第百二十話 ダブル包囲殲滅陣を突破せよ!・上
ズドドドドドドーン!!!
と、ハティの頭上で、連続して火柱が立ち上がった。
「な、なんじゃ一体――!?」
ハティは驚いて王都全体を覆っている、都市型魔法防壁を見上げた。
すると、間髪入れずにまたしても、ズドドドドドドーン!!! と魔法防壁の表面を、火柱が東から西へと駆け抜けて行った。
「東にあるのは…海じゃ。もしや、グランドホーネットが沿岸まで来ておるのか!?」
ハティの瞳が一気に希望の光に満ち溢れた。
横に居たハイネスの顔も、グランドホーネットの名を聞いて喜色ばんだ。
「姉御、グランドホーネットとは確か魔法戦艦の名だよな!? それじゃあ、ステラヘイムへの援軍要請が上手くいったのだな。ああ、さすが俺たちのアルテオン殿下だ……」
「しかし喜ぶのはまだ早いぞ、ハイネス。グランドホーネットの大砲でも、この都市型防壁を撃ち破るのは難儀しているようじゃ。あの魔法防壁を何とかせねば、我らは援軍と合流する前になぶり殺しにされるやもしれん。あの防壁の制御はどこで行っておる?」
「確か街の北側にある見張り塔に、都市型魔法防壁の制御室があったはずだ。まさかそこへ? でもどうやって!? このルード家の区画も、魔法防壁とヴォルティス兵たちで囲まれているって言うのに……!」
ハイネスの問いかけに、ハティは不敵な笑みを浮かべると頭上を見た。
「幸いなことにこの区画の防壁は四方だけで、蓋はされておらず筒抜けじゃ。妾の風魔法ならば、あれ位の高さを飛び越えるのは造作もない。妾がここを脱出して見張り塔を叩く――」
「姉御一人で――!? しかし、それは……」
ハイネスは決断しかねているようで、言葉がそれ以上続かない。
すると、見張りの兵が慌てた声で二人の名を呼んだ。
どうやら通りの先で、何か動きがあったらしい。
ハティとハイネスは、交差点の建物の影から顔だけ出して、ヴォルティス兵の様子を伺った。
すると、通りの先に見える魔法防壁の一部が消失しているかと思えば、その向こう側に見えるヴォルティス兵の列を割って、何やら大きな影が姿を現した。
その牙が生えた豚の顔に、全身が鱗に包まれた巨体を見て、ハティの顔色が変わった。
「悪鬼――いや、悪鬼の形をしたゴーレムか。何とも醜く趣味の悪いことよ……」
「ヴォルティスのやつめ、密かにあんなものを作っていやがったのか……」
ハイネスはそう吐き捨てると、建物の壁に怒りをぶつけた。
すると悪鬼型ゴーレムが、両手を前方に突き出したかと思えば、傍らの屋敷に向けて雷魔法を放った。
屋敷の建屋は跡形もなく木っ端微塵に吹き飛ばされてしまう。
しかもそのゴーレムの背後には更に二体のゴーレムが続き、同じように通りの屋敷に雷魔法を放ちながら行進してくるではないか。
そして、その背後に見える魔法防壁の隙間は、音もなく閉ざされてしまう。
「まずいのう。我らをこの区画に閉じ込めたまま、ゴーレムで皆殺しにするつもりのようじゃ……。ハイネス、この区画の住人たちは何人じゃ? もう避難は済んでおるのか?」
「数はおよそ二千人。すでに全員兵舎の敷地に集まってもらっているから安心だ。姉御、ここで迎え撃とう。どうか協力してくれ……!」
「安心せい。おとなしく嬲り殺しにされるようなタマではないわ。しかし、その前に身軽で足が速く、腕の立つ者を中心に小隊を編成して北側防壁を目指せ。残りの兵は住民たちを守って兵舎敷地に籠城するのじゃ。あの醜いゴーレムは妾が引き受ける!」
「北側の防壁? 姉御、一体なにをするつもりなんだ!?」
「ハイネス、小隊の隊長はお主が務めろ。そして妾の代わりに見張り塔を叩け。早く行くのじゃ。そして北側防壁に着いたら、狼煙を上げて近くの建物に身を潜めておけ――」
と、ハティがそこまで言いかけた時、身を隠していた建物の壁が、爆音とともに爆ぜた。
ハティたちの姿に気が付いた、先頭の悪鬼ゴーレムが雷魔法を放ったのだ。
だが幸いなことに、ハティたちは多少瓦礫に埋もれた程度で、掠り傷程度の被害だった。
「ゴーレムに見つかったか。ハイネス行けっ。ゴーレムは妾が引き受けた!」
「わ、わかった。姉御、一杯奢るまでは絶対にくたばらないでくれよ……!」
ハイネスはサムズアップすると、見張りの兵士を引き連れて兵舎の方へと駆け出した。
それとほぼ同時に、ハティは通りへ飛び出すと、三体のゴーレムの前に立ち塞がった。
「――ゴーレム如きに名乗りはせぬぞ! 妾がお前らの相手をしてやるからかかって来んかっ! 」
ハティの挑発に、ゴーレムたちの両手が一斉に青白く輝いて激しい稲光を放出した。
しかしハティのブーツの靴底から気流が噴き出したかと思えば、石畳の上を滑るように高速移動して容易く雷攻撃を回避した。
そして、そのまま三体のゴーレムの間を縫うように駆け抜けて行く。
「ほれほれ、妾はここじゃ。しっかりと狙わんかっ!」
ハティはゴーレムたちの間を行ったり来たりと移動して翻弄する。
そして、前後のゴーレムが放った雷魔法が真ん中のゴーレムに誤爆して、破片が盛大に飛び散った。
「一丁上がりじゃ!」
ハティは一体目の破壊を確認すると、最後尾のゴーレムの頭の上に飛び乗った。
そして血族旗の竿を、力任せにゴーレムの脳天へぶっ刺すと、思いきり魔力を注ぎ込んだ。
魔法具・血族旗を通じて注ぎ込まれた魔力により、体内の魔力回路が過負荷状態になったゴーレムは、グギギッと軋んだ音を全身から発すると、所かまわずに雷魔法を乱射をし始めた。
バリバリバリバリッと、稲妻が周囲の建物を破壊していく。
「こらこらっ、狙うのはこちらじゃ」
と、ハティはゴーレムの頭に突き刺さっている血族旗をこねくり回して、狙いを前方のゴーレムへと誘導してやる。
しかし、その顔が一瞬にして強張った。
既に先頭のゴーレムが、仲間諸共ハティを討ち取ろうと、両手をこちらに向けていたからだ。
「ふんっ――!」
咄嗟に血族旗を引っこ抜いて、傍らの建物の屋上へジャンプ回避するハティ。
直後、ハティの乗っていたゴーレムが、仲間の雷魔法によって粉微塵に粉砕された。
そして、唯一残った最後の一体が、屋上へ逃げたハティ目掛けて雷魔法を繰り出した。
ハティは身軽さを最大限に活かして、屋根から屋根へと逃げ回る。
そのすぐ後ろを、バリバリバリバリッと轟音を轟かせて、執拗に付け回す稲光。
建物の一部が、或いは全部が盛大に吹き飛ばされるが、ハティは傷一つ負っていない。
そうやってゴーレムの周囲を縦横無尽に逃げ回りながら、攻撃の機会を伺っていたハティだったが、突然自分の頭上に巨大な火球が現れたのを見て青ざめた。
「広範囲魔法じゃと――!?」
ハティは無我夢中で屋根の上を駆けた。
そして所構わず通りに向かってダイブした。
直後、それまで居た屋根の上に巨大火球が直撃して、周囲一帯の数棟を紅蓮の炎で焼き尽くした。
通りに投げ出されるように着地したハティは、被害状況を横目で確認するとともに、広範囲魔法を繰り出した相手を探す。
「やはり出てきよったか……」
ハティの視界に飛び込んで来たのは、通りをこちらに向かって駆けてくるリザードマンの軍勢だった。
その数はざっと見ても千体近い。
しかもハティを更に驚かせたのは、リザードマンの軍勢は悪鬼ゴーレムには一切目もくれず、またゴーレムもリザードマン達には手を出さないことだった。
それを見て、ハティは忌々しそうに犬歯を剥きだした。
「そういうことか……。理由は知らぬが、獣人族を裏切りヴォルティスの側についたと言うのなら話は早い。ハイネスよ、もう同じ獣人族だからと言って手加減している場合ではなさそうじゃ。ここからは思う存分に暴れさせてもらうからのおっ……!」
押し寄せる軍勢相手に、ハティは血族旗を担いで立ちはだかった。
次回更新は来週金曜日の夜となります。
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