第百四話 エマリィ&八号vsロウマ・8
突如出現した謎のゴーレムに話し掛けられたロウマは、当然のように困惑していた。
すると、その四本腕のゴーレムが今度はエマリィの方を振り向いた。
「何か指示はありますカ? 但し、その前に識別用のビーコンを提示してくださると助かりまス」
「え、ビーコン……?」
エマリィはその聞き覚えのある名前に更に困惑した。
何故ならば、そのビーコンとやらをタイガが使用していることをはっきりと覚えていたし、更に自分がそれを持っていないことにもすぐに気付いたからだ。
「ご、ごめんなさい! ボクはそのビーコンとやらを持っていないけど、タイガの仲間だという事は確かで……! だから、そのボクに力を貸してほしいの……!」
「残念ですガ、味方の識別が出来ない限り、あなたに力を貸すことはできませン」
「で、でも本当にボクはタイガの……!」
「申し訳ありませン。私はそのように作られているのでス」
四本腕のゴーレムは無情にもそう言い放つと、その場で立ち尽くしたまま沈黙してしまう。
「そんな……!」
愕然とするエマリィと、それを見て高笑いするロウマ。
ロウマはゴーレムを警戒しながら迂回すると、一気にエマリィへ詰め寄った。
「なんだかよくわからないが、この稀人のおもちゃは上手く機能しないみたいだねえ。ならば邪魔が入らないうちに遠慮せず殺らせてもらうよ――!」
ロウマの巨体が滑り込みながらエマリィに迫った。
その左腕が大きく振り上げられた。
「吸収する前に一気に叩き潰してやるからねええええ!」
いくら魔力切れの状態から少しばかりの魔力を補充できたからと言って、すぐに全身の倦怠感と疲労が消えてなくなる訳ではない。
エマリィの体はまだ完全回復には程遠い状態で、振り上げられた大きな掌をただ見上げることしか出来なかった。
それでも頭の中で必死に何か打開策を探っていたが、結局何も見つけられず迫る掌を見上げながら、思わず頭の片隅で死を覚悟した時――
それは、突然疾風の如く現れた。
ロウマの掌がエマリィの立っていた床を激しく打ち抜いた時、既にエマリィの体は安全圏へ退避した後だった。
「え……? これって……!?」
なんとエマリィの体を抱き上げていたのは、多腕支援射撃システムだった。
多腕支援射撃システムとは、八号やライラが戦闘で着用するボディアーマーと、その背中に装着されている六本のフレキシブルアームのことを指す。
ボディアーマーは装着者を守り、背中のアームは支援射撃と移動の補助を行うのが普通だ。
エマリィはこれまで八号やライラが使用している姿を散々見慣れているので、今更驚くことではなかったのだが、それでも装着者の姿がどこにも見えず、空のボディアーマーとそこから伸びた四本の腕に抱えられて、残りの二本が足代わりになってロウマから逃げる姿には、思わず声を上げるしかなかった。
「これって一体どういうことなの――!?」
エマリィのその問いに答えるかのように、突然傍らで銃声が一斉に鳴り響いた。
「うぎゃああああああああああ!!!」
不意を突かれて両目に集中的に被弾したロウマは、叫びながら床の上をのたうち回った。
すると、その巨体を飛び越えて一つの影が姿を現した。
特徴的な二丁拳銃の輪郭――八号だ。
「――八号さん!? 無事だったの!?」
「すみません。思いのほか穴が深くて、ここまで登って来るのに時間が掛かりました! でもどうやら先輩に殺されなくて済みそうです……!」
「もしかして穴の底まで落ちたってこと? それで大丈夫だったの……!?」
「大丈夫と言うか何というか……。まずは落下中にポティオン二本で胸の傷を全回復。あとは両手に持てるだけのポティオンを持って、がぶ飲みしながら落下の衝撃に耐えてやりましたよ……!人造人間だからこそ出来た力技です。生身の人間だったら一体どうなっていたことやら……」
と、無茶苦茶な話を爽やかなどや顔で語る八号に、エマリィは思わず胸の底から熱いものが込み上げてきて嗚咽しそうになった。
しかし泣くにはまだ早い。
この自慢すべき頼もしい仲間と心の底から笑いあうためには、ここから無事に生き延びねば。
それは八号も同じ思いだったようで、すぐに真顔に戻ると四本腕のゴーレムと向き合った。
「戦術支援モジュール二番! 僕に力を貸してくれ!」
八号は右手にテニスボール程のビーコンを持って差し出した。
「識別ビーコンを確認。あなたをジャスティス防衛隊改め、マイケルベイ爆裂団団員と認証しましタ。指示をどうゾ」
「エマリィさんが地上へ逃げるまで、僕とお前とでここで魔族を阻止する! 力を貸してくれ!」
「了解でス。操縦は自動と手動のどちらでしょうカ?」
その質問に八号が食い気味に「手動で!」と答える。
すると、戦術支援モジュール二番の胸部がパシュンと開いたので、八号が嬉々として乗り込んだ。
「ううっ、ゲーム内じゃ思考ルーチンのアルゴリズムの関係で、いつも先輩隊員に譲ってしまって乗る機会がなかったからなぁ……。ようやく僕にもスポットライトが……まさに感動ッッッ!」
そうこうしているうちに、傍らでは治癒を終えたロウマがもぞもぞと立ち上がろうとしているので、八号はコクピットから慌てて顔を出した。
「エマリィさん、多腕支援射撃システムは頭の中を読み取って動いてくれるし、口頭の指示でも従います。ここは僕が二番と食い止めるので地上へ逃げてください」
「でも……!」
「早く――!」
と、操縦室の装甲がパシュンと閉まって八号の姿が見えなくなった。
すると戦術支援モジュール二番は、ロウマに向かって脱兎の如く突進した。
そして立ち上がりかけていたロウマの顎に、強烈な右アッパーパンチを叩き込む。
くぐもった短い悲鳴とともに、ロウマの巨体が宙に舞い上がって引っ繰り返った。
しかし攻撃はそれだけではない。
すかさず先端がドリルになっている方の両腕が脇腹に襲い掛かった。
ウィィィィィィィィィンと言う高周波を轟かせて、二つのドリルが脇腹を両側から貫いた。
更に止めとばかりに、残りの両腕が腹部にスドドドドドドとマシンガンのように鉄拳を連打した。
その圧倒的とも言える攻撃力に、エマリィは思わず見とれてしまっていたが、ふと我に返った。
――あの様子ならここは八号さんに任せて大丈夫なのかも……。ボクは今のうちにアルマスさんを探して一緒に地上へ戻るべき……? うん、八号さんがせっかく作ってくれたチャンスを生かすべきだ。
そう結論に至り、エマリィは後ろ髪引かれる思いを断ち切って踵を返した。
まずはアルマスが消えた通路を目指す。
しかし当のアルマス本人はすぐに見つかった。
丁度通路の奥から戻ってきたところだったらしく、突然現れたエマリィの姿に驚きつつも安堵の顔を見せた。
「エ、エマリィさん大丈夫だったんだね……! 君に逃げろと言われて奥へ行ってみたものの、ホールからは物凄い音や悲鳴が聞こえるものだから気になって戻って来たんだ。それに遺跡が横転している今となっては、この回廊型の通路の一部は垂直に反り立っていて、僕一人の力では到底先に進めそうになかったからね」
「確かにそうですね。でも今はこの多腕支援射撃システムがあるので、垂直の通路も登れる筈です。とりあえずボクと一緒に元最上階まで行ってみて、そこから遺跡の外へ出られる場所を探してみましょう」
「それは確か八号さんの――? という事は彼は無事だったんだね、良かった……」
「ええ、今は魔族を食い止めてくれています。だから今のうちに――」
と、エマリィが話し終えたタイミングで、ホールから一際大きな轟音が沸き起こった。
エマリィとアルマスは驚いて通路口まで戻って見る。
そこでエマリィの視界に飛び込んできた光景は、盛大に引っ繰り返っている|戦術支援モジュール二番の姿と、馬乗りになっているロウマという目を疑う光景だった。
「――どうして!? ついさっきまではあれだけ優勢だったのに……!?」
エマリィはその原因にすぐに気が付いた。
よくよく見れば、いつの間にかロウマの体が二回りほど大きくなっているのだ。
「なんて奴……まだ巨大化できたんだ……」
それに先ほどドリル攻撃を受けていた脇腹の傷は、神速治癒で既に塞がっているではないか。
しかも肉体強化系の魔法で拳を強化したのか、拳は岩石のようにゴツゴツしていて無数の棘が生えている。
そんな見るからに硬そうで攻撃力がありそうな拳で殴られている、戦術支援モジュール二番の鋼鉄のボディが、見る見るうちにボコボコに凹んでいくではないか。
その光景を目の当たりにしたエマリィは、弾かれたようにフレキシブルアームから飛び降りた。
そしてそのまま多腕支援射撃システムをローブの上から装着すると、隣のアルマスがエマリィの考えを察して声を上げた。
「エ、エマリィさん、まさか――!? でも、行くなとはとても言えない……。だから、せめて無事に戻ってきてくれないか。勿論二人揃って……!」
「当然そのつもりです……!」
そう一言だけ答えると、エマリィは囁くように「走れ」と命じた。
エマリィを乗せて多腕支援射撃システムが怒涛の勢いで駆け出していく。
――勝負は一瞬……! ぶっつけ本番だけど絶対に決めてみせる!
それは策と言うには、余りにも無謀なものだったのかもしれない。
しかしエマリィは八号の危機を見た瞬間、居ても立ても居られなくなり飛び出していた。
胸の中にあるのは、八号を助けたいと言う一心だけだ。
そして今も体の中に鮮烈に残っている吸収魔法の感触。
その感触は、タイガの魔力を拝借する時とは明らかに違っていた。
タイガの時はお互いが了解の上で魔力を共有しあっていたので、体に流れ込む魔力の奔流は激しいながらも、どこか優しくて温かみすら感じるほどだったが、ロウマの場合ははっきりと違った。
まるで堰堤を無理やりこじ開けて決壊させたみたいに魔力の流れは荒々しく、ろ過機の中を通っているような負荷を絶えず感じたのだ。
この二つの違いが何を意味するのか。
それはエマリィにもまだよくわからなかった。
しかしロウマの時に感じた『強引に吸い込む』感覚は、今自分の中でしっかりと根付こうとしていることだけは確信していた。
その確信と上位魔法に対する憧憬、そして八号を助けたいと言う思いが、今エマリィを衝き動かしている原動力となっていた。
頭の中にあるのは、策と呼べる程には言語化出来ていない、ぼんやりとしたイメージのみ。
しかし不思議なことに、エマリィはそのイメージに向かって行動することが、唯一の正解であり突破口と信じて疑わなかった。
「飛べ――!」
そうエマリィは囁いた。
次回更新は来週金曜日の夜となります。
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