第百十四話 コンフリクト オブ フレッシュ&ブラッド
※サブタイは骨肉の争いの英訳
古代遺跡の地下深く――
ヒルダの鉄魔法による不意打ちを食らったロウマは、地上からせり出した鉄の茨に串刺しにされていた。
先ほどまでエマリィ達と戦っていた時には体を巨大化させていたが、攻撃してきたのがヒルダとわかった時点で、魔力消費を抑えるためにも巨大化を解除して等身大の肉体へと戻っていた。
そしてそれを見上げるヒルダの瞳は、憎しみと怒りと猜疑心の色に染まっている。
まるで炎に油を注ぐみたいに頭上から降ってくる姉の罵詈雑言の数々に、ヒルダの瞳は増々感情的な光に支配されていく。
「――この出来損ないの糞がっ! 九十九番目の一番末っ子の分際で、私にこんな真似をしてタダで済むと思っているのかいっ! お前は魔王様と魔族の名を汚しただけに飽き足らず、我が家系をも潰す気なのか!? ああ、お前なんかを助けたのが私の間違いだった……!」
「黙ってろ糞ババア! 私はお前に聞きたいことがあって来たんだ! 答えろ、何故父様はあの日、魔王様の許可も無くこの大陸へやって来た!? あれだけ魔王様に仕えてきたと言うのに……何よりも、戦士としての忠義と誇りを大事にしてきたと言うのに……あの日の父様はどこかおかしかった。それは何故だ!? 何故、父様は魔王様に無断で人知れずこんな黄金聖竜の領域までやって来て、稀人と戦ったりしたのだ!? そんなのは父様が取る行動ではないだろ! そんなのが……そんなのが高潔だった父様の最期であっていい訳ないだろ……!」
ヒルダは胸の底から込み上げてくる様々な感情に耐え忍ぶように、四番目の姉をきつく問い質した。
そしてロウマは骸骨のように痩せ細った顔に、心底驚いたような表情を浮かべた後で、呆れたように深い深い息を吐いた。
「まさか……そんなことを確認したくて、私にこんな真似をしたと言うのかい……? 本当にここまで甘ったれた末っ子だったとは……。おっと、確かお前が無許可でこの大陸へやって来たのも、父様の死の真相を探るためだったと言っていたね……。まさか本当だったのかい……。やれやれ、ここまで直情的なアホの子だったとは……。それでは死んだ父様も浮かばれないだろうに……」
「な、舐めたこと言ってんじゃねえぞ、糞ババアがっ……!」
「ほらほらぁ、そういうところだよー九十九番目の妹よぉ。父様の死の真相を探りに来た結果、お前は私が何か関わっているのではないかという疑念を抱いたのだろう? ならばさっさと殺せばいいじゃないか。仮にも父様は、魔王様から千年大公という名誉ある位を授かった魔族の英雄だよ。その英雄殺しはどんな理由があろうとも重罪だ。ならば不意打ちが成功した時点で、こんな青臭い尋問なんかせずに、有無を言わせず殺せばよかったのさ。私がお前の立場ならそうしているが?」
「な、なんだと……」
ロウマの予想外の提案に、ヒルダはただ口籠って睨み返すしかできない。
そしてロウマはまるでそんな反応を楽しんでいるかのように、薄気味悪い薄笑いを顔に張り付けたまま喋るのを止めようとはしなかった。
「おやおやー、もしかして私を痛めつけたら、命乞いでもしながらベラベラと真相を語るとでも思っていたのかーい!? もし私が本当に父様の死に関係していたとして、親殺しをそんな生温い覚悟で実行できるとでも思ったのかーい? もしそう思っていたとしたら、相当に頭がお花畑すぎるだろに。そういうところなんだよ、お前がダメで出来損ないと罵られる所以は。そして――」
突然ロウマの体の拘束が解けて、ずるりと地面に転がり落ちた。
拘束が解けた原因は一目でわかった。
あろうことかロウマの両腕は付け根の辺りから引き千切られて、両方の肩口から滝のように流血していたからだ。
しかも背中から生えた新しい両腕が、千切れた二本の腕を持っているところを見ると、どうやらロウマはヒルダに気付かれないうちに、肉体変質系の魔法で背中に両腕を生やして、それで拘束されていた元の両腕を無理やりに引き千切ったらしい。
しかしヒルダがその事に気付いた時には、既にロウマは千切れた両腕を一振していて、鮮血の目潰しをまんまと食らってしまった後だった。
「――その甘さがこういう所で差になって現れるのさ!」
「くっ――!」
思わず怯むヒルダ。
微かに見える視界の中に、走って逃げるロウマの姿を捉えて、血を拭いながら後を追いかけた。
「キャハハハハ! 私は邪神魔導兵器を持って帰りさえすれば、千年大公の座が待っている! 半永久的な命を手に入れて、残りの人生を謳歌してやるのさ。そして魔王様を怒らせたお前はどうする!? 私を殺そうにもお前はもう祖国へは帰れないお尋ね者だ! お前はトネリコール大陸で、私を恨みながら朽ち果てていくしかないんだ! 出来損ないで糞ったれのお前には、それがお似合いだよ!」
ロウマは癪に障る高笑いを上げながら、壁に開いている大穴を飛び越えると、そのまま竪坑の暗闇へ身を投じた。
奈落の底で眠っている邪神魔導兵器を回収する気だ。
「お前が父様の血を分けた姉妹だと思うと反吐が出るっ……! だから全力でお前の企みも存在も叩き潰してやるよっ……!」
ヒルダは走りながら腰を屈めると、地面を引きずる様にして両手を垂らした。
するとヒルダが駆け抜けた傍から、地面の石畳が鉄色の粒子に変化して煙のように立ち上がった。
そして走るヒルダの体に纏わりつくように集まったかと思えば、それはみるみるうちに全身を覆っていき、鉄色の鎧に変化していくではないか。
しかもその鎧はヒルダのシルエットそのままに、二回り三回りと巨大化していく。
それは鉄魔法で構築した鎧であると同時に、自身の身体動作を忠実に再現するゴーレムだった。
この新魔法の着想を得たのは、勿論タイガと戦い、古代遺跡でタイガとミナセを観察していたことによるところが大きい。
練習をする暇がなくぶっつけ本番だったが、元々ヒルダはゴーレムの生成に長けていたので問題はなかった。
ヒルダが纏うゴーレムスーツは、重厚感のある見た目に反して俊敏に石畳の上を駆け抜けると、軽やかに大穴に向かってジャンプした。
そして大穴を潜り抜ける時にパンチで壁を壊して、大小様々な瓦礫とともに暗闇の中を落ちていく。
古代遺跡の外に広がる竪坑は、街が二つ三つは楽勝で入るほど広く、そして深く、暗かった。
ゴーレムスーツの胸の辺りが、磁力に反発する磁性流体のように刺々しく立ち上がったかと思えば、丸く広がった穴の奥からヒルダの顔が露になった。
ヒルダは激しい風圧に耐えながら、暗闇に目を凝らした。
しかし陽の光が一切届かない竪坑は漆黒の世界そのもので、ロウマの姿は闇に紛れてしまって見つけられない。
――いったい今どれだけ落下して、あとどれだけ落下が続くのか……
流石のヒルダも、予想外の暗黒世界に焦りが生じ始めたその時。
眼下に広がる深淵の暗闇の中に、微かに光る光点が見えた。
それは見る見るうちに大きくなっていき、視界を覆いつくす程に広がっていくではないか。
「あれは……貯光石の光か――!?」
ヒルダはロウマの命令で、ずっと古代遺跡の中でタイガとミナセの動向を監視していた。
その時最下層のフロアは、壁や床自体が淡い光を放っていて、視界を確保していたことを見ていた。
恐らく貯光石が練り込まれた特別な製法で作られているのだろうが、それら石材はタイガの手によって、邪神魔導兵器と共に奈落の底へと落とされていた。
その底に落ちて散らばった瓦礫が、暗闇の中で淡い青色の光を発していて、ほのかに暗闇を照らし出していたのだ。
そしてその光の中に浮かび上がる様にして、黒い影が一つ。
「見つけたぞ、糞ババア……!」
背中に翼を生やして滑空しているロウマのシルエットを見つけて、ヒルダが勝ち誇ったように唇を歪めた――
次回更新は来週金曜日の夜となります。
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