第三十四話 束の間のホリディ
ここで時間は謁見の儀よりも前に戻る。
グランドホーネットで行われた俺と王様とオクセンシェルナの三人の会見の後で、王様一行を無事に王城まで送り届けると、そのまま俺とエマリィ、ハティの三人はダンドリオンの街へと繰り出した。
王様とオクセンシェルナは、会見で俺が出した要望の返答について明言は避けたが手応えはしっかりとあった。恐らくほぼ要望通り話は進む筈だ。
あとは果報は寝て待つだけだが、そう吞気なことも言ってられない。
何故ならば今日の夜から俺たちは八号の居るアスナロ村へ生活拠点を移して、明日からは本格的にプラント捜索を行う予定だからだ。
だから今日は夕方までの時間は、ここダンドリオンで必要な物資を調達したり、私物の買い物をする時間に充てていた。まあ束の間の羽伸ばしってやつだ。
と言っても、俺はこれからジュリアンと会ってサウザンドロル領の復興について色々と打ち合わせをして、その後で冒険者ギルドへ顔を出すことにしているので、羽を伸ばしてる暇はありそうにもないけれど。
あくまでもこの束の間のホリディはエマリィとハティの為だ。
迎賓館での生活は絵に描いたようなセレブ生活だったが、二人ともなんだかんだとストレスを感じていたはず。実際に俺がそうだったのだから。
それに加えて明日からはしばらく村での生活が始まるので何かと不便するだろう。だからこそささやかではあるが、心身共にリフレッシュして鋭気を養ってもらいたい。
そう。パーティーリーダーとは一家の大黒柱であり、こういう気遣いも大事なのだ、うん。
「じゃあタイガ、後で待ち合わせ場所で……。本当にボクは一緒に行かなくて大丈夫……?」
「エマリィ、そんなに気を遣わなくても大丈夫だって」
「別にそういう訳じゃ……」
エマリィは何か言いたそうな顔をしていたが、既にそわそわしているハティが肩を掴んで歩き出す。
「カピタンもなかなか粋なことをするのう! ほれエマリィ、こういう時は遠慮はするものではないのじゃ! さっさと行こうぞ!」
「う、うん……」
エマリィのどこか落ち込んでるような横顔が少し心に引っかかったが、俺は気のせいだろうと思い
ジュリアンとの待ち合わせ場所へと向かった。
貴族の居住区にあるサウザンドロル領のゲストハウスで、ジュリアンに昨夜あれから起きた出来事を話した後で、このまま今日の夜にアスナロ村へ飛んで明日からのプラントの本格探索開始を告げる。
そしてそれと平行して進める予定の、アスナロ村とサウザンドロル領の復興計画の青写真を話し終えた時には、ジュリアンは半ば放心状態だった。
「ほ、ほんとなのですかタイガ殿。その話は……!?」
「ええ、まだ確定してないから話せないこともあるけど、昨夜の王様とオクセンシェルナの感触からすれば、そちらも大丈夫だと思うから、ほぼ計画通りに復興は進められると思う」
「し、信じられない。昨夜お会いしたばかりだと言うのに、こんなに早く事が進むなんて……」
「まあタイミングも良かったしね。と言っても最終的には謁見の儀を終えてみるまではどうなるかはわからないけれど、どっちにしろ乗りかかった船だし、どんな形になろうとも俺はサウザンドロルの復興に関わるつもりだから」
「ああ、ありがたきお言葉! タイガ殿、ほんとになんと感謝を述べればいいのか……」
と、ボロボロと大粒の涙を流して嗚咽するジュリアン。
一見優男風で苦労知らずのお坊ちゃんっぽいが、内面は熱い男なのだろう。
でなければ夜の迎賓館に突然押しかけたりはしないはず。領民のため、家のためならば、純粋なほどに粉骨砕身できるのだろう。
そう言う意味では八号と同じタイプなのかもしれない。
その後で復興作業の計画について幾つか話し合いをした後で、俺は冒険者ギルドへと向かった。
ドアを開けると、カウベルがフロア全体に鳴り響いた。
それまで喧騒に満ちていたギルド会館の一階は水を打ったように静まり返って、フロアに居た全員が俺を見て凍り付いたように固まっていた。
「ま、まさか……! ああ大変大変っ!」
あんぐりと口を開けていた見覚えのあるイヌミミ受付嬢は我に返ると、慌てて奥の部屋へと駆けていく。
それを合図に酒場コーナーに居た十数人の冒険者たちが、蜂の巣でも突いたように騒ぎ出して俺を取り囲んだ。
「も、もしかしてあんたがあの!?」
「魔族軍をたった一人で撃退したっていうあの!?」
「しかも姫王子様を見事助け出して、今度の王様との謁見で爵位を授かるともっぱら噂のあの!?」
あのあのうるせーんだよ、とツッコミたくなるが、昼間から酒を飲んでるような無頼漢たちに、キラキラとした少年のような目で見上げられるのも案外悪い気はしない。
するとイヌミミ受付嬢が一人の初老の男性を連れて戻ってきた。
長身で身なりのいい老人は俺の姿を見るや否や、両手を掴んで満面の笑みを浮かべた。
「おお、あなたがタイガ・アオヤーマ殿か!? 東の宿場町ギルドのヘルマンとは旧知の仲でしてな。噂はかねがね聞いておりました。私はダンドリオンギルドの長を務めるロウ・リンクマンと申します。先日の大活躍で渦中のあなたが何故ここへ? 今は迎賓館に囲われて外出もままならないとお伺いしましたが?」
「うーん、まあいろいろとね。とにかく今日ここへ来たのは仕事の依頼がしたいんだ。それも、いやかなりの規模になると思うから、いろいろと相談もしたいんだけど」
「ほう、仕事の依頼を? それも大規模な? ここではなんですので奥でゆっくりとお伺いしましょう」
リンクマンは好々爺然とした顔から商売人のそれを浮かべると、俺を応接間へと案内してくれた。
そこで俺は話せる範囲でサウザンドロル領復興計画とプラント探索について話し、それに伴って必要になってくる警備人員と探索班パーティーの募集について相談した。
まずは給料の相場から応募者の面接と選定。そして合格者の赴任について。
俺としては応募者を自分で選びたいのは山々だったが、なるべく現地を離れたくないので、これはギルド支部に任すしかない。
ただ警備に関しては冒険者レベルの高低は関係なくやる気があれば十分だと思うが、探索パーティーについてはプラントとの交戦も考えられるのでそうもいかない。
勿論戦闘よりも撤退を優先してもらうが、戦闘力はあるに越したことはない。
しかし第一に優先すべきはやはり冒険者としての経験と、パーティーのチームワークだろう。
だけど短時間の面接でチームワークまで推し量るというのは無理に等しい。
そこでこの探索チームについては、パーティーリーダーをリンクマン直々に面接してもらい、彼の眼鏡にかなったリーダーのパーティーだけを採用することにした。
あとはこちらの指定した場所へ、指定した時間帯に合格者を寄越してもらえば、スマグラー・アルカトラズでサウザンドロルまで搬送する。
採用人員はとりあえず百人を上限とするが、ジュリアンの方でも大工や左官工を募集して続々と赴任させる予定なので、現地での受け入れ体制の問題も考慮して、ギルドからの受け入れ定員は一日二十人までとした。
「しかしこれはなかなかの大仕事になりますな……。ところでアオヤーマ殿に一つ頼み事があるのですが……」
ある程度話の詳細を詰め終えると、リンクマンは改まって背筋を伸ばした。
そしてそっと俺に顔を近付けると、
「迎賓館へ冒険者ギルドの総会長が会いに行かれたと思いますが……」
「ええ、そう言えば来ましたね。それが何か?」
「恐らくその時に魔族と戦った時のことを聞かれたと思います。どのようにお答えを?」
「どのように答えたかって……。聞かれたから普通にあの日のことを話したけど?」
「普通に……? では話したのは確かなのですね……?」
「まあ時間の制限があったから詳細には無理だけど、大体の流れは話したかな……?」
するとリンクマンが突然立ち上がって悔しそうな顔で頭を掻き毟り始めたので、俺は思わずビクッとして声を上げそうになってしまう。
「あー、やっぱそうじゃん! 総会長の奴あの日の話聞いてんじゃん! ずりい! ずりいなぁ、もう! どうせ今度の飲み会で自慢げに話すつもりだったんだ! 飲み屋で自分だけモテるつもりだったんだよ! ほんとセコい! セコいよあの人! セコすぎるっ!」
「は、はあ……」
「いえね、アオヤーマ殿。総会長が面会から戻ってきた時に私は聞いたんですよ。魔族の話は聞けたのですかって。そうしたらあの人こう言ったんですよ! アオヤーマ殿は疲れているのにそんな事聞けるわけないだろうって! 聞いてじゃん! 思い切り聞いてんじゃん! 何が聞けるわけないだろうだよ、あのタコ親父!」
それまで紳士然としていたリンクマンが、まるでMMOでドロップアイテムの分け前を貰えなかった中学生みたいになってしまったので、俺は呆気に取られていた。
というか内心すごいドキドキしていて、今や英雄扱いされている俺がこんな事でドキドキするチキンハートだとバレたら恥ずかしいので、平静をたもつのに必死だった。
「そ、そこでアオヤーマ殿、ものは相談なのですが、是非私にも先の武勇伝をお聞かせ願えないでしょうか……?」
言葉は遠慮がちだったが、揉み手をしながら迫ってくるリンクマンからはひしひしとした圧力が滲み出ていて、俺は頷くしか出来なかった。
結局あの後で「せっかくなので後学のためにも皆も一緒によろいしですか?」とリンクマンにホールへと連れて行かれて、酒場コーナーに居た十数人の冒険者たちの面前で、先日の王命クエストの顛末について話したのだったが、ギルド会館を出た頃にはダンドリオンの街は夕焼けに赤く染まっていた。
全身が軽い疲労感に包まれていたが、俺の祖父くらいの年齢のリンクマンや、年上の無頼漢どもに少年のようにキラキラした瞳で見上げられるのも悪い気はせず、気がつけば途中からノリノリになって二時間近くも一人で喋っていたので当然か。
しかしそんな疲労感の割りには、皆に喜んでもらえた達成感から足取りも軽く通りを歩いていく。
エマリィたちとの待ち合わせ場所は郊外の森なので城壁に向かって歩いていると、道具屋の前で難しい顔をして突っ立っているエマリィを見つけた。
「エマリィ? どうしたのこんなところで? ハティは?」
俺が声を掛けると、エマリィははっと我に返ったように振り向いた。
どうやら店の横にある小窓から中を覗いていたらしい。
「ああ、タイガ!? そうかもう用事は終わったんだね。ハティは酒場巡りするからって、ボクとは別行動なの」
おいおい、俺のエマリィを一人ぼっちで放ったらかしにするとは許せん。後でみっちり注意してやろう。
「で、エマリィはここでなにを……?」
「あ、うん、ボクはちょっとね……」
口篭って誤魔化そうとするエマリィを横目に、小窓から店内を覗きこむ。
何の変哲もないただの道具屋で、店主の婆さんや棚に並べられた魔法具なんかが見えるだけだ。
「なにか買いたいものでもあるの?」
「う、うん。実を言うと魔法石の予備を幾つか欲しいかなあって……」
「魔法石の予備を? その杖についてるやつも確か魔法石って言ってたよね? それじゃ足りないの?」
いつもエマリィが持ち歩いている年期の入った杖は、お爺さんから譲り受けたものらしい。そしてその杖の先端には大人の握り拳より二回りほど大きな赤い魔法石が鎮座している。
「ほら、ボクはアスナロ村へ行ったら村の人たちの治療を担当することになってるでしょ? 前にも説明したように治癒魔法には相性があって、相性が悪い人の治療にはそれなりに時間が掛かるの。だから人数が多いと、ボクの魔力だけじゃ足りなくなる可能性もあるから……」
そう言えば魔法石には魔力を蓄えておける効果があるらしい。それに明日からは冒険者や職人も続々と現地入りするので病人や怪我人も増えるはずだ。
エマリィとしてはそうした患者を前にして、魔力切れで治療が出来なくなることが怖いのだろう。そして魔法使いとして、それが許せないのだ。
だから既に魔法石を持っているにも関わらず、更に予備を用意して万全の体制で臨みたいというわけだ。
そういう魔法使いとしてのプライドに拘るところが、いかにもエマリィらしくもあり、可愛いところでもあるので、俺の頬は思わず緩んでしまう。
「確かに予備を買っておいても損はないかもね。明日から忙しくなりそうだし」
「うん……」
しかしエマリィは小窓の奥をちらちらと覗きこむだけで、なかなか店内へ入っていこうとしない。エマリィが困った時のサインでもあるあひる口になりかけている。
「買わないの? もしかして店主の婆さんが苦手とか? それかお金が足りないとか?」
「ううん、お婆さんは苦手でもないし、タイガのお陰で稼がせてもらったからお金も余裕はあるの。ただ、その……本当にいま必要なのか考えると、なかなか決心がつかなくて……」
「だって必要なんだろ?」
「そうなんだけど、ただ治療する人が少なかったらそれこそ宝の持ち腐れになっちゃうから、それならこのお金を村の食料の方に回した方が有意義かなって。タイガも大変そうだし……」
「エマリィ……」
エマリィがそれだけ俺のことを気に掛けてくれていたことがわかって、夕焼けがやけに目に染みて顔をしかめた。
なんだか自分が行っていることが間違いじゃないと、どんと背中を押された気持ちになって、胸が熱くて温かい。
「俺なら大丈夫だよ。昨日も言った通りそっちは俺の方で十分間に合ってるんだ。それに王様との会談で王室のサポートも約束して貰ってるから、エマリィは気にしなくていいんだよ」
「ほんとに……? けどタイガはボクに遠慮するところあるからなあ、その言葉信じていいのかな……?」
「ほんとのほんとに! 大丈夫だって! あ、もしかしてエマリィは王様のこと疑ってる!? ああ、それはマズいなあ、非常にマズいよ。そんなこと王様の耳に入ったら、きっと傷付いちゃうよ王様。ていうか、いまもう一回確認してみようか本人に。こんな時のために無線機を渡しておいたから、『王様、さっきの話の件なんですけど、あれってウソですかね? いやいやうちのエマリィがなかなか信じてくれないので確認のために』って――」
俺は無線機を取り出すふりをすると、エマリィは血相を変えて俺の右腕にしがみ付いた。そんな必死の形相のエマリィが可愛すぎて顔面土砂崩れが止まらない。
「わかったわかった! わかったからそれだけは止めて! もうタイガの言葉を信じるから!」
ちなみに会談では今後の村の支援計画のためにも褒章金のある程度の金額も教えてもらったのだが、この事はエマリィには黙っておこう。当日のサプライズだ。
結局エマリィは無事に魔法石三つを買って、俺たちは陽が落ちて貯光石の淡い光に彩られ始めた通りを肩を並べて歩いた。
エマリィに始めてこの街へ連れてこられた時もこんな感じだったな。
あれからもう二ヶ月近くか……
言葉に出来ないこそばゆい思いを胸に秘めて、隣を歩く小さな体の気配を幸せな気持ちで感じていた。
すると、エマリィは道に転がる小石を蹴り飛ばしながら、ボソっと呟いた。
「タイガ、ボクもっと頑張るから……。だから、タイガももっとボクのこと……」
「うん……?」
「いいや、やっぱりなんでもない! よく考えたらボク自身の問題だから。今の話忘れて!」
そう言って城壁に向かって駆け出すエマリィ。
バカな俺は、エマリィのその言葉の意味がわかったのは随分後のことだった――
次回更新は本日の15時頃となります。
評価・感想・ブクマしていただけると励みになりますのでお願いします。




