第百一話 エマリィ&八号vsロウマ・5
「ああ、ゾフィさん! なんてことだ……!」
仰向けのままピクリともしないゾフィを見て、アルマスが血相を変えて駆け出した。
しかし、すぐに八号の手によって引き留められてしまう。
「待ってくださいアルマスさん! まずは僕が安全を確認してから――!」
アルマスはきっと怒りを孕んだ目で振り返ると、八号の右頬に拳を叩き込んだ。
「な、何が安全ですかっ……僕は……僕はこんな暴力的な真似は絶対に許さない……! エマリィさんお願いします。今すぐゾフィさんに治癒魔法を……! このままではゾフィさんが死んでしまう。そうなったら僕は一体どうすればっ……!」
「いや、駄目だ! エマリィさん、絶対に近付いては駄目です。ここに居てください。どうか自分を信じてください……! 急所は外して撃ったので、絶命するまで多少の猶予があります。瓦礫の裏に本当に魔族の死体があるのか、自分が確認してきます。治癒魔法はそれからでも遅くはありません……!」
と、八号。
「そ、そんな……ボクは一体どうすれば……!」
アルマスの哀訴嘆願と、鉄心石腸を貫く八号との板挟みになって、エマリィは決断しかねていた。
しかしこうしている間にも、ゾフィの命の灯は弱まっていく。
いつの間にか癖であるあひる口になっていて、涙目で二人の顔を見比べてうーうーと唸るエマリィ。
そして、ふと倒れているゾフィに目を向けた時――
突然ゾフィの体がビクンと大きく痙攣したかと思えば、そのまま弾かれたようにこちらへ向かって飛んでくるではないか。
「――!?」
いま八号とアルマスはゾフィに背を向けて立っているので、そのことに気が付いているのはエマリィだけだった。
エマリィは二人の名を叫ぶと同時に、魔法防壁を張り巡らせようと両手を突き出した。
その間わずかコンマ数秒。
しかしゾフィの人間離れした跳躍の速度は、エマリィの行動の全てを上回っていた。
「え――!?」
「ぐはっ! ゾフィさん、何故――!?」
エマリィの張った魔法防壁の内側で、八号とアルマスが背後からゾフィの貫き手で貫かれていた。
そしてゾフィは二人の胸を貫いた状態のまま軽々と持ち上げると、恐怖と動揺に染まった顔のエマリィを睥睨した。
しかもその輪郭がぼやけ始めたかと思えば、骸骨のように痩せ細ったロウマの姿へ変わっていくではないか。
更に先ほど八号に撃たれた筈の胸の傷は、綺麗さっぱりに消えていた。
「きひひ、何故もクソもあるかい。アルマス、お前は本当に私の思い通りに動いてくれる良い駒だった。私だってこんな良い駒は手放したくないからね。だからわざわざこんな回りくどいやり方をしたんじゃないか……。とは言っても、その一芝居のせいで奇妙な魔法をまともに食らったら、これがまた思いのほか痛くて、ついこうしてブチ切れてしまったけどね……。くく、でもまあいいさ。茶番はもう終わりだ。私が欲しいのはただ一つ。邪神魔導兵器の起動キーだよ。それはそのカバンの中にあるんだね……?」
ロウマはニタニタと気味の悪い笑顔を骸骨面に張り付かせて、嬉々とした口調でアルマスに語って聞かせた。
「そ、そんな……それじゃあずっと……? 一体いつから……?」
アルマスは苦痛に顔を歪めながら、ロウマを振り返った。肺の当たりを貫かれているので呼吸が苦しそうで、血液交じりの咳をしていた。
「いつからだって? 最後の質問がそんな野暮でいいのかい? くひひ、答えはもう忘れてしまったよ。はい、ざんねーん」
「そ、そんなに前から……。僕はずっとお前に利用されていたのか……」
アルマスの悔し涙が頬を伝って地面へと零れ落ちていく。
それを見てロウマはさも愉快そうに笑い声を上げた。
まるで金属を擦り合わせたような、耳障りで癪に障る下品な笑い声だった。
「うひゃひゃひゃ。いいねえー、その絶望の表情っ!。でもお前は本当にいい働きをしてくれたから、最後にチャンスをやろうじゃないか。おっと、その前にこっちのお前は――」
ロウマは左手を突き刺している八号を憎々しげに一瞥すると、
「お前にはこれと言って利用価値がないからね。私を傷付けたことを穴の底で悔やみながら朽ち果てろ」
と、いとも軽々と八号の体を壁に開いている大穴へ向けて投げつけた。
あっという間に八号の体は壁の大穴に吸い込まれて、その先に広がる暗闇の中へと消えた。
それは本当に一瞬の出来事で、あまりの現実感の無さに、エマリィはしばらく事態を認識することが出来なかったくらいだ。
しかし大穴の向こうから八号がいつまで経っても戻て来ないとわかるや、両足からガタガタと震えが体全体に上がってきた。
「そ、そんな……。なんて事を……」
竪穴の深さがどれだけあるのかわからない。
しかし人造人間の身体能力ならば、遺跡の外壁に掴まることさえ出来れば何とかなるはず。
ただ八号は手負いだ。それもかなりの重傷だ。
だから一刻も早く自分が駆け付けて治癒魔法を施さなければ……
そんな使命感にも似た衝動に駆られて、エマリィは駆け出そうとするが、
「動くんじゃないよ小娘!」
という一喝に、全身が凍り付いた。
「お前はあの男と比べて戦闘力が低いから、順番を後回しにしただけだよ。別に見逃した訳じゃないからね。そこで大人しく殺されるのを震えながら待っていな。さて、まずはこっちだ――」
と、ロウマはアルマスの方へ視線を戻すと、さも楽しそうなニヤけ顔を浮かべた。
「きゅひ、それじゃあ、まずはお目当ての物をいただくよ」
ロウマは左手でアルマスから鞄を奪うと、無造作に中身を足元にぶちまけた。
そして床に散らばった歯ブラシや櫛などの私物の中に、白銀色の金属板と動物の皮が施された装丁の古代魔法書を見つけると、ニヤリと舌なめずりをして拾い上げた。
「さてさて、それでアルマスぅ、お前は一体どうするんだぁい? 私はまだ連合王国で仕事が残っているからねえ。ヒト族の駒はたくさんあった方が仕事も捗るってもんだ。お前は本当に本当に良い駒だからねえ、殺すには忍びない。記憶を消して洗脳でもできる手段でもあれば良かったのに、残念ながら持ち合わせてないからね。だからお前次第だよ。もしここで私に忠誠を誓い、今後も出来のいい駒として一生懸命働くことを約束すれば、すぐに傷を塞いで命を助けてあげるとしようじゃないか。さあさあさあ、どうするんだい?」
ロウマはニヤニヤとした下衆な顔をアルマスに近付けた。
そんなロウマを睨み返して、アルマスは一語一語に怒りを込めたような声を絞り出した。
「ぼ、僕は……僕には、帰りを待ってくれている人が居る……。結婚を約束しているその人は……僕が正直者で…真面目なところが好きと言ってくれたんだ。なのに……魔族の手先になんかなってしまったら……もうその人の顔を見れなくなってしまう……ふざけるなよ魔族、お前から見たらヒト族なんて虫けらみたいなものかもしれないけど……僕にだって言いなりにならないくらいの意地は持ちあわせているんだ……。誰がお前の駒なんかになるもんか! せいぜい優秀な僕を失って悔しがれってんだ……はは、糞ざまあみろ!」
胸を貫かれた状況にも関わらず、最後まで意地を貫き通して見せたアルマス。
その苦悶の表情には、どこか清々しさも混ざっていた。
そしてその返答を受けたロウマは歯を剥き出しにガリガリと噛み締めながら、悔しさと怒りの色で骸骨顔を染め上げた。
それはまさに地獄から這い上がってきた怨鬼のようだった。
「ふひゃひゃひゃー! そうかい!? 上等だよ虫けらがっ! それじゃあ望み通り、今すぐ体を引き千切って殺してやるからねええええええ!」
ロウマはアルマスの体を貫いている右手に力を込めた。
すると筋肉がもこもこと泡のように盛り上がったかと思えば、みるみるうちに腕の太さが二回り三回りと大きくなっていく。
バキ、ボキ、グシュッと皮膚が裂け、骨が砕け、内臓が潰れる音が傷口から響き渡り、アルマスが苦痛に絶叫した。
そして、そのままロウマの腕が太くなり続けて、内側からアルマスの体を引き裂いてしまうと思われた時――
突然ロウマの顔面で、火球が炸裂した。
不意を突かれて両目の眼球を火傷したロウマが悲鳴を上げた。
そして右手が空気が抜けたように元の太さへ萎んでいく。
それとほぼ同時に、右手の周囲の空間に突如出現する黄金の魔法防壁。
しかも一メルテ四方の二枚の魔法防壁は、ロウマの右腕を上と下から挟むや、そのままギロチンのようにスライドしていくではないか。
「な、なんだい――!?」
まだ視界が奪われたままのロウマが、右腕が挟まれる感触に気が付いて咄嗟に力を込めた。
しかし時既に遅し。
二枚の魔法防壁は上下に一気にスライドすると、見事にロウマの右腕をスパンと切断することに成功していたのだった。
次回更新は金曜夜から土曜日の朝までには。
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