第百八話 三章二部エピローグ「暁」
俺が甲板へ出ると、金属鎧の兵士たちでごった返していた。
先程までは王様の護衛の兵士たちが百名ばかり居た程度だった筈なのに、いつ間にか数はざっと十倍近くに膨れ上がっていてイモ洗い状態になっている。
それにいつの間にかグランドホーネットも、どこかに向かって最大船速で夜の海を突き進んでいるではないか。
「な、なんだ、この人数は!? それにこんな時間に船を動かしているってことは……連合王国へ向かっているのか? はいはい、ちょっとすみませんよ、通してくださいね……」
屈強な兵士の皆さんを掻き分けて進むが、人数が多くてきりがない。
ふと艦橋を見上げると、司令室に人影が見えたので、フラッシュジャンパーを装着してテラスへひとっ飛び。
司令室にはライラを筆頭に、ゴルザ、ヨーグル陛下、オクセンシェルナ、アルファンの姿が。
そして連合王国側の人間は、アルテオン王子と従者、そしてチルルさんの姿が見え、しかもチルルさんはお盆を持っているところを見ると、どうやら給仕係をしているらしい。
「おお、タイガ殿、待っておったぞ。火急の用事とやらは終わったのか!?」
早速ヨーグル陛下が、飼い主を見つけた犬コロみたいに駆け寄ってきた。
うーん、陛下は相変わらず可愛いなぁ。
こう人懐こいと、王冠を放り投げて髪の毛をわしゃわしゃと撫で回したくなるなぁ。
でも王様なんだよなぁ。
「すみません、それがまだもう少し掛かりそうなんですよ。今から古代遺跡の方へ戻ってエマリィたちを回収してこなきゃならなくて……」
「それはタイガ殿が直々に行かなくてはならぬ事なのか!? 迎えに行くだけならば、誰かほかの者でも構わぬじゃろ? アルテオン殿下とは話がついてな、ヴォルティス家を討ち取った後、連合王国はステラヘイム王国の保護下で、ルード家統治の新国家として生まれ変わるのじゃ。それで夜明けとともに我が軍は王都へと攻め込み、ルード軍と合流後に城へ乗り込む。その時にタイガ殿には先陣を切ってもらい、是非ユリアナ救出に動いてもらいたいのじゃ。いや、そうしてもらわねば困るぞ!?」
珍しくそう声を荒げたヨーグル陛下。
それに顔をよく見れば、統治者として威厳を示そうとしていると言うよりも、一人の父親として不安で落ち着かない表情が見てとれる。
何だか土砂降りの中に佇む子犬を見ているみたいで、俺の胸は思わず高鳴った。
――陛下にしてみたら、俺が傍に居てくれたら心強くて、それだけ気も休まると言うことか……。それに確かに陛下の言うことも一理ある。ミナセの件は精霊契約は無事に終わった訳だし、エマリィたちを迎えに行くだけならば、ゴルザ辺りに出向いてもらってもいい訳か……
俺は陛下を撫で回したい衝動を堪えながら、ライラを見た。
「ライラ、エマリィ達から連絡は?」
「まだ何もありませんけど……。あ、でも戦術支援モジュール二番から、二時間程前に行動開始する旨の連絡はありましたね……」
そのライラの返答に、今度は俺が声を荒げた。
「――行動開始だとぉ!? その詳細はなんて!?」
「えっと……確か地下から異常な振動を検知したので、隊員の捜索に向かいますと……」
「地下で異常な振動……なんじゃそりゃ――!?」
俺の胸は嫌な予感に激しくざわついた。
確かに遺跡に乗り込んできたヴォルティス親衛隊の数は、軽く千人以上は居てかなり多かった。
だがエマリィと八号の二人の戦力なら、一個連隊に攻め込まれても余裕の筈。
但し、遺跡内部という有利な地形と、相手の戦力が通常と限定しての話だが。
しかし地上で待機していた戦術支援モジュール二番が、検知するほどの振動があったという事は、地下で何かが起きたという事だ。
そして、いまだにエマリィ達から連絡がこないと言う事は……
俺は微かな眩暈を覚えながら、ヨーグル陛下を見た。
きっと今の俺の顔は、情けないくらいに怯えていた筈だ。
「陛下、すみません。やっぱり俺が行かなきゃ駄目みたいです。向こうで何かが起きているようです……」
「タイガ殿……」
ヨーグル陛下も、俺を気遣うような表情で見上げていた。
そしてライラの一声で、室内に緊張が走った。
「タイガさん入電です! テルマやんです――!」
「スピーカーで繋いでくれ!」
すると天井のスピーカーからザーッと言うノイズと、途切れ途切れの声が聞こえてきた。
――こちら……テルマ、聞こえ……。現在王城で……戦闘中……! ユリアナ様とは別々……救出に向かいたいが……謎の軍団が……
「テ、テルマか!? ユリアナ様は無事なのか!? テルマどうしたのだ!?」
と、オクセンシェルナ。
「王城で戦闘中と言っていましたね。一体どういうことなのだ……? それに謎の軍団とはなんのことでしょう?」
アルテオンはぶつぶつと独り言を呟いた後で、従者と何やら相談を始めた。
「テルマやん、聞こえますか!? テルマやん!? ノイズが多くて音声が聞き取れないんです! もう一度お願いできますか!?」
ライラはヘッドセットのマイクに向かって呼び掛けたが、しばらくすると首を横に振った。
「駄目です。応答がありません……」
「ノイズの原因に心当たりは? もしかしてグランドホーネットの魔法石減少の影響なのか?」
と、俺。
「いえ、それはないです。今まで普通に使用できていたので、原因があるとしたら向こう側です。恐らく王都で無線を妨害する魔法か何かが発動されたとしか……」
そうライラが答える。
すると、アルテオンが何か思い出したように声を上げた。
「その無線と言うものをよく知らないので参考になるかわかりませんが、一つだけ心当たりがあるとすれば、ヴォルティスが魔法防壁装置を発動させたのかもしれません。これは中央の迷宮で発見した、古代の魔法具を元に開発された都市防衛装置で、王都全体を魔法防壁で覆って外部からの侵入者を拒みます。もしかしたら、それが通信とやらに影響を……?」
「そんなものが用意してあったとは……。どうやら原因はそれのようです。それで、ハティの方から連絡は――?」
俺の問いに、ライラは無言で首を振った。
思わず深い息を吐く俺。
「王都に捕らえられていた筈のテルマ達が、どういう経緯か現在戦闘状態に突入していて、姫王子の行方を探っているハティとは連絡が付かず……。更に古代遺跡の方のエマリィ達も音信不通……。一体なにがどうなっている……? とにかく王都と古代遺跡の両方で抜き差しならない事態になっていることだけは確かだ。――陛下、オクセンシェルナさん、ステラヘイム軍の今の状況を教えてくれますか?」
「うむ。儂から説明しよう」
と、オクセンシェルナ。
多目的テーブルの上には王都周辺の地図が広げられていて、それを指さしながら説明を始めた。
「国境付近に集結させた我が兵は一万。心許ない数字なのは重々承知しておるが、なにぶん時間が足りんかった。しかし我が方にはタイガ殿とグランドホーネットがある故、これで討って出る。現在国境の連合王国砦前に千人の兵を残し、残りの兵はスマグラーアルカトラズで一気に国境の砦を飛び越えて、このグランドホーネットと王都近辺の平原に振り分けておる最中じゃ」
「国境に相手戦力の一部を釘付けにしている間に、一気に海と陸からの挟撃という事ですね」
確かにオクセンシェルナの言う通り、約九千の兵では敵の総本山へ攻め込むには心許ない数字だが、こちらにはグランドホーネットがある。
とは言え、向こうも都市型魔法防壁があったように、まだ何か奥の手が隠されている可能性がある。
それにテルマの言っていた謎の軍団と言うのも引っ掛かる。
それらを考慮に入れると、グランドホーネットがあると言っても、やはりこの数では今一つ弱く思えてしまう。
特に敵国のど真ん中に陣を築いている八千人の方は、下手をすれば孤立無援に陥る危険性が高い。
グランドホーネットはそこまで万能ではない。
特に魔法石減少によって能力が低下しているこの状況では尚更だ。
「ライラ、王都まではあとどれくらい?」
「あと三十分ほどです」
「よし、それじゃあその三十分で、動かせる戦術支援モジュールの運用の仕方を、ゴルザに叩き込んでくれ。それでゴルザは王都近隣陣地の援護に回ってほしい」
「わかりました。ゴルっち、時間が無いから行きますよ!」
「う、うっす!?」
ゴルザは突然の大役に戸惑いの表情を浮かべていたが、ライラが有無を言わせず腕を引っ張っていく。
その後ろ姿に向かって、元上司のアルファンが熱いエールを送っている。
そして俺はヨーグル陛下を見た。
「陛下、これで考え得る限りの手は打ちました。後はライラのドローン部隊も王都近隣の兵の方へ回します。なので申し訳ないですけど、やはり俺は古代遺跡の方へ――」
と、そこまで言いかけた時、天井のスピーカーからプルルルルルと特徴的な電子音が鳴り響いた。
入電音だ――
そしてガサゴソとノイズがした後で、
――こちら八号、グランドホーネット聞こえますか……!?
と、声が聞こえてきた。
思わず天を仰ぎながらガッツポーズを取る。
「八号か!? コンチクショー、今までなにしてたんだよ!? 心配かけさせやがって、ただじゃおかないからな!?」
――せ、先輩ですか!? すみません、ちょっといろいろとありまして……! あ、いま代わるのでちょっとお待ちを……
しばらくの沈黙の後で聞こえてきた天使の羽音のような愛しい声に、溜まらず涙腺が決壊しそうになって、更に天を仰いだ結果エビぞり状態になる俺。
――タイガ……!? ごめん、ちょっと連絡おくれちゃった……!
「いや、エマリィは全然悪くないから気にしなくていいんだよぉ。どうせ八号の奴がヘマか何かしたんでしょ!? 帰って来たらたっぷりとお仕置きしておくからねえ。それよりもエマリィちゃんは何か変なこととかされてないのかなあ? もう心配で心配で……!」
――それよりも聞いてタイガ。大変なの。古代遺跡でロウマと名乗る魔族と遭遇して、ボクたちは危機一髪のところで逃げ出してきたんだ!
「え、魔族――?」
その不穏な単語に俺だけでなく、司令室に居る全員がざわついた。
――今ボクたちは何とか地上まで逃げてきたところなんだけど、古代遺跡にはロウマのほかにこの間のヒルダまで現れて、本当に生きた心地がしなかったよ……
「ヒルダ……あいつ、まだ生きていたのか!? でも一体どうして? 一体そこで何が起きてるって言うんだ!?」
――ボクにもわからないけど、どうやらこの二人は何か揉めていて、今も地下に居るの。それにロウマに邪神魔導兵器の起動キーも奪われてしまって……。ねえ、ボクたちはこれからどうしたらいい!?
予想外の展開に、俺の思考は追いつかない。
ただ鼓動が早鐘のように鳴り響き、エマリィを失いかねない状況が知らぬ間に起きていた事実と、それが今も続いていると言う現実に、ABCスーツに包まれた痩せっぽちの体が、ガタガタと震えて呼吸が荒くなっていた。
「い、いや、エマリィはもう何もしなくていいから……。お願いだから、とにかく安全な場所に身を隠していてくれ。今すぐ俺が迎えに行くよ……!」
俺は無線を切ると、もう一度ヨーグル陛下を見た。
オクセンシェルナも、アルファンも、アルテオン王子も無言で頷いた。
「タイガ殿、ユリアナの救出は我らだけで行う。魔族の方は任せたぞ……!」
絞り出すような陛下の声に、俺はただ頷くと、司令室を飛び出した。
水平線からは一つ目の太陽が昇り始めていて、波乱と激動の一日が始まろうとしていた――
次回より第三章第三部となります。
次回更新は来週金曜日の夜を予定しています。
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