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2

この後、ヴェクトルは仕事があるからと言って直ぐに帰ってしまった。


この家には私とこの少女しか居ないことになってしまったのである。


・・・・・・なんというかとても気まずい。


しかし、それは当然だと私は自分に言い聞かせる。


会った事も無い少女でしかも無口と来たもんだ、話しかけてもただ黙っているのが目に見えてる。


取り敢えずは椅子に座らしといて、私は紅茶を用意すると少女に一言言うと


「あ……あの………私なんかが………その…紅茶を飲んで……良いのですか?………」


と両手を体の前で軽く重ねてから、少女はそう言った。


その表情からは若干の恐怖を感じているというのが分かった。


優しくされるのに慣れていないようで、前に仕えていた人間がどういう事をしてきたのか、やはり奴隷のように扱っていたのだろう。


「まあ、取り敢えず待ってて。」


と、簡単に少女に言うと二度目の言葉だったからか、テーブルの手元の縁に目線を行かせ黙り込んでしまった。


私はキッチンに行って沸かしておいたお湯をティーポットに入れた後、用意しておいた2つのカップにお湯を移してから少し待ち水を切った。


茶葉を入れた茶漉(ちゃこし)付きのティーポットに沸騰寸前にしたさっき残したお湯を一気に入れた。


また少し待ってからカップに紅茶を淹れた。


今淹れた紅茶はダージリンとかいう紅茶らしいが、私には美味しいという事しかよく分からない。


しかも、淹れ方についてもよく知らないがこれは従来のやり方とは違うらしい。


カップをソーサーに置いてから、私は少女の居る部屋に向かった。


「どうぞ、飲んで。」


しかし私がそう言っても少女は口が開いているかどうか分かるくらいの口の開きで、ありがとうございますと言うだけだった。


少女の顔はとても怪訝そうに私を見るだけで、一向にカップに手を伸ばそうとはしない。


ヴェクトルは奴隷だと言っていたが、確かにそれはその通りだとしか言いようがない。


前のご主人様とやらの躾はだいぶ厳しいものだったのか、全く飲もうともせずそれどころか少女は微動だにしなかった。


しかし、私もまだ飲んではいないのでそれは如何なものかという感じだが。


わざとらしく音を立ててカップを持ち紅茶をすーと口の中に運んだ。


やはりこの紅茶は美味しいなんて思いつつ少女の方に目をやると、それでも何をしようともせずただテーブルの縁を眺めていただけだった。


もう、私にはどうすれば良いのかが分からなかった。


まず、第一に奴隷なんてのを扱った事が無いのだからどういう事をさせればいいのか、全く分からない。


座っている所から振り向いて後ろの窓を見ると、もう日は落ちておりその代わり月が上ってきていた。


ぐるるうぅぅ


「………………」


私はその風景を見て、不覚にも腹を鳴らしてしまった。


私の中では夜を感じると夕食を食べたくなる衝動に駆られるのだろう。


恥ずかしくなってふと少女の方に目をやると、


「……………………」


さっきの私と一緒、黙り込んだままだったが別に私の腹の音が聞こえなかったという訳ではなさそうだし。


だが、さっきの私とは違い恥ずかしさによるものではなく、ただたださっきの沈黙を守り続けているだけだった。


ただ、腹が減ったのは事実である。


人間は朝、昼、晩の三食を食べて生きている、無論私は人間だしそこの少女も人間である。


私は席を立ち、少し考え事をしながらリビングとキッチンの間を行ったり来たりしていた。


今日の夕飯について、私は大食いっていう訳でもないし少食って訳でもないので食べる量は一人前だと思っている。


それに夕食を作るならこの少女にも夕食を作ってあげなければ、と奴隷に対する対応ではないように思えてしまうが、今の少女は奴隷ではなくただの少女だ。


質素で必要最低限な食事ではなく少女前の分の夕食を作ってあげなければならないが、たかが少女一人だ。


自分のいつも作っている量に半分くらい足せば、少女はお腹いっぱいにできるだろう。


しかし、今の話は少女が夕食を食べるという前提であるわけで実際には食べるかどうかは分からない。


さっきの紅茶みたいに手を付けないでそのままというのもありえる。


だが、それは困るので私は少女の方を横目に見ると少女はさっきと同じで状況を述べる必要は無かった。


しかし、私も不覚だったがそれ以上に少女にとっては穴があったら入りたくなるぐらい恥ずかしいと思うかもしれない小さな出来事が起きた。


ぐるるるるううぅぅぅ


さっきの私と同じような音が鳴ったが、しかしそれは私のものと比べれば大分大きな音で、しかもさっきまであんなに小さな声で話していたと思うと少し想像しづらくなってしまう。


私が少女を見る瞬間に腹は鳴ったので、そのまま少女を見ていると鳴った直後から徐々に顔が赤くなってくるのが分かる。


それでも頑張って平然を装うとして何事も無かったような顔をしているが、やはりいくら昔に奴隷扱いされても根はやはり女の子なのだ。


そんな可愛い姿を横目で見ているのは勿体ないので少女に近付き、そしてそれをきっかけに少女に質問をすることが出来たので私にとってはいいタイミングで腹を鳴らしてくれたと心の中で感謝した。


私は聞くまでもない事をわざわざ聞いた。


「私はお腹が減ってしまったからこれから、夕飯を食べようかと思うが君はどうするんだい?一緒に食べるかい?」


少女のすきっ腹に私の声が響いたのか、それともお腹が減ってないのか、お腹を抑えて、表情はあまり変わってないが少し睨んでいるように見えた。


私は解答を待っていたが、少女は一向に喋ろうとはしなかった。


私はこのまま、答えるのを待ってもいいのだが空腹には勝てないので少女を座らせたまま私はキッチンに向かった。


キッチンに向かう時にちらっと少女の方を見たが、空腹に頑張って耐えているように見えたが、表情は真顔だった。


今日はなにを作ろうかと食料棚を見ながら考える。


もうずっと一人暮らししていたもんだから、ろくな飯をあまり作っていなかった。


むしろ、作らなすぎていろんな料理の作り方はほとんど忘れてしまった。


まあ、全て忘れているという訳では無いので何種類かは作ることが出来る。


「…………あ!そうだあれを作ろう!」


考え込んだ末に作るものがやっとこさ決めることが出来た、というか思い出すことが出来たと言った方がいい。


早速料理に取り掛かるべく左手でパンを無作為に掴み、地下貯蔵庫にあるバターの入った容器を右手で取り出した。


私はその食品たちを取り敢えずキッチンに置いた。


私は作ろうとしているのはただの焼いたパンだ。


考え込んだ末に思い浮かんだ料理が焼いたパンとは、ちょっとやばいんじゃないかと思われたと思う。


いや、自分でもよくこんな思わせぶりな結果を出せたと思うが、それでも許して欲しい。


まあ、特には言及をしないでくれ。


けど、美味しいのは確かで手っ取り早く作れる夕食でもあるのだ。


釜に薪と紙や新聞紙を入れて、火を起こしたマッチ棒を中に入れた。


今回はパンしか焼かないので薪も少なめにしておいた。


内壁のレンガが白くなったのを確認してから、薪や燃えカスを取り出し、火床を濡らしたモップで拭いて焼き床を作ってからパンを3つ入れた。


パンは焼かれてから売られているものだが、それだと柔らかいので改めて焼くのだ。


釜の中はとても熱く、パンはすぐに焼き上がりそうな勢いで、釜から立ちこめる匂いはこの空腹のお腹を刺激してきた。


焦げないようにずっと見張っていたけど釜の火力は大分強かったのですぐにパンは焼けて、見張りは少しで終わった。


パンを釜から出すと、香ばしい匂いがキッチンに立ち込めてきた。


匂いだけでお腹いっぱいになりそうだが、やはり食べた方がもっと満足するのだ。


皿にパンを盛ってからまた、少女の居る部屋に行った。


私は少しニッコリした顔で部屋に入ると、まだ会って間もないのに見慣れたこの無表情な顔で椅子に座っていた少女はさっきと同じく良い姿勢で座り続けていた。


私は向かいの椅子に座り皿をテーブルに置いた。


少女のリアクションは私が皿を持ってきた時と何ら変わりはない。


私は改めて少女に


「本当にお腹は減っていませんか?」


と質問するが少女は首を小さく横に振るだけだった。


「あくまで、君は自由の身だ。といっても実感が湧かないだろうと思うがそれは本当だ。君は自由でもう奴隷じゃないし、私は奴隷として扱う事も無い。それは神に誓ってもだ。」


少女の表情には特に反応は無いが、どうやら話はしっかり聞く気らしく私の方を見てくれている。


だが、それでもまだ信用は得ていないのか私の顔を見て話を聞いている印象は無い。


「私は君の過去に何があったのか詳しくは知らない。私が知っているのは君が私の元に来る前は奴隷だったということ、それぐらいしか分からない。君の状況を見れば私への信用は感じられない。」


少女は私の名前を知らないし、その逆もまた然り。


だから、尚更(なおさら)簡単には相手に自分の身を許すことは出来ないし信用なんてもってのほかだ。


でも、


「……………けど、今日だけでも私を信用してくれませんか?」


私はさっきの声よりも丁寧に、それでいて響く声で私は訊ねた。


少女の表情は変わりはしなかった。


だが、私には少し感じ取ることが出来たのではないか、例えそれが言葉に現しづらくても。


「一緒にご飯を食べませんか?」


少女は小さく首を縦に振り私の顔、ではなく少し下の胸を見て


「本当に………わ、私が……食べていいんですか?」


恐る恐るという感じで、今にも喋らなくなりそうな声音だったが恐らく勇気を絞り出したのだ。


私は満面の笑みで言った。


「もちろんだよ。」


少女は表情を変えずに目の前にある皿を見てから小さな声で言った。


「いただきます。」

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