第八十五話 嗤う仕掛人(ラフィングトラッパー)・2
そしてここで時間は現在に戻る。
ユリアナたちが連合王国によって捕獲された日の翌日。
日が沈んでから一時間ほどが経過した頃――
古代遺跡発見に繋がった迷宮前の山小屋にロウマは居た。
指揮所の窓からは、迷宮入り口の前に幾つも焚かれたかがり火が見えた。
ロウマは、これから中へ突入しようとしている薄金鎧の兵士たちの姿を眺めて、薄気味の悪い笑みを顔に張り付かせていた。
その瞳に恍惚とした濡れた光を宿らせて、ここまでの長い屈辱と忍耐と試練の道のりを思い返していた。
故郷でロウマは、半分燻った日々を過ごしていた。
魔族の国では優れた功績を挙げた者は、褒美として魔王から貴族最高位の千年大公という爵位と、半永久的な命が授与される。
ロウマの父タリオンも百年前に行われたトネリコール侵攻に参加していて、作戦自体は失敗に終わったものの黄金聖竜の詳細な情報を持ち帰った数少ない生存者として魔王に表彰されていた。
タリオン家は千年大公の家系として栄え、ロウマも何不自由のない暮らしを享受できていたが、彼女が真に欲していたのは半永久的に生きることができる肉体と命だった。
しかし百年前のトネリコール侵攻の失敗により魔王は方針を転換し、大人数による大規模侵攻を仕掛けるよりも、定期的に少人数のスパイを送り込むようになっていた。
その選抜試験は千年大公の娘という威光を以ってしても合格することは難しく、ただ無為な日々とともに年を重ねていくだけだった。
そして一年ほど前のこと。
ようやくロウマにチャンスが巡ってきた。
その時のロウマはすでに魔族年齢で中年に差し掛かろうという年頃で、できるならば若く綺麗な娘のうちに半永久の命を手に入れたかったが、それ以上を望む気持ちにはとりあえず蓋をすることにした。
魔王から与えられた極秘任務はトネリコールに潜伏しての敵情視察ではなく、稀人の捜索と威力偵察、そして捕縛だった。
任務の内容は千年大公であるタリオンにも打ち明けることは許されず、そのことからもこの任務の重要度が最高クラスであることが窺い知れた。
ロウマの胸は激しく高鳴った。
無事に任務を遂行することができれば、積年の夢が一発で叶う案件だったからだ。
トネリコールへ潜伏してからは、祖国から定期的に飛んでくる伝書蟲の情報を頼りに、稀人を探した。
そして最初の稀人はすぐに見つかった。
情報に書かれていた場所の周辺を探っていると、森の中に転がる大岩の表面に人型に焼き付いている影と、バラバラに散乱している肉体の一部を見つけたからだ。
その不可解で不思議な現象を報告すると、祖国からは待機の指示があったきり数ヶ月ほど待たされた。
そして再度の稀人捜索の連絡。
伝書蟲の情報を頼りに連合王国王都へと潜伏したが、その頃にはロウマはこの任務が無謀だと噛み締めていた。
何故なら祖国から届く情報には、稀人の容姿に関する情報は一切なく、そんな手探りの状態で数十万の人間が集う都市の中からどうやって探し出すと言うのか。
半ば夢を諦めかけそうになりながらも、ロウマは来る日も来る日も都の中を歩き回った。
酒場や各ギルド、商店、市場と、人が数多く集まりそうな場所を順に歩いた。
そうして張り巡らせた糸に、ある日気になる噂が引っかかった。
最近冒険者ギルドに、不思議な鎧を着た冒険者が居るらしいと――
ロウマはその冒険者を遠くから監視し続けた。
確かにその若者の使う魔法や鎧は見慣れないもので、黄金聖竜が作り上げたこの新人類たちの箱庭では、明らかに異質な存在だった。
しかし魔族の国では似た系統の魔法も、魔法具も存在する。
黄金聖竜がなにを思って、この箱庭に上位魔法を伝承させなかったのかは知る由もないが、そもそもこのトネリコール大陸には四種族のうち妖精族もエルフ族も存在するので、彼らから上位魔法が伝わることもありえるだろう。
そんな風にいまいちその若者が稀人だと確信が持てないでいると、若者は王都を出て行き辺鄙な村に住み始めた。
しかもその村には大人がおらず子供しかいない。
ロウマは千載一遇のチャンスと思い動くことに決めた。
若者はロウマの「稀人なのか?」という直球の質問に、これまたあっさりと答えた。そしてえらく憤慨していた。
どうやらロウマの事を、この世界に召喚した人物だと勘違いしたようで、勝手に呼んでおいて今まで放ったらかしだったことに相当腹を立てているようだった。
ロウマは自分が召喚したわけでないと訂正した後で戦いを申し入れた。
若者は訳がわからないと言った顔を浮かべるだけで相手にしなかったが、村の子供たちの生死に関わると脅すと、顔色を変えて渋々と承諾した。
戦いは村の傍の山の中で行われたが、力の差は歴然だった。
ロウマは若者を観察していた頃から、何度も戦い方を頭の中で練っていたこともあり、終始ロウマの一方的有利が続いていた。
しかしその流れが変わったのは、稀人が迷宮の中へ逃げ込んでからだった。
それまでの硬質な物体を飛ばしてくる魔法から、炎と雷を使った魔法へ。
広範囲魔法を閉鎖空間で使用することで、集約された威力は手強い矛と盾へと変わって、ロウマを苛立たせた。
そして決定的に潮目が若者の方へと変わったのは、迷宮の奥から明らかに古代のものと思われる遺跡が姿を現したことと、稀人にそこへ逃げ込まれてからだった。
完全に流れが変わり膠着状態に持ち込まれたことで、ロウマは一旦退却することに決めた。
そう決断したのには、確実に致命傷を与えている手応えもあったからだ。
若者は遺跡内部で篭城する気満々のようだったが、逆にロウマには好都合だった。
遺跡内部に留めておけさえすれば、早いうちに決着はつくだろうという読みだった。
しかし来る日も来る日も決着はつかなかった。つけられなかった。
この時にはロウマは完全に自分を見失うほどに取り乱し、ヒステリックになっていた。
決着はつけられないのに、定期的に進捗具合を祖国へ送らなければならない。報告をせねば任務を外されることは明白だったし、このままこう着状態が続いても解任されそうだった。
そして膨大な重圧が、ロウマにある一つの選択をさせた。
稀人を捕獲する前に間違って殺してしまった、と報告したのだ――
嘘がバレないわけがないと頭の中ではわかっていたが、最早ロウマにはその選択肢しか残されていなかった。
いや、それしか見えていなかった。
幸いなことに戦力報告については、何度も戦っているせいで事細かに詳細をかける。
違うのは結果だけ。
たった一つの小さくて、最大の嘘だ。
恐らくロウマはそう選択しなければ、重圧に押し潰されて自滅していただろう。
そうなると、半永久的な命を手に入れるという夢は永遠に届かなくなってしまう。
ロウマはそれだけは許すことができなかったのだ。
そして賭けに勝った。
果たして祖国は本当にロウマの嘘を信じたのか、それはロウマ自身にもわからない。
もしかしたら戦力報告で大したことがないと判断して、稀人に興味を失った可能性もあるが、それを確かめる術はないし、確かめたいとも思わなかった。
とにかくロウマは任務を完遂したことで褒章は確実だと思っていたが、祖国から届いたのは帰国命令ではなく、発見された遺跡の調査と、地下に眠る可能性のある古代兵器の回収命令だった。
ロウマは肩透かしを食らった気分だったが、自分が首の皮一枚で繋がっている危うい立場だということをきつく肝に銘じた。
それにいつ嘘がばれるのかもわからない。
それを避けるためには、与えられた新しい任務を完璧にこなすしかない。
気持ちを新たに、ロウマは古代遺跡探索隊総隊長のゾフィー・スミュルナになりすまして、この国の人間たちを利用して遺跡探索を進めるのだったが、当然のようにそこには稀人が立ちはだかる。
この頃にはロウマは何故稀人は頑なに遺跡に立て篭もり続けるのか理解に苦しみ、そんな理解不能な行動を取り続ける彼のことが、得体の知れぬ虫けらのように思えて毛嫌いしていたが、どのみち始末をしなければ自分の立場が危うくなるので、状況はいい方へ向かっていると無理やりにでも思うことに務めた。
しかしここでもロウマが幸運だったのは、ヒト族に扮して進める探索活動の困難さに、祖国がきちんと理解を示してくれたことだった。
黄金聖竜の箱庭に潜伏していることもあって、魔王はスパイの露見をひどく嫌っているので、遺跡探索も早急な成果よりも、正体がばれないままの確実な任務遂行を求めていたのだ。
この時間的余裕がロウマの心にも余裕を生み、彼女は一つの保険をかけておくことにした。
父タリオンにこれまでの経過と、今の状況を嘘偽りなく書き綴り、もしもの時の助力を願い出たのだ。
そしてロウマのその保険が活きるときがやってきた。
新たな稀人捜索が、ロウマに下されたのだ。
古代遺跡探索は時間的余裕があるので、稀人討伐の経験を買われて、ロウマに白矢の羽が立てられたのだった。
ロウマは目の前が真っ暗になるのを感じながらも、新たな稀人捜索を行わなければならなかった。
祖国からは遺跡探索の方に新しい後任者を用意するようだったが、それを固辞して兼任を勝ち取った。
たった一つの嘘が、静かに自分の首を絞めているような息苦しさと不安を感じていたのは確かだったが、唯一希望があるとすれば、今回の稀人も前回同様に、戦力は大したことないかもしれないという点だった。
前回は地形的条件を上手く利用されてしまっただけて戦力的には大したことがなく、今回もその可能性は十分にある。
ロウマはまず伝書蟲の情報から、一番近い都市を目指して南下した。
前回と同じように人が集まる場所で網を張ると、以前の稀人と同じような鎧を身に纏った少年が宿屋に現れたことを掴んだ。
安宿で相棒の少女が寝ていることをいい事に、一人で発奮している姿を盗み見した時は、その場で殺してしまおうと思ったが、ひとまずはもうしばらく監視することに決めた。
そのすぐ後で、ロウマは自分の決断が間違っていたことを悔やんだ。
何故ならばその少年の戦力は、明らかに前回の稀人よりも数段強力だったからだ。
しかも驚くべきことに祖国でも数隻しかなく、許された者しか搭乗できない魔法戦艦を個人で所有していたことだった。
その事実はロウマを混乱に陥れるのには十分で、彼女は即座に父タリオンに連絡を取った。
タリオンは娘思いの父親であり、そして勇敢な戦士だった。
おかげでロウマは無傷のまま、新たな稀人の詳細な戦力報告を送ることができたのだ。
父タリオンの献身的な愛情に、ロウマは涙を流して感謝をし、必ず半永久的な命と肉体を手に入れて父のぶんも長生きしようと心に決めた。
その後でロウマは遺跡探索の任へ戻るのだが、今度は九十九番目の嫡子にして六十六番目の娘子ヒルダの処刑命令が発令された。
しかもロウマだけではなく、トネリコール大陸に潜伏している魔族全てにだ。
ロウマは真っ先にヒルダを探さなければならなかった。
そして一番に見つけることができた。
せっかくの六十六番目の娘子が、せっかくの新しい保険が、自分のために使われずに誰かの手によって処分されるのだけは、どうしても避けねばならなかった。
そしてロウマはまたしても、保険という名の贄を手に入れることに成功したのだ。
だからロウマの唇には自然と笑みがこぼれる。
たった一つの嘘によって、事態は思いも寄らぬ方へ転がったりもするが、その度に運命が自分に味方をしてくれているような、奇妙だが痺れるような感覚に襲われる。
現在言いつけ通りに遺跡へ潜って、稀人の尾行をしている可愛い妹の報告によれば、地下に封印されていたのは、かって世界を破滅寸前にまで追い込んだ、伝説の邪神ウラノスの体の一部を利用して作られた兵器らしい。
その報告を聞いた瞬間、ロウマは興奮と感激のあまりに小躍りして喜んだ。
そんなイカれた兵器がこの世に存在していたなど聞いたことがないし、ロウマの知る限りどの文献にも載っていない筈なのに、祖国は遺跡の特徴を聞いただけで兵器が眠る可能性を示唆していた。
ということは、この武器は魔王とそれに近い限られた人物しか知らない、もしくは知ることが許されない超極秘案件であるはず。
この任務に成功すれば、今度こそ確実に帰国命令が出て褒章が手に入るはずだった。
ロウマはまたしても運命がカチリと噛み合う音が鳴ったような気がして、恍惚の表情を浮かべた。
しかもずっと頭痛の種だった、篭城していた方の稀人は死んだらしい。
それも同じ稀人の手によって――
これでロウマがついた小さな嘘は、偽りのない真実へとすり替わったのだ。
残るはタイガ・アオヤーマだけになったが、こちらに関しては既に詳細な戦力報告を出してある。
魔法戦艦も所有するような相手に個人が叶うわけがないことは、祖国も重々承知している筈なので、今さら無理をして犬死することもない。
せいぜい可愛いヒルダの純粋な復讐心を利用させてもらうだけだ、とロウマは目を細めた。
ふと我に返ると、窓の向こうでは準備の整った兵士たちが、続々と迷宮へ突入し始めていた。
当初は予定していなかったが、敵対国の王女までもが密入国してくれたおかげで、この国で大きな火種が生まれつつあった。
しかもその王女一行は既に確保済みで、今頃は王城の地下牢に幽閉されているころだろう。
少し突っついてやっただけで、ヒト族や亜人族たちは勝手にこの箱庭で大きな争いを起こしてくれそうな勢いで、それはきっと魔王も喜ぶはずだ。
そしてそれはすべてロウマ自身の手柄となる――
「はあぁん……この全てが私のために回って、運命に祝福されている感じ……ゾクゾクきて堪らないねぇ……」
ロウマはねっとりとした息づかいで、頬を紅潮させながら激しく股間をまさぐった――
次回更新は金曜日夜になります。
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