第六十三話 新武器開発と新たなる火種
エマリィのお祖父さんとアルマスがグランドホーネットを旅立った日から、早速地下迷宮へ行くための準備が始まった。
ちなみにエマリィのお祖父さんには、大陸の北のほうにある小国まで送り届けた時に無線機も渡してあるので、何かあった時はいつでも連絡が入るようにしてある。
そしてアルマスにも無線機を渡してあり、ベースキャンプの場所が見つかり次第連絡が入るようになっていた。
そんな訳で、その日の夕刻に修復を終えたグランドホーネットは、シタデル砦前の平原から移動して海へ。
このまま沿岸に沿って大陸を逆時計回りに進んで、ステラヘイム王国と連合王国との国境沿いの海で停泊することになる。
そして航海中はもっぱら武器開発室へ篭って、ミネルヴァシステムで装備の能力向上を目指す日々へ。
まずは、ライラと八号の分から取り掛かる。
二人とも希望しているのはデフォルト武器の火力アップだったので、ライラのマジカルガンにはセイレーンの鱗を、八号のベビーギャングにはユニコーンの頭蓋骨を組み込んで見ることに。
「はわわわわわわわ! ちょ! これ凄くないですか!? ライラちゃんもしかして魔法少女どころか魔法淑女くらい凄くないですかぁーっ!!!」
いや、その例えがわかんねーよ。まあ言いたいことは何となくわかるけれども。
甲板で試射をしてみることにしたのだが、ライラは新マジカルガンを構えたまま嬉しそうに飛び跳ねていた。
無理もない。いまマジカルガンの銃口からは、毎分一トン近くはありそうな水が大量に噴出しているのだから。
しかし……
「こ、これって使い道あるんですかねえ……グス」
と、一転して意気消沈して涙目になるライラ。
それもその筈。マジカルガンの銃口から噴出す水は、確かに大量なことに違いないのだが、いかんせん勢いがないので、二メートルくらいの付近で放物線を描いて、甲板の上へゴボゴボとこぼれ落ちていくだけなのだ。
これでは遠くの魔物どころか、近場の獲物も仕留めるのは難しいだろう。
ミネルヴァシステムを使った武器作りも、単に素材を投入してボタンを押せばいいだけではないらしく、いろいろと試行錯誤をしていかなければならないようだ。
とりあえず場の空気を変えようと、俺はおしっこガンに改名でもするかと提案しようと思ったが、ライラの後ろ姿が余りにも悲哀が漂っていたので、そっと胸にしまっておくことにした。
「と、とりあえず、何か素材を加えれば水流の勢いが増すはずだから、しばらくはマジカルガンは実戦では封印ってことで……! じゃあ次は八号いってみようか!」
「は、はい……!」
ライラの惨状を目の当たりにして少し緊張気味の八号は、深呼吸のあとですっと両手にベビーギャングを構えた。
ヴバァン! ヴバァン! ヴバァン!
と、これまで渇いて軽い射撃音だったのが一段低くなり、更に迫力が増した音が空と海にこだまする。
しかも今まで一丁辺りの装弾数五発だったものが二倍の十発となり、さらに一発辺りの威力も向上している。
その威力はゲーム内で例えるならば、ハードモード全般で使えてヘルモード前半なら立ち回り次第というところか。
この世界だと銀クラスの魔物なら、一ケタまでなら一人でも十分戦えると言った感じだろうか。
そもそも金クラスの魔物は、俺自身サンプル数が少ないのでなんとも言えないし、魔物が個体か群れか、戦う場所が平地か森の中か、ダンジョンかそうでないかで随分と変わってくるので、あくまで目安としての話だ。
どちらにせよ、上位クラスの魔物にも十分通用しそうな威力の武器が、弾切れの心配なく行使できるということは、それだけで八号自身にとっても、パーティーにとっても物凄いアドバンテージとなる。
だから八号の装備改造は成功と言えるだろう。
甲板の端でじょぼじょぼじょぼじょぼと空しい音を立てているマジカルガンとライラを残して、俺は再び武器開発室へこもることに――
真夜中の楽園都市ダンドリオン。
人々は寝静まり、通りには人影一つもない。
いや建物の陰で息を潜める影が一つ。
その影は路地裏を飛び出して大通りを横切ると、一軒の道具屋へと一直線に向かって駆けていく。
そして、そのままの勢いでガラス扉を蹴り破って店内へ侵入すると、大胆にも棚に並んでいた魔法石を無造作に麻袋へ詰め込んでいく。
その影の動きが、ピタリと止まった。
振り返ると、いつの間にか通りには数人の兵士たちが整列していて店を包囲していた。
「――貴様が巷を賑わす魔法石強盗か! 観念せよ! 我ら第一騎士団が来たからにはもう好き勝手にはさせぬぞ! かかれ!」
隊長の合図で、隊列の中で呪文を詠唱していた兵士たちの両手が魔法防壁を生み出して、次々と道具屋の店先を覆い尽くしていく。
そして意図的に設けられているらしい魔法防壁の隙間から続々と兵士たちが店内へ突入すると、影は即座に壁を蹴って飛び上がると天井を突き破った。
そしてそのまま屋根伝いに夜の街を駆けていくと、そこら中で待機していた兵士たちが続々と通りに飛び出してきては、矢を放ったり魔法攻撃を仕掛けてくる。
どうやらダンドリオン全域で警備網を敷いて待ち構えていたらしい。
しかし影は動揺した素振りを見せる訳でもなく、粛々と淡々と屋根の上を走り続けて、兵士たちの攻撃を軽やかに避けて城壁を目指した。
そして城壁まであとわずかまで迫った時――
城壁の上で身を潜めていた無数の兵士たちが一斉に立ち上がるのが見えた。
それまで冷静だった影は、初めて感情を露に舌打ちをした。
「ヒトの分際で小癪なんだよ! この街もそろそろ潮時か! 最後にいいものを見せてあげるよ!」
そう叫ぶと、影は屋根の上から通りへと飛び降りた。
そして地面に着地した瞬間、青白い光が四方八方へ伸びたかと思うと、大地が光の速さで立方体状に隆起して、影を空高くに打ち上げていた。
月夜を切り裂いて城壁と兵士たちを軽々と飛び越えていく影は、そのまま夜の闇に消えて行った。
ヒルダはダンドリオン近郊の森の中を駆けていた。
そして追っ手がいないことを確認すると、軽やかな足取りで洞窟の中へ入っていく。
中に居たのはマキナだ。
しかしその姿は以前よりも成長していて、年齢はヒルダと同じ十代後半に見える。
「おかえりなさいママ……! 今日も無事でよかったです……!」
マキナは満面の笑みを浮かべてヒルダに駆け寄り、ヒルダも満更でもない顔でマキナをハグした。
「ふふ、誰にものを言ってるんだよ。稀人さえ居なければ、ヒトなんか恐れるに足りないもんだ。ほら、今夜の収穫だよ。たっぷりとお食べ。可愛い坊や」
ヒルダが差し出した麻袋を見て、マキナはまた笑みを浮かべた。
そして次々と魔法石を掴んでは飲み込んでいく。
魔法石がマキナの喉を通り腹腔へ吸い込まれていく毎に、マキナの全身がバキボキと音を立てて骨格が成長していった。
より骨太に、より広い肩幅に、より厚い胸板に――
そんなマキナの変化を、ヒルダは半ばうっとりとした表情で頼もしそうに見つめていた。
そして、ふと自分の右腕を見たヒルダは、感慨深そうに右手を開いたり閉じたりしてみる。
あの時――
稀人のタイガ・アオヤーマに敗れて右腕を失った。
しかし潜伏していた山の中で気を失うように眠っているうちに、失われたはずの右腕は元に戻っていた。
すぐにそれがマキナの仕業とわかった時に、ヒルダの胸にあったのは、半分の恐怖と半分の言葉では表せない複雑な思いだった。
マキナにどうやったのかを問い質してみても、髪の毛を拝借して腕を作り、それを手術でくっつけたと要領をえない返答が返ってくるだけで、ヒルダは胸に蠢いている様々な感情を棚上げにするしかなかった。
そして日々が過ぎるうちに、自分の新しい右腕がまったく何の問題もなく機能している事実を目の当たりにして、ヒルダの中に頑なにあったしこりはゆっくりと氷解していった。
その後に訪れたものは、マキナに対する言いようのない親愛の情だった。
肉親でもなく、恋人でもなく、友達でもなく、それでも心の底から湧き上がってくるマキナに対する愛情めいた感情。
便宜上親愛の情と名付けはしたが、それとも違うことはヒルダ自身がよくわかっていた。
例えるならもっと純粋で、もっと無垢で――
ヒルダは成長してより逞しくて男らしくなったマキナの裸体を、右の人差し指でなぞりながら胸に渦巻く感情と向き合っていると、ふと我に返ったように洞窟の入り口を振り返った。
その瞬間――
黒い影が物凄い勢いで洞窟の中に侵入して来たことに気がついて、無意識のうちにマキナの胸板を弾き飛ばしていた。
「――いひひ、ヒトの街であれだけ無責任に大暴れしてくれたかと思ったら、こんなところでヒト族の男と逢引きかい? ほんとにつくづく情けないねえ、ヒルダ……!」
その全身黒装束に身を包んだ何者かは、いつの間にかヒルダの真上の岩肌に逆さまに立っていて、伸ばした右腕がヒルダの首を軽く掴んでいた。
そして長い獣のような爪が静かに首筋に食い込んでいて、無言の圧力を送っていた。
「あ、あんたも魔族なの……? どうして私の名前を……?」
ヒルダは天井からぶら下がっている女の額に、自分と同じような角が生えていることを見逃さなかった。
「ふん。まったくこのタリオンの九十九番目の庶子にして、六十六番目の娘子ときたら、自分がしでかした事の大きさに気付いていないと見える。やれやれ、どうしたものか……」
その黒装束の女は天井から降りるとヒルダと並び立った。
身長が二メートル近くもある長身でも骸骨のような顔をしたその女の後ろでは、今にもマキナが飛び掛ろうとしていたので、ヒルダは慌てて右手を振って制した。
「いい判断だ。飛び掛っていた瞬間に、そのヒト族は私に首根っこを引き千切られて死んでいたよ。私の名はロウマ。タリオンの十番目の庶子にして四番目の娘子さ。あんたが生まれたというのも風の噂で聞いたくらいだ。だからあんだが私を知らなくても無理はないよ……」
「姉様……? 十番目の……? ロウマ姉様――?」
「ああ、そうだ。今は魔王様の任務で、このトネリコール大陸にヒト族として紛れているのさ」
「そ、それよりも姉様聞いてください! 父様が……! タリオン父様が、稀人に……!」
「ああ、知っているとも……父様のことも、その稀人のこともね……。そしてお前、ヒルダが魔王様に無断でこの大陸までやって来て大暴れした挙句に、稀人に撃退されたこともね……」
「そ、それは……」
「魔王様は今回のお前の行動に激しくお怒りだよ。魔王様にはしっかりとした考えがあって、その指示のもと父様も私もほかの魔族たちも行動しているんだ。なのにお前ときたら勝手に行動した挙句に、魔王様の崇高な計画に水を差しただけに止まらず、魔族の名まで地に貶めた。魔王様はこの大陸に潜んでいる全ての魔族に、お前の暗殺指令を出したよ。もしまだ生きていたとしたら、即刻抹殺せよとね……」
ロウマは抑揚のない声でそう静かに述べると、ニタァと骸骨のような顔に笑みを張り付かせた。
そしてヒルダの首を掴んでいる右手に徐々に力が入っていく。
ヒルダは抵抗しようにも、ロウマの感情のないガラス玉のような瞳に睨まれて、身体が思うように動かなかった。
しかし、突然すっとロウマの腕から力が抜けたかと思うとヒルダは解放された。
「そうは言っても、私たちはタリオンの血を引く姉妹だ。あんたにチャンスを与えてやろうじゃないか……」
「チ、チャンス……?」
「ああ、私が担当している任務にイレギュラーなことが起きてね。少々面倒くさいことになっている。それを手伝いな。もし上手く行けば、私から魔王様に暗殺指令を取り下げてもらうように頼んであげてもいい」
その提案にヒルダはしばらくの間熟考すると、ロウマを正面から見た。
「その提案を受ける。但しその男も一緒に連れて行く。いいでしょ? 私、思った以上にヒトと相性が良くて、もうそいつ無しではダメなの。いいでしょ姉様……」
「やれやれ、まさか九十九番目の末っ子が、こんなゲテモノ好きに育つとはね。父様も浮かばれないもんだ。まあいい。私が邪魔だと判断したら、いつでも始末するからね。さあ、ついてきな。行き先は隣国だ」
そう言うと、ロウマはすたすたと洞窟を出て行く。
ヒルダはマキナの体の埃を払ってやるふりをして、耳元で「相手が悪い。今はおとなしく従うふりをしよう……」と囁くと、ロウマの後に続いた。
次回更新は水曜日の朝六時ごろとなります。
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