第八十二話 VS邪神魔導兵器(ナイカトロッズ)・2
「うおおおおおおおおおおっっっ!!!」
俺はいつしか叫んでいた。
叫びながらカレトヴルッフを突き刺し、暗闇を掻き分けていく。
そして――
目標の縦穴まで辿り着くと、壁を蹴って三角飛びの要領で地上へと飛び出した。
計算通り邪神魔導兵器の前方五十メートルの地点だ。
俺は一気にトンネルの出口を目指して駆け出した。
既にエマリィ達の姿はどこにも見えないので、どうやら無事にトンネルを抜けたらしい。
少しだけ気持ちが楽になるのを感じたが、すぐに背後から強大な威圧感と振動が急速に迫ってきた。
しかも邪神魔導兵器はいつ床が崩壊してもいいように、六対の細長い脚を器用に両サイドの壁におっ立てて巨体を浮かせていやがる。
更に胴体後部のサソリの毒針のように聳えていた大砲が、いつの間にか腹部の方へ反転していて狙いを俺に定めているではないか。
どうやら俺はまんまと燻りだされたらしい。
そして巨大な砲口内部では、力を溜め込んでいるように怪しい光が強まっていく。
それを見た瞬間、俺の中でぶちりと何かがキレた。
「ミナセェェェェッ! ほんとに殺りあうつもりなのかよ!? 上等じゃねえかっ!」
俺は足を止めて反転。邪神魔導兵器――ミナセと対峙した。
そのいかにも破壊力抜群そうな大砲に火を入れたということは、ミナセは真剣だ。
マジで俺を殺そうとしている。
いや、俺だけじゃなく先に避難したエマリィたちにだって、何かしらの被害があってもおかしくはない。
その上でこの世界を破壊することが本当にミナセの望みならば、俺は空想科学兵器群の全力を以って阻止をするだけだ。
俺たちは出会ったばかりだが、同じゲームに心酔し、同じように異世界に飛ばされてきたという境遇も似ている。
なのに助け合い、支えあう関係になれず、こうして殺しあわなければならないことに言いようのない怒りを感じていた。
頭にきていた。
そして心のどこかで、まだミナセと理解しあえることを期待していたのに、巨大な大砲の照準が向けられているとわかった時に、何よりも自分自身のその甘さに怒りの感情が爆発していた。
俺がミナセを止めなければ、先にいるエマリィたちにも被害が及ぶ。
この紙一重の危機的状況を招いてしまった自分自身の甘さが、どうしようもなくムカついてムカついてしたかなかった。
だからこそ――
だからこそ俺は、真剣にミナセを殺さなければならない。
このトンネルで邪神魔導兵器を食い止め、ここから一歩も外へ出すわけにはいかない。
エマリィを守るために。
エマリィを守ることができる、俺自身を守るために。
だからミナセ!
俺は全力でお前を殺す!
俺の大切なものを守るために……!
「VCO! 換装! アルティメットストライカー! 武器選択! ダブルストライクバーストドリフター!」
俺の全身からフラッシュジャンパーが光の粒子となって拡散していき、立て続けにアルティメットストライカーが装着される。
その両肩に鎮座するのは仰々しいロケットランチャーと、剥き出しのままセッティングされている二つのドリルミサイルだ。
「レフトストライクバーストドリフター発射!」
まずは一つめのストライクバーストドリフターを、邪神魔導兵器の腹の下で虎視眈々とエネルギーを溜め込んでいる大砲を目掛けて発射した。
そして発射と同時に壁に向かって走りながら、二発目をミナセ自身に目掛けて撃ち込んだ。
一発目のドリルミサイルが床を這うように驀進していく。
その軌道と交差するように、時間差で発射された二発目が一直線にミナセの元へ駆け上がっていく。
この一種の拡散射撃に、ミナセは戸惑うと俺は読んでいた。
ミナセが生粋のジャスティス防衛隊プレーヤーだからこそ、ストライクバーストドリフターの威力を厭というほど知っているからこそ、そこに判断の迷いが起きて隙が生まれるはず。
そして睨んだとおり邪神魔導兵器は一瞬の硬直後に、一発目のドリルミサイルをまだ発射体制の整っていなかった大砲で迎撃する道を選択した。
エネルギーが不十分で中途半端な赤いビームがドリルミサイルを貫いた。
その一発目が巻き起こした爆炎を切り裂いて突き進んでいく二発目のドリルミサイルだったが、こちらは二つの巨大な鋏によってがっちりとキャッチされてしまう。
二つの巨大な鋏がミサイルを握り潰そうとしたが、それよりも早くセンサーが異常を検知して自爆を発動。
ストライクバーストドリフターは、ゲーム内では巨大構造物を破壊するために開発された兵器で威力も凄まじかったが、自爆では巨大な鋏に傷をつけるのも無理だった。
しかしここまでは全て想定内だった。
俺は二発目のストライクバーストドリフターを発射後に、再度フラッシュジャンパーへと換装して既に壁を駆け上がっていた後だったのだ。
そして二つのドリルミサイルが巻き起こした爆炎は、見事に邪神魔導兵器の視界から俺を隠すことに成功していた。
壁を蹴って爆炎の中へ飛び込む。
突如目の前に広がる煙と炎の中から飛び出してきた俺の姿を見て、ミナセの両目は大きく見開かれて口許が歪んだ。
「――タイガ!?」
「ミナセ!」
俺に向かって突き出されたミナセの右手が赤く輝き始めた。
何かしらの魔法を繰り出す気なのだろう。
俺は空中で右手のカレトヴルッフを高く振り上げ、左手のカレトヴルッフで胸を防護した。
そしてミナセの眼前に着地すると同時に、カレトヴルッフを思いきり振りかざす。
「え――!?」
視界の隅でミナセの右手の光がふっと消えたのを見逃さなかった。
そして両手を広げたかと思えば、無抵抗でカレトヴルッフの斬撃を受け止めるミナセ。
その瞬間、ようやくミナセの真意に気がついたが、時すでに遅し。
俺の右手のカレトヴルッフは、肩口から脇腹へと力いっぱいに振り払われた後だった。
「――ミナセ!? どうして――!?」
ミナセの魔法はフェイクだった。
俺に剣を振るわすための芝居だったのだ。
俺はフェイスガードを収納してミナセに詰め寄った。
ミナセのナノスーツは斜めに切り裂かれていて、そこから流血の変わりに赤い粒子が幾つも溢れ出して宙に立ち上っていた。
「へへ……こうでもしなきゃ、私と真剣に戦ってくれなかったでしょ? だから……」
「じ、じゃあ最初から……!? なんでだよ!? なんでこんな真似を――!?」
「そんな顔しないで。どのみち私は長くはなかったんだから……」
そう言ってミナセは自分でナノスーツを剥ぐと上半身を露にした。
作り物の人造人間には到底見えない、適度に筋肉のついた引き締まった肉体だった。
刀傷からは絶え間なく赤い粒子が漏れ出している。
そして何よりも俺の目を釘付けにしたのは、ヘソの上辺りにある魔方陣だった。
俺の肩にある魔方陣とは微妙に違うデザインだったが、何よりも目をひいたのは火傷のような痕に魔方陣の一部がかき消されていることだった。
「魔族と戦ったときにね、高レベル武器が使えないことで焦っていて、ヘマをしちゃってこのザマなの……。その時に受けた傷はポティオンで治ったけれども、魔方陣は一部が欠けたまま元には戻ってくれなかった。それ以来魔力が安定しなくなって、ちょっと気を抜くと全て漏れ出しそうになっちゃったんだ……」
その言葉にシンクロするように、ミナセの全身が赤い光に包まれて、無数の粒子が星屑のように立ち上がっては宙に消えていく。
俺はその光景を目の当たりにして、ただ言葉を失っているだけだ。
頭をフル回転させて、何とかミナセを救う方法を考えてみるが妙案が浮かばない。
「タイガには悪いと思ってるよ。こんな酷な役目を与えて、本当に申し訳ないと思ってる。でも……本当に私はウンザリしてて……生きていくのが辛くて辛くて……だけど、こんな穴蔵でひとりぼっちで死んでいくのも、怖くて悔しくて死にきれなくて……そんな時にようやくタイガと出会えたんだ。同じゲームを愛し、似た境遇のタイガに殺されるのなら、いいかなって……」
いつしかミナセの体から溢れている魔力の赤い粒子は、少女の姿を形作っていた。
そしてその赤い輪郭で象られた少女の姿は、肉体と重なるようにして存在していた。
すぐにその姿こそが本来のミナセの少女の姿であり、魂の形なのだと悟った。
赤い少女の魂は、泣き笑いの顔で申し訳なさそうに俺を見ていた。
「ふ、ふざけるなよ……! そんな大事なことを勝手に決めて、俺に押し付けてるんじゃねーよ……! お前の人生だろ!? お前の命だろ!? なんでそんな簡単に捨てられるんだよ!? せっかく俺たちは出会ったんじゃないか! これからだろ? 俺たちが力を合わせれば何とかなるかもしれないのに、そんな大事なことを勝手に一人で決めて、会ったばかりの俺に押し付けるんじゃねーよ……!」
「ああ、本当にそうだよね。本当に悪いと思ってる……。でもタイガ……私はこれでもずっと足掻いてたんだ。前の世界でもこっちの世界でも、これでも必死に足掻いていたんだよ。そして本当にもう疲れたんだ、少しはわかって……。人間ってどんなに悩んでも、どんなに頑張ってもダメな時はダメなんだ。どうしようもないことってあるんだよ。短い人生だったけど、それだけは本当に身に染みてわかっているから……。私の人生、貧乏くじばかりだったけど、最後にこういう終わり方ができたのが、唯一の救いになったから……」
すると突然邪神魔導兵器の胴体全体がドクン、と脈打つかのように大きく揺れたかと思うと、ミナセが悲鳴を上げ始めた。
青年の肉体と少女の魂の両方が、苦悶の表情で呻いている。
「ど、どうしたんだミナセ……!?」
「ううっ……元々魔方陣の一部が欠落して中途半端な魔力しかない私に、こいつを押さえ込んで操るのは無理があったみたい……。長い年月を経てようやく起動キーを挿されて封印が解除された今……暴れたくてウズウズしているの……」
「も、もしかして邪神が暴走しているのか!?」
「そ、それどころか私の身体を伝って、この甲殻から抜け出そうと企んでいる……!」
一際大きな呻き声を上げて顔を歪ませるミナセ。
よく見ればミナセの身体の表面が、もこもこと幾つもの線状に盛り上がっているではないか。
どうやらそれは甲殻の中へ突っ込んでいる下半身を伝って、邪神ウラノスがミナセの身体の中を這い上がってきているらしい。
「こ、こいつを外に出しちゃダメだよ……。だから早く私ごと殺してタイガ……!」
重なり合っている青年の顔と少女の顔が、俺にそう訴えかけてくる。
しかし突然邪神魔導兵器が、ドンネルの出口を目指して突進を開始したので、俺の体はバランスを崩して背中の上を転がった――
次回更新は金曜日真夜中になります。
次回で三章その一終わりです。
鬱展開かどうかは確認していただけると嬉しいです。
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