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薄暗い小さな路地には所々照らされていて、そこには小さな虫と数人の人が群がっていた。


虫は光のほうに。


一方、その人たちは灯りに照らされているその場所に引き寄せられていた。


「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。いろどりみどりの物をそろえてるよ~。」


ここには、店主の言う通りいろいろなものを取り揃えていた。


見たこともない食べ物、見たこともない何か、見たこともない生物、そんなのが所狭しと並んでいた。


しかし、その中にも見たことがあるものが売られている。


そして、普通では絶対に売られないものも売られていた。


だがこの店、いや、この通りを見渡してみると確かに売られていてもおかしくはない空気ではあった。


「まずはこの三頭犬ケルベロスの心臓だよー!」


周りの人たちはこの声を聴くなり、「おおぉー」と小さな歓声をあげた。


群がる人たちの様子を見る限り、小さなオークションのようになっており「まずは100万からだよ~。」という一言から始まり、「120万だ!」「いや、俺は150万だ!」「いいや、俺は………」


競りを彷彿とさせる会話をしているのは、この通りでは日常茶飯事なのだ。


真昼間だというのに、この通りは黒に包まれている感じがして、まるでここでは夜とかそういう雰囲気がする。


しかし、今、まさにこの瞬間にこの場所に似つくわない人間が、この場所に立ち入ろうとしていた。


この世界の裏であり、暗がりであり、影であるこの場所に、この世界の表で、明るみで、光である所から来たのだ。


「それを1000万でください。」


淡々とした声で、この生の状態で出されているこの内臓をものともせずに自分の声を店主に届かせる。


周りの客たちはこの男の声を聴くなり、とたんに静まったがほんの少し経つと、「やべぇよ」「こいつすげぇな」とざわざわし始めた。


店主が、「他には?他にはいないのか?」と、呼びかけるが周りの客たちは何も言わずに沈黙を守るだけだった。


「では、そのあんちゃんがお買い上げだ!」


店主がその言葉を発すると、客たちはやれやれといった感じで


「やっぱあんちゃんには敵わないよー」と男に向かって称賛の声を上げ始めた。


男は少し賑やかになったこの場をまあまあと両手を出して鎮めた。


男は店主と話をつけて、その商品をその男の家に届けるように頼んだ。


周りはまだ少しざわざわとしていたが話をつけ終わった男がその場から離れようとすると周りにいた客たちは男を優先して通すように広がった。


「やっぱあのあんちゃんすげぇよな。」


「なんでも、医者をやってるていう話だしなぁ。」


「そんじゃあ、儲けはでかいのか…………だからあんなもんも高い金出してすぐ買えるのか。」


「ああ、だがあの使い道を知ってるか?」


「さあ、なんだろうな。俺らが知ったこっちゃないだろう。」


客達はそのまま大通りに出ていく医者?の男を横目で見送りながら、また新たな話を始めた。



「ただいまー。」


この言葉は、自分の帰る所に居る人達への合図であり、信号であり、通知であり、それでいて自然と返事をさせる、呼応の"呼"の部分でもある。


しかし、それはその自分の帰る所に人がいてこその言葉。


否、この声の主にはそんな仲の良い、或いは仲の悪い同居人などが居るなんてことは無いのだ。


居なくて当たり前、居ないのが日常、言うなれば日常を平穏に過ごすにはそんな同居人はいらない。


ならば、何故"ただいま"などと言うのか、今の説明を聞いた人ならば思い浮かぶ質問ではないのだろうか。


勿論もちろん、防犯上での対策でもあるし、しかし本当の意味とするならば意外と簡単なものであり、馬鹿馬鹿しいものである。


その理由を、いざ自分で言うとなると恥ずかしい気持ちでいっぱいになり、虚しい気持ちにもなる。


まあ、理由は簡単で『独りで寂しいから』だ。


こんなことを思っている今も少し虚しい気持ちになってしまうのだから、やっぱりネガティブな考えは持たないものだ。


玄関から居間に行って、服を着替えながら考え事に耽っていると、また新たなことを思い出した。


そう、それはついさっきの出来事あり、ついさっき終わらさせてきた契約でもある。


私は先程の小さな路地で私達人間とは別種族の心臓を手に入れた訳である。


あの店にとって、私は常連客なのである。


基本的に手に入らない、器官の中でも循環器系、呼吸器系、運動器系を扱っており私の仕事上ではよく使う器官でもある。


ここまで聞いて分かった人もいるだろうが、私の仕事は医者だ。


しかも、こんな器官とか扱っているんだから普通の医者ではなく、闇医者でもある。


この闇医者でもあるという表現に疑問が生まれると思うが、私は医者でもあり、闇医者でもあるのだ。


内容としては真反対であり、ついとなる存在のはずなのにそれをどちらも仕事にしているのは、まあ色々あったからである。


1、2年ほど前だったか、私は色々な人間に追われていた。


捕まれば奴隷に、又はそれ以下の扱いをされるかもしれないぐらいその時の状況は酷かった。


まあ、詳しい事なんて思い出したくもない。


日がそろそら落ちてくる頃、先程の店主はいつもこのぐらいに訪ねてくるのだが、来るにも全く気配がないしどうしたのだろうか。


そんな事を考えていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


突然のノック音に、少しビクッとしながらも心を落ち着かせながらドアに向かっていった。


「ヴェクトルさんですか?」


尋ねるとすぐに答えが返ってきて、


「はい、そうです。」


と、簡単な返事で返してきた。


それなりに続いている付き合いだ、この返事に礼儀がないなぁとかそんな事を考えることは無い。


ガチャッと音を立ててドアを開くと、そこにはさっきの店主――――ヴェクトルがそこにいた。


しかし、いつもの様子ではなくなんだか違うものを感じられた。


それは雰囲気がどうとか空気の動きではなく、実体的な変化を目に見て感じることが出来た。


私から見て右前、ヴェクトルからすると左後ろにその変化の大元が見受けられた。


「………………………!?」


女の子がいた。


簡単に簡潔に手っ取り早く教えるとするならばこの説明で取り敢えずいいだろう。


詳しく言えば、白い雪のような肌、白が少し強めの灰色の髪、しっかりとご飯を食べているようには思えないほど華奢な体つき。


しかし、それ以上に目を引きつかせたのは体のいろんな箇所にある火傷の痕、首や手首足首に付いた縄の痕。


その体に付いた痕はその少女の今までを物語っていた。


「ヴェクトルさん!なんで……なんでそんな少女を………」


私は仕事という中で今ヴェクトルと会っているだけで、この女の子には何も接点がない。


しかし、この子は()()()のように見えてきて……


私は咄嗟にヴェクトルさんに向かって拳を向け、走らせていた。


ヴェクトルは戸惑った顔で私を見ていたが、私の拳を避けるような雰囲気ではなかった。


「や、や………て」


言葉全体を聞き取ることが出来ず、何を言っているのかはよく分からなかった。


しかし、少女のそのか細い声は私の憤りに関係なくこの空気に通じ私の耳によく聞こえてきた


私はその声を聞いて、我に帰ることが出来た。


私はヴェクトルの陰に居る少女を呆気に取られた顔をして見つめてしまった。


「あ………その……すみ………ま………せ」


少女は申し訳なさそうな顔をして弱々しいお辞儀をし、ヴェクトルの後ろに隠れてしまった。


「先生、そう焦んないで。取り敢えずその拳を閉まってくれますか?そのあとはちょっと落ち着いてから話しましょう。」


「す、すみません。」


私は少し不機嫌気味に答えたが、ヴェクトルは何も悪くないし、悪いのは早とちりした私だ。


右手を自分の体の横に戻してから、私はヴェクトルに家の中に入ってくるよう促した。




「まあ取り敢えず先生、今日の仕入れ品持ってきました。」


私はヴェクトルに先生と呼ばれている。


「あ、ありがとう。さっきは済まなかった。しかし、その子は?」


私の問いかけに対しヴェクトルは少し申し訳なさそうに、


「いやあ、実はねぇ。この子は仕事仲間から譲り受けたもんで。けど私はお生憎様奴隷なんて欲しいなんて思わないし、痛めつけたいとも思わないから、取り敢えず飯は与えていたんだけど………仕事柄面倒が全くと言っていいほど見れなくて。だから先生のところに持ってきたんですよ。先生なら面倒見れるかなあと思って。」


そうか、それでその子を。


別にヴェクトルがこの子をここまで傷つけた訳では無いのか。


「私は全く大丈夫だが、その子はどうなんだい。」


「だってよ。」


ヴェクトルはいちいち話すのが面倒らしく適当に少女に話を回した。


少女は顔色を何一つ変えずに


「……………よろしくお願いします。」


と、か細い声で答えた。


突然なあなあで始まったこの同居?生活に始まりを全く感じず、私はぼんやりとしながら頭を掻くことしか出来なかった。

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