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この道は1回しか使ったことがなくて、足音が家の中に響くのかもよく分からない。
いや、響く事はないだろうがそれでも念には念を入れて最初の方は、走らず進んだ。
しかし洞窟というだけあって、外は暑いのにも関わらず中はそれなりに冷えてるし、人によっては寒いって感じるくらいだ。
私はそれを隣にいるサミュアから感じ取ったのだ。
なにしろ、両方の二の腕を押さえて少しではあるが震えていて,、それはもちろん恐怖に対してのもあるんだろうが寒さによるものもあると思われる。
サミュアの恰好を改めて見ると麻の布で織られた簡素なキャミソールワンピースを1枚来ているだけで他には何も着ているようではなかった。
靴はもちろんのこと、見た感じだと下着も着ていない感じで本当に最低限の恰好をされていたようで、人間ではなく奴隷として生かされてきたのが分かる。
私の靴が石を蹴る音がこの洞窟の中ではよく響く。
「サミュア。ちょっと待ってくれ。」
自分の思っている以上に響いた声は、サミュアをすぐに呼び止めてくれた。
「ひぁ……す、すいません。」
サミュアの謝り癖は特に反応するのはよしておいて、私は自分の着ている白衣を脱いでから、サミュアの肩にそっと羽織らせた。
しかし、サミュアの身長が低いのと白衣が長いタイプのものだったのが重なって、いざサミュアに羽織らせたら結構裾が地面についてしまった。
流石にこうなったのにサミュアは何も言わない訳がなく、後ろから追手が来ていないか確認している中、私の肩を叩いてから
「あ、あの………これでは……ご主人様の………お、御召し物が…………汚れてしまう……の…です………が。」
少しずつ遠くなっていった声だが、この洞窟に反響した声で何とか聞く事が出来た。
少しも考える事は無く、私は即答で答えた。
「そんな事は気にしなくていい。今、考えるべき事はあいつ達から逃げる事、安息の地に進む事、安全地帯に留まる事。そんな事は気にしなくていい。」
それでも不服そうに私の方を向いて、
「でも―――」
「服の事は大丈夫だ、袖の部分を汚そうともそれで使えなくなるわけじゃない。汚れていない部分を使えばいいだけだ。なっ?」
言葉を遮って話して、どうにか同意を得ようとするがサミュアがどういう反応をするかどうか。
だが、少し強めに言ったからか直ぐに縮んでしまい、
「あ……う………す……すみま………ん。」
サミュアはしゅんとしてしまった。
サミュアは恐れているのだ。
それはこの追われている状況だけでなく、この私からの恐怖もあるのだ。
今まで、色々と忙しく自分でも忘れていたがそうだった。
サミュアは元奴隷であり、私より前に仕えていた人に奴隷という立場に相応の扱いを受けて人生の半分を生きてきたのだ。
どんなに優しくても神様でもない限り自分というものを曝け出す事は無いだろう。
いや、例え神様でも曝け出しそうにもないし、まず自分があるのかも分からない。
あるかないかでは無く、あった物が崩されてしまったのでないかと思う。
私を恐れている理由は昔の主人と私の姿を重ねているが故、同じ事をされてしまうという恐怖に怯えている。
私が少し強めに言っただけで、縮み上がってしまうのはもうどうしようもない。
だからといってこのまま、事を進めるのもあまり居心地がいいとは言えない。
しかし、何も思い浮かんでいないという訳でもない。
普通に表向きの医者もやっていたので、女性や子供に会うことはしばしばあった。
確か、親子だったかどうか、子供が注射を嫌がっていやだいやだと騒いでいた時、子供とはなかなか話したことがなかった私が落ち着かせることができるわけがない。
何とか、落ち着かせる為にその子の母親とコンタクトをとっていたが落ち着かなかった。
どうしようかと頭を悩ませていた所で、母親が行動を起こしてくれた。
「はいはい、泣かないの。お母さんがそばにいるよ。」
そう言って、子供の頭を撫で始めたのだ。
これで子供は何とか泣き止んで落ち着いてくれたしその後も何事もなく進めることが出来た。
そう、これを今実行するのだ。
状況は違えど、効果はてきめん!少しは雰囲気が変わるはず!………多分。
特に緊張は無かったが、でも少し手が震えてしまうし、なんか変な感じになってしまいそうなのだが。
それにサミュアが嫌がる可能性も無いとは言い切れない。
しかし、この感じが続くのも嫌だ。
早速行動に移そうとサミュアの頭に手をのせ―――――――
ようとしたら、サミュアが道を進もうとしてしまった。
「なっ。」
ついそう言ってしまったら、サミュアがこちらを向いてやってしまったという感じで顔を徐々に青くしていった。
「す………みま……ん…………ご主………人様より………ま、前を……………歩いてしまい……」
もっと状況が酷くなってしまった……
もうこうなると撫でる撫でないとかそんな事どうでも良くなってきた。
とにかく進もう。
そう思った私はサミュアに一言。
「いや、気にしなくていい………進もう…」
私は静かに歩き始め、後ろからの急ぐような足音を聞きながら道を進んだ。
2つの意味でこれからどうなるのだろうかと、洞窟の天井を見てから溜め息をついた。