第三十六話 森の凶暴王と謎の少女
プラントが見つかった森は、アスナロ村から北へ向かい里山を二つ三つ超えた場所にある。
広さは地球の単位で表せば、約三百五十キロ平方メートルと琵琶湖の半分くらいの広さだ。
自生している木々の大半は幅が五メートル以上、高さが百メートル近くはある、大木と言うよりも巨大樹とでも呼ぶべき巨大な木々だ。
サウザンドロル領は、こんな感じの手付かずの森林地帯があちこちに広がっている緑豊かな土地だった。
ちなみに迎賓館生活で暇を持て余していた時に、この世界の歴史や地理が書かれた書物に一通り目を通したのだが、このトネリコール大陸だけでおよそユーラシア大陸の倍くらいの大きさがあるとわかった。
さらに海の向こうにある魔族の領域の大陸メガラニカもほぼ同じくらいあって、ちょっと想像の範囲を超えたスケールの広い世界だったりする。
とにかくこの北の森に沿うようにしてダンドリオンへと続く街道が走っていて、隊商はそこから森の中を移動しているプラントを見かけたらしい。
だから雇った冒険者の捜索隊には、街道から五キロくらいの範囲での捜索を頼んでいた。
現在稼動している捜索隊は六人一組で計四パーティー。
その内の一つのパーティーが銀クラスのリーダーに、残りのメンバーが銅クラスで、皆十年以上の経験を持つという中堅パーティーだ。それ以外は若いパーティーばかりなので、余り無理はさせられない。
だから森の奥に関しては、俺たちマイケルベイ爆裂団の担当だ。
あと八号には最近ダンドリオンの冒険者ギルドで冒険者登録をさせて、無事ライラの時と同じく青ランクの冒険者としてデビューしているので、そのランク上げも兼ねていた。
今日も少しでも八号に多くの経験を積んでもらおうと前衛を任せて、俺が後衛を担う編成で森の奥を進んでいると――
突然前方の大木が倒れてきたかと思うと、その後ろから飛び出してくる巨大な影。
それは体長が三メートル近くあり、ゴリラのような逞しい肉体に、猿と蜂が混ざり合ったような奇怪な顔をした魔物だった。
「――こいつが蜂王猿か!? 気をつけろ八号!」
この森の生態については、ジュリアンや村人たちから聞き取り調査を行っていたが、皆が口々に危険度ナンバーワンに上げていたのが、この森の主とも言える蜂王猿だった。
確か地下に穴を掘って巣を作り、そこに十体から二十体のコロニーを形成して生活しているらしい。
そして縄張りに侵入してきた者には、警告もなく問答無用に群れ全体で奇襲攻撃を仕掛けてくる厄介な性質とのこと。
そんな情報を頭の中で反芻していると、右手の木陰から突然飛び出してくる黒い巨大な影――
それは時間にして八号が襲撃を受けたのと、ほぼ同じタイミングだった。
咄嗟にHAR-55の銃口を向ける。
しかし一瞬早く、蜂王猿のショルダータックルが炸裂していた。
強烈な衝撃で吹き飛ばされた俺の体は、背後の大木をなぎ倒して地面を転がっていく。
「いってぇーっ……!」
立ち上がろうとするも、今度は背後から新たな衝撃が――
どうやらほかの個体に蹴り飛ばされたらしい。
明滅するシールドモニター。
地面の上をサッカボールのように数十メートルも転がった後で、俺の体は大木に叩きつけられてようやく止まった。
今の攻撃でHPが五百近く削られたことを確認しつつ、必死に息を整えた。
衝撃はABCスーツが吸収してくれているとは言え、三半規管まではどうにもならない。
まだ頭がくらくらする中、何とか木にもたれかかったままの体勢で立ち上がると、正面から突進してくる蜂王猿にHAR-55の銃口を向けた。
「ははっ、お前らは俺を怒らせた!」
バババッ! バババッ! バババッ!
と三点バーストの射撃音が三連続で鳴り響く。
突進して来る蜂王猿の熱い胸板に、Zの形で血の花が咲いた。
そしてナノテクノロジー・エクスプロダー弾は、着弾と同時に弾丸先端の特殊雷管が起動して埋め込まれている火薬を炸裂させた。
蜂王猿の巨体は鈍い音とともに風船のように弾け飛んで、肉片や内臓が辺り一面に盛大にばら撒かれる。
「八号、こっちへ下がれ! その武器じゃ相手が悪すぎる!」
「――り、了解です!」
八号が装備しているのはNPC専用のアサルトライフルとバズーカー砲で、プレイヤーの初期装備以下の威力しかない。
八号はそれでもバズーカー砲で奮闘していたが、いかんせん火力が弱すぎる。
バズーカーは蜂王猿のぶ厚い胸板に着弾しても、かすり傷程度のダメージしか与えられていない。
「このゴリラ野郎ども硬すぎるだろ!?」
「ソ、ソルジャーオメガ、自分もそろそろもっと強力な火力が欲しいです……!」
「ああ、わかってる! いま素材を集めてるから辛抱してくれ! こいつらがここまで硬いとは思わなかったよ……!」
そして既に周囲は十数体の群れに取り囲まれていて、そいつらが乱雑に四方八方から襲い掛かってくる。
更に巨体に似合わず移動スピードが俊敏な上に、地面を一直線に突進してきたかと思えば、突然木陰に身を隠したりと生意気にフェイントを仕掛けてくる。
かと思えば、大木の枝を伝って四方八方から飛び掛ってくるものもいて、動きがトリッキーすぎてAIMを合わせにくく、フレンドリーファイアを誘発しやすい。
更に名前が表す通り蜂王猿は、太く短い尻尾から毒性のある針を吹き矢のように飛ばしてくるのだ。
針の全長は十五センチ程度。個体差はあるが一体につき、平均百本程度は体内にストックされているらしい。
ガンッガンッガンッガンッ!!!
と、四方八方から雨のように降り注ぐ毒針が、ABCスーツの装甲を叩いてHPを削っていく。
これをボディーアーマーだけでほぼ生身同然の八号が食らったら致命傷は確実だった。
「一旦距離を取る! 俺が食い止めてるうちに出来る限り離れろ!」
「頼みますソルジャーオメガ!」
「今だ! 走れ走れ走れ!!!」
俺の合図で木陰を飛び出していく八号。
俺はHAR-55を二丁持ちにして制圧射撃。
バババッ! バババッ! バババッ! バババッ! バババッ! バババッ! バババッ! バババッ!
ボフッ!ボフッ!ボフッ! ボフッ!ボフッ!ボフッ!ボフッ!ボフッ!ボフッ!
無数にばら撒かれたナノテクノロジー・エクスプロダー弾が、大木や地面に命中して小さな爆発があちこちで巻き起こった。
大木が次々と倒れ、枝や葉っぱが頭上から散乱して、俺の周囲だけ森が開けていく。
そして毒針の斉射がピタリと止んで、さすがの蜂王猿も逃げ出したかと思ったのも束の間、数体が俺を迂回して八号の方へ向かっていく姿を捉えた。
「――ちょっとしつこすぎるだろ!?」
すかさず俺はフラッシュジャンパーへ換装。最高速度百四十キロの速力とジャンプ能力を駆使して後を追いかけた。
八号は人造人間だけあって生身の人間よりも運動能力は高かったが、さすがにこの森の王とも言える蜂王猿の方が移動速度は速い。
三体の群れは雲悌を高速移動でもするみたいに、器用に二本の腕で枝から枝を渡って八号との距離をぐんぐん縮めていく。
しかしフラッシュジャンパーの移動能力はそれを上回っていた。
俺は急速に背後から三体に接近すると、既に装備していたプラズマガンZZの引き金を引く。
ドウルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!!!
四つの銃口から発射された四発のプラズマ球は、途中で一発あたり二十個に分裂。
さらに引き金を引き続けて連射でプラズマ球を放ったので、合計百発以上の小型プラズマ球体が三体に襲い掛かった
広範囲に広がったプラズマ球の弾幕に、一体が全身を蜂の巣上に穿たれて崩れるようにして地表に落ちていく。
残り二体は体の一部を負傷しながらも致命傷には至らなかったようで、弾かれたように木陰に姿を潜めた。
「――八号掴まれ!」
俺は走りながら二体が消えた方向へプラズマ弾をばら撒く。そして八号を脇に抱えた。
背後からは幾つもの鳴き声や枝が揺れる音がしていて、群れの残りが迫っていた。
巣からある程度離れれば諦めるだろうと思っていたが、どうやらそれは単なる思い違いだったようだ。
「ここまでしつこいのか……!」
この狂気じみた執念深さに、思わず背筋に冷たいものを感じる。
こうなってくるとこの森の生態を聞き取り調査した時に、蜂王猿のランクが個体は銅だが、群れ単位では銀、魔法が使える上位種の混ざる群れだと金クラスになると言う話も十分に納得できる。
ただてさえ動きが鈍る森の中で、生身の体のままこの群れの集団から逃げ延びるには、相当の手練れ揃いか、統率がしっかりしているパーティーじゃなければ無理だろう。
俺は八号を抱えたままフラッシュジャンパーの脚力を利用して、ジャンプを繰り返しながら森の中を進んでいく。
順調に群れとの距離は離れていき、このまま行けば完全に引き離せると思った矢先――
着地地点に人影が立っているのを発見して、驚いて空中でバランスを崩す俺。
突如木陰を縫うようにして空中に出現した俺を見て、凍り付いたように固まっている人影。
その華奢な体のラインからも人影は女性だろう。
こんな武骨の塊とも言えるABCスーツの直撃を食らっては一溜まりもないはず。
「うおおおおおおおおおおおっ!!!」
空中で身を捻り手足をバタつかせて、少しでも着地点をズラそうと試みる。
そして――
地面を激しく転がっていくフラッシュジャンパー。
その腕の中には八号と女性の姿が。
「――大丈夫!? ケガはしてない!?」
「は、はい。ソルジャーオメガ大丈夫です!」
「いや、お前のことじゃないし!」
俺は腕の中の女性を見る。
イスラム教のブルカに似た目の部分だけが開いた、全身を覆いつくしている外衣のせいで、はっきりとした性別は不詳だったが、長いまつげや華奢な体つきから女性で間違いないはずだ。
しかしなんでまた女性がこんな森の深い所に一人で居るんだ?
「うう……」
すると、短く篭った声とともにブルカの女性が目を覚ました。
薄く開いた瞳が徐々に焦点を取り戻していくと、金色の瞳が驚いたように見開かれて――
俺を弾き飛ばすと、四つん這いで遠ざかっていく。
「いや、別に怪しい者じゃないから! 突然急に君が現れたものでつい! どう? どこもケガをしてないかな……!?」
俺は女性を少しでも落ち着かせようと、ヘルメットのシールドとフェイスガードを全開にしてありったけの作り笑顔を浮かべた。
女性は呆然としたまま俺の顔を見ていたが、突然はっとして森の奥を見た。
蜂王猿たちのヒステリックな甲高い叫び声がこちらに近付いて来たのだ。
「ああ、ほんとしつこいにも程があるだろあいつら! 徹底的に痛い目見せないとわからいってか!?」
俺は音声コマンドでフラッシュジャンパーからビッグバンタンクへと換装し、「重機関銃」からガトリングガン・ヘカトンケイルを、「カノン/迫撃砲」からグレネードランチャーMA-70を装備。
グレネードランチャーMA-70は、ハードモード終盤で入手可能のグレネードランチャー系では二番目の威力を誇る武器だ。
全長八十センチ、四十ミリ特殊グレネード弾の装弾数は十発でドラムマガジンを使用。
十点バーストの設定しかない上に、リロードタイムも決して早くはないので取り扱いには注意が必要な武器だ。
俺はさっそく群れが近付いて来る方角に向けてヘカトンケイルをぶちかます。
神話上の巨人の名を冠したガトリングガンは四十五口径の銃を三つ備え、そこから繰り出される弾丸の一発あたりのダメージは三百ヒットポイント、総弾数五百発を約十五秒で撃ちきるという破壊力だ。
BRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!
と、脳天を直撃する獣の咆哮のような射撃音とともに、大木や巨大樹がなぎ倒されて視界が一気に広がっていく。
そしてヘカトンケイルの弾奏が空になると、すかさず今度は左手から、
シュパパパパパパパパパパン!!!
と、軽やかな射撃音が鳴り響いて、特殊グレネード弾が十点バーストで一気に発射された。
MA-70最大の特徴はその弾丸にある。弾丸はクラスター爆弾の様に空中で破裂すると、小型の特殊弾薬を辺り一面にばら撒く。
このクラスター弾薬を効果的にばら撒く為に、視界を遮っていた巨大樹や大木を最初に処理をしておいたという訳だ。
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドーーーーーーーーーン!!!
と、森の奥でまるで水面に大量の砂利を力いっぱい投げつけたかのように、広範囲に渡って百近い数の火柱が一斉に立ち上がって、地面が激しくが揺れた。
そして特殊弾薬は二種類あり、一つ目が今爆発した炸裂弾。
二つ目は遅延信管を組み込まれたプラズマ弾になっていて、それは最初の炸裂弾が引き起こした爆発によって宙に舞い上がり、射撃範囲は自ずと更に拡散されることになる。
それも青いプラズマ放射を伴って――
目の前に立ち上がった無数の爆炎の壁から一瞬遅れることコンマ数秒。
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリッッッ!!!
と、激しく青白い稲光が縦横無尽に走り抜けた。
それは先ほどの爆破範囲よりも二周りほど広範囲だ。
さすがの蜂王猿の群れも、丸焼きか感電するしかないだろう。
その証拠に森は何事もなかったように静けさを取り戻していく。
「あー素材が取れなかったのは痛いけど、さすがに今回は諦めるしかないよな……。さて、もう日が暮れるし今日は一旦村へ戻ろうか。あれ、さっきの女性は――?」
俺が振り向いた時には、ブルカの女性の姿は忽然と消えていた。八号もMA-70の威力に見蕩れていて女性のことは気にしていなかったという。
「うーん、なんだったんだろうなああの人。女の人が一人でこんな森の奥に住んでるのか? まさかな……」
森の生態を聞き取り調査した時はそんな話は一言も出なかったが、村へ帰ったらもう一度村人に聞いてみる必要はありそうだ。
それにあの女性も何か助けが必要ならば姿を消す必要もないわけで、何も言わずに居なくなったと言う事はそういうことなのだろう。
それとも俺たちに何かやましいところがあるとか? あの女性が……?
いくら考えても埒があかないので、村へと戻ることにする。
そしてその帰路の途中で俺たちが発見したのは、何か巨大な力で捻じ切られたプラントの残骸だった……
次回更新は明日の早朝六時ごろとなります
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