プロローグ
おはようございます、ご主人様。
昇った太陽は家の窓から私に顔を見せて、私の顔を見ようとする。
誰もがこの状態で朝を迎えることになるから、特別な事っていう訳では無い。
しかし、このハキハキした声は私のだるさを吹き飛ばそうと試みており、案の定私は、そんなこと知らんと言わんばかりに掛けていた布団に、更に体を埋め込む。
声の主はこの光景を見て、呆れるだろう。わざとらしく、大息をついて早く起きてもらうのをアピールしているんだろう。
まあ、そんなんで起きるわけないし、本人も分かっているだろう。
こんな光景は他人から見たら、非日常だが毎日のように体験している私から言わせてもらえば、これはただの日常だ。
何故、皆が非日常を求めるのか。
非日常を求めることは同時に娯楽を求めているのではないか。
娯楽を楽しむことは、非日常を楽しむことになって、それによって自分が満たされるのではないか。
まあ、私の見解なのだがね。
先程の声の主は女性であり、その声を聞けば毎日聞いている私以外でも分かるはずだ。
このまま、寝たまんまでもいいが、生憎私は暇人ではない。
仕事をしなければならないし、ご飯も食べなければならない。
それに、彼女に迷惑をかけてしまう。
しかし、そんなことを彼女に言おうものなら、「さっきの段階で起きればいいじゃないのかい?」なんて言われるのが、分かる。
私は、上半身だけを起こして伸びをした。
私の右手側にいる、カレンはそんな私を見てニコッと笑い、何も言わずにこの部屋から出て行ってしまった。
カレンを追う為に、敷き布団から這い出て今度は体全体で伸びをして、寝ぼけ眼をこすった。
私は水道まで行って、蛇口を捻って皿の形にした手に水を溜めて顔に一気にぶっかけた。
鏡を見ると顔は雲が晴れたようにスッキリとしていて、今日1日に向けてやる気になってきた。
すっきりとした顔と心で居間に向かうと、真ん中のテーブルに置いてある半月盆に今日の朝ごはんが置かれている。
他には、箪笥が一つ置かれているだけ。
それくらいしか目立つものは無い。
おかげでこの部屋はだいぶ広く感じる。
カレンがこの家に来てからまだ日は浅いが、食事のマナーを覚えてきたようだ。
左手側には白米、右手側には味噌汁、そして正面には鮭の切り身が配置されていた。
質素な食事だが朝にはこれでちょうどいい。
座布団で正座をしながら、カレンが来るのを待つ。
台所からカレンは、おそらく自分で食べる分のご飯が乗っかった半月盆を持ってニコニコしながらこちらに向かってきた。
幸せな気分なのだろうか、カレンは自分の前に座ってくるなり、
「ご主人様、朝ご飯を食べた後はどうなされますか?」
と、いつもどうりの質問を私に投げかける。
これから、ご飯を食べようとする時に仕事の話をされるのは少しきついものがあるが、まあそれでも私のことを思って言ってくれているのだろう。
「今日は3人ほど来られる。午前中に全部終わる予定だから、すぐに準備しよう。」
私の言葉を聞いてカレンはおなじみともいわんばかりにニコリと笑って見せた。
私はカレンの顔を見ると、カレンも私の顔を見て同時に息を吸って、声を合わせて言った。
『いただきます!』
カチャカチャと箸を持つ音が立ち、私はご飯に手を付け始めカレンは味噌汁に手を付け始めた。
いつも食べている味でとても安心してきて、自然に笑みがこぼれてきた。
「うん、うまい。やっぱりうまいなぁ。」
つい呟いてしまってさっとカレンのほうを見ると、カレンも当たり前のように微笑んでいて、
「私の作った御飯でここまで喜んでくれるのはとてもうれしいです。」
微笑みながら箸を進めるところを見ているだけでとても幸せなことが伝わってくる。
他愛もない話を続けながら御飯を食べていると、ご飯はいつの間にか食べ終わっていて、しかしそれでもカレンとの話は面白いから20分くらい話し続けてしまった。
部屋にあった時計を見ると仕事まであと30分ぐらいだったので私はカレンと最初の仕事の準備に取り掛かり始めた。
今はカレンにも私の仕事を手伝ってもらっている。
ここに来たばっかりの頃はまだやらせてなかったけど、時間が経つにつれカレンの方から私の仕事を手伝いたいと言ってきた。
確かに、私はカレンがこの家に来てからこれといった事をやらせていなかった。
準備ができて私はドアの前に立ってふと後ろを見る。
そこにはやはり当たり前のようにカレンが立っており、私の顔を見て
「では今日もよろしくお願いしますね。」
にこりと笑った。