第百四十四話 千年魔力vs超広域絶対殲滅破壊兵器・下
俺はケンタウロス型ミナセの背に跨って、海に向かって吹き飛んでいくウラノスを追いかけた。
俺を乗せたミナセは、まるで空中に透明の道路でもあるみたいに、鋼鉄の四脚で颯爽と空中を駆けていくが、心配そうな顔で振り返った。
「――やっぱりザ・ハンドレッドを使うのね……? 本当に大丈夫なんでしょうね……?」
「ああ、信じてくれ! どのみちウラノスを倒せなければ、王都も俺たちも終わりだ……! 一か八か、もうやるしかないんだ……っ!」
俺は背中と両肩にずっしりと圧し掛かる重量感を感じながら、そう言い切ってみせた。
今アルティメットストライカーの背中に背負っているザ・ハンドレッドと言う武器は、ナノテクノロジーによって窒素を極限にまで加圧して生み出された、燃素という新元素を用いた大規模爆風爆弾だ。
その威力はTNT換算で広島型原爆の約七倍相当の百キロトンを誇り、それが名前の由来になっている。
そして通常爆弾にも関わらず核兵器以上の威力を誇る、世界最強の通常爆弾だった。
勿論これはゲームの中の設定の話だが……。
それでもそれが実際にこうして具現化してしまっているのだから、「ジャスティス防衛隊」を知り尽くしているミナセが心配するのは無理はない。
と言うか、俺だって実は内心ビビッていないこともなくはない。
何故なら今アルティメットストライカーの両肩と背中からは、ぶっ太い支柱が上に向かって伸びていて、その先にある地上と水平になるよう設置されている巨大な発射台の上には、これまた巨大なミサイルが鎮座しているのだ。
ザ・ハンドレッドは全長十五メートルで、横から見たシルエットはマラカスと言うかクジラと言うかオタマジャクシと言うべきか。とにかく頭でっかちな形をしていて、この先端の膨らんだ部分が弾頭で、後部の細くなっている部分が推進装置になっている。
そして先端の弾頭部分は最大で五メートル近くもあるので、とにかく歪で、とにかくデカくて、異様な迫力に満ち溢れていて、こんなのをこれから爆発させようとしているのだからビビらない訳がない。
だから俺はミナセの不安も心配も非常によく理解できていたつもりだったが、だからこそこのタイミングでこれ以上ミナセと会話を続けていると、こちらの決心が揺らいでしまいそうだったので、俺は会話を切り上げてウラノスへと視線を戻した。
その直後、まるで脳天から空気が漏れたみたいなマヌケな声が、思わず口から零れ出た。
「はあっ!? まだ海まで届いていないだろうが……! くそっ、どうする――!?」
順調に海に向かって吹き飛ばされていたウラノスだったが、あろうことか空中で戦槌と分離したかと思えば、肉団子のような体型をもぞもぞとうねらせて傘のように広げるではないか。
当然空気抵抗が増すので、ウラノスの速度が見る見るうちに落ちて、高度もあれよあれよと下がって来る。
海岸線まではまだ一キロ近くは残されている。
このまま王都の端っこに落下されては元も子もない。ザ・ハンドレッドも撃てなくなってしまう。
「ああ、あれこれ考えてたって何も解決しない! VCO! 七つの大罪! 二丁持ち!」
両手に光の粒子が集まって実体化するグレネードランチャー七つの大罪。
と、同時に前方数メートルの上空に銀色の魔方陣を思い描く。
ジュッポポポポポポポッシュ!!!
ジュッポポポポポポポッシュ!!!
七点バーストで発射された十四発のグレネード弾は、銀色の魔方陣を潜り抜けると全長一メートル近い砲弾へと巨大化して、猛然とウラノスへ襲い掛かった。
巨大化した高レベル武器の最強グレネード弾が、連続でウラノスの表皮で爆発すると、その巨体を海に向かって押し出した。
しかしまだ僅かながらに距離が足りない。
そしてリロードタイムに焦れる俺の目の前で、ウラノスの巨体はぐんぐん降下してきて、海岸線よりもわずか手前の城壁の内側に落下しようとした時――
ドスッドスッドスッ――と、重量感のある足音が聞こえて来たかと思えば、俺とミナセの真横をグランドジャスティスが疾風のように駆け抜けて行った。
「――ライラ!? 馬鹿っ、何をする気だ!? 戻って来い!」
俺は喉から心臓が飛び出しそうな勢いでグランドジャスティスの背中に向かって叫んだ。
しかしグランドジャスティスは止まらない。
更に地上に着地したウラノスは、既に体型が元のお山のように戻っていて、ライラの接近に気付いて迎撃態勢を整えていた。
アメーバのような肉体から巨大な一本の触手が鞭のように伸びる。
それは敵ながら見事と言うべき完璧なカウンター攻撃だった。
グランドジャスティスの顔面が打ち抜かれるのか、もしくは体が巻き取られるのか――
最悪の結果を想定して、俺は全身が凍り付くのをひしひしと感じていた。
が、次の瞬間、思わず素っ頓狂な声が漏れてしまった。
グランドジャスティスが全長三百メートルの巨体とは思えない程に、俊敏に、そして踊っているかの如く華麗に、左右にステップして、更に飛び跳ね、空中でひらりとターンをして、触手攻撃を完璧にかわして見せたからだ。
「なぬっ!? ちょ、ライラ、お前――!」
――ライラちゃんの本能が囁くのですよ! 元はエンタメ用アンドロイドですから! 常に盛り上がる方を選択しろって! 打たせて打つ! 肉を切らせて骨を絶つ! 相打ちの必殺パンチ……!
グランドジャスティスは目にも止まらぬ速さでウラノスの眼前へ躍り出る。
そしてそのまま腰が大きく回転して、右パンチが炸裂――
するかと思ったら、
――ライラちゃんのドライブシュート…大空へはばたけえええええええええええっっっ!
と、右足がウラノスの巨体を蹴り上げたのだった。
「クロスカウンターじゃなかったああああああ! しかも見事なドライブシュート放ちやがったああああああ! て言うか、あ×たのジョーやキャプ×ン翼が混ざり合っててわかりにくいわ!」
と、きつい口調でツッコミを入れるが、勿論それは様式美としてのツッコミ以外の何ものでもない。
「ライラ、サンクス! あとは俺たちに任せて後退してくれ! ミナセ頼む!」
俺を乗せたミナセが弾丸のように駆け出して、グランドジャスティスを一瞬にして置き去りにした。
宙を舞うウラノスの巨体は、近海上空を弧を描きながら落下していて、俺たちは一直線に落下予測地点を目指した。
――聖竜様、今だ! お願いします!
俺は心の中で、黄金聖竜に向かって叫んだ。
すると間髪入れずに、後方上空に滞空していた飛空城アルノルディィが激しく明滅して、無数の光槍を射出した。
ドスドスドスッ…と、ウラノスの全長よりも長い巨大な光る槍が巨躯を貫いていく。
射抜いた衝撃はウラノスを海面へと叩きつける。
しかも続々と飛んで来る光槍が、ウラノスの巨体を海中へと押しやっていく。
それでも全長五百メートルを超すウラノスの巨体は全てが海の中に沈むことはなく、体の一部は海面から飛び出していて激しく暴れ回っていた。
「水深が足りないのか!? 図体がデカ過ぎだろ!」
しかも海面から飛び出ている部分は、今ももりもりと巨大化を繰り広げていて躊躇している場合ではなかった。
「――ここで殺るっ! ミナセ、聖竜様、みんな準備してくれ! スリー、3、2、1・・・ザ・ハンドレッド発射っ!」
シールドモニターに表示されるターゲットスコープを海中へセット。
直後、背中の発射台からザ・ハンドレッドが轟音を上げて飛び出して行く。
まるまると太った寸足らずのクジラのようなシルエットが、一直線に、そして威風堂々と、海中に沈んでいるウラノスの巨躯を目指した。
「ミナセ!」
「わかってる!」
俺を乗せたミナセが脱兎の如く踵を返して沿岸を目指した。
直後、上空から轟音が鳴り響いた。
エルフ族が天空の墳墓から魔重力砲を放った音だ。
それも一発二発ではない。無数の音が地上へと迫ってきている。
俺の作戦が黄金聖竜を介してきちんと伝わっている証拠だ。
そして俺たちが海岸線まで戻って来ると、黄金聖竜が真横へ並んだ。
――稀人の少年よ、ヒト族の少女はそちらへ戻そう。ここからは私が前面に立たなければ、産子たちの信頼を失くしてしまうからね……。しかし、こうして損な役回りが回って来るのも、私の我儘が招いた結果なのだろうか……
黄金聖竜の愚痴めいた言葉が頭の中に響き渡る。
本心なのか冗談なのかわからなくて戸惑っていると、エマリィがこちらに移動してきたので俺とミナセの背中の間に座らせた。
そして黄金聖竜は反転して海岸線上空に滞空すると、両翼を目一杯に広げた。
刹那。
ズダァン!!!
と、世界が割れたような轟音が鳴り響いて、巨大な水柱が天に向かって立ち上がった。
そして同時に上空から飛来した無数の重力球が水柱に襲い掛かった。
天空の墳墓にある魔重力砲から放たれた重力球は直径が五メートル近くあり、それが肉眼で確認出来ただけで数十個だ。
重力球群によって押さえつけられた水柱は、みるみるうちに形が削り取られていくように小さくなっていく。
しかし放射状に拡散する衝撃波と爆風を完全に押しとどめるまでには行かず、俺たちの居る方角にもあっと言う間に衝撃波が押し寄せて来た。
ミナセの体が吹き飛ばされそうになり、俺は慌ててエマリィを守る様にして抱きしめた。
だがすぐに衝撃波が弱まったので、ミナセは何とか態勢を立て直すことが出来た。
その理由はすぐにわかった。
黄金聖竜が海岸線数キロに渡って、巨大な魔法防壁を展開して衝撃波と爆風を食い止めてくれたからだ。
「おお、すげえ……! ザ・ハンドレッドを完全に防いでいる……!」
思わず感嘆の声が漏れ出す。
内心では多少の悔しさを感じていた事も確かだったが、目の前で繰り広げられている光景を目の当たりにすればそんな事も思っていられない。
完璧に食い止めていると思ってみても、実はよく観察してみれば、衝撃波と爆風で魔法防壁は瞬時に消し飛んでいたからだ。
そして消し飛ぶスピードとほぼ同じ速度で、新たな魔法防壁が張り巡らされているのだ。王都に直撃しないだけの大きさの魔法防壁をだ。
これには閉口するしかなかった。
いや、歯を食いしばって見守っていたので、言葉を発する隙なんかなかったのだ。
俺は具現化したザ・ハンドレッドの威力に感動しながらも、それを食い止めてみせている黄金聖竜の底力にも同時に感動していた。
しかし爆発から三十秒が経過した頃、一向に衰えないどころか、何故か尻上がりに威力が増している異変に気が付いた。
それはミナセも気が付いたようで、青ざめた顔で振り返った。
「おかしい……。幾らザ・ハンドレッドでもここまで爆発の勢いが持続するなんてありえないよ……」
「ミナセも感じたか、俺もだ。でも、一体どういうことだ……」
「もしかしてウラノスが体内に貯め込んでいた千年分の魔力が一気に放出された結果、ザ・ハンドレッドとは別の爆発が起きたとしたら……?」
ミナセの言葉に俺の魂がぶるりと震えた。
直感が正解だと告げていた。
爆発の衝撃波の持続時間と威力からして、最低でもザ・ハンドレッドが二発同時に爆発したくらいの破壊力はある筈だ。
爆発はあといつまで続く?
黄金聖竜の魔力はいつまで持つ?
一体どうすれば――
「タイガ! ミナセさん! ボクに力を貸して――!」
突然ミナセの背中の上で立ち上がったエマリィ。
俺とミナセが呆気に取られて見上げていると、エマリィは自信満々の笑顔で薄い胸を叩いて見せた。
「さっき聖竜様の背中に乗ってた時に、少しだけ会話をしたの。ボクは地下遺跡でロウマと戦った時に、偶然吸収魔法を使えるようになったみたいで……。その事を聖竜様に話したら凄く驚いてて、それでご褒美として上位魔法を一つ授けてくれるって……」
「上位魔法を……?」
俺がまだ腑に落ちない顔を浮かべていると、エマリィはもどかしそうに俺とミナセを握手させると、そこに自分の手も重ねた。
「聖竜様と同じ規模はさすがに無理だけども…今のボクに出来る上限ギリギリまではサポートしてみせる……っ! 魔力の供給が追い付かなくなる可能性があるから、少し強引に行かせて貰いますっ! 閃光の妖婦!」
うおおおおおお、なんだこれ!?
掃除機で吸い上げられているみたいに、体内の魔力が根こそぎ持っていかれるのが手に取るようにわかる!
更に失った分だけ周囲から魔力が供給されるのも!
まるでカラカラに乾いた大地に水を撒いたみたいに、吸収した魔力が即座にエマリィに吸い込まれていく。
それはミナセも同じだったようで、何故か頬を紅潮させて目を白黒させている。
そしてエマリィは右手を翳して叫んだ。
「星屑の盾!」
すると黄金聖竜の魔法防壁に沿うようにして、黄金の防壁が出現するではないか。
さすがに黄金聖竜ほどの規模ではなかったが、それでも王都の三分の二程は余裕で防御範囲に入っている程だ。
しかも強度も抜群の様で、二枚重ねになった部分は他の部分よりも明らかに張り直す速度が落ちて魔力の消費に貢献しているようだ。
そしてこの爆発が想定外だと、黄金聖竜を介して知った妖精族とエルフ族にも動きが見られた。
天空の墳墓からの魔重力砲は海岸線に沿って集中して、防壁に直撃する手前で衝撃波と爆風を殺し始め、全長が一キロ近くある飛空城アルノルディィは黄金聖竜の背後へ降下してくると、物理的な障壁として王都への直撃を防いでくれたのだ。
それから十秒後――いや、二十秒後か。
永遠に続くかと思われた力と力のせめぎ合いは、黄金聖竜の魔力切れによる魔法防壁の消失で幕を閉じたのだった。
しかし連合王国王都への被害は、地表の建物が数割ほど薙ぎ払われただけと言う、奇跡的な損害の少なさで済んだのだった――
次回のエピローグで第三章も終わりになります。
次回更新は来週金曜日の夜から土曜日の朝までには。
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