第九十九話 異世界転移の隠された事実
俺たちが国境沿いの沿岸に停泊していたグランドホーネットへ到着すると、甲板にはライラとゴルザ、そしてアルファンが待ち構えていた。
三人のほかにも百人近いフルアーマー着用の兵士たちが甲板の隅で待機しているところを見ると、既に王様とオクセンシェルナは到着しているようだった。
「――タイガさん! 王様とオクセンシェルナさんには司令室で待っていてもらっています。それとピノとピピンの二人はいま食堂の方に――!」
と、ライラを先頭にして三人が駆け寄ってくる。
「アルファンさん、こちらが無線で連絡した連合王国のアルテオン王子とその従者の方です。国王に援助を申し入れたいそうなのでお願いできますか?」
「お久しぶりですねアルテオン殿下。休戦協定以来になりますか……」
と、相好を崩して手を差し出すアルファン。
「おお、アルファン殿下!? 随分と立派な姿になられて見違えましたよ! その節は大変お世話になりました」
アルテオンはアルファンの手を両手でがっちりと掴んで挨拶した。
「いや、ヒト族は獣人族と違って歳を取るのが早いだけで、中身の成長はまだまだの身。それよりも今回の騒動は大変でしたね。今だから申し上げますが、連合王国内の内紛は我々の放った間者により我が王室でも把握はしておりました。陛下はルード家の全面支援も厭わないことでしょう」
「おおっ、それは真実ですかアルファン殿下――!?」
「但し、我々の最優先事項はあくまでユリアナの奪還になります。しかしユリアナにもしもの事があった場合、陛下が終戦後のルード家の王政を認めるかどうかは私にもわかりません。その事だけは肝に銘じておいてもらえますか……?」
そのアルファンの言葉にアルテオンは絶句し、隣の従者は俯いて拳を握りしめた。
俺としてはアルテオンをアルファンに預けたら、さっさとピノとピピンの所へ行こうと思っていたのだが、さすがにアルテオンが不憫に思えて思わず口を挟んでいた。
「えーと、アルファンさん。陛下がユリアナ様を大事に思う気持ちは重々承知していますけど、一応現在ハティにユリアナ様の動向を探ってもらっていて、その案内にはアルテオン殿下の従者に協力してもらっています。これ大事な情報なので、きちんと陛下に伝えておいてもらえますか?」
「ありがとございますタイガ殿。今の話はあくまで仮定の話です。但し、そうなった場合、私にも陛下のお考えを止める手立ては無いという事です。だから――無事にユリアナを奪還すれば済むのです。その為にどうか、お力添えくださいアルテオン殿下」
と、胸に手を当てて深く頭を垂れるアルファン。
なんのことはない。陛下が親ばかならアルファンも兄ばかと言うことだ。
そしてアルファンの言う通り、もし姫王子に万が一のことがあれば、陛下はルード家に八つ当たりしかねない。
そうなったらアルテオンが哀れなので、そうならない為のアルファンなりの忠告と警告であり、叱咤激励なのだろう。
とりあえずこれ以上の話は、王族同士で話してもらうことにして、俺はライラとゴルザの方を向いた。
「ライラとゴルザも護衛並びに俺の代理として、陛下との話し合いに立ち会ってくれ。俺はこのままピノとピピンに会ってくる。あ、チルルさんは適当に艦内で寛いでてください。何かあればそこのライラに――!」
「ねえ、庶民の私がこんなところに一人で放り出されても困るんだけど――!」
背後でチルルさんの戸惑いの声が聞こえたが、俺は気にせずに食堂へ一直線に向かった。
食堂に入ると、ピノがテーブルに突っ伏して眠っていて、その銀髪のボブヘアに埋もれるようにしてピピンが鼾をかいていた。
二人とも眠っていたところをライラに叩き起こされたものの、俺が到着するまでにまた眠ってしまったようだ。
時刻はもう真夜中二時近いのだから無理もない。
「ピピン……ピピン! 頼む、起きてくれないか……!」
「うーん……もう、なんなのぉ……こんな夜中にレディを起こすなんて、とっても失礼なんだよお……!」
「本当にごめん! この埋め合わせは今度するからさ。それよりもピピンは精霊との契約の結び方を知らないか……!?」
「精霊との契約……? ピピンはまだ精霊を従えたことはないけど、一応方法は知ってるよ? それがどうかしたのぉ!?」
「ほ、ほんとか!?」
俺は思わず身を乗り出してピピンを食べてしまいそうな程に詰め寄ったので、驚いたピピンはピノの頭から転げ落ちそうになった。
しかしそのおかげで完全に目が覚めたらしくて、俺の切羽詰った表情を見て、寝惚け顔が一転して真顔へ変わる。
ちなみにピノはまだ静かに寝息を立ててテーブルに突っ伏したままだ。
「そんな泣きそうな顔してるから、びっくりして目が覚めちゃった……」
「こ、これを見てくれないか……!?」
と、俺は妖精袋から、ミナセの紅い魂をそっと取り出して見せた。
「これは地下迷宮の死霊の魂だ。その正体は、俺と同じ世界からやって来た稀人だったんだ……。名前はミナセ。本当は十五歳の女の子なのに、この世界では男の人造人間として生きていたんだ。でもその体も魔族との戦いで傷を負って、限界を迎えそうだったんだ……。俺は地下遺跡で自暴自棄になったミナセを、この手で終わらせるしかなかった。でも精霊としてなら、ミナセをもう一度この世界に生まれ変わらせることができるんだろ!? だからお願いだピピン……どうか力を貸してくれないか……!? 俺はどうしてもミナセを助けてやりたいんだ……!」
「タイガ……。事情はなんとなくわかったから、そんな顔しないで。なんだかピピンまで悲しくなっちゃうでしょ……」
ピピンは俺の頭の上にちょこんと座ると、小さな両手で俺の頭を撫でた。
そのこそばゆい感触が妙に胸に染みて、柄にもなく鼻の奥からつんとしたものがこみ上げてくる。
そしてピピンは、ミナセの魂の周りを飛び回ってじっくりと観察を始めた。
「ふふん。表面に魔方陣が浮かんでいるね。けど、これは人造人間の肉体と魂を定着させるためのものだから無視していいね。うん、界霊としても安定しているみたいだから、たぶん上手く行くと思うよー」
「ほ、ほんとか!? それと界霊とは――!?」
「まずこの世界では、ある程度の知能を備えた生物が肉体的な死を迎えた場合、魂が魔力を呼び寄せて生ける死者として復活することは知ってる?」
「ああ、叫ぶものだな」
「そう。それで叫ぶものの状態が長く続くと、今度は魂と魔力の融合が進むのね。そして界霊って言うのは、叫ぶもの状態から、再度肉体を失って魂と魔力だけになった初期の状態のことだよ。この界霊になってしばらくは目視ができるんだけど、ある程度過ぎると、肉眼では見えなくなるんだ。見えなくなった界霊は、その後で精霊か悪霊かに分かれて、エネルギー体として世界を漂うの」
「精霊と悪霊……? その二つに違いはあるのか?」
悪霊と言う言葉の響きに、思わず眉根が寄ってしまう。
「簡単に言うと、生前のいろんな思いから解放されて生者に協力的でコントロールしやすいのが精霊で、妄執が強まっていていろんな事に恨みを抱いて厄介な存在なのが悪霊て感じかな。幽霊系の魔物と呼ばれるのは悪霊の方だよ」
「幽霊系の魔物……」
そう言えば、マシューが古代遺跡でそれらしきものを見たと言っていたっけ。
本当にあの遺跡に幽霊系の魔物が居たとしたなら、遭遇しなかったのは幸運だったのかもしれない。
「精霊と悪霊のどちらになっても一応主従関係を結ぶことはできるんだけど、界霊の方法とはまた高度な魔法が必要になるから、それだとピピンじゃ無理なのね。だからそういう意味では、タイガもミナセって人も運が良かったのかもねー。あと普通は生身の人間や魔物が界霊化するには、叫ぶもの化をしてから何十年と経って、魂と魔力の融合が進まなければならないんだ」
「何十年も……? でもミナセは……」
「そう。人造人間の常態維持のために魂に刻まれていた魔法陣が、魔力との結びつきを強化してくれていたんだよ。だからこれだけの短期間で界霊化したと思うのね。そう言う意味でも運が良かったんだよー」
「そ、そうなのか……」
俺はピピンのその言葉を聞いて、背中に乗っかっていた重石が消えたような安心感を噛み締めていた。
ピピンはそんな俺を見てクスリと微笑むと、ミナセの紅い魂に両手を添えた。
「ふふ、じゃあ薀蓄はこれ位にして本番行ってみよー」
と、呪文の詠唱を始めるピピン。
「現世と冥界の理の狭間に在り、常住不滅の岸辺に佇む者へと呼びかける。我は汝の力を欲し使役を望む者なり。誓約と盟約の儀を受け入れる意思を開門によって応え給え――」
それに合わせてピピンの体全体が眩い程の金色の光に包まれた。
そして光の波動が両手を伝って、紅い魂の表面全体に波紋となって伝播していく。
俺が息を呑んで目の前で起きる光景を凝視していると――
突然パシンと言う電気がショートしたような音が聞こえたかと思えば、ピピンの小さな体が弾き飛ばされて床を転がった。
「きゃっ――!」
「――ピピン大丈夫か!?」
俺が駆け寄ると、床の上に大の字になって倒れていたピピンは、頭を振りながら上体を起こした。
とりあえず怪我はしていなくて、意識もはっきりしているのを見てほっと胸を撫で下ろす。
「タイガ、この人に拒まれちゃった……」
「え、どういうこと……!?」
「このミナセって人は戻りたくないって……。一瞬だけど彼女の感情と記憶が、ピピンの頭の中に流れこんてきたからわかるの。彼女はずっと辛い人生を送ってきて疲れ果ててた……。私のことは放っておいてって、泣き叫ぶ声が聞こえてきたの……」
「いや、でも、そんな……!」
ミナセは単に自暴自棄になっているだけだ。
だからちゃんと説得すれば、わかってもらえる筈。
しかし、その事をピピンに上手く伝えるための言葉がなかなか出てこない。
すると、ピピンが俺を諭すような顔で見上げていた。
「タイガ……。このミナセという人とどんな関係なのかよくわからないけれど、同じ稀人ということと、思いつめているタイガの表情を見れば、どれだけ大切に思っているかはわかるよ。でも、この世界に戻りたくない人に、無理やり接触しても良いことはないよ。下手をしたら悪霊化してしまう危険性もある。だから……」
「もし悪霊化してしまったら……?」
「このミナセと言う人の魂は、行く行くは幽霊系の魔物になって人に危害を及ぼすかも……。稀人で魔力量も豊富だから、そうなったら厄介だよ。だから、ね……?」
ピピンは俺の頭の上に着地すると、小さな手で頭を撫でながら諭すような声音でそう話した。
しかし、俺は今のピピンの言葉に、何かが引っ掛かっていた。
なんだ?
そうだ、魔力量についてだ。
稀人だから、魔力が豊富……?
でもミナセは……
「なあ、一ついいか? ピピンは、その人の魔力の量とかがわかるのか……?」
「勿論見ただけではわからないけどねえ。今ミナセさんの魂に弾き飛ばされた時に、大体の量はわかったの。ピピンはこれでもヒトや亜人たちが使うランクで言えば、金以上の魔力は持ってるんだからね。そのピピンが弾き飛ばされたんだもん。ミナセさんはピピンと同等か、それ以上の魔力は持ってることでしょ。それがどうかしたの?」
そのピピンの言葉に、俺はますます混乱する。
深く深呼吸をして頭の中の整理に神経を集中した。
「い、いや、それだとおかしいんだよ……。魔力量が豊富なのに、何故ミナセは具現化する空想科学兵器群に制限がかかっていたんだ……? 何故ABCスーツがビッグバンタンクだけで、武器は中レベルまでしか具現化していなかったんだ? そんなの縛りプレイでもあるまいし――!?」
そこまで言いかけた時、胸の奥からある推測が急浮上してきた。
それは眩いくらいに光を発していて、直感が正解だと告げていた。
「――そうか、縛りプレイか……!?」
「縛りプレイ――!?」
ピピンは何を勘違いしたのか、顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げた。
「やだ、乙女の前でいきなり変なこと言わないで―」と、顔を押さえて目の前を飛び回るピピン。
というか、こっちの世界にもそういうプレイがあって、妖精族でも知っていることの方が驚きだよ!
しかし、今はそれどころじゃないのでスルーだ。
「ああ、縛りプレイだ。ゲーム『ジャスティス防衛隊』は、クリア後に自分で体力上限値や、武器レベルを決めてプレイすることができる。特にミナセみたいな三兵科でクリア済みのトリプルケイトエピデンドラム保持者ならば、最高難易度のヘルモードを少ない体力とレベルの低い武器でチャレンジしていたに違いない。そしてその縛りプレイをしている時に、異世界へ召喚されてしまったとしたら……」
「うーん、どういうこと?」
確かピピンはゲームの話を聞くのは初めての筈なので、理解できなくて当然だ。
「召喚された時の空想科学兵器群具現化の条件は、ゲームのクリア状況に左右されるのは俺のケースでも明らか。なんせクリアしていないフラッシュジャンパーとビッグバンタンクの、クリア特典兵器が具現化されていないからな。そしてもう一つの条件が、ゲーム設定がそのまま反映されるんだ。その証拠に俺はBGMはデフォだったから、オリジナル音源を流すスピーカーが具現化されず、ミナセはされていた。そして何よりもミナセがビッグバンタンクと中レベルの武器しか使えない状況が、まさに縛りプレイ中だったことの絶対的証拠なんだ!」
「うーん、よくわからないけど、それでそれで?」
「そしてここが肝心なんだ。ミナセは空想科学兵器群以外にも、魔法を使っていた! 俺は全然使えなかったのに……! つまりミナセの体に刻まれていた魔方陣も、俺と同じく無尽蔵に魔力を吸い込んでいたはずなんだ。しかし縛りプレイで空想科学兵器群の具現化には制限がかかっていた。その結果、俺と違ってミナセは余剰魔力を利用して魔法が使えたってことなんだと思う!」
「つ、つまりどういうことなのー? ピピンにももっとわかるように教えてよー」
「思い返せば、俺がエマリィに魔法を教わった時は、いつもABCスーツを着用していた。それがそもそもの間違いだったんだ……!」
俺はコマンドルームを胸元に呼び出すと、兵装解除を思いきりタップした。
アルティメットストライカーが光の粒子となって拡散していき、ナノスーツ一枚になった俺は興奮が抑えきれない顔でピピンと向き合った。
しかし余りにも俺がドヤ顔をしていたのか、ピピンが顔を真っ赤にしてきゅううううっとのぼせたように床へ落ちていく。
ごめん。突然モッコリスーツは刺激が強かったみたい。
「ちょ、ちょ、ちょ、なんなのぉ、そのハレンチな格好はあっ!? もうピピンは乙女なんですからね! エマリィちゃんに絶対言いつけてやるから!」
「ごめんごめん。ピピンはナノスーツを見るのは初めてだったっけ?」
俺は妖精袋から貫頭衣を取り出すと、ナノスーツの上から着ることにした。
しかしよくよく考えればナノスーツも魔法の産物だ。耐熱耐ショック温度調節などの機能もしっかり具現化されていることからして、これにも相当魔力は消費している筈だ。
だからコマンドルームを再度呼び出してナノスーツ解除をタップすると、貫頭衣の下でナノスーツが光の粒子となって霧散した。
「い、いったい、なにをする気なの……?」
何を勘違いしているのか、ピピンは貫頭衣一枚になった俺を見上げて、怯えたように後ずさりしている。
その青ざめた顔をしている妖精をそっと優しく掌に乗せると、渾身の笑顔で一言。
「空想科学兵器群を解除していれば、俺も魔法がつかえるはずなんだ。だからピピン。もう一度ミナセに接触してくれないか? 今度は俺の魔力も上乗せして――」
「で、でも、ミナセさんはあんなに拒んでいたんだよ? 本当にいいのかなぁ……」
「俺を信じてくれないか……! ミナセは自分の人生は貧乏くじばかりだったと嘆いていたけど、そうじゃないんだ。ちょっとタイミングが悪くて、上手く噛み合っていなかっただけって教えてあげたいんだよ。お節介かも知れないけど、こうやって出会ったんだからやっぱり教えてあげたい――なんてことを言っても、もしかしたら、自分の手で殺さざるを得なかったことに、腹を立ててるだけかもしれない……。大事なことを俺に押し付けて、さっさと死んじゃったことに文句を言いたいだけかも……。それでも……とにかく俺は、もう一度ミナセに会わなければいけない気がするんだよ……」
「タイガの気持ちはわかるけど、もしそれで失敗して悪霊化したらどうするの……? タイガはもう一度その手でミナセさんを殺すことになるかもしれないんだよ? そんな事になって耐えられる? もしかしたらタイガの心が壊れちゃうかもしれないんだよ……。それでもいいの……?」
「そっか、ピピンは俺のことを心配してくれているのか。優しいな、ありがとう……。でも大丈夫。はっきりと言えないけど大丈夫だと思う。だからお願いだ。俺をもう一度ミナセと会わせてくれないかな……」
俺は真正面からピピンを見た。
しばらくにらめっこが続いた後で、ピピンは観念したように息を吐いた。
「わかった。タイガにその覚悟があるのなら手伝うよ。でも嫌がる本人を刺激し続けると、悪霊化してしまうということだけは覚えておいてね」
「わかった。肝に銘じておく」
そして俺とピピンは、ミナセの赤い魂に触れた――
次回更新は来週の金曜日夜から土曜日朝までには。
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