第六十六話 連合王国にて
森の奥を進んでいると、突然それまでの緑が一変し、枯れ木ばかりが密集する地帯にぶち当たった。
その中心には百メートルを超す巨大樹が生えていて、何故かその大木だけがおどろに生い茂っている。
と、思ったのも束の間。
木の葉が一斉に上空へ飛び立った。
「――半鳥人です!」
と、背後に居たイーロンが叫んだ。
なるほど。確かに顔と上半身は人間の女の裸体で、翼と下半身が鷲のそれになっている。それが全部で三百匹余り。
縄張りに侵入してきた俺たちを見つけた半鳥人の集団は、ヒステリックな金切り声を上げて俺たちの頭上を旋回し始めた。
六百余りもの大小様々な乳房が上空を飛び回る光景は圧巻そのものだったが、これほど嬉しくない乳房を見るのも初めてだ。
いや、DTの俺にして見れば、生まれて初めて拝む生身の乳房だったが。
「――ユリアナ様! 今日はあくまでRPGスーツのテストです! だから俺は最後まで見学をさせてもらいます! あとは自分たちで何とかしてください!」
「望むところですタイガ殿! イーロン! テルマ! 聞きましたね!? 私たちの力を存分に見せてあげましょう!」
「お任せくださいユリアナ様!」
「チョー了解っす! 自分チョーやってやるっす!」
早速三人は半鳥人に向かって攻撃を仕掛けていく。
テルマは地面に両手をついて拳サイズの土礫を次々と飛ばしていき、イーロンは鋭い爪で攻撃しようと急降下してくる半鳥人を、冷静に見極めて的確に切り刻んでいく。
ユリアナはその両者の間で二人の動向を逐一気にかけながらも、自身で元素魔法から雷属性の攻撃を繰り出していた。
しかし多勢に無勢。
RPGスーツのおかげでダメージは皆無だったが、攻撃力に今ひとつ欠けていて、次第にユリアナ達が押され始めていく。
「テルマ! 頭上に大きな天蓋を!」
「チョー任せて!」
ユリアナの指示を受けて、テルマが地面に両手をついた。
そして両手から放出された魔力が地面を駆け抜けていくと、三人を取り囲むようにして四本の柱がせり出した。
更に柱の先端から次々と土の壁が生まれて、それは一瞬にして大きな三角屋根へと変わっていく。
上空からの攻撃を封じられた半鳥人の群れは、一斉に地上に降り立って四方向の死角から攻撃をしようとするが――
「――空を総べる者よ。我は大地を総べる者より力を授かりし者。空と大地の古からの盟約により今ここに力を貸したまえ。雷轟電撃の力をもって大地にはびこる災厄を討払え――千本雷霆!!!」
と、タイミングどんピシャリで詠唱を終えたユリアナの両手から、耳を劈く炸裂音とともに数十本の雷撃が放出された。
広範囲魔法らしいその攻撃は、一気に死角二面分の半鳥人を消し炭に変えた。
更にそのユリアナと背中合わせで待機していたイーロンは、自分の前に作り出した十枚の魔法防壁を次々と剣で弾き飛ばして、残りの半鳥人の群れを粉砕し、テルマは攻撃を逃れた個体を、次々と泥状に変化させた地面へ飲み込ませていった。
そして数分が過ぎた頃には、三百余りいた半鳥人の群れは全滅することに。
思えばこの三人は、叫ぶもの討伐という過酷な状況を無事に生き延びたのだ。
そこにRPGスーツも加わったとなると、これくらいは朝飯前なのだろう。
「タイガ殿、まったくもって素晴らしいです! このRPGスーツとやらは!」
と、ユリアナ姫王子は興奮で頬を紅潮させながら、少女のように飛び跳ねている。
その反面イーロンとテルマは喜びつつも、訝しげな表情を浮かべて俺に詰め寄ってきた。
「タ、タイガ殿、実際に使ってみてわかったのですが、この鎧は一体……!?」
「そう! チョーほんとにそう! 魔力がいつもよりチョー溢れている感じ!? これは一体どういうことなの!? チョー気になるっす!」
サプライズのつもりで敢えて黙っていたのだが、この二人の驚いている顔を見ると俺まで嬉しくなってくる。
「種明かしをすると、宝物庫にあった古代の金属板、あれが原因なんだ。これはライラと八号の武器を改造した時にわかったんだけど、どうやらあの古代金属板には、魔力を増幅する機能があったみたいなんだ。さらにこのスーツには、一着辺り魔法石三個が練りこまれているから、魔力の増幅と効率化がされているんだと思う。実際に今までとは全然違っただろ?」
「そ、それが本当ならば、私たちはこのスーツを着用している時は、軽く金クラスの実力はあるんじゃないのか。そうは思わないかテルマ……?」
「チョー思う! チョーそう思うっす! 自分とイーロンが金クラスの実力を発揮できれば、今まで以上にユリアナ様に貢献できるっす! これってチョー凄いことっす!」
イーロンとテルマは互いに手を取り合ってしばし感慨にふけた後で、二人して俺に抱き着いてきた。
「タイガ殿! このような素晴らしいものをありがとうございます! このご恩は一生忘れませんから!」
「テルマもチョー感激! チョー感激っす! タイガ殿ありがとう! ありがとうの嵐っす!」
すると、傍らでがっくりと肩を落としているユリアナに気がついた。
「あ、あれ、ユリアナ様、なんか落ち込んでます……? どうしたのですか……?」
「くっ……、私と来たらイーロンとテルマと違って、このスーツの違和感に微塵も気がつきませんでした……。しかも自身最強の中級攻撃魔法まで繰り出したというのに。この体たらく……指揮官として私は最低だ……」
と、自虐的な笑みを浮かべるユリアナに、ただただ困惑する俺。
「い、いや、それはなんというか、その……」
「ユ、ユリアナ様はそのような事に気がつかなくとも、今だって見事な采配で半鳥人の群れを殲滅したではありませんか! ユリアナ様はいつだって私たちの最高の指揮官なのですよ!」
「そ、それにユリアナ様は、普段あまり魔法をつかう機会がないから、気がつかなくてチョー当然なの! ほんとにほんとにチョー当然! だからそんなことでユリアナ様が落ち込まないで……!」
イーロンとテルマはユリアナの元へ駆け寄ると、必死の形相で傷心のユリアナを励ました。
何というかその光景は、ステージで落ち込んでいるアイドルを励まそうと、必死に声援を送っている熱心なファンに見えなくもない。
「ふ、お前たちときたら……。こんな私にも関わらず、これからも支えてくれるというのか……?」
「当然じゃないですか!」
「チョー当然っす!」
と、がっしりと肩を組んで互いに励ましあう三人。
なんじゃこりゃ、と高級な三文芝居に半分苦笑した後で、俺たちはクリスタルログを録り素材を回収してから帰路についた。
タイガたちが、森の中で半鳥人の群れと遭遇していた頃。
ロズニアおよびヴォルティス連合王国の王都ルード・ヴォル・ヴォルティスの路地裏に、人目をはばかる様にして三つの人影があった。
その三つの人影は、とある屋敷の裏門から敷地へと入っていく。
中庭を抜けて屋敷の中へ入ると、先頭を歩いていた二メートル近い影が後ろの二人を振り返った。
「もう頭巾を脱いでもいいよ。ここは私が『ヒト』として暮らしている屋敷さね。私以外に住んでる者はいない。そしてあんた達には、しばらくここで暮らしてもらうよ」
頭と顔を覆っていた布を取り除くと、ヒルダとマキナの二人は興味深そうに屋敷の中を見回した。
高い天井にふかふかの絨毯、見るからに作りの良さそうな調度品が部屋を彩っていて、ヒトの生活についてよく知らないヒルダでも、高級そうな暮らしっぷりを連想できた。
「たまにヒトが用事で訪ねてくることもあるが、居留守を使っていればいい。あとこの国にいる間は、それを常に身に着けておきな」
ロウマは豪華そうな宝石入れの中から、紅い宝石のついた首飾りを取り出してヒルダに投げて寄越した。
「これは……?」
「それを身に着けておけば、周りの人間にはあんたが普通のヒト族の娘に見える。私がしているものと同じさ」
ロウマは自分の首飾りを摘んでニヤリと笑った。
「そっちの小僧はヒト族だからいいとしても、もう少しまともな服を着させてあげるんだね。あと私はお手伝いさんでも何でもないからね。ここに居る間の食べ物は、自分たちで用意するんだ。但し、面倒ごとは起こすんじゃないよ。もし私の仕事に影響が出るようなら、二人とも容赦なしに始末するからね……」
ロウマはそう言うと、ぶっきらぼうに金貨を数枚ヒルダの足元へ投げた。どうやらこの国の金貨らしい。
ヒルダが拾わずに金貨を無表情で見下ろしていると、興味を持ったマキナがしゃがみ込んで指で弾き始めた。
「ヒルダ、仕事を頼みたいのはお前だけだ。たぶん明日からになるだろうから、今日は好きに過ごしていいよ。街に出てもいいが夜には戻ってくるんだ。じゃあ、私はヒトとしての仕事があるからちょっと出掛けてくる。それと、ここから逃げても私の目と鼻は誤魔化せないからね……」
最後にロウマは一際低い声とともに一瞥を投げると、ドアの向こう側へと消えていった。
しばらくドアを睨みつけていたヒルダは、小さい声で「くそ……」とだけ呟くと、観念したように足元の金貨を拾い上げた。
次回更新は水曜日の早朝となります。
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