第百十話 城下のアウトバースト
ハティとハイネスと名乗るネコミミの騎士が立ち去ってから二時間余り。
イーロンとテルマの二人は鉄格子の前で胡坐をかいて目を瞑り、ずっと「その時」を待っていた。
すると地の底から上がって来る微かな振動に気がついて、二人は同時に両目を開けた。
「――!?」
その直後、大きな轟音とともに城全体が揺れたので、床に臥していたマリとメイ、マシューの三人が慌てて飛び起きた。
「な、なんだぁ!? 地震か!?」
「お、お姉ちゃん!」
「まあ大変、あなた達はこっちへ――!」
最年長のマリがメイとマシューの二人を引き連れて、牢屋の角へと身を寄せる。
そんな三人を尻目に、イーロンとテルマの二人は鉄格子にこれでもかと顔をくっつけて、廊下の様子を伺っていた。
「イーロン、今の揺れをどう思うっす……?」
「自然現象にしてはどこか不自然な揺れ方だった。それに見張りの兵士たちは全員様子を見に階段を上がっていったので、地下はいま手薄だ。動くには絶好のチャンス……。ハティが動いたと見るべきか……」
すると廊下の先にある地上へ続く階段の方から、尋常では無い喧騒が聞こえてきたので、イーロンは意を決したようにマリを振り返った。
「――やはり上で何か動きがあったようだ。マリ、これから私たちはユリアナ様救出に動く! 申し訳ないがここからは別行動になる。どうか理解してほしい!」
「イーロン様、ユリアナ様にお仕えした時から、私もメイも覚悟は出来ております……。それに私は水魔法を、メイは治癒魔法を嗜みます故、どうか私たちのことは気になさらないでください」
そしてマリはメイド服の下から短剣をすっと取り出すと、胸のあたりで逆手に構えた。
「あと短剣術も少々――」
その凛々しいマリの後ろでは、いつの間にかメイも同じ短剣を構えていて、イーロンとテルマを真っすぐに見据えているではないか。
その頼もしそうな二人の姿に、イーロンは思わず舌を巻く。
「ふっ、言われてみれば、お前たちは普通のメイドではなかったな。日頃の可憐な振る舞いについ忘れてしまっていた。許せ」
「それよりもお二方、どうかユリアナ様をお願いいたします……!」
と、マリ。
イーロンはふと真顔に戻ると、
「任せておけ!」
と、力強く応じた。
そしてそれを合図に、腰から生えている二本のフレキシブルアームが鉄格子をぐにゃりとひん曲げた。
RPGスーツには、装着者の力を増幅する機能は付いていなかったが、足代わりになって人間離れした機動力を与えるフレキシブルアームだけは、怪物並みの怪力を発することが出来る。
衛兵たちがその事を知っていれば、メイに装着したような魔法具の首輪をイーロンとテルマにも付けたのだろうが、牢屋に装備されている魔法石の罠だけで事足りると判断した事が大きな誤算だった。
もっともイーロンとテルマは剣を没収されていたので、牢屋から出ることに成功はしても手持ちの武器がない。
しかしテルマはそんな事お構いなしにイーロンの脇をヒョイと擦り抜けると、一目散に階段を駆け上がっていった。
「イーロン、自分が先陣を切るっす! チョー切ってやるっす! ユリアナ様、今行きますから待っててええええええええええええええ!!!」
「あ、こら、先走るなテルマ! まずは武器を――!」
イーロンは廊下の壁掛けに掛けてあった自分たちの剣を回収すると、慌ててテルマを追いかけた。
その後をマリが続き、メイがマシューの手を引っ張って最後尾に付く。
階段を上がると、そこは衛兵たちの詰め所のような部屋になっていたが、兵士たちの姿はどこにもない。
それもその筈。外へ続くドアの向こうでは、既に兵士たちを相手に大立ち回りしているテルマの姿が見えたのだから。
「ああ、本当にお前という単細胞は……」
そんな口調とは裏腹に、どこか嬉しそうな顔で助太刀に入るイーロン。
RPGスーツの機動力を活かして、テルマに群がる兵士たちに音もなく近付くと、次々に背後から斬り倒していく。
一方のテルマは両手を地面について、自慢の土魔法で一気に片付けようとしたが、イーロンに呼び止められた。
「テルマ、まだユリアナ様の居所はわからないんだぞ。ユリアナ様を連れて無事に城を出るまでは、魔力は極力温存しておくんだ。代わりにこれを使え――!」
と、イーロンが投げて寄越したのは、先程回収したテルマの剣だ。
テルマは目の前に落ちた剣を見て一瞬躊躇したが、意を決した顔で剣を掴むや近場の敵兵に斬りかかった。
「ユリアナ様の救出を邪魔する奴らはチョー倒すっす!」
イーロン程の剣の腕前はなかったが、テルマはRPGスーツの機動力を活かして、次々と敵の懐に飛び込んで斬り倒していく。
その動きは例えるならば独楽だった。
小さくて不規則に高速回転する独楽が、敵兵の間を縫うようにして移動すると、その後には敵兵の屍が積み上げられていく。
そしてものの数分と経たないうちにうちに十数人居た兵士たちは、全員がイーロンとテルマの二人によって倒されていた。
その壮絶な光景を目の当たりにしたマシューは、感動と恐怖が半々に混ざりあった顔で呆然と立ち尽くしている。
「す、すげえや……。たった二人であれだけのヴォルティス兵を……」
「さあ、マシュー行きますよ。イーロン様テルマ様、私たちはあそこから城の外へと向かいます」
と、マリは内城壁に掛かっている梯子を指さした。
闇夜の中、あちこちに設置されているかがり火と貯光石の淡い光に、一本の梯子が照らし出されている。
どうやら今イーロン達が居る場所は城の裏手の方で、その梯子は内城壁の上で見張りに付く時の近道用に設置されているようだ。
「わかった。無事を祈る……!」
イーロンがそう頷くと、マリはメイとマシューを引き連れて内城壁の梯子へ向かった。
その後ろ姿を少しだけ見届けた後で、イーロンは気持ちを切り替えるように剣を構えなおすと、テルマと共に中庭へ向かう。
中庭へ近付くにつれて喧騒と剣が打ち合う音が大きくなり、曲がり角を曲がった先に広がる光景に二人は思わず立ち止っていた。
中庭で兵士たちを相手に暴れていたのはハティなどではなく、リザードマンの軍団だったからだ。
しかもそのリザードマン達は皆、身長がニメルテはあり、更に頭から水牛のような角を生やしていて、イーロンが初めて見る特徴を備えていたのだ。
そして中庭のほぼ中央の地面には、陥没して出来たような大きな穴が開いているではないか。
リザードマン達はそこから地上へ這い出てきたようで、穴は今も続々と新たな軍勢を吐き出していた。
「か、彼らはなんだ……!? 獣人族のルード家の者なのか……? だとするとルード家が蜂起したのか!?」
「――イーロン!」
テルマの声に、はっと我に返るイーロン。
そしていつの間にか右手から一体のリザードマンが、大剣を振り上げながら突進してくる姿に気が付いた。
すんでの所で剣を構えて、何とか斬撃を受け止める。
しかし二メルテ近い巨躯と、大木のような両腕から繰り出された一撃は予想以上に重く強烈で、イーロンの剣は中ほどから真っ二つに折れてしまった。
その衝撃でイーロンの体は後方へよろけた。
その隙をリザードマンが見逃す筈もなく――
リザードマンが更に踏み込んで大剣で薙ぎ払おうと構える。
しかし、その巨体が突然弾き飛ばされて地面を転がった。
イーロンは体勢を崩しながらも、RPGスーツの左側のフレキシブルアームで、リザードマンの脇腹にボディブローを叩き込んだのだ。
「今のはやばかった……。RPGスーツが無ければどうなっていたことやら……」
少し血の気の失せた青ざめた顔で、ほっと息を吐くイーロン。
そこへテルマが心配そうな顔で駆け寄って来る。
「イーロン、チョー大丈夫だった!? このリザードマン達は一体何者っすか!? チョーヤバい雰囲気がするっす。これからどうするっすか!?」
「とりあえずテルマはグランドホーネットへ現状報告を頼む。後は……とにかくユリアナ様の発見と救出が第一だ。雑兵どもとの戦闘は極力回避して城の内部へ潜入するぞ!」
イーロンはそう言うと、傍らに倒れていたヴォルティス兵から剣を取り上げた。
すると、リザードマンの軍勢とヴォルティス兵たちが繰り広げている乱戦の中から、二人の姿に気が付いた数体のリザードマンがこちらに向かって突進して来る姿が見えた。
イーロンは舌打ちをした後で、目の前に等身大の魔法防壁を四枚作り上げると、剣の一振りで四枚同時に弾き飛ばせて見せる。
こちらに向かって来ていたリザードマン達は魔法防壁に弾き飛ばされて、乱戦の波へと押し戻された。
「ユリアナ様を連れて脱出する時にテルマの力は必要になる。露払いは私の役目だ。魔力の出し惜しみもしていられない、か……」
イーロンは誰かに聞かせる訳でもなくそう呟く。そしてテルマの方を振り返り、
「テルマ、一旦ここを離れて裏手から侵入を試みよう。無線は通じたか?」
「ううん。よくわからないけど、雑音が酷くてチョー繋がらないっす」
「繋がらない? 地上に出たと言うのにか……?」
と、何んとなく夜空を見上げたイーロンの顔が、怪訝な表情を浮かべた。
空に見えている星の光が、まるでインクが滲んだ文字のようにぼやけて見えたからだ。
――東の空は白み始めているので夜明けが近いことが窺い知れる。しかしそれが原因で星がぼやけて見えることなどあるだろうか……
すると隣のテルマが意外な言葉を口にした。
「もしかして魔法防壁っすか……?」
「なにを馬鹿なことを……。空一面を覆う魔法防壁など――」
聞いたことが無い、とテルマの意見を否定しようとしたイーロンだったが、以前読んだことのある魔法書の中に、都市を丸ごと覆う古代四種族時代の記述があったことを思い出して思わず口を噤んだ。
すると突然背後から、
バリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!
と、耳を劈く轟音が鳴り響いた。
イーロンとテルマが驚いて振り返ると、先程まで乱戦が繰り広げられていた中庭には立っている者は誰一人として居なく、代わりに黒焦げに焼かれた焼死体が折り重なるようにして山になっていた。
そしてその向こう側に見えるのは、増援のヴォルティス兵の一団と体長五メルテ程をした三体のゴーレムだった。
そのゴーレムは牙の生えた豚のような顔に、全身は魚のような鱗に覆われていて非常に醜い姿をしていた。
前方に突き出された両腕が電気を帯びているところを見ると、リザードマン達を焼き殺すために広範囲の雷魔法を繰り出したらしい。
「リザードマン達を始末するために、仲間の兵諸共焼き殺したと言うのか……。狂ってるっ……!」
イーロンの体が義憤にわなわなと打ち震えた。
そして大穴からは更に新しいリザードマン達がわらわらと湧き出して来たので、城の手前で陣を張っているヴォルティス兵たちが色めき立った。
三体の悪鬼ゴーレム達が、再度リザードマンを焼き払おうと両腕の帯電をバリバリと強めながら前進を開始する。
それを見たイーロンは弾かれたように駆け出した。
「――テルマ、あんな怪物と正面切って戦うことはない! 我らはこの隙にユリアナ様を探し出すぞ!」
「やっぱそうすっよね。ここは逃げるがチョー勝ち」
イーロンとテルマは来た道を戻って城の裏手を目指した。
その背後では二度目の広範囲雷魔法が繰り出されて、辺りが一瞬白色に染め上げられた――
次回更新は来週金曜日の夜になります。
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