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ウルトラガジェット・ファンタジア ~異世界空想科学兵器英雄譚~  作者: 王様もしくは仁家
地下迷宮の死霊と復活の古代魔法兵器・2
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第八十九話 エマリィと八号の災難・2

「――ここでどうやってもボクが治してみせる!」


 早速エマリィは、アルマスの首筋に人差し指と中指を押し当てると、体内に入り込んだ魔法石の欠片を探し始めた。

 欠片の大きさは、小指の爪先の八分の一程度。

 矢は頭部へ血液を送る頸動脈近くに当たったらしい。

 しかし傷口からほとんど出血していないところを見れば、幸運にも血管は傷ついておらず、また欠片が血管の中に入り込むという、最悪の事態は避けられているようだ。

 そうやってエマリィはしばらく慎重に傷口周辺を触診していたが、ある地点でピタリと指が止まると、そこを何度も念入りに深く押したり摩ったりし始めた。

 そして囁く様に、「見つけた……」と碧眼を光らせた。


「ほ、本当ですか!? どうですか取り出せそうですか?」


「それはまだ……よく見てみないとわからない。アルマスさん、ちょっとごめんね」


 そう言ってエマリィは護身ナイフを取り出すと、アルマスの首筋の茶色い体毛を剃り始めた。

 そこは矢を受けた傷口から少し下に下がった場所だったのだが、体毛がなくなって露になった肌を見てエマリィの顔色が色濃く変わった。


「どうかしましたか?」


「どうやら最悪の展開みたい……。せっかく矢は頸動脈を避けいてたのに、体を動かしているうちに血管と重なる位置に移動してしまっている……」


 首筋には頸動脈を覆うようにして胸鎖乳突筋という筋肉があるのだが、矢を受けた箇所は丁度その筋線維の境目で、何かの拍子に筋線維の裏側へと回り込んだ挙句に、頸動脈と重なる位置へ移動してしまったらしい。


「そんな……せっかく位置を特定できたのにそれじゃあ……」


「ううん。位置さえわかればまだ何とかなる。矢が頸動脈の手前にあろうが裏側に回り込んでいようが、やることは同じだから……」


 と、エマリィは無表情で護身ナイフをアルマスの首筋に押し当てたかと思いきや、一拍置いたあとで思い切って引き切りをした。

 切断された頚動脈からびゅーっと鮮血が勢いよく噴き出したのを見て、八号が思わず腰を抜かした。


「ふぁっ!? エマリィさん正気ですか――!?」


「体内に入り込んだ魔法石を取り出さない限り、アルマスさんはずっとこのままなの! 精神を集中するからちょっと黙ってて!」


 返り血を浴びて血塗れの鬼気迫る顔で怒鳴るエマリィと、その迫力に圧されて言葉が出てこない八号。

 エマリィはそんな八号に気を取られている暇はなく、左手をアルマスの胸の上に置いた。

 そして右手の人差し指を、たった今ナイフで切り裂いた傷口へと突っ込んでぐりぐりとこねくり回した。


 しかし上手く欠片を穿り出せないエマリィは何度も舌打ちをしながら、今度は中指も容赦なく突っ込んだ。

 それを見た八号の顔から一気に血の気が失せて、地獄の門番にでも出会ったような形相に変わる。

 そしてあまりもの激痛のためか、昏睡状態のアルマスの口からはくぐもった呻き声が漏れ始めた。

 首に突っ込んでいるエマリィの指が動く度に呻き声は強まり、その声を聞く毎に八号の絶望と恐怖の形相が百面相のようにころころと変わっていく。


 実はエマリィは左手で治癒魔法を施していて、出血して足りなくなった血液をアルマスの体内に生み出しつつ、同時にナイフで切りつけた血管と切創も治療していたのだった。

 しかしそんな方法が存在することを知らない八号には、当然エマリィの姿はヤケを起こしたサディスティックな魔女か悪魔に見えていたことだろう。


 こうした手法はこの世界では帝王切開などに広く応用されていて、治癒魔法を修得する者はいつかは耳にするもので、エマリィも祖父から教わった技術だった。

 勿論実際にやってみたのは今回が初めてで、患者の様態を観察しながら治癒の進行具合を繊細にコントロールする行為は、魔力も精神力も相当に消費する大仕事なのでエマリィも相当に手古摺っていた。

 そして――


「だめだ……。時間が掛かりすぎてこれ以上は危ない……」


 と、一旦指を引き抜くと、肩で息をしながらアルマスの胸に両手を置いて治癒に全力を注いだ。

 その後で傷が塞がると、妖精袋(フェアリー・パウチ)から新しい魔法石を取り出して杖のそれと交換すると、黙々と二度目の挑戦に取り掛かった。

 さっきまでムンクの叫びのいろいろなバリエーションを披露していた八号だったが、額に大粒の汗を浮かべて明らかに疲労困憊しているエマリィの姿を、いつしか唇を真一文字に結んで見守っていた。

 そしてエマリィが再度アルマスの首を切りつけて、指を突っ込んでこねくり回していた時だった。

 上層へ伸びている通路の方から大勢の足音が近付いてくるのが聞こえてきたので、八号が弾ける様にして立ち上がった。


「くそ! もう追いつかれた! エマリィさん僕が食い止めてきますから、そのまま続けていてください!」


「ち、ちょっと待って! ボクは治療に集中してるから、さっきみたいに魔物(モンスター)が現れても今度は気付けるかどうか……。だからここから離れられたら困るよ……!」


「ああ、そうだった……!」


 八号は頭を抱えて身悶えると、エマリィと曲がり角を交互に見た。

 曲がり角までは距離にして約三百メルテ(メートル)程。足音はこちらに迫っているが、まだ兵士たちの姿は見えない。

 そして覚悟を決めたように、両頬をぴしゃりと叩くと胸を張った。


「今までは生身の人間だからと遠慮していましたけど、そんな事も言ってられなくなりました……。先輩は戦争を避けようと敵に人的被害を与えませんでしたが……自分は……ここで迎え撃ちます! 自分はエマリィさんとアルマスさんを守ると先輩と約束したんですから! 向かってくる全員を殲滅して、誰一人として近付けさせてなるものかっ……!」


 そう自分に言い聞かせるように呻くと、多腕射撃支援(アラクネ)システムの六本のフレキシブルアームに、四丁のアサルトライフルと二丁のグレネードランチャーを装備して、更にベビーギャングを二丁持ち(トゥーハンド)という全方位殲滅態勢(ダウンフォールモード)で構える八号。

 その決意漲る悲壮な横顔を見て、エマリィも覚悟を決めたように頷いた。


「ありがとう八号さん。もしステラヘイムと連合王国の間に戦争が起きて、タイガや王様に責められたとしてもボクは感謝する。八号さんの責任が問われるようなことになったら、ボクも同じように罰を受ける。だからお願い。ボクとアルマスさんを守って……」


「り……了解です! どんと僕に任せてください!」


 そして曲がり角を曲がって姿を現した兵士たちの一団は、先ほど同様に前列で盾と魔法防壁を展開しながら密集陣形(ファランクス)で突進してくる。

 その姿を見て八号が吠えた。


「うおおおおおおお!!! それ以上近付く気なら自分を倒して行け!」


 直後、通路に銃声と爆発音と悲鳴が鳴り響いた。

 兵士たちの魔法防壁も盾も、八号の空想科学兵器群(ウルトラガジェット)の前ではダンボールの壁に等しく、隊列はまるでドミノ倒しのように前から後ろに向かって次々と倒れていく。


 このまま八号の一方的な殺戮が続いて、兵士たちは諦めて撤退するかと思われたが、曲がり角の奥から延々と湧いてくる新しい兵士たちに新たな動きが見られた。

 銃弾の嵐の中を仲間の死体を踏みつけながら突進してきたかと思えば、何やら樽のような物体を八号の方へ向かって投げつけてきたのだ。


 通路は下層に向かって下っているので、次々と投げられた十数個の樽が勢いよく八号の元へと転がってくる。

 しかもその樽からは、何やら白煙が噴き出しているところを見れば煙幕か爆弾の類いらしい。

 しかし八号は慌てることなく、落ち着いてグレネードランチャーを二発ずつ撃ち込んで、全ての樽を爆発と爆風で吹き飛ばしてやった。


 爆発の黒煙が通路に充満して視界が悪くなるが、八号は煙に向かって牽制射撃を忘れていないので、兵士たちは接近できない筈だ。

 だが八号はすぐに異変に気がついた。

 最初は爆発の黒煙と樽の白煙が、爆発の衝撃で混ざり合って通路の中を漂っていたのだが、すぐに黒煙は腰から上の辺りに漂って緩やかに坂を上がっていく一方で、白煙は腰から下に集中して綺麗に二分されたのだ。

 しかも白煙は空気より重いからか、下り坂を緩やかに下ってくる上に、何やら刺激臭を発していた。

 鼻の奥がヒリヒリとする感覚に、八号の顔が青ざめた。


「――エマリィさん、催涙ガスです! この煙を吸っちゃダメだ!」


 叫びながら慌てて振り返る八号。

 しかし既にエマリィは、ボロボロと涙を流して咳込んでいた。

 それでもアルマスの首筋から指を抜かず、懸命に治癒魔法を掛けつつ魔法石の欠片を探していたのだ。


「は、八号さん……ゴホッゴホッ…悪いけどボクにポティオンを……ゴホッゴホッ……いま欠片が指先に触れてるところ…これさえ乗り切れば……」


「わ、わかりました! すみません、自分は人造人間(ホムンクルス)だからか、催涙ガスの効きは悪いみたいで気付くのが遅れました。でも、ここは全力で死守するので、エマリィさんは安心して治療に専念してください!」


 八号はポティオンをエマリィに飲ませてあげながら、背中を摩って一生懸命に励ました。

 しかしそうこうしている間にも、更に無数の樽が転がってくる音が聞こえてくるので、八号は視界の悪い中を、闇雲にアサルトライフルとグレネードランチャーを撃ちまくった。


「くそ! 燻りだすつもりか……!」


 エマリィたちの居る場所はすでに白いガスに完全に覆われていて、視界は三メルテ先が見えるかどうかと言った有様だった。

 エマリィはゴホゴホと激しく咳き込んでいる。

 一向にやむ気配を見せない催涙ガス攻撃に、八号の顔に苛立ちが色濃くなった時――


「と、取れたっ……!」


 と、痛みで両目が開かずに涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、満面の笑みを浮かべたエマリィ。

 その血まみれの右手の指先には、キラリと光る魔法石の欠片がしっかりと見える。


「八号さん、ここまで来たら傷を塞ぐのは移動しながらでも何とかなる……。だからボクとアルマスさんを運んでくれるかな……。正直、ボクもう限界……」


 エマリィの満面の笑みが、一転して激痛に耐えている苦悶の表情に変わったのを見て、八号は慌ててアルマスごと抱き上げると、通路を更に下へ向かって駆け下りた――


次回更新は金曜夜から土曜の朝までには。

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