第九十話 王都潜入
「よし、通っていいぞ。次の者――!」
と、衛兵の一人が、俺を指差して手招きをした。
ここは連合王国王都ルード・ヴォル・ヴォルティスの入場門だ。
丁度二日前に、マシューの案内で観光に来たときに通った門。
今はすっかり陽が暮れていて、夜になっているからか人は疎らだった。
しかしその割りには衛兵は一昨日の倍近くはおり、城壁の上にもやけに見張りの数が多い。
どうやら俺たちが連合王国に潜伏していた件で、厳戒態勢が敷かれているらしい。
本来ならばフラッシュジャンパーで城壁をよじ登った方が手っ取り早いのだが、ユリアナたちが囚われている今の状況では、これ以上騒ぎを大きくするのは得策ではない。
だから俺は正々堂々と正面突破を試みることにしたのだった。
ちなみに今はABCスーツは着ておらず、貫頭衣の上にエマリィと出会った時に貰った、ポンチョのようなマントのような物を纏っているだけだ。
これならば、どこからどう見ても市井のヒト族に見える筈。
「――入場する目的はなんだ? 商人には見えんが旅の者か?」
と、妙に高圧的に、そして思いきり威圧的な態度で質問してくる兵士。
後ろにいる仲間たちも刺すような目つきで、俺の一挙手一投足を観察している。
しかし、俺だって何も考えなしに正面突破を試みるようなバカじゃない。
兵士の皆さんににこやかに笑顔を振りまくと、懐から取って置きの秘策を取り出して見せた。
それは一昨日にチルルさんに薦められて作った、連合王国のギルド所属の冒険者を示すクリスタルだ。
まさかこんなに早く活用する機会がこようとは。
おかげで兵士の皆さんからも、一気に和やかな空気が漂っているではないか。
「おお、兄さんは冒険者か!? どうだい調子の方は?」
「僕はまだ新人なので、今日も収穫ゼロでした……。もう三日も何も食べてないんですよ……」
ドッと兵士たちから笑い声が起きる。
「だからそんなに痩せっぽちなのか! そんな枯れ木のような体で剣が振れるのか!? もっとたくさん食べて筋肉をつけなきゃ、いい仕事はできないぞ! 筋肉は男の基本だぞ?」
「はい、がんばります……」
「ああ、辛い仕事だからな。くじけるなよ。だけど入場税は貰う決まりなんだ。お金はあるのか?」
「あ、それは何とか……」
俺は入場税を払うと、空腹でいまにも倒れそうな足取りを装って、ふらふらと兵士たちの前を通り過ぎていく。
そして門を抜けて、兵士たちの姿が見えなくなると同時に猛ダッシュ。
マシューに案内してもらった時の記憶を頼りに向かった先は、この街の冒険者ギルドだ。
アルマスさんは王立図書館に、精霊魔法に関する魔法書があると言っていた。
しかしアルマスさんを連れてこれなかった今、少しでもこの街に詳しい人物に傍に居てもらえたら心強い。
ステラヘイムだと大きな街にあるギルドは大体二十四時間体制なのだが、ここ連合王国でもそれは同じようだった。
俺は扉を開けて中へ飛び込むと、チルルさんの姿を探した。
しかしカウンターにチルルさんの姿は見えず、代わりにネコミミのお婆さんが立っていた。
「あ、あのチルルさんは――!? チルルさんに用事があって訪ねてきたんですけど!?」
「チルルに用かい? チルルならもう仕事が終わって――」
「あの自宅の場所を教えてほしいんですけど!?」
「――そこで飲んだくれてるよ。若人よ、年寄りの話は最後まで聞かなきゃダメだ。そんなんじゃ、いつか貴重な情報を聞き漏らしてしまうよ……」
「え? あ――ありがとうございます!」
俺はお礼もそこそこに、酒場コーナーを振り向いた。
すると、ステラヘイムと違っていい意味で閑散としている酒場コーナーの隅に、チルルさんが座っている姿を見つけた。
しかもどこかで見覚えのある、非情に特徴的な後ろ姿も一緒に陽気に騒いでいるではないか。
「ちょ、マジか……」
俺はテーブルまで駆けて行くと、チルルさんに再会の挨拶をする前に、見覚えのある後ろ姿のイヌミミを引っ張りあげた。
「ハティ~、なにやってんだよぉ、こんな所でえ……!」
「お、カピタンか!? ちょうど今、妾の流浪の冒険譚をチルルに語って聞かせておったのじゃ! まあ座れ座れ!」
「ハティ頼むよ、今はそんな場合じゃないんだ……。とにかく簡潔に説明するから聞いてくれ。まず俺たちが潜伏していたことが、何者かの密告で連合王国側にバレてる。そして昨日、姫王子たちが囚われた。それで遺跡にも兵士たちがやって来たが、とりあえず俺だけ事情があって、エマリィと八号を残して逃げて来たんだ……」
「な、なんと……。それじゃあユリアナ様たちは、妾と別れた後に捕まったという訳か……。それはすまぬ。妾がついていれば、そんな事には……」
と、珍しくしおらしい顔を浮かべて反省するハティ。
とは言ってもだ。
遺跡で別れた時に、俺もハティの思惑にはしっかりと気が付いていたので、これ以上責める気もなかったし、そんな資格もない。
こうなった責任は、全て俺にある。
少し責めるような言い回しをしてしまったのは、余りにも楽しそうに騒いでいたハティのアホ面にイラッとしたのと、この状況に対する八つ当たりみたいなものだ(きょとん)
しかし豪放磊落にして大胆不敵で、歩くオッパイみたいなハティが、イヌミミと尻尾をしゅんと萎れさせて、いつまでもしおらしく反省しているのも居心地が悪いので、俺は遠回しに元気付けることに。
「いや、ちょっと待てよ。そうか、よくよく考えてみれば、ハティが姫王子と一緒に居たらただ事では済まなかったはずだ。そうなっていたら事態はもっと複雑化していたかも……。姫王子たちにはRPGスーツを渡してあるんだから、そう簡単に並みの人間が束になってかかっても捕らえられるわけがない。姫王子的には正体がバレている以上、力業は最後の手段として、政治的取引の道筋も考慮しておとなしく投降したと考えるべきか……。まったく肝が据わっているというかなんと言うか。さすが姫様で王子様だけはあるってか。ごめんハティ、前言撤回する。よくここで飲んだくれていたな。でかした! お手柄だぞお前! よーしよしよし! 痒いところはないか!? わはは!」
それにハティとここで会えたことは、百人力を得たくらいに頼もしく思ったのは事実だ。
だからムツ×ロウさんチックに、ハティの頭を思い切り撫でまわしてやった。
「わ、妾は喜んでいいのか……。遠回しにバカにされているように感じるのじゃが……」
「わはは、気のせいだ気のせい! この可愛い奴めえ! うしゃしゃしゃしゃしゃあ」
「ねえ、ちょっと待ってよ。姫王子ってもしかして隣の国の……? この前あんた達と一緒に来てた男装の人のこと? あんた達ってステラヘイムのなんなの……?」
チルルさんはまさに鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、俺とハティを見回していた。
「うん、まあ、その……こうなったらはっきり言うけど、実はアルマスさんからの依頼でね。一昨日、俺たちと一緒に居た男装の麗人が、正真正銘ステラヘイムの姫王子様なんだ」
「そしてこのカピタンが、魔族を撃退したステラヘイム救国の英雄じゃ」
と、ハティが代わりに紹介してくれたので、俺は少し照れながら頭を掻いた。
「へ!? あの魔族を一人で撃退したって言う……!? その噂は連合王国にも届いてるわよ。そうか、そんなすごい人達だから、わざわざアルマスが危険を犯してまでステラヘイムへ行ったのね……。あの人、私を巻き込んだら駄目だと思ったのか、何も話してくれないんだもん……。てっきり隠れて浮気でもしているのかと疑っちゃった……。そうだ、アルマスは今どこなの? あの人も一緒に行動してたんじゃないの!?」
「あの……チルルさん、どうか落ち着いて話を聞いてほしい。つい先ほど、俺たちの正体に気がついた、この国の兵士たちが遺跡にやって来たんだ。本当は全員で逃げ出したかったんだけど、アルマスさんがケガをしたから、俺の仲間たちと一緒に遺跡に残っている。でも心配しないで。俺の仲間は治癒魔法も使えるし、兵士が千人集まっても簡単には捕まえられないから」
「うむ。チルルよ。エマリィとハッチがついているなら心配は無用じゃ。それは妾が保証する」
「ううー、ちょっと待って、ちょっと待ってよぉ……! 私にだって人生設計があるんだから! それが今、頭の中でガラガラと音を立てて絶賛崩壊中なの。少し頭の整理をさせて……」
と、チルルさんはテーブルに突っ伏すと、うーうーと呻き声を上げながら髪の毛を掻き毟った。
俺とハティはしばらくその姿を無言で見守っていると、今度は突然上体を起こしたかと思えば、やけにやさぐれた顔つきに変わっていた。
「……私たちね、アルマスの仕事が落ち着いたら結婚する予定だったの……。休みの日には結婚したら住む新居を探して回ったりして、ある程度の候補も絞り込んでいたのよ。その家は貴族街の近くにあって、清潔で治安も良くて、田舎貴族の五男坊であるアルマスと平民出の私の二人には、勿体無いくらいの立派なお家なんだけど、アルマスの仕事っぷりを評価してくれた王室から新婚祝いの祝儀として、代金の半分を払ってもらえる約束もしてあったの……。私たち二人の未来は、決して華やかなバラ色なんて立派なものじゃないけれど、それでも野原に咲く名もない花くらいには彩られた、安定した未来が約束されていたんだ。そこで私はアルマスの子供を産んで、育てて、お婆ちゃんになっていくんだと思ってた……。それなのに、なんでアルマスは約束された未来を捨ててまで、ステラヘイムへ行ったのかな……。どうして私には何も相談してくれなかったのかな……。アルマスには私との未来なんて、どうでも良かったのかな……」
「うむ。まさかアルマスも王室にバレるとは思っておらんかったのじゃろ……」
と、ハティがデリカシーのない一言を無神経に呟いたので、俺は目玉が飛び出しそうになりながら肘で突いた。
そして咳払いをして誤魔化すと、何とかチルルさんの気持ちが持ち直すように躍起になった。
「と、とにかく、俺にアルマスさんの本当の気持ちはわからないんだけど、遺跡の中で彼はこう言っていました。『古代魔法の手掛かりを得ることは、皆の生活の向上に繋がるから歩みを止めては駄目だ』と。それがアルマスさんと言う研究者の本質であり、彼と言う人間の性分じゃないんですかね。普通の感覚なら約束された未来を捨てる危険もある上に、命の危険を冒してまで敵国に、それも一人でなんか来ないですよ。でも、アルマスさんはそういう献身的とも言える行動をとってしまう。たぶんチルルさんとの事を両天秤にかけるとか、そういう計算は一切していないんだと思います。思い込んだら一直線というか、周りが見えなくなると言うか。でも、チルルさんはそんなアルマスさんを、そんなアルマスさんだからこそ好きになった。違いますか?」
「確かに出会った頃、あの人はなんだか危なかっしくて放っておけなくて……」
「たぶん、その情熱に人は動かされるんじゃないのかな。俺もステラヘイム国王も、そんなアルマスさんだから動かされた。ステラヘイム国王なんて最初はアルマスさんの依頼に反対していたのに、最終的にはもしものためにと、亡命の約束もしたくらいだし」
その俺の言葉を聞いて、チルルは雷に打たれたように衝撃を受けていた。
もしかして俺は、何かまずいことを知らず知らずのうちに口走ってしまったのかと焦ったが、当のチルルは何やら空を見つめたまま、「亡命……国王と約束……」と、ブツブツと口走っている。
それが打算と計算に勤しむ女の強かな表情だったと気がついたのは、その直後だった。
「そ、そうか……最悪ステラヘイムへ亡命するという手段も残されているのね…… 国王から亡命を約束されていると言うことは、あちらさんもアルマスの事をそれなりに値踏みした上での判断のはず。それでその結論に達したと言うことは、アルマスのことをかなり評価してくれていると思って間違いない……。ならば既に姫王子様をアルマスが手引きしたことがバレて、犯罪者の烙印が押されて、仕事も失うことが確定している連合王国に、このまま居座り続けて辛酸を嘗める生活を強いられるよりも、いっそのこと全てを投げ捨てて、新天地で新生活を始める方が得策かも……。そうすれば生まれてくる子供たちに辛い目を合わせなくて済むし、何よりも私が貧乏に耐えられそうになくて、アルマスの事を嫌いになってしまう可能性がある……! でも、もしステラヘイムに亡命できれば、また一から社会的地位を築かなければならないけども、少なくとも私とアルマスの関係は、このまま維持できる公算が大きい。それじゃあ、その亡命をもっと確実にするためにはどうしたら……? 亡命後に少しでも高い身分を保証してもらえる方法はないかしら……? そうだ! 姫王子様は今は囚われの身とのこと。もし私が姫王子様を助ける手助けをしたら……?しかもいま私の目の前には魔族を撃退したという、ステラヘイム救国の英雄と称賛されている人物が居る。私がこの殿方に協力をして、無事に姫王子様を救い出せることが出来たら、きっと国王はお喜びになられる筈――さあ、さっさとお城へ乗り込みもうぜえええええええええええええええええ!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!」
「ちょっと待ったああああああああああああっ!!!」
突然立ち上がったかと思いきや、片手を天井に突き上げてどこかの世紀末覇者を気取って完全に殺る気になっているチルルさんと、その殺気につられて反射的に雄叫びを上げているアホ犬をとりあえず落ち着かせた。
「チルルさんのやる気はこっちも願ったりなんで嬉しいんだけど、とりあえずユリアナ姫王子のことはまだ放っておいても大丈夫。亡命の件については、俺からも国王に口添えをするから、まずは王立図書館に案内してほしい。詳細は道すがら説明するから。とにかく時間が無いんで急ごう」
事情が飲み込めず不服そうに唇を尖らせているハティとチルルさんだったが、俺は無理やり二人の腕を引っ張ってギルド会館を後にした。
次回更新は金曜夜から土曜の朝までには。
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