第三十三話 これが俺のロードマップ
三十分後――
俺たちはマルチコプタードローン「スマグラー・アルカトラズ」のコンテナの中に居た。
搭乗しているメンバーは、俺とエマリィとハティの三人に加えて、王様を始めとするあの時応接室に居たメンバー全員だ。
王様は「俺が所有する魔法戦艦にご招待したい」と耳打ちすると、子供のように目をキラキラさせて二つ返事でOKだった。
後はお供にユリアナ姫王子とイーロンとテルマが加わるくらいだろうと思ったが、オクセンシェルナと二人の兄と護衛の二人も一緒に行くと言って譲らなかったので、当初の予定よりも大人数になってしまったが。
ちなみに魔法戦艦と言うのは、グランドホーネットのことを簡単に言い表すために思いつきで作った造語のつもりだったが、エマリィの説明によれば、古文書にはきちんと魔法戦艦という言葉が載っているらしい。
この異世界の現代人にしてみれば、失われた古代魔法技術を象徴する単語の一つとのことだ。
それを考慮すればあのオクセンシェルナまでもが、どこか駄々をこねる子供のように帯同すると言って譲らなかったのは、決して王様の身を案じてというだけではないのかも。
しかしスマグラー・アルカトラズのコンテナは、ゲーム内では元々支援兵器や支援車輌を運搬するためのものなので、コンテナ内には座席も電灯もなくて少々不便すぎる。それに窓もないから、いまいち空を飛んでいるという実感に乏しい。
この辺の改良はミネルヴァシステムを使えば簡単に出来るはずなので、ライラと相談してみる必要がありそうだ。
そんな事を考えていると、スマグラー・アルカトラズは降下を始めて、やがてローターの高周波が消えると辺り一面が静寂に包まれた。
俺は壁のスイッチを押してコンテナの扉を開けると、王様を振り返った。
「ようこそ魔法戦艦グランドホーネットへ――!」
スマグラー・アルカトラズは甲板の上に着地していて、俺とエマリィが先頭を切ってコンテナを出て行くと、王様たちが恐る恐るコンテナから出てきた。
今はもう真夜中近い時間帯だったが、甲板や艦橋の照明のおかげで、グランドホーネットだけは昼間の光に照らし出されているように明るくて船の全貌が見渡せる。
「こ、これが魔法戦艦……なんとも素晴らしい……っ!」
王様がグランドホーネットの威容に感激して俺に抱き着こうとするが、興奮したハティが王様を跳ね除けて俺に抱き着いてくる。
「カ、カピタンよおおおおっ!!! ほんとに魔法戦艦を持っておったのかああっ!? 妾はてっきり口からの出任せかと思っておったぞおおおっ!!! ほんとにカピタンという男は底が見えぬわ!!!」
そう言えば、ハティはグランドホーネットを見るのが始めてだったか。
ていうかお前、いま王様を跳ね飛ばしただろ? 王様甲板に尻餅ついちゃってるじゃん。
俺はハティを無理やり引き剥がして王様に駆け寄った。
「す、すみません王様。うちのバカ犬がとんだ失礼を!」
「いや気にしなくて結構。こんなものを見せられたら誰だって興奮するものじゃ! しかしタイガ殿! 本当によく招待してくださった! このヨーグル・カゼイ・カカ・ステラヘイム、心より感謝いたす!」
「――陛下の寛大なお心に感服いたします」
とりあえず王様は怒っていないようで、俺は内心ほっと胸を撫で下ろす。まだ本題を切り出す前なのに、へそでも曲げられたら大変なことになっていた。
しかしこの王様、ほんとに偉ぶったところがなくて、俺はヨーグル陛下の人柄が好きになっていた。
「タイガさーん、おかえりなさーい!!!」
と、艦橋から跳ねるように走ってくる一つの影。ライラだ。
「うわーん、いきなり帰ってくると聞いてライラちゃんドッキリかなにかと思っていたのに、本当に帰ってきたのでライラちゃんビックリですぅ! 本当こういうの迷惑なんですよぉ! まったくタイガさんはいじわるなんだからーっ!」
「どないせえちゅうねん……!」
「ライラ! ただいま!」
「うわーん、エマリィさん会いたかったですぅ! もうぼっち飯は懲り懲りですよぉ!」
再会を喜び合うエマリィとライラを横目に、俺はまだグランドホーネットに圧倒されている王様一行を艦橋へと招待した。
十日後――
謁見の儀当日。
俺とエマリィ、ハティの三人は城の大広間にいた。
周囲にはこの国の貴族や上流階級の人間が数百人ほど。全員が俺たち三人を熱い眼差しで注視していた。その中にはユリアナ姫王子に二人の兄やイーロン、テルマ、それにジュリアンの姿も見える。
王様が登場すると、それまで賑やかだった大広間は一気に緊張した静寂に包まれた。
王様は玉座に腰掛けると、目の前で跪いている俺たち三人と集まった貴族たちを一度見渡してから、ゆっくりと口を開いた。
流石にここぞという時は、統治者としての威厳と風格を醸し出すのが上手い。あの気の良いおっさんぶりはすっかり影を潜めていて、思わず俺の身も引き締まる。
「――此度のサウザンドロル領で発生した叫ぶもの大発生は、数十年に一度あるかどうかという、国体を揺るがしかねない国難であった。その混乱と混迷を極める中での叫ぶもの大討伐は見事であった。更にはこの騒動に乗じて侵攻してきた魔族軍を撃退しただけでも、救国の英雄と呼ぶに相応しい八面六臂の大活躍であるが、それだけにあらず。シタデル砦において魔族軍大将と相見え、命を落とす覚悟すらしていた我が娘ユリアナを救い出したことは、我がステラヘイム家千年の歴史の中でも、未来永劫語り継がれるべき最大級の功績である。ここに一国の王として、また一人の父親として、感謝の意を捧げる。タイガ・アオヤーマとその仲間たちよ、大儀であった――!」
俺たちは王の言葉に深々と頭を下げる。そして続いてオクセンシェルナが言葉を続けた。
「――今回の功績により三人には王より以下の恩賞が授け与えられる。一つ、タイガ・アオヤーマに新しく設けた冒険騎士の称号を与える。一つ、タイガ・アオヤーマが所有する魔法戦艦グランドホーネット号を自治領と認める。一つ、魔法戦艦グランドホーネット号の国内での移動範囲を無制限とする。但し、移動については通過及び滞在する先の領主の許可を必要とする。一つ、タイガ・アオヤーマに通商権を発行する。一つ、タイガ・アオヤーマ、エマリィ・ロロ・レミングス、ハティ・フローズの三名に褒賞金を一人当たり金貨千枚を支払うこととする。以上が今回の功績による王室からの褒賞である――」
オクセンシェルナが言い終えると、周囲の貴族たちからどよめきが巻き起こった。この反応からもこの褒賞が破格の条件だということは厭でもわかる。
事前に交渉していたとは言え、改めて公の場で発表されると、柄にもなく胸の底から熱いものがこみ上げてくる。
あの夜。
グランドホーネットに王様一行を招待した夜のこと。
俺は王様とオクセンシェルナの三人だけで会談を行い、そこで全てを話した。
俺が異世界転移してきた稀人であること。
俺が持つ魔火力とも言うべき、空想科学兵器群について。
そして今回のサウザンドロル領の騒動の顛末のこと。その騒動の発端が、俺と同じく異世界転移してきた稀人ならぬ稀物が関わっていること。
更にその稀物がまだ他にもいるらしいこと。
全てを話したと言っても、ゲーム世界のアイテムが具現化したことや、俺を召喚した人物がまだわからないことは、説明すると逆にややこしくなると思い省略しておいた。
あと魔族が稀人を探していたらしいことや、黄金聖竜が俺の頭の中に直接話しかけて来たこともだ。
特に後者の俺がいつか黄金聖竜と戦う運命らしいと言う言葉は誰にも教えていない。エマリィにもハティにもだ。
いまここでバカ正直に全て打ち明けても、人類の敵認定されるに決まっている。なにせ黄金聖竜は人類の生みの親であり、長年魔族から守ってきた人類の守護神なのだから。
とにかくそんな感じで誤解されたり説明がややこしい事案は省略した上で、話せる限りの事実を説明した後でこう付け加えた。
「迎賓館での豪華な暮らしをしている中で、あなた達が俺に授けようとしてくれていた貴族の地位を享受して、この国の上流生活を謳歌するのも悪くはないと思っていましたが、どうやらそれは一時の気の迷いでした。俺は飛ばされてきたこの異世界で冒険者として生きていこうと思います。但し稀物については俺も無関係とは言い切れないので、出来る限り駆除していくつもりです。その際このグランドホーネットを始めとする空想科学兵器群を、この国のいたる所で行使することでしょう。しかしこの力を決して、この国の財産や国民に向けることはないと誓います。どうかこれから俺が動くことに関して、国は静観しておいてもらえないでしょうか?」
「で、ではタイガ殿はその稀物という未知の魔物を退治してくれると言うのだな? どう思うオクセンシェルナ? 悪い話ではないと思うが?」
と、王様。
「うむ。してその稀物なる魔物は何体おるのじゃ?」
と、オクセンシェルナ。
「正確な数はまだわかりません。ただサウザンドロル領でそれらしきものを見たという情報があるだけです」
「サウザンドロルでまた一騒動あれば壊滅的被害じゃぞオクセンシェルナ!?」
「ですな。しかしわからん。タイガ殿、別に貴族の地位を授かり、この国の貴族として国に貢献することも可能のはず。それではダメなのか?」
「別に俺は自由に動ければ地位はどうだっていいんです。ですが俺が貴族になって本当に自由に動けますか? ほかの貴族たちが黙っていますか? 毎日貴族たちと面会していてわかりましたが、俺にはとてもそうは思えないんです。その辺はお二人の方がよくわかっているのでは?」
俺がそう言うと、二人は顔を見合わせて黙り込んだ。そして王様がふと思い出したように、
「それでその稀物を倒したらタイガ殿はどうするつもりじゃ!? どこかへ行ってしまうのか!? 元の世界へ帰ってしまわれるつもりか!?」
「いや、俺の意思では帰れませんから。そうですね、グランドホーネットで世界を旅してみるのもいいかも」
「そ、それはまずい!」
「うむ、まずいですな……」
と、顔を突き合わせて腕組みをする王様とオクセンシェルナ。
この時点で俺は胸の中でガッツポーズをしていた。
まずこの世界では神話級の遺物である魔法戦艦を実際に見せることで、こちらの力量と商品価値を提示して見せた上で、続けて国内に迫っている災害で危機感を煽りつつも、最終的にこの圧倒的な軍事力は国外へ行ってしまう可能性もチラつかせる。
やり方は少々汚いかもしれないが、俺としては王国と適度な距離を保ちつつ、干渉や横やりを受けず自由に行動する権利さえ得られれば良かったのだ。
まあ最終的にそれが認められなくても、俺は勝手にやらせてもらうつもりでいたが、なるべくなら敵対するよりも協力関係を築けた方が何かといいはずだ。
結局その日は最終的な結論に至らずに、謁見の儀までの十日間、俺とオクセンシェルナは無線機で細かい条件をやり取りしながら今日に至ったというわけだ。
そして冒険騎士というのは、今回俺のために新しく設けられた爵位で、簡単に言えば王家直属の冒険者ということである。
王命クエストがあれば俺には断る権利はなく、絶対に受けなければならない。その代わりに内政権はないが、自治権や通商権という貴族とほぼ同等の権利を得られるということ。
ちなみに王命クエストがない間は普通にギルド所属の冒険者として活動もできる。
もしかしたら王命クエストの名を騙り無理難題を吹っ掛けられる危険性も考慮したが、そこはそこ王様の親しみやすい人柄を信じることに。
それに最悪の場合は、しがらみなど振り払ってグランドホーネットに乗ってステラヘイム王国を飛び出せばいいだけだ。
「カピタン……カピタンよ……!」
ふとハティの押し殺した声が聞こえてきて、我に返る俺。
「なんだよ、王様が退席するまでは我慢してろって!」
俺は跪いて頭を垂れたままの状態できつく囁く。どうせハティのことだ。小便がしたいとか、そんなくだらない話に決まっている。
「い、いや、エマリィが金貨千枚と聞いた瞬間気を失いよった……!」
「え……!?」
横目でちらりとエマリィを見ると、跪いた状態であひる口のまま白目を向いて完全に昇天してしまっていて、俺は笑いを堪えるのに必死だった。
せめて交渉内容を事前に伝えておくべきだったと、後悔したのだった――
次回更新は明日の朝六時ごろになります。
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