第六十五話 ベースキャンプ
グランドホーネットが、連合王国へ向けて出航してから四日目――
漸くアルマスからベースキャンプ候補地が見つかったと連絡があったので、空路で向かうことに。
メンバーは俺とエマリィ、ハティ、八号、ユリアナ姫王子、イーロン、テルマの七人と、メイド三姉妹からは長女のマリと三女のメイが同行。
候補地に問題がなければ、本日の夜から生活の拠点を移すことになる。
スマグラー・アルカトラズは海から国境のステラヘイム側の丘陵地帯を西進し、連絡のあったポイントに近付くと国境を越えて北進する。
すると山間の森から狼煙が上がっているのが見えてきて、森が開けた平地でアルマスがニコやかに俺たちを出迎えてくれた。
「待っていました、タイガさんとエマリィさん! それにユリアナ姫王子様も! ようこそロズニアならびにヴォルティス連合王国へ! さあ山小屋はこちらです。静かで落ち着いたいい所ですよ」
そうしてアルマスに案内されたのは、石材を積み上げて立てられた組積造の立派な屋敷だった。
母屋から少し離れた所に馬小屋と納屋があるだけで、周囲には閑静な森が広がっている。
「ここは知り合いの貴族が所有していて、手入れはよく行き届いています。それにここからならば、迷宮までは丘を一つ超えるだけですし、王都ルード・ヴォル・ヴォルティスまでは、馬を使えば半日もかかりません。一応食材については、手配の者に一日おきに配達させる手筈になっていますのでご安心ください」
「ありがとう。それで仕事はいつから始めればいい?」
「本音を言えば、今すぐからでもお願いしたいところですが、今日は荷解きもあるでしょうし、それに現地の人払いがまだ済んでいません。タイガさんたちの姿を、ほかの調査隊員たちの目に晒したくはないので、もう少しお時間をいただけませんか。明日――いや、明後日の朝には迎えを寄越したいと思いますが?」
「そうなのか。丸二日も時間が空いちゃうなら、慌てて飛んでくることもなかったなぁ……」
俺は出鼻を挫かれたことを少々不満げにぼやくと、ここぞとばかりにユリアナが俺とアルマスの間に割って入ってきた。
「そ、それならばこういうのはどうでしょう!? お忍びの身とは言え、せっかく連合王国へ来たのですから、王都ルード・ヴォル・ヴォルティスを観光してみるのも一興かと。勿論それなりに変装を施して、絶対に身元がばれないように気をつけなければなりませんが――!」
「王都観光かあ……」
俺が余り気の乗らない返事をすると、ユリアナはさらに切羽詰ったように詰め寄ってきた。
「タ、タイガ殿! 我がステラヘイム王国と連合王国は、私が物心ついた時から交流は途絶え、今では一番の隣国でありながら、一番遠い国になってしまっているのです! 敵国の最新の姿に触れ、情報を得ることは相互理解の第一歩ではないでしょうか!? 勿論今回の目的が、地下迷宮の死霊退治だと言うことは重々承知しておりますが、この絶好の機会を逃せば、今度はいつここへ訪れられるのかわからないのです! ならば千載一隅にして盲亀浮木のこの機会を逃してよいものでしょうか!? いや、駄目に決まっています! そう! 行くのならば今でしょう! 今しかないのです! そうは思いませんか――!?」
と、まるでどこぞの林先生みたいに力説するユリアナの剣幕に押されて、俺は苦笑を浮かべるしかない。
隣のアルマスに助け舟を求めると、困ったように頭を掻きながらもユリアナの提案を了承した。
「正直に申し上げると、我々のような庶民は、隣国の姫様の顔なんて知りもしませんからね。皮肉なことに十年以上交流が無かったことが幸いしているといいますか……。だからいいんじゃないでしょうか、観光に行かれても。それに王族の方をこんな山奥に丸二日も閉じ込めておくよりも、そうしてもらった方が、僕の気も少しは軽くなります。ただ出掛けるときは、絶対に身分がわかるものは身に着けないこと。また万が一に備えて、兵士や貴族との接触だけは絶対に避けてください。それならば大丈夫だと思います」
「まあアルマスがそう言うのなら……」
俺は予想外の展開にまだ戸惑いはあったが、アルマスの言うように、この山奥の屋敷に缶詰にされているよりも、散策でもして外の空気を吸った方が精神衛生上良さそうだ。
それに地下迷宮へ潜ればしばらくは出て来れないだろうから、今のうちに鋭気を養っておくと言う意味でもいいのかもしれない。
唯一心配しなければならないのは身バレの問題だが、実は運よくこれを解決する術はすでに用意してあった。
それにエマリィとハティを見ると、二人とも王都へ出掛けることに反対している素振りもない。
というかハティの今にも涎を垂らしそうな顔は、何を期待しているのか聞かなくてもわかる。
「じゃあ僕は打ち合わせがあるので、一度王都の方へ戻ります。もし何か用事が出来た場合は無線機に連絡をください。すぐに駆けつけますから。あ、それからこの山の麓に小さな村が一つあって、王都へ出向く時はマシューという少年にガイドを頼むと良いでしょう。歳はまだ十二歳ですがしっかりとした少年で、実はそのマシューに、ここへ食料を運ぶ役目も頼んでいたのです。皆さんの事は外国からお忍び旅行でやって来た豪商と伝えてあるので、彼を同伴すれば上手いことやってくれるはずですよ」
そう言い残すと、馬に乗って森の中へ消えていくアルマス。
その後は全員で屋敷の中を見学。寝室は丁度全員分あり、適当に部屋割りをしたあとで、俺はユリアナ姫王子に声をかけて、イーロンとテルマを連れてリビングに集まってもらう。
「――という訳で姫王子様、頼まれていた例のブツが出来上がりましたぜ……!」
「おおっ! ようやく! タイガ殿には無理を聞いてもらった手前、あまりこちらから催促するのも申し訳ないと思い歯痒い日々を過ごしておりました! でも、なぜそんなに小声なのですか……?」
「あ、いや、ちょっとした雰囲気作りなので気にしないでください。というわけで姫王子様のご注文の品がこちらになります」
と、俺は妖精袋から、金属製の箱を三つ取り出してテーブルの上に並べた。
「こ、これが…? いや、あのタイガ殿、私が頼んだのはこういうものではなくてですね……」
と、思いきり肩透かしを食らった顔を浮かべているユリアナ。
「まあまあ物は試しです。どんな感じになるか、まずは実際に背負ってみましょうか」
箱は一つの大きさが縦が三十センチ、横が二十センチで厚みもそれくらい。
そして背負えるように、皮製のベルトが二本ついているので薄いランドセルのようだ。
俺は困惑しているユリアナを余所に、半ば強引に背負わせると、彼女の正面に回りこんだ。
「それでは俺が今から言う言葉を続いて言ってみてください。これが起動コマンドになっています。いいですか? マイケルベイ! ウェイクアップ! メイクアップ!」
「マ、マイケルベイ…ウェイクアップ…メイクアップ……?」
すると、背中のランドルセルがガシャガシャと音を立てて、数十のパーツに分かれたかと思うと、ユリアナの体の線に沿って展開していき、一気に全身を包み込んでいく。
「おお!? これは――!?」
ユリアナを始めイーロンもテルマも目を丸くして絶句している。
ものの数秒でユリアナの全身は、銀色の鎧に包まれて、最後は顔もすっぽりと鉄仮面に覆われた。
「どうですか着心地は? 通常の鎧と比べたら遥かに軽量で、装着しているのを忘れるくらいの筈ですよ。それでいて防御力は数百倍は違います。なんてったって俺の高レベルのアサルトライフルの弾丸を、百発までは余裕で受け止めましたからね。これに防御魔法を加えたらまさに鬼に金棒ですよ」
いつだったか、ユリアナ姫王子に呼び出されて頼まれた事がこれだった。
いや、正確には俺のABCスーツの自在に開閉するフェイスガード付ヘルメットを参考に、「王族という身分を隠してもっと民と自然に触れ合い、自由に城の外で活動するための仮面」を所望していたのだが、俺の一存でこのように変更させてもらったのだ。
変更に踏み切った理由は、当然今回敵国である連合王国へ一緒に来ることになった点が大きい。
ヨーグル陛下がユリアナを俺に同伴させた意図も理由も理解は出来るが、俺にしてみれば警護すべき人間が増えて悩みの種が増しただけだ。
だから少しでもその負担を減らすために、自分の身は極力自分たちで守ってくださいということだ。
そしてそれを可能にしたのが、ユリアナが王城の宝物庫から自分たちの分として選んだ家宝で、俺を真似て選んだ古代の金属プレートと、五百年生きたとされる森林大亀の甲羅が数枚と、砂漠大サソリの化石の効果が大きかった。
仮面三つ分にしては贅沢すぎた素材のおかげで、どうせなら鎧を作ろうと方向転換したわけ。
勿論そう決断したのは空想科学兵器群を、この世界に流出・拡散させない為の使用者制限を組み込めこめることがわかったことも大きい。
だからこの鎧には、三人から頂いたそれぞれの髪の毛と爪が組み込まれている。
そうすることで使用は本人限定となり、さらに万が一に備えて、全てを土に還す俺しか知らない音声コマンドも存在する。
もっともそれらを組み込んだおかげで、魔法石十個とその他諸々の素材を俺の持ち出しで負担しているのだが、それは必要なコストとして割り切ることにした。
さらに戦闘にも加わることを考慮して、腰には二本の機械式アームを組み込むという奮発ぶりだ。
原理はライラや八号の多腕支援射撃システムのフレキシブルアームと同じだ。
流石にABCスーツのように、装着者の運動能力を数十倍も向上させる機能を付与するには、レア素材が足りなさすぎた。
とにかくこの鎧の名称は、RPGスーツと言ったところか。
「ユ、ユリアナ様、これは凄いですよ! 本当に何も身に着けていないように軽い! いや、むしろ動きが速くなったような……!」
「ね! ね! ユリアナ様チョー凄い! 見て見て! この腰のアームは変幻自在に動くっす! これを使えば、ライラや八号みたいに自分も森の中を飛びまわれるっす!」
イーロンとテルマも、早速RPGスーツを身に着けて子供のようにはしゃいでいる。
イーロンは剣を抜いて幾つかの構えを試していて、テルマは腰のフレキシブルアームを展開してソファを持ち上げてみたり、足代わりにしてジャンプしたりしている。
ユリアナも加わって三人でワイワイガヤガヤと盛り上がっている様を見ていると、俺としても嬉しくなってくる。
「じゃあこれからテストも兼ねて森の奥へ行って見ますか? 魔物の一匹くらいには出会えるはずだから」
それを聞いた三人の目が、クリスマスプレゼントを手にした子供の用に、これでもかと言う位にキラキラと輝いた。
次回は土曜日の夜、日付が変わる前までには上げます。
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