第百十三話 ファイトオン従者ズ
イーロンとテルマは、城の裏手から外壁をよじ登っていた。
RPGスーツのフレキシブルアームが、器用に二人の体を上へと運んでいく。
あと少しで上層階の窓に手が掛かりそうになった時、テルマが押し殺した声でイーロンの名を呼んだ。
「――イーロン! 裏庭をチョー見るっす。何か怪しくないっすか……!?」
テルマにそう言われて、イーロンは眼下の裏庭に目を凝らした。
確かにテルマが言う様に、いつの間にか裏庭には数台の馬車が停まっていて、その周りを騎馬兵や歩兵の輪が何重にも取り囲んでいるという物々しさだ。
「もしかして、ヴォルティスは城を脱け出すつもりなのか……?」
イーロンが呟くと、丁度裏口から出てきた人影の列が、足早に馬車へと乗り込んでいく。
そしてその列の中に、両脇を兵士に抱えられて歩くユリアナの姿がある事を見逃しはしなかった。
「――ユリアナ様っ!」
と、イーロンよりも早く名前を叫んで飛び出したのは、勿論テルマだった。
その後ろ姿を追いかけるようにして、イーロンも反転。
二人は腰から伸びるフレキシブルアームを壁にザクッザクッと突き刺して、半分落下しながら外壁を駆け下りていく。
テルマの接近に気が付いた眼下の兵士たちの動きがが慌ただしくなった。
次々と火球や火槍、弓矢が襲い掛かってくる。
テルマは攻撃を避けるため右へ、少し後ろを走るイーロンは、その姿を見て即座に左へ進路を取った。
二人の阿吽の呼吸の回避行動に、敵の攻撃も足並みが乱れて隙だらけとなる。
しかしユリアナの姿は強引に馬車の中へ押し込まれると、馬車隊と騎馬兵達は一目散に裏門へ向かって駆け出した。
「そうは問屋がチョー逃がさないっす!」
テルマは足元に残っている歩兵たちの頭上を一気に飛び越えると、そのまま馬車隊を追いかけた。
その後ろ姿に向かって歩兵たちが弓矢と攻撃魔法を放とうとするが、その輪の中心に颯爽と着地したイーロンが烈々と斬りこんでいく。
そして瞬く間に歩兵たちを片付けると、テルマの後を追った。
馬車隊は既に裏門を抜けて街道へと躍り出ていて、テルマと馬車隊の間には数騎の騎馬兵が殿を務めていた。
しかも騎馬兵たちは全員が連接棍を装備していて、それが最大五メルテ近くまで自在に伸びる上に、あらゆる角度から変幻自在に襲い掛かって来るので、流石にテルマも一向に馬車隊に近付けないでいる。
「――調子に乗るなよ、お前ら……! チョー頭にきたっす!」
怒りと焦りの滲んだ顔で歯を剥きだすテルマ。
そして一旦足を止めると、両手で思いきり地面を叩いた。
土魔法で街道を泥道に変えて、馬車隊諸共に騎馬兵を足止めする算段だった。
しかし少し遅れた場所からテルマを追いかけていたイーロンは、その光景を見た瞬間に大声で叫んだ。
少し離れた場所に居た騎馬隊の一人が、テルマの動きを見た瞬間に連接棍で地面を激しく叩いたのだが、その時魔法の発動光が輝いたのを見逃さなかったからだ。
「――テルマ逃げろっ!」
「へ――!?」
テルマがイーロンの叫び声に気が付いた時には、既に白氷の帯が地面を急速に凍り付かせながら急接近してくるところだった。
テルマは土魔法を発動させて迎え撃つか、回避行動を取るべきか躊躇する。
しかしその一瞬の気の迷いが決定打となり、テルマは地面に氷漬けにされた。
――筈だったが、間一髪のところでそうならなかったのは、イーロンが放った三枚の魔法防壁が地面に突き刺さって白氷の侵攻を食い止めたからだ。
「イーロン、チョー感謝っす!」
テルマは半泣きの顔で、イーロンに向かって投げキッスを送りまくった。
「今のは危なかったぞ! 気を抜くな、奴らの武器は魔法具だ!」
「チョーわかったっす!」
テルマは攻撃を魔法から剣に切り替えた。
そして騎馬兵たちが次々と放つ氷の帯を、すばしっこい小動物のように動きまくって悉く回避する。
騎馬兵たちはその素早い動きに攪乱されて統率が乱れ始めた。
その動きを援護するように、後方からイーロンが魔法防壁を剣で弾き飛ばして騎馬兵に攻撃を仕掛ける。
二人は前と後ろ、右へ左へと瞬時に入れ替わりながら相手の攻撃を分散しつつ、じわりじわりと間合いを詰めて突破口を探す。
そして、テルマが一瞬の隙をついて、騎馬兵の間を縫うようにしてすり抜けに成功したかと思われたが――
「チョー小癪っ!」
テルマは突然目の前を覆う様にして出現した氷柱に、後退を余儀なくされた。
そしてそれを合図に、騎馬兵たちの攻撃が一斉に氷の帯から氷山へと切り替わった。
街道のあちらこちらに、突然地面から氷柱がせり出して、イーロンとテルマの攻撃のリズムを崩していく。
しかも氷柱は強烈な冷気を放ち続けていて、見る見るうちに氷柱同士の間に氷壁を形成していくではないか。
「くそ、広範囲魔法かっ……!」
イーロンは殿たちの後方で、二人の騎馬兵が地面に連接棍を突き刺して精神統一している姿に気が付いた。
しかしそれに気が付いた時には、既にイーロン達と騎馬兵の間には何重もの氷の壁が完成していて、まんまと分断された後だった。
氷の壁の向こうから、急速に遠のいていく馬の蹄の音が聞こえてくる。
どうやら騎馬兵たちは一定の距離が開いたのを確認すると、そのまま馬車隊を追いかけていってしまったようだ。
イーロンは苦い敗北感を噛み締めつつ、テルマを振り返った。
「大丈夫かテルマ!?」
すると、テルマは悔恨の叫喚を上げながら地面を激しく殴りつけた。
「ああああっ、ユリアナ様がっ! あと少しだったのに……! 一気に片付けようとして魔法範囲を広げなければ……! 範囲を絞って攻撃してきた奴らに発動スピードで負けたっす……! 完全に自分の判断ミスだった……! 許して、ユリアナ様っ……!」
「失態を犯したと思うなら、次は自らの動きで返上してみせろ。我らに悔しがっている時間などないぞ。それに気が付いたか……?」
「なんすか……?」
涙を拭いてイーロンを見上げるテルマ。
そしていつも沈着冷静なイーロンが、胸の内に渦巻く激しい怒りを押さえ込もうともせず、鬼神のような表情に変わりつつあるのを見て思わず息を呑んだ。
「……ユリアナ様はRPGスーツを着用していた。逃げ出そうと思えば、いつでも容易く兵士たちを振り払うことが出来たはず。なのにそれをしなかったのは、体に巻かれていた魔法具のせいだ。奴らメイに嵌めた首輪と同じ拘束具を、よりにもよってユリアナ様にも使用したという訳だ……」
それを聞いた瞬間、テルマの顔色も変わった。
怒り任せに地面を叩くと、目の前の街道一面に土で出来た剣山が浮き上がって、一気に氷の壁を粉々に粉砕した。
「イーロン……ユリアナ様は自分に取っては姫様と言うよりも、面倒見が良くて気立てのいい優しい姉様っす。浮浪児で身寄りのない自分を騎士団に抜擢してくれた恩は、一生忘れないっす。その姉様が受けた屈辱のことを思うと、この国をぶっ壊したくなるほど、腸がチョー煮えくり返るんすよ……! もう止めたって無駄っすよ、イーロン!」
「心配するな。私も同じ気持ちだ……!」
イーロンはそう呟くと、テルマの横に並んだ。
そして消えた馬車を追いかけて二人が駆け出した時、突然背後の王城から轟音がわき上がった。
イーロンとテルマが何事かと振り向けば、王城を取り囲むようにして四つの塔のようなものが、地中からせり上がってくる光景が見えた。
その塔は鋼鉄で出来ているらしく、薄闇の中で鈍い鉄色に光っていて、高さも軽く二十メルテはある巨大なものだった。
そしてその四つの塔がそれぞれ別方向にゆらゆらと動き出したのを見て、イーロンは何かを思い出したように息を呑んだ。
「ま、まさか、あれは……!? サウンザドロル領の騒動の原因となった……タイガ殿と同じ世界からやって来たという別世界の怪物……プラントか――!?」
「……そんなものがどうして連合王国の城の地下から出てくるんすか!? しかもサウンザドロル領の時よりも、数も多くて数倍デカいっすよ……!? サウンザドロルの時は小さいヤツが一体だけで、あれだけの被害になったのに……これはチョーまずいっしょ!?」
「と、とにかくタイガ殿も近くに居る筈だ。テルマは繋がるまで無線を入れ続けてくれ。プラントは一旦保留で、ユリアナ様の救出が急務だ! こんな状況で、また叫ぶものに大発生でもされてみろ。ユリアナ様を助け出せたとしても、生きて脱出どころの話ではなくなるぞ……!」
イーロンとテルマは、馬車を追って街道を駆け出した。
次回更新は来週金曜日の夜となります。
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