黙り込んでしまった。
さて、どうしたものか。
このままだと停滞、この膠着状態を打破するために何か改善策を考えなければならない。
私は少し考えこんでから、このどうしようもない状況を打破する解決策を考え付くことができた。
少し、心が痛むところなのだがそこは我慢して言わなければならない。
私は言うかどうかを迷いつつもやっと言い出すことが出来た。
「ご主人様の命令だったら?」
少し脅迫になってしまっているがしょうがない、それにベッドで寝てもらうにはこれしかないからな。
少女が動揺するものだと思っていたがそんなことは無くすぐに聞き入れてもらえた。
「わ…分かり……ました。」
こうして少女が納得してから私は席から立った。
ベッドがある場所まで案内する、と言うと少女も私に続いて席から立った。
ベッドがある部屋はとても質素な感じで使っていない部屋を連想させるが、別に使っていない訳ではないので汚くはない。はずだ。
「本当にここで寝ていいんですか?」
と心配げに私に問いかけてきたが、私は笑顔で
「もちろんだよ。さあ、布団に入りなさい。」
と言って少女の頭を撫でた。
心なしか少女の顔が赤くなったように感じたが気のせいだろう。
布団に入ったの見計らって私はドアの前に立って
「おやすみ。また明日。」
と言って部屋の照明を消してからこの部屋から出た。
また、さっきの椅子に座るとどっと疲れが押し寄せてきた。
別に今日はこれと言って大きな事をしていないのだが。
しかし、深く考えるのはやめた。
これ以上考ええると今以上に疲れが溜まりそうだからであり、それと
「もう―眠いー。」
単純に眠たかったからである。
そうだ、少女の名前を聞き忘れたと思ったがその事は押し寄せてきた眠気と同時に消えてしまった。