第三十五話 機動自治区グランドホーネット始動せよ!!!
グランドホーネットの艦橋で待機していたライラの元へタイガから連絡が入ったのは、謁見の儀が終了してから三十分後だった。
――おーい西×運輸や。ライラおるかー!?
「はいはーい、いるかおるかライラー! ライラちゃんここに居ますよキャンキャン! ハッ! ハッ! ハッ!」
――この電話は現在使われておりません。お掛けになった番号をご確認の上……
「いやいや、そっちから掛かってきたんだし! ていうかこれ無線だし!」
――いや、なんかテンションがやけに高いから関わったら負けかなと思って……
「だってぇ、そんなのタイガさんがよく知ってるでしょ! もういけずなんだからあ! で、どうなりましたか!?」
――たった今正式に王室から布令が出た。機動自治区グランドホーネット本日爆誕だ! あとは打ち合わせ通りに頼む。任せだぞライラ様!
「ラジャーメジャー電子ジャー! ライラちゃんにお任せください! もう航路は頭の中にバッチシです! あとは発進レバーを、こうクイックイッと押すだけですから! クイクイっと!」
――なんかそのハイテンションが気になるけど、まあ頼むよ。くれぐれもこっちに到着するまでに、村を二つ三つ潰してきたなんて止めてくれよ
「やだ、大丈夫ですよー! ライラちゃんそこまでマヌケじゃないですから、ウフッ! それに航路の大半は海になるので絶対絶対に大丈夫なのDEATH!」
――ああ、わかったわかった。じゃあ何かあったら連絡くれ。俺たちは今まで通りアスナロ村で野営してるから
「了解しましたー!」
タイガとの通信を終えると、ライラは背筋を伸ばして深呼吸を一つ。そして、
「――マイケルベイ爆裂団司令本部兼ステラヘイム王国内機動自治区、魔法戦艦グランドホーネット号始動! 目的地はサウザンドロル領シタデル砦!」
と、発進レバーをクイクイッと倒す。
艦全体に微振動が響いて、艦底部の巨大キャタピラがミシミシッと大地を踏みしめながら、ゆっくりと前進を開始するグランドホーネット。
ライラはしばらくの間、感慨深そうに発進レバーを倒した姿勢のままで固まっていたが、ふと我に返ったように窓際へ歩み寄った。
「ま、自動運転なので私がやることはほとんどないんですけどね……」
左右にそびえ立つ二千メートル級の絶壁が後ろへと流れていく。
グランドホーネットはこのまま渓谷を東へ向かい、一度海上へ出てから海岸線に沿って時計回りに進み、シタデル砦近くの海岸から再上陸する予定だ。到着予定は明後日。
ユリアナ姫王子を救出しに行った際に、タイガたちが通った内陸ルートを進めば今日中には到着出来るが、途中に広がる田園地帯を踏み潰す訳にもいかず、かと言って迂回するにはグランドホーネットの巨体では手こずりそうな山岳ルートしか残されていないので、遠回りにはなるが海ルートを通ることになったのだった。
思い返せば、自分がこの世界で具現化してから二ヶ月あまり。
その半分近くは一人で居ることが多かった。
あと二日我慢すれば毎日みんなと過ごせるようになる。
ライラは自分にそう言い聞かせながら、流れ行く渓谷を眺めていた。
その人影に気がついたのは、渓谷を抜けてしばらく進んだ時の事だった。
渓谷の先の海沿いには幾つかの小さな集落があることは、懇意にしている宿場町のギルド長ヘルマンから情報を得ていた。
だからライラは渓谷を抜けると艦首で一人タイタニックごっこをしながら、一応前方を注視していたのだ。
こんな巨大な物体が接近すれば、どんなマヌケでも気がついて逃げるだろうから、余程のこでもないと轢かれるようなことはないだろうと、ライラ自身思っていたが要は暇だっただけである。
しかし前方に五つの人影を発見した時に、ライラは思わず「ビンゴ!」と口ずさんでいた。
そして用意していたメガホンマイクで注意喚起した。
「おーい! そこの人たちーっ! 早く逃げなさーい! グランドホーネットは急には止まれないんですよーっ!!! ん……!?」
ライラは思わず目を凝らして前方の人影を凝視する。
よく見れば五つの人影は、こちらに向かって走って来ている。
先頭を走るのが十歳くらいの女の子で、その後ろを走るのは腰や背中に剣を携えたいかつい男たちだ。
「むむっ、これは悪の匂いがプンプンします!」
ライラは艦橋まで走っていき大慌てで停止レバーを倒すと、また艦首まで戻って来てどこからか持って来たロープを甲板の手摺りに引っ掛けて、スルスルとロープを伝って降りていく。
そして最後の十メートルは人造人間の体力を生かして一気に飛び降りると、少女に向かって突進した。
そのまま少女の横をすり抜けると、後方から迫っていた四人の男たちの前に躍り出る。
「じゃじゃーん! 正義のオペレーターアイドルライラちゃん参上です! 鍋のアクは見逃してもこの世の悪は見逃さない! 私に見つかったのが運の尽き! 二つの太陽背中に背負って今日も悪を焼き尽くす! 悪者の皆さん覚悟なさい!」
と、ライラが意味不明の口上で凄んでみたものの、既に男たちは背後に見えるグランドホーネットの威容に意気消沈していた。
「お、お姉さん…今あの船から出てきたよね……?」
「もしかしてあれって伝説の魔法戦艦じゃないのか……?」
「嘘つけよ、現代の魔法技術じゃ復元出来ないって話だぞ」
「じゃあ、なんなんだよあれ……?」
「で、でも、とにかく何でもいいからガキを連れ戻さないと、親方に半殺しにされるぞ……!」
男たちは顔を突き合わせてヒソヒソと相談をしていたが、どうやら結論が出たらしい。
覚悟を決めたように腰や背中の剣を抜くと、ライラに凄んでみせた。
「とにかくお嬢ちゃん、悪いことは言わねえ。そこのガキをこっちに渡しやがれ! じゃねえと痛い目を見ることになるぞ!」
「ああ、結局そうなる訳ですね。いいですよ。望むところです。つい最近銅クラスに昇格したばかりの実力を見せてあげましょう。あとタイガさん達をサプライズで驚かせようと、ヘルマンさんに密かに教わっていた水魔法もです。実験台になってくれてあざーすッッッ!!!」
と、ライラの両手にバレーボールくらいの水球が出現したのを見た瞬間、脱兎の如く逃げ出す男たち。
「ひい、すみませんでした!」
「銅の冒険者なんか勝てるか!」
「ふん、口ほどにもないですね。さてと――」
ライラは両手の水球を放り投げると、後ろで立ち尽くしていた少女へ歩み寄った。
少女の年は十歳くらいか。真っ白の貫頭衣に身を包み、透き通るような白い肌に、銀色のおかっぱ頭で尖った両耳を持つ――エルフの少女だった。
「おや? あなたはエルフ族なんですね?」
「待って待って! ピピンもここに居るよー!」
と、突然エルフの少女のお腹辺りから声がしたかと思うと、貫頭衣の表面がもぞもぞと波打って、すぽんと勢いよく襟元から妖精が飛び出した。
妖精はチュチュのような真紅のドレスを着ていて、背中から生えているトンボのような透明の二枚羽をパタパタと羽ばたかせて、ライラの周りを踊るように飛び回ると、ちょこんとエルフの少女の頭に着地した。
「私はピピン! こっちのエルフの子がピノ! で、さっきの男たちが奴隷商の人攫い! 二人で逃げてたの。助けてくれてありがとう!」
「それは大変でしたねえ。でももう大丈夫ですよ。なんてたってこのライラちゃんが悪人は追っ払いましたからね、エヘン!」
「ほら、あんたも黙ってないでお礼言いなさいよ! ライラちゃんごめんね。この子はとっても無口なの」
ピノの頭の上で悪態をつくピピン。ピピンは身長が二十センチもないので誤解してしまうが、年齢的には十三、四歳くらいだろう。
形は小さいがピピンの方がお姉さんで、二人の関係性も姉妹に近いようだ。
そんな二人をライラは微笑ましく眺めていると、今までずっと俯いて指をもじもじしていたピノが、徐に口を開いた。
「ねえ、あの船はタイガの船……? ピノはタイガを探しているの。会えるかな……?」
謁見の儀を終えると、早速俺たちはスマグラー・アルカトラズでアスナロ村へと帰ってきた。
スマグラー・アルカトラズが村の空き地へ着陸してコンテナを降りていくと、いつもの様に村の子供たちが熱烈に出迎えてくれる。
「お帰りなさいタイガ様!」
「エマリィちゃん疲れた? 疲れた?」
「ハティ姉ちゃんお土産は!?」
百人近い子供たちに揉みくちゃにされながら村の中心に向かって歩いていると、崩れた環濠の土塀を修復している職人や、土塀の上で見張りをしている冒険者、新しい家を建てている大工たちが口々に挨拶をしてくれる。
皆復興要員としてダンドリオンから呼び寄せた人たちだ。
この九日間、俺とジュリアンは手分けをして人材を掻き集めた。
当初は皆渋っていたが、俺が既に村に滞在していること、村との往復はスマグラー・アルカトラズを利用するので安全であることがわかると一転して協力的になり、今やこの村の復興作業の求人はバブルの様相を呈していた。
お陰で資材も人材も集まって、この村の復興作業は加速度的に進み、騒動前よりも活況に賑わっている程だ。
ただ問題があるとすれば、この復興の熱気がまだこの村だけに留まり、サウザンドロル領全体へ広がっていないことだ。
まだ人々の胸の奥にはいつまた魔族が侵攻してくるかわからないという怯えと、物陰に叫ぶものが潜んでいるのではないのか、という怖れが根強く残っているのだ。
しかし俺はそれもグランドホーネットがシタデル砦に到着するまでの問題だと思っている。
この世界で神話級の遺物でもある魔法戦艦が守護神として睨みを利かせ、それと同時にダンドリオンからの街道の要所要所には見張り小屋を建設して、俺とサウザンドロル領が折半で雇う冒険者たちに昼夜通して監視させれば人々の不安も和らぐはず。
そしてそのうちにスマグラー・アルカトラズを利用して、ダンドリオンとサウザンドロル領内の幾つかを結ぶ航空便も就航させる予定で、この話を聞いたジュリアンは感動の余り腰を抜かしそうになったくらいだ。
人材と物資の問題についてはこれでほぼ解決するはず。残る問題は……そうプラントだ。
プラントについては、既にダンドリオンの冒険者ギルドで採用した幾つかのパーティーが、連日森の中を探索中だ。
彼らには発見しても無茶をせずに、すぐ連絡をするよう厳命してあるが、今のところ成果は思わしくなかった。
そして村で一番大きな屋敷へ辿り着くと、庭で作業員たちの夕食の準備をしていた母親連中から元気良く出迎えの挨拶を受ける。
この屋敷は八号と村人が篭城していた場所だが、今は復興事業の総本部兼俺とエマリィ、ハティ、八号の宿泊場所として使用させてもらっている。
庭には作業員の共同食堂として簡易テントにテーブルや椅子が並べられていて、母親たちにはその調理と給仕を任せていたのだ。
「あら、タイガさんお疲れ様です!」
「タイガさんお昼は食べましたか!? じゃがいもスープならすぐ出せますよ!?」
「こらーっ、タイガさん達は忙しいんだから迷惑をかけるんじゃないよ! 子供たちはみんなこっちへ来て手伝いをしな!」
母親たちに呼ばれて、百人近い子供たちが一斉に駆け出していく姿はなかなか壮観だった。
子供たちの大半が今回の騒動で親を亡くしているが、それを感じさせない生き生きとした姿には元気を与えられる。
そしてそのまま屋敷の居間へ行くと、テーブルの上に広げた地図と難しい顔でにらめっこをしている八号が居た。
「その様子だとあまり進展はないみたいだな?」
「あ、ソルジャーオメガ。それにエマリィさんとハティさんもご苦労様です。王様との謁見はどうでした?」
「ああ、予定通り完了。ライラはもうこっちに向かって出発したから、明後日には到着すると思う。そうなったら復興作業もまた一段進展すると思う」
「そうですか。本当によかった」
「じゃあ俺は少し休憩したら八号と森にプラント探索へ出掛けるけど、エマリィとハティはどうする?」
「あ、ごめん。ボクは診療所の方も見ないといけないから、今日はこっちを優先していい?」
と、エマリィ。
「ならば妾はここで連絡係りをするしかあるまいて……」
と、ハティはいささか不服そうに口をとがらせる。
「すみませんハティさん! 自分が変われればいいんですが――」
「いいよ。ハッチは今はカピタンについて切磋琢磨する時じゃろ。そういう大事な時に遠慮などすることはないのじゃ」
ハッチとは、ハティが八号を呼ぶ時のニックネームだ。カピタンと言い、この独特のセンスはハティ個人のものなのか、風狼族特有のものなのかはわからない。
とりあえず全員の午後の行動予定も決まり、俺はお茶を飲んだ後で八号を連れて森へ向かった。
次回更新は明日の早朝六時ごろになります。
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