第百三話 エマリィ&八号vsロウマ・7
「うぎゃあああああああああ!!!」
ロウマの絶叫が大広間に響き渡った。
しかし体を硬質化していた為か、巨大回転防壁と言えど両腕を切断するまでは至らずに、防壁は骨に突き当たって止まってしまったようだ。
それでもかなりの深手を負わせることには成功した筈で、両肩の傷口からは止めどもなく出血している。
――神速治癒と言えども、体が大きくなった上にあの傷ならばそれなりに時間はかかるはず。今のうちに早く……
エマリィは自分の魔法の限界を噛み締めつつも、それでも思った以上に渡り合えた幾ばくかの満足感とともに、踵を返して通路を目指した。
だが走り出してすぐに体の異変に気がついた。
全身を覆う鉛のようにずっしりとした倦怠感――魔力切れだった。
ふと杖の魔法石を見れば色を失っていて、思わず目の前が真っ暗になるような絶望感に襲われた。
――そ、そんな……。ちゃんと残量管理はしていたのに……。より強力な追撃を求めるばかりに、思った以上に魔力消費していることを見落としてしまったんだ……。ああ、なんでこんな時に致命的なミスを……!
それでもエマリィは唇を噛み締め、必死に通路を目指した。
すでに足は止まりかけていて足取りも覚束なかったが、足を止めることは敗北――すなわち死を意味していた。
――ボ、ボクは絶対に生きて戻るんだ……。だってボクの冒険者人生はまだ始まったばかりで……タイガとも出会ったばかりなのに……もっともっと沢山タイガといろんな場所へ出掛けて、いろんな景色を見て……いろんな思い出を共有していくはずなのに……。だから、ボクは絶対にここから無事に戻らなければ……戻るんだ、タイガの元へ……!
エマリィは杖を頼りに、辛うじて前進を続けているような状態だった。
しかし碧眼の色はまだ失われておらず、その奥では意思の強さを示すかのように光が残っていたのだが、突然その光が混乱したように激しく揺れた。
背後からズドドドドッと巨大な何かが滑る音と、激しい地響きが急速に近付いて来たからだ。
「え――!?」
振り向くのとほぼ同時に、エマリィはロウマの巨大な右手に捕らわれていた。
よく見ればロウマの両肩のケガはまだ治っていない。
やはり神速治癒と言えども、巨体では治癒に時間が掛かるらしい。
にも拘わらずロウマは、エマリィを逃がしてなるものかと治癒を後回しにして、地面をスライディングして追いかけてきたようだった。
まさに死神のような執念。
「ぶわしゃしゃしゃしゃのしゃあーっ! お前は虫けらのくせに頑張った。うん、よく頑張ったよ! しかしこれが私ら魔族とヒトの差! 上位魔法を持つ者と持たざる者の差! 淑女と端女の差! 残念だったねえ、私が油断していたとは言え、下位魔法だけでよくやったよ。だから虫けらに敬意を示して選ばせてやろうじゃないか。さあ、このまま握り潰されるのか、もしくは頭を噛み潰されたいのか選びな! さあ!? さあ!? さあ!? さあ、どっちだい!?」
ロウマは選ばせてやると言いながらも五指にじわじわと力を込めるので、エマリィの胸から下の部分がぎゅーっと締め付けられた。
「うっぐぐぐぐ……!」
エマリィは呼吸もままならず、たまらずロウマの人差し指を叩くが、まるで鋼鉄のようにぴくりともしない。
魔力切れによる疲労と酸欠から、頭がくらんで視界に靄がかかったように薄れていく。
意識が薄まっていくなかで、エマリィはふと両手の指先の違和感に気がついた。
ロウマのザラザラとした皮膚に触れている、十指の先から感じる静電気のような感触。
――こ、これって、まさか……!? でも何故……!?
暗闇の中に差し込んだ一筋の光を見つけたように、エマリィは最後の力を振り絞って全意識を指先に集中した。
その懐かしくもあり、よく知っている感触をエマリィは忘れる訳がなかった。
そしてタイガの魔力を流用できるとわかった時も、今みたいに魔力切れを起こした時ではなかったか。
全身がからからに渇いているからこそ、感じることのできる僅かな魔力の流れ。
そこに確かに存在しているという手応え。
――この指先に感じるのは、やはり魔力! ロウマの魔力で間違いない……! でも、何故――!?
その時、エマリィは確信した。
何故自分以外の人間が、タイガの魔力を流用出来なかったのかを。
当初の考えでは、タイガの魔力を流用出来たのは、背中の魔方陣によって常に体内に金クラスの魔力を蓄えている、タイガの能力の恩恵だと思っていた。
しかし実験でハティやユリアナたちが誰一人として成功しなかったのを見た辺りから、ある一つの仮説が胸の中に浮かび上がっていた。
結局、祖父が戻って来た時に立会いの下に確認しようと思っていて、今この瞬間を迎えてしまった訳だが、自分でもどこか半信半疑だった仮説に、たった今確証を得ることになった。
――ボクがタイガの魔力を使えたのは、タイガの能力の一部だと思っていた。でもそうじゃなかったとしたら……。原因はボクにあるとしたら……そして、ボクがタイガの魔力だけじゃなく、ロウマの魔力も使えるとしたら……答えは一つ。それは古代に存在した上位魔法一覧にも記されている吸収魔法で間違いない……。ボクたちヒト種の間では、吸収魔法は『第三者の体内魔力を吸収する』という一文しか残されていない未知の魔法だけれど……ボクは散々タイガで実証済みだ! ボクは知らず知らずのうちに吸収魔法を使っていた可能性はある。何故、黄金聖竜様がボクたちの世界に、上位魔法を伝承してくれなかったのかはわからないけれど……ボクは自力で上位魔法に辿り着いていたとしたら……!? ううん、エマリィ! ボク自身を信じろ! タイガが好きになってくれたボクを信じよう! ボクは絶対に生き残って、そしてタイガと――!!!
エマリィの脳髄の中心で、点と点が繋がって激しくスパークした。
決意を纏った電気信号は身体の中を駆け抜けて、エマリィの十指の先端に集約された。
ロウマの肌に、エマリィの指がぐいっと食い込んだ。
「吸収……! この吸収魔法を閃光の妖婦と、ボクは名付けるっ……!」
エマリィはよりイメージを自身の内部に強く定着させるために、言語化して詠唱した。
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!
実際には音は鳴り響いていないが、エマリィとロウマの耳には大音量で聞こえていた。
それは魔力が強制的に細胞内を移動するときの擦過音のようなものだった。
「ひいっ! なんなのこれは……!? 」
ロウマは情けない声を上げると、思わずエマリィを掴んでいる手を弱めていた。
おかげでエマリィは床にしりもちを突いて落ちたものの、呼吸と体の自由を取り戻すことが出来た。
しかし安堵もしていられない。
吸収魔法は上手く行ったものの、まだ十分な魔力を吸収できていなかったからだ。
せいぜい初級の治癒魔法と防御魔法を一度ずつ使えるのが関の山だ。
――ダメだ、まだ魔力は十分と言えない。それにボクが魔力を吸収するには、どうやら相手に接触する必要があるようだ……。もう一度ロウマに接触しなければ……。
思わずエマリィは中腰になっていて、いつでも飛び掛かれる態勢を取っていた。
その姿はまさに獲物を狙う肉食獣に見えなくもない。
そしてそんな小さなエマリィよりも数十倍も大きいロウマは、先ほどまでの威勢はどこへやらすっかり警戒して後ずさりしていた。
「な、何故だい……!? 何故お前みたいなヒト族の虫けらが上位魔法を使えるんだい!? もしかして最初から使えたのか!? いいや、そんな筈はない……我らの調査ではヒトや亜人は上位魔法を使えないとしっかり結果が出ていた。ならば何故……!? 一体お前はなんなの……!?」
ロウマは半ばパニック状態に陥っていた。
そしてそれはエマリィにとって千載一遇の好機到来だった。
エマリィがもう一度ロウマから魔力を奪うためには、あの巨体に接触しなければならない。
向こうも黙って魔力を吸収させてくれる筈はないので、接近すること自体がとてもリスキーだ。
それならば相手がこちらを警戒してくれている状況を利用して、さっさと通路へ逃げ込むのも手だ。
勿論通路に逃げたからと言って完全に安全な状態になる訳ではないが、巨体のままでは通路に入れないので元のサイズに戻らざるを得ない。
そうすれば魔力吸収するチャンスはさらに広がる。
――その為には、あと一歩相手を追い込みたい……
エマリィは爪を立てた両手を広げて、今にも飛び掛からんばかりの勢いで「がるる!」と唸った。
ビクン、と警戒するロウマ。
まさに窮鼠猫を噛む状態だったが、この鼠は金髪三つ編みのツインテールで迫力よりも愛らしさの方が上回っているので、緊迫した場面の筈なのにどこか微笑ましい光景だった。
「――残念だけど、ボクの家系は人知れずずっと上位魔法を伝承してきたの! そしてボクは吸収魔法以外に、あと一つ使える……!」
エマリィはブラフとバレないように、腹に力を込めて胸を張り威風堂々と言い切った。
効果音があるとしたらシャキーンと聞こえてきそうな程だ。
しかし言いきった後で、思わず口元がもにょもにょしてしまい、あひる口になりそうになって必死に堪えている。
それでも何とか信じさせることには成功したようで、ガーンと言う効果音が聞こえてきそうな程に動揺しているロウマ。
「あ、あと一つだと!? いや、まさかそんな事があるはずが……! しかし実際に吸収魔法は使えた。だとすると……」
ロウマが更に警戒して体を固くしたのがわかった。
それを見て、エマリィは心の中で渾身のガッツポーズをとった。
そして踵を返して、通路に向かおうとした時――
遥か頭上の天井で音がした。
ボゴォン!
と、盛大な破砕音が聞こえてきたかと思えば、大量の土砂がエマリィとロウマの間に降り注いだ。
その砂煙の中に揺らめいている一つの影。それもかなり大きい。
呆気に取られた二人の前に姿を見せたのは、なんと巨人だった。
しかも体長十メルテはある金属の体をした巨人で、四本ある腕のうち二つは先端が巨大なドリルになっている。
そのいかにもな姿形を見た瞬間、エマリィの顔が思わず綻んでいた。
「――まさかタイガの空想科学兵器!?」
しかしその四本腕のゴーレムは小さなエマリィには気が付かなかったようで、ロウマの方を振り向くと、人工的なたどたどしい音声を発した。
「地上で待機していましたガ、異常な振動を検知したのデ、自立探索モードでここまでやって来ましタ。何かお手伝いすることがありますカ? あれば指示をどうゾ――」
「「は!?」」
エマリィとロウマが、同時に困惑の声を上げた。
次回更新は金曜日の夜になります。
感想・ブクマ・評価していただけると喜びます。
よろしくお願いします。




