第二十一話 シタデル砦攻防戦
「な、なんということだ……!」
ユリアナは窓の向こうに広がる光景に絶句していた。
草原の小高い丘の上には稀人が二人立っていて、その傍らには丘を駆け下りてくる無数の人の列が出来ていたからだ。
その数はどう見てもいま砦を取り囲んでいる叫ぶものたちと同程度の一万人は居そうだ。
「姿を消していた三人が戻ってきたのか……。しかし姿が見えるのは大筒と小筒の二人に、元々残っていた小筒を合わせた三人。小筒が一人姿が見えませんね。どう思います……?」
「くっ、どちらにせよ援軍は間に合わなかったということに変わりはない……!」
イーロンの問いかけにユリアナは絞り出すような声で答えると、ぎりりと歯を噛み締めた。
「あの人数で押し寄せられては魔道具の効果が弱まるぞ! 一斉に来るぞ! 動けるもの全員で入り口を死守しろ!」
ユリアナがイーロンとテルマ、そして見張りの兵士たちにそう指示をした直後。
爆音とともに砦全体が揺れて、天井から小石がパラパラと崩れ落ちた。
「な、何事だ!?」
「ユリアナ様、大筒です! 奴らあの大筒で直接壁に穴を開けるつもりのようです!」
イーロンにそう言われて見張り窓を覗くユリアナ。丘の上にいる稀人の大筒が白煙を上げると同時に、爆音とともに砦全体が揺れる。
「テルマ!」
「はいはいー! ここは自分の出番ですよね!? ね!? ちゃんとわかってるっす!」
テルマはユリアナに言われる前から既に壁に両手を当てていた。
範囲は限られるが彼女はそうやって壁に触れることで砦の土壁の状況が手に取るようにわかる。
そして被弾箇所を探り当てて瞬時に土魔法で修復に取り掛かるのだ。
「あの大筒でもこの砦の壁を一撃で粉砕するのは難しいっす! だから自分が後追いで被弾箇所の修復をしてやれば絶対に砦の防御は破られないもんね! ね!」
「テルマ! 今すぐに応援の土魔法使いを呼んでくる! それまでは一人で持ち堪えてくれ! ユリアナ様は念のために司令室へ避難を!」
「いいや、せめてイーロンが戻るまではここでテルマを見守ろう!」
「わかりました。すぐに応援を連れて戻りますから!」
イーロンは逡巡したあとで小部屋を飛び出していく。
その姿を見送るとユリアナはテルマを振り返った。
砦は今も際限なく爆音に襲われて小刻みに揺れ続けている。
その度にテルマは両手の感覚を研ぎ澄ませて被弾した位置を探り当てると、土の壁に向かって魔力を注ぎ込んでいる。その小さな背中のなんと頼もしきことか。
ユリアナは思わずテルマの元へ駆け寄ると、彼女の額に浮かび上がっている玉のような汗を手で拭いとった。
「テルマもう少しの辛抱だ。もう少し一人で頑張ってくれ。頼む……!」
「ユ、ユリアナ様……! 自分チョー感激っす! チョー感激っす! ユリアナ様見てて。自分を拾ってくれた恩は絶対に返しますから! 自分が絶対にユリアナ様を守ってみせますから!」
「テルマ……!死ぬ時は一緒だ。友よ、私の命お前に託した……!」
ユリアナがそう呟くと同時に、傍らの見張り窓を何かが高速ですり抜けていった。
二人がそれが何なのかを認識するよりも早く、天井で激しく鈍い音が鳴り響いて土の天井が爆ぜた。
衝撃波で吹き飛ばされて床を転がるユリアナとテルマ。
その二人の体に小さな石と砂が降り注いだ。
「ううっ……、テルマ大丈夫か……!?」
「じ、自分なんとか平気みたいっす……」
「そうか。よかった……」
ユリアナはホッと安堵の息を漏らす。二人とも大きな怪我は負っていない。擦り傷と耳鳴りがする程度だ。
そしてユリアナは天井を見上げて息を呑んだ。
どうやら大筒が繰り出した炸裂魔法が見張り窓をすり抜けて天井に命中したらしい。
偶然なのか狙ったのかはわからないが、不幸中の幸いで天井が少し崩れただけで外壁に損傷もなく人的被害も軽微だ。
「――ユリアナ様! お怪我は……!?」
二人の土魔法使いを連れて戻ってきたイーロンが血の気を失った顔でユリアナに駆け寄ってくる。
「私は大丈夫だがテルマには少し休憩が必要だ。すぐに全ての窓を塞ぎ、外壁の修復作業にあたってくれ!」
ユリアナの指示を受けて早速壁に両手を付ける二人の土魔法使い。
すると今度は廊下の方が騒がしくなる。
まだ耳鳴りが治まらないユリアナとテルマはイーロンに支えられて廊下へと出る。
騒がしい声は一階の大ホールからだ。
厭な予感に襲われたユリアナは二人を引き連れて足早に大ホールへ続く階段に向かうと、その光景に目を見開いた。
いつの間にか稀人の小筒二人が、トンネル内の叫ぶものの集団を掻き分けて列の先頭にまでやって来ていたからだ。
前衛の兵士たちは大盾と三重四重に重ねた防御魔法で、小筒の炸裂魔法を辛うじて凌いでいたが、兵士たちの繰り出す槍は稀人にまでは届かずに全く役に立っていない。
辛うじて後方の魔法使い組が柱を盾にして火球や火槍で応戦しているが、じりじりと攻め込まれている。
そして遂に小筒の一人が大盾の壁を飛び越えて大ホールの中へと転がり込んできた。
小筒の炸裂魔法で槍兵の何名かが犠牲となるが、稀人の虐殺行為は長くは続かなかった。
イーロンが疾風の如きスピートで階段を飛び降り、稀人の背後まで駆け抜けていたからだ。
走りながらなぎ払われたロングソードの一閃。
それを跳躍でかわす稀人。
と、同時に空中で小筒から炸裂魔法が繰り出される。
しかしイーロンは予測していたかのように、瞬時に自分の周囲に幾重もの防壁魔法を展開して全ての弾丸を塞ぎきった。
そしてロングソードの切っ先はたった今展開したばかりの防御壁を次々と連続で突き飛ばしていく。
弾かれた二メートル四方の防御壁が空中で稀人にぶち当たって、そのままトンネルへと押し戻した。
その絶好のタイミングを階段の上から見守っていたユリアナが見逃すはずもなく――
「――今だ! テルマ、トンネルを塞げ!」
「アイアイサー!」
テルマの両手が激しく床を叩くと同時に青白い魔力が地面を迸りながらトンネルへ向かっていく。
トンネルの入り口の床がせり上がったかと思うと、瞬く間に天井と連結して強固な壁へ早変わりする。
そして訪れる静寂――
いや、すぐに兵士の一人が悲痛な叫び声を上げた。
「――魔道具が壊されてるぞ! ああ、俺たちは終わりだ! もうここで狂い死ぬしかないんだ!」
兵士の言うとおり魔太鼓は小筒の炸裂魔法で蜂の巣ように撃ち抜かれて変わり果てていた。
その動揺は次第にほかの兵士たちにも伝播していき、大ホールは混乱の渦に飲み込まれていく。
しかしその浮き足立つ空気を切り裂く力強く艶のある励声が一閃。
もし声に光があるならば、きっと眩しいほどの輝きを放っていたはず。
その輝く励声叱咤の主は――ユリアナだ。
「全員落ち着け! 魔太鼓が破壊されてもまだ我らの敗北が決まったわけではない! 全員直ちに地下の食物庫へ潜れ! ここでうな垂れていては叫ぶものの叫び声に心が壊されるぞ! 地下に潜り耳を塞げ! 動けない者には手を貸し、ここに居る全員が一人残らず地下に潜るのだ! 治癒魔法使いは状態強化と治癒を状況に応じて使い分けろ! 土魔法使いのハルとローは全員が地下に潜ったのを確認してから中から食物庫を塞げ! 私とイーロン、テルマ、ハイザ、カークは地上に残り砦外壁の防御に当たる! 急げ! 応援部隊はすぐそこまで来ているぞ! 我らの帰りを家族が待っているぞ! この正念場を死に物狂いで乗り切れば我らの勝利は目前だ! 我らユリアナ騎士団に聖龍の加護があらんことを!!!」
ユリアナの喝破と次々と繰り出される的確な指示に兵士たちの瞳に光が戻り始めた。
「ああ、そうだ……俺たちには聖竜様のご加護を授かった姫王子様がついているんだ……!」
「一番隊から順に地下へ潜ってくれ! 小隊長は点呼をしっかり取ってくれよ!」
「負傷者は全員で運ぶんだ! 水と食料も忘れるな!」
と、てきぱきと動き始めて続々と地下の食物庫へ続く階段を目指し兵士たち。
それを満足気に見守っていたユリアナが振り返ると、一転して表情は険しく思いつめたものに。
ユリアナの傍に控えていたのはイーロンとテルマ、そして妙齢の女性ハイザと中年男性カークの土魔法使い二人だ。
「お前たちにはすまないが、私と共に地上に残ってくれ。治癒魔法は私とイーロンが受けもつ。テルマ、ハイザ、カークは外壁の修復に専念してくれ……!」
ユリアナは悲壮な決意を胸に最上階を目指した――
次回は夕飯までには




