第五十話 重鉄の襲撃者
ライラは艦内へと飛び込だ。
そして侵入者の影を求めて艦内通路を走っていると、ライラの姿に気がついた貴族たちが口々に、「あれは魔族だ! 魔族の女だ!」「下へ逃げて行ったぞ!」と叫んだ。
「わかりました! 皆さんはここに居てください!」
ライラは階段を駆け下りてフロアを一つずつ確認していると、突然物陰に潜んでいた影が襲い掛かってきた。
魔族の娘ヒルダだ――
ヒルダの繰り出した貫き手に、ライラは反応出来ていなかったが、背中のフレキシブルアームの一つが瞬時に反応していた。
大盾がヒルダの貫き手を受け止める。
と、同時に残りのアーム全てが一斉にアサルトライフルの銃口を向けた。
しかし天性の戦闘能力の高さと言うべきか、そのままヒルダが後方へ退いていれば、アサルトライフルの弾幕の餌食になっていたはずなのに、ヒルダは更にぐいっと前へ踏み込んでみせた。
その状態ではライラにも弾が当たってしまうので、フレキシブルアームは発砲を踏み止まっている。
「くっ! この――!」
「遅いね――!」
ライラの困惑の表情とは裏腹に、ヒルダは口許に薄笑いを浮かべて右手でアサルトライフルを、左手でマジカルガンを押さえ込んだ。
そしてその両手から何やら光と波動が発せられたかと思った瞬間、マジカルガンとアサルトライフルが塵状になって霧散してしまう。
「――な、なんなんですか!? せっかく作ってもらったマジカルガンなのにぃ!」
思わず涙目で後ずさるライラだったが、ヒルダはピタリとその動きに合わせて、残りのアサルトライフルも同じように一瞬にして塵に変えてしまった。
そして最後の止めと言わんばかりに、ライラの胸元に叩き込まれる掌底。
「うきゃ!」
くぐもった悲鳴とともに、床の上を転がっていくライラの体。
しかしヒルダは怪訝な表情を浮かべて、自分の掌とライラを交互に見ていた。
「――貴様は人造人間か!? しかも私の魔法を跳ね返すくらいの、相当に高度な魔法で練成されているときた……。どいつもこいつも気に入らないねえ! ほんとに稀人ってやつは――!」
そうヒルダは歯を剥き出しにすると、怒りまかせに両手で廊下を叩いた。
「ちょ――テルマやんと同じ!? ヤバイです!」
ライラの脳裏に、テルマが同じような動作で魔法を発動させていた姿が過ぎる。
衝撃を警戒して思わず身を丸め、その姿を隠すようにして大盾が立ち塞がった。
しかし、いっこうに何も起こらない。
「うん……?」
ライラが大盾から顔を覗かせると、ヒルダの居る場所からライラの方に向かって、廊下の床に無数の針状の突起物が突き出していたが、それは途中で綺麗に消えていた。
「くっ……! さすが魔法戦艦と言うべきか! 妙な力場が働いていて、魔力のコントロールが思うようにいかないときたもんだ! でも、命拾いしたとは限らないからね……!」
ヒルダは自分の妖精袋から小型ゴーレムを二体取り出すと、それを掌の上で重ねて捏ねくりだしてみせた。
二体の小型ゴーレムは、ヒルダの掌の中でまるで粘土細工のようにぐにゃぐにゃと絡み合っていき、みるみるうちに鉄色の球へと変形していく。
そして、ヒルダがボーリングでもするようにその球を廊下に転がすと、それはライラの目前でガシャガシャと音を立てて、人型のゴーレムに変形していくではないか。
「こ、こんなの反則ですよ!?」
全長二メートル余りの、熊のような体格をしたゴーレムは両手が鎌状になっていて、猛然とライラに襲い掛かった。
しかし、ライラの腰から伸びるフレキシブルアームが、足代わりとなってステップバック。
俊敏な動きでライラの体が後方へ回避する。
巨大な鎌は、ライラの鼻先をぎりぎり掠めていく。
鎌が空を切ったタイミングを見計らっていたように、に肩側二本のフレキシブルアームが大盾を掴んで振り上げて、そのまま熊ゴーレムの脳天へ叩き込んだ。
しかし、大盾が脳天を直撃する寸前のところで、熊ゴーレムの二つの鎌が一閃。
大盾は綺麗にすぱりと、四等分に切り刻まれてしまう。
「あわわ!」
その鋭い切れ味に、ライラは思わず目を白黒させた。
そして堪らずに傍らの空き部屋へ飛び込むと、ドアを閉めて壁際までダッシュ。
背後では熊ゴーレムが、鎌でドアを真っ二つに切り裂いて追いかけてくる。
「部屋に入るときはノックしてくださーいっ!」
ライラは涙目でそう叫ぶと、丸窓を開けて躊躇することなく外へ這い出した。
そして四本のフレキシブルアームが、グランドホーネットの外壁の継ぎ目を伝って、器用にライラの体を運んでいく。
「バーカバーカ! 悔しかったらここまで追いかけてみろってもんですよ!」
丸窓は人間の大人が、なんとか通れるくらいの大きさしかない。熊ゴーレムの巨体では到底通れる筈がなかった。
更にいくらあの切れ味鋭い鎌でも、グランドホーネットの防護壁は斬れる筈もなく。
つまり熊ゴーレムは、それ以上ライラを追いかけられないという事。
ライラは勝ち誇ったように、あっかんべーとお尻ペンペンをしながら外壁を這い上がっていく。
すると、熊ゴーレムが丸窓から頭部だけを突き出した状態で、何やら力み始めたではないか。
「うん……!?」
ライラが怪訝な顔を浮かべて、その様子を注視した。
すると、窓から突き出ていたゴーレムの頭頂部からは、幾つもの大小様々な立方体がガシャガシャと音を立てて生え出したかと思うと、その立方体の集団がみるみるうちに、ゴーレムの肉体へと変形していく。
驚くべきことに、今まで艦の内側から頭を突き出していたはずのゴーレムが、いつの間にか艦の外側から窓に頭を突っ込んでいる状態へと変わってしまったのだ。
「はあああっ!? そんなの意味わかんないですよ!? この変態ゴーレム、お前はキモいんですよ!」
熊ゴーレムは、両手の鎌を器用に外壁に引っ掛けてライラへ猛然と迫った。
ライラは慌ててその場から離れようと振り向いたが、一瞬動きが止まった後で、何を思ったのかもう一度熊ゴーレムの方へと向き直った。
そしてその両手には、いつの間にか二丁のグレネードランチャーが――
「――なあんてね! 残念でしたぁ! あなたはライラちゃんを追い詰めたんじゃなしに、ここへまんまと誘き出されたんですよ! 元エンタメ用アンドロイドを舐めるなよ? いつだってライラちゃんのエンタメ回路は、盛り上がる方を選択しろと囁くのですよ!」
と、ウインク一閃。
「ごめんね☆あなたと踊る相手はライラちゃんじゃないし! 地獄で閻魔様が待ってるDEATH!」
アクション映画風の決め台詞とともに、一斉に火を噴く二つのグレネードランチャー。
弾切れを起こすまで連続でグレネード弾が熊ゴーレムに叩き込まれていく。
グランドホーネットの外壁に激しい轟音とともに、幾つもの爆発と火花が連続して立ち上がり、船体が振動に包まれた。
そして黒煙が風に掻き消されていくと、黒く煤けた外壁が見えるだけで、熊ゴーレムの姿は消し飛んでどこにも見えなかった。
「さすがグランドホーネットです! これくらいじゃビクともしませんね!」
船体に被害が出なかったことと、熊ゴーレムを無事に倒したことに安堵の息を吐くと、ライラはまた丸窓から艦内へ戻ってヒルダの姿を探した。
すると、突然周囲を微弱なノイズが駆け抜けて艦内照明が一瞬だけ消えたかと思うと、すぐに何事もなく復旧した。
「こ、これは……? まさか……」
今のノイズは、明らかにグランドホーネットのシステムに何か異常があったサインだった。
ライラの顔が一瞬にして曇った。.
「も、もしかして、敵の狙いは魔法石ですか……!?」
ライラは弾かれたように、最下層フロアまで階段を駆け下りていく。
すると、途中で血相を変えた村のおばさん達と出くわした。
「ああ、ライラちゃん助けておくれ! 子供たちが――子供たちが連れ去られたんだよ!」
「ピピンちゃんに一番下が安全だからと連れて行かれたら、そこへ見知らぬ女がやって来て……!」
「その敵は今どこに!?」
「たぶん、まだ一番下の階に居ると思うよ……!」
「わかりました! あとはライラちゃんに任せておばさんたちは上へ!」
そう告げると、機関室へと急ぐライラ。
そして機関室に突入したライラの視界に飛び込んできたのは、ピノを含めた十人近い子供を、それぞれ五人ずつ抱えている二体の熊ゴーレムだった。その後ろにはヒルダの姿も見える。
「ライラちゃん、ピノ、捕まっちゃった……」
ゴーレムの腕の中で、無表情でうな垂れているピノ。
「ピノ! ちびっ子たちも! 心配しないでください! すぐにこのライラちゃんが助けてあげますからね!」
ライラはピノたちを元気付けるように、無理やり笑顔でサムズアップ。
しかしヒルダの手に、バレーボールほどの赤い魔法石が掴まれているのを見て表情が曇った。
すると、ヒルダが勝ち誇ったような笑みを浮かべて、非常ハッチの扉を開け放した。
「――稀人の大将へ告げろ! 子供たちを助けたかったら、私を追いかけてこいってね!」
開け放たれた非常口の向こうに、鉄色をしたプテラノドンもどきの怪鳥ゴーレムが姿を現す。
ヒルダは怪鳥の首筋に跨り、ピノたちを抱えた二体の熊ゴーレムは、怪鳥の足に掴まれて豪快に飛び去っていく。
その後ろ姿に向けてライラはグレネードランチャーの照準を合わせるが、結局最後まで引き金を引くことはできなかった――
ヒルダが洞窟へ戻ると、マキナは相変わらず一番奥の壁に持たれかかってうな垂れていた。
ヒルダの気配に気がついて、マキナは弱々しく頭を上げた。
「ほら、これで足りるか……?」
ヒルダは手にしていた魔法石を、ぶっきらぼうにマキナの足元へ放り投げた。
「ああ……」
マキナの口から弱々しい感嘆の息が漏れた。
すると、歯車やクランク軸やらが露出している方の半身から、カシャカシャと音を立てて蛇腹状の触手が数本伸び出てきた。
そして触手の一つが先端についている鋏で魔法石を砕くと、残りの触手が床に散らばった破片を摘んで、そろりと体内へと戻っていった。
すると見る見るうちに、剥き出しだった左半身が肌色の皮膚に覆われた。
しかもそれだけではない。五、六歳だったマキナの身長や体つきは、一気に十二、三歳くらいの少年のそれへと成長してみせたのだ。
それを見ていたヒルダの口から、思わず驚嘆の息が漏れた。
「ほう……」
「ありがとうございます。僕の命は救われました。あなたは命の恩人。僕に第二の生を与えてくれました。あなたのことを、これからママと呼んでいいですか……?」
マキナは覚束ない足取りでヒルダの元まで歩み寄ると、親しみを込めた笑顔でヒルダに手を差し伸べた。
しかしヒルダはマキナの指先が自分に触れようとした瞬間に、その手を払いのけてマキナの頬を裏拳で激しく殴り飛ばしていた。
「調子に乗ってんじゃないよ稀人の分際で! いいかい!? お前を助けたのは、あくまでも復讐のためだ! 父様の復讐にお前が役に立たなかったら、いつでもこの手で殺してやるからな! だから忘れるな! お前は私の役に立ち、私のためだけに働くんだ! もしそれを誓えないようなら、いつだってお前を切り裂いて殺してやる! いいな!?」
「はい、ママ……」
マキナは打たれた頬に手を当てて、すがるような眼差しでヒルダを見上げていた。
「よし、いい子だ。じゃあ私から幾つか質問がある。素直に答えろ。お前は魔法石があれば成長できるんだな?」
こくりと頷くマキナ。
「そうか。じゃあ今はどれくらいだ? 自分の最高の状態を百としたら、今はどれくらいの力が出せる?」
「たぶん三十くらい、です……」
「ちっ、それは私のミスだった。せっかく妖精袋もあったんだ。もっと獲ってくるべきだった……。敵の本拠地である魔法戦艦に乗り込んで、何が出てくるかと柄にもなく腰が引けていたのかもね……」
ヒルダは何やら考え込んだ後で、ふと冷酷な笑みを浮かべると、マキナの白髪を愛しそうに撫でた。
「まあいいさ……チャンスはまだある。それよりも、お前とソルジャーオメガは因縁の間柄だと言っていたね? お前が力を完璧に取り戻せないうちは、奴らに存在を気取られない方が、何かと都合がいいのかもしれない。だから私の役に立ってもらうのは、その時が来るまでしばらくお預けにするよ」
「何か策があるのですか……?」
「どうせ今の私とお前じゃ、返り討ちにされるのがおちだろ? だから考えたよ。あいつが大事にしてるものを、徹底的に壊してやろうってね。それであいつの面目を潰して、悲しみのどん底に叩き落しててやることに決めた。悔しいが今はそれで精一杯のようだ。いいかい? これからもお前の面倒は私が見てやる。それこそママのようにね。だからいい子で居ておくれ。絶対に私を失望させないでくれよ。わかったかい? 私の可愛い坊や――」
「わかりましたママ。マキナはいい子にします。だから……」
「人造人間でも人肌か恋しいってか。はは、調子が狂うな、たく。でも、今回はいいよ、来な」
ヒルダが苦笑を浮かべて両手を広げると、マキナは恐る恐ると手を伸ばした。
ヒルダは今度は払いのけることなく、マキナを優しく抱きしめた。
それこそまるで我が子を労わるように――
次回更新は明日の早朝六時ごろとなります。
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