第百話 エマリィ&八号vsロウマ・4
「や、やはり仕留めきれていなかったの……!?」
奈落の暗闇から舞い戻ってきたロウマを見て、エマリィは絞り出すような声で呻いた。
しかし実のところエマリィ自身も、先ほどの攻撃でロウマを完全に葬り去れたとは思っていなかった。
確率的には、あくまでも五分と五分。
ただ例えグレネードの爆発で仕留めきれなくても、一体どれだけの深さがあるのかすらわからない奈落の底へ突き落とすことさえ出来れば、そこから這い上がってくるのはロウマですらも至難の筈。
そうすればアルマスを連れて地上へ逃げる時間は、十分に稼げると読んでいたのだ。
しかし蓋を開けてみれば、爆発の衝撃であろうことか古代遺跡が巨大な縦穴の中を滑落してしまい、地上へのルートが寸断されてしまうという、予期していなかった事態が発生する有様だ。
そして止めが、奈落の底から飛び上がってきたロウマの姿。
背中から飛び出した骨格と薄い皮膜で形成されている巨大な羽は、恐らく自身の骨と筋肉を変質させて生み出したのだろう。
つまりロウマは瞬時に傷病を治癒できる神速再生と、体力などの身体機能を強化できる肉体強化系の魔法だけでなく、肉体変質系の魔法も使えたと言うことだ。
よくよく考えて見れば、タリオンの能力も肉体変質系の一つと思われるので、ロウマが肉体強化系を使用していた時点で、その可能性も考慮に入れておくべきだったと、エマリィは自分を責めた。
そしてその自己批判は「もしかしたら最初の戦いの時に、何かを見落としていたのかもしれない。もしも他にも何か見落としていたら……」と言う、自己批判と疑心暗鬼の落とし穴に容易くエマリィを陥れた。
敵を前にして完全に浮き足立ち、蝋で固められたように硬直してしまうという、エマリィの失態を打ち払ってくれたのは、立て続けに沸き上がった発砲音だった。
ヴバァン! ヴバァン! ヴバァン!
ズダダダダダダダダダダダダダ!
八号が両手のベビーギャングと、多腕支援射撃システムにセットした六丁のアサルトライフルで、ロウマを目掛けて乱れ撃ちした音だった。
「ぎゃっ!」
と、数多の銃弾に撃ち抜かれたロウマは、瓦礫で出来た山の向こう側へと落ちて見えなくなった。
「た、倒した……!?」
「手応えはありましたけど……」
エマリィと八号は半信半疑の戸惑った表情のまま、瓦礫の山を見つめていた。
そのまましばらく警戒するが一向に動きが見られないので、二人はじりじりと瓦礫に向かって歩き出した。
すると瓦礫の山が、一つの人影を吐き出した。
背格好はロウマに似ていたが、一目で別人とわかる。
何故ならば瓦礫の裏から現れたのは、明らかにヒト族の妙齢の女性だったからだ。
予想外の展開に、エマリィも八号も放心するばかりだ。
「だ、誰……!? なぜあの人はここに居るの……!?」
「じ、自分が知りたいくらいですよ……」
困惑するエマリィと八号。
しかしその横をアルマスが素っ頓狂な声を上げてすり抜けていくので、二人は慌てて引き止めた。
「は、離してくださいっ。あの人はゾフィさんと言って、僕たち探索隊の総隊長なんです。きっとヴォルティス親衛隊が突入してきたことを心配して駆け付けてくれたんですよ……!」
「で、でも、さっきまで魔族が居たんですよ? アルマスさん少し落ち着いて! ボクも落ち着くから……!」
と、必死の形相で深呼吸をするエマリィ。
「そうです。あの人は魔族と入れ替わるように瓦礫の裏から出てきた……。これはなにか魔法の一種かも!? 騙されてはいけません!」
「で、でも、どこからどう見たってあの姿は……」
エマリィと八号の懸命の説得に、アルマスはゾフィに近付くのは諦めたものの表情は曇ったままだ。
するとゾフィがアルマスに声を掛けてきた。口元に妖しい笑みを携えて――
「アルマス心配しましたよ。何かの手違いでヴォルティス王が死霊退治を親衛隊に命じたと聞いて、慌てて古代遺跡へやって来たのです。しかも最下層まで辿り着いてみれば、魔族まで居るではありませんか。私はあなた達と合流する機会を伺っていたのに、突然遺跡が傾いて……。運良くあの瓦礫の裏で気を失っていたところに、今度は魔族が落下してきて……。でも、もう心配はいりません。王室が極秘開発していたこの魔法具を使って、魔族に止めを刺すことができました。もう安心していいでしょう」
と、ゾフィは首にぶら下げている赤い宝石のネックレスを摘まんで見せた。
「ああ、ゾフィさんがいつも身につけていたネックレス……。まさかそれが魔法具だったなんて。しかも魔族を倒すほどの――!」
そう感嘆の声を漏らすアルマスは、まるで久しぶりに母親に会った幼子のように安心しきった表情を浮かべている。
その隣で怪訝な顔を浮かべたまま、事の成り行きを見守っているエマリィと八号。
ゾフィはそんなエマリィと八号には目もくれず、ただ妖しい笑みをアルマスに向けていた。
「それでこの遺跡で何か新しい発見はありましたか? 一体どういうルートでバレたのかわかりませんが、今回アルマスがステラヘイムから冒険者を招聘したことはヴォルティス王の耳にも入ってしまい、陛下は大変ご立腹しています……」
「そんな…よりにもよってヴォルティス陛下の耳に……。ああ、なんてことだ。僕のキャリアもここまでか……」
ヴォルティス王の名を聞いた途端に、アルマスの顔から血の気が失せた。
ゾフィはそんなアルマスを見ても、相変わらず薄い笑みを貼り付けたままだ。
「そう肩を落とすことはありません。もし新たな発見の報せを聞けば、陛下もきっと心変わりするでしょう。それで何か発見はあったのですか?」
「はい、それはもう大変な物が封印されていたのですが……その……」
「どうしたのですかアルマス?」
口籠ったまま俯いていたアルマスだったが、意を決したように口を開いた。
「ゾフィさん、この遺跡の地下に封印されていたものは、かって神族が邪神ウラノスの体の一部を利用して作り上げた悪魔の兵器だったんです。あれは決して地上へ出していいものではありません。そのことを私からヴォルティス陛下に説明を差し上げるので、どうか力添えしていただけないでしょうか……!」
「それはまた難しいお願いを切り出してきましたね……。参考までに今その魔法兵器はどこに……?」
「ステラヘイムから招聘した冒険者のタイガさんの手によって、今はこの巨大な竪坑の底で眠っている状態です」
「この地下に……」
ゾフィは無表情で自分の足元を見つめた。そして何かを探るような眼差しをアルマスに向けた。
「発見はそれだけですか? まだ何か重要な物が見つかったのではないのですか……?」
「そ、それは……」
アルマスは無意識のうちに古代魔法書が入ったバッグを胸に抱えて、激しい葛藤に眉根に深い皺を刻んでいた。
すると、アルマスとゾフィの間に割って入る一つの影が。
八号だった。
しかも二丁のベビーギャングと六丁のアサルトライフルの銃口は、ピタリとゾフィに向けられている。
「――ここで一つはっきりさせましょう。あなたは瓦礫の裏にたまたま居て、たまたま落ちてきた魔族を倒したと言う。しかしどうも話が出来すぎていて、自分は今一信用できないんです。だからまずは瓦礫の裏にある筈の魔族の死体を確認させてください。細かい話はそれからにしませんか?」
しかし八号の提案を受けても、ゾフィはただ薄い笑みを浮かべているだけで態度がはっきりしない。
それどころか、アルマスはゾフィを疑う八号の言動に、少なからず苛立ちを覚えたようで抗議の声を上げた。
「し、しかし、あなた達は知らなくて当然だけども、ゾフィさんは僕がステラヘイムからタイガさんを招聘することを一番に賛成してくれて、王室にもバレないようにずっと協力してくれていたんですよ……? いま会話した様子だって、いつものゾフィさんだ。このゾフィさんは正真正銘の本人で間違いないですよ。それに大体何故魔族がゾフィさんに化ける必要があるんですか……? それこそ話が出来すぎているでしょう!?」
「そ、それは……僕にもわかりません! しかし彼女が本物かどうかは、今ここで証明してみせることはできる――!」
と、徐に右手のベビーギャングの引き金を絞る八号。
ヴバァン! ヴバァン!
と、二発の銃声が地下空間に鳴り響いたかと思えば、ゾフィの胸部に二つの血の花が咲き乱れた――
次回更新は金曜日夜から土曜日朝までには。
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