第九話 遠征へ出掛けよう
森の中でHAR-22の銃口が火を噴いた。
俺に飛び掛ろうとしていた双頭の豹の土手っ腹に、5.6ミリ特殊ナノマテリアル弾が容赦なしに十個の穴を穿つ。草むらに崩れるように堕ちて絶命する双頭の豹。
そしてもう一頭は俺の横をすり抜けて、後方に居るエマリィの元へ。
「エマリィそっちに一頭! どうする――!?」
もう一頭を照準に捉えたままエマリィに聞く。しかしエマリィはやや緊張した顔を浮かべつつも落ち着いた様子だ。
「――ちゃんと見えてる! ボクに任せて!」
すかさず奈落の混沌を発動するエマリィ。
突進していた双頭の豹は頭から地面に崩れ落ちるようにして倒れこみ、一つの頭はグォーングォーンと鳴き声を上げ、もう一つの頭は牙を剥き出しに唸り声を上げて地面をのた打ち回っている。
そこに火球が飛んできて一瞬にして炎の中へと沈んでいく。
素材も丸焦げになってしまうが、最初から一頭はエマリィの練習用にすると決めてあったので惜しくもない。
そんな訳で、俺とエマリィが正式にパーティーを組んで数日が経っていた。
結成した翌日から俺たちは近場の森へ繰り出しては狩りをして生活費を稼ぎつつ、立ち回りでの互いの癖を覚えたり、索敵・接敵・選敵というシチューエーション毎の基本的な行動パターンを取り決めたりして連携を深めていった。
まあ二人しか居ないから必然的に俺が前衛のアタッカー、エマリィが後衛のヒーラーという役回りで固定されるんだけども。
しかしこの世界の魔法のレベルアップとは、経験値を集めていけば自然とレベルアップしたり、新しい魔法が自然と習得できると言うわけでもないらしい。
魔法の詠唱から発動までの時間の短縮や精度や命中率などは、すべて日々の鍛錬にかかっているのだそう。
また魔力量も個人差はあれど限界は無いと言うのが一般的な見解で、この魔力量を増やすのも様々な手段が存在するらしいが、日々の鍛錬や修練が一番手軽でポピュラーらしい。
そうした事もあって、一回の戦闘のうちの何頭かは率先してエマリィが狩ることになっていた。
その分の素材は減ってしまうが、ダンドリオンに近い森では低ランクの魔物しか居なくて、まず治癒魔法を使う機会もないので仕方ない。
それにエマリィも狩りに慣れるし、攻撃魔法の上達にも繋がることを考えれば素材以上の価値がある。
そんな感じに本日の狩りも順調に終えて帰路につくと、エマリィがご機嫌に口を開いた。
「ふふ、今日もいい結果だったね。ボクも実戦で攻撃魔法を使う感覚がだんだんわかってきて嬉しいなぁ」
「エマリィってその魔法はどうやって覚えたの? やっぱり学校とかに通っていたの?」
「ボクは全てお祖父ちゃんに教わったんだ。お祖父ちゃんはボクを学校に入れたがっていたみたいだけど、その頃お父さんが大怪我をして畑仕事に人手も足りなかったの。それにその頃のボクもいろいろとあって、村を出たらいけないような気がしていたから……」
と、口篭ったエマリィの横顔はどこか思いつめた顔をしていた。
そんな悲しそうな顔をする彼女を見たのは初めてだったので、思わず胸にチクリと痛みが走る。
しかし当の本人はすぐに気持ちを切り替えて話の続きを始めたので、俺も気付かなかったことにする。
いつか彼女が話をする気になるまで待てばいい。
「それでね、新しい魔法を習得する手段は大まかに言うと、魔法学校で教わるか、誰かに師事するか、魔法書で独学で勉強するかという三通りあるの。ボクは今までお祖父ちゃんに教わってきたけども、これらは入学金やら謝礼金、馬鹿高い魔法書物の代金と言った何かと物入りで大変なんだよ……」
ああ、だからエマリィは贅沢を敵視していたのか。
ある意味この世界で魔法使いのスキルアップとは、イコールお金ということだ。
そのお陰でネカフェもどきの宿屋でカップルシートで寝泊りできて嬉しかったりもするのだが、その事をばらすと彼女に嫌われそうなので胸に秘めておくことに。
それに、
「だからタイガとパーティ―が組めてボク本当に嬉しいんだ。やっぱり安定した収入があると希望も見えてくるよね。この三ヶ月は本当に苦しかったら」
と、無邪気に笑う彼女を前に、そんな卑しい下心を抱いている自分が下衆に見えて仕方がない。
「そう言えばエマリィに聞きたいことがあったんだけど、俺の精霊魔法対策ってなにかあるのかな? エマリィと一緒に居る時は治癒魔法で治してもらえるからいいとしても、やはり単独行動の時のことも考慮にいれて、なにか対策があれば準備しておきたいんだよね」
エマリィと出会ったことで見えてきた俺の問題点。
エマリィは俺の空想科学兵器群を、魔力が具現化した魔法の一種と捉えているようで、確かに言われてみればそんな気もするのだが、いまいちその推論に納得できないのには理由がある。
それが俺の中にある魔力の存在だ。その量は冒険者最高クラスの金クラス。
魔力が存在するならば当然ほかの魔法も使える筈なのに、習得すれば何かと便利そうな治癒魔法を、最近エマリィから教えてもらっているのだが、一向に使える気配がなかった。
しかも初級魔法を覚えるための基礎トレーニングすらも成果が出なくて、エマリィが「まるで魔力を一切持たない人の反応みたいだ」と頭を抱えてしまったほどだ。
結局空想科学兵器群具現化の原因と魔力の因果関係、ほかの魔法が使えない理由などまだ何もわかってはいない。
もしかしたら俺が異世界転移してきた事と何か関係があるのかもしれないが、エマリィにその事を打ち明けるのはもう少しタイミングを見てからにしようと思う。
とにかく現状攻撃魔法――あくまで仮定だが――しか使えないのであれば、二人しか居ないパーティの安定のためにやらなければならないことは自ずと見えてくる。
それが精霊魔法対策だ。
「タイガの精霊魔法に対する対策と防御力の向上か……。実はボクも同じことを考えてたの。まずは回復薬。これは肉体回復と精神回復の二つあって、精神回復の青回復薬を中心に何本か常に常備しておけば大丈夫だと思う。精霊魔法に対する防御力の向上は魔法具に頼るしかないけど、どれも価格は高額で最低でも金貨一枚は必要になってくるから、その中から精霊魔法耐性のものを手に入る物から順に揃えていくしかないと思うよ」
回復薬と魔法具とエマリィの治癒魔法で、精霊魔法に対する対策を三重に取っておけば、余程のことがない限り危機的な状況にはならないだろうということか。
当面これで魔物狩りに出掛けてみて、まだ不安が残るようであればヒーラーをもう一人追加するなどの対策をしていくしかないだろう。
「ねえ、タイガ。それだったら東の渓谷にある迷宮へ行って見ようよ!? そこがダンドリオンから一番近い迷宮なんだけれど、この辺の森で狩りをしているよりもずっと効率よく稼げるよ。これから魔法具を揃えていくつもりなら、そろそろ迷宮探索に挑戦してみてもいいかもしれない!?」
エマリィは期待に満ちた碧眼をきらきらと輝かせてこちらを見上げている。
そんな訳で翌日は狩りを休んで、明日からの遠征のために必要なものを買いにマーケットへ。
このパーティーのリーダーは俺なので、遠征に必要な食料諸々の代金はこちらで持つとエマリィには伝えてある。それを踏まえてエマリィが遠征に必要なものを見繕って買い物をするという算段だ。
俺はただエマリィの後ろをついていくだけ。やはり買い物は女性に任せるに限る。
地下迷宮までの道のりは約十五日前後。
道中には小規模の町や村があって、渓谷の手前にも中規模の宿場町があるらしい。
その宿場町で迷宮に潜るために必要な食料は手に入るそうなので、ダンドリオンで用意しておくのは点在する町を移動する間の三日分程度の食料と回復薬くらいで十分だったが、忙しく市場を見て回るエマリィの背中からは楽しさが滲み溢れていた。
エマリィにしてみれば念願のパーティー結成ができた上に、さらに初めての迷宮探索ということでテンションが上がるのも無理は無い。
「ねえタイガ、お肉はやっぱ食べたいよね!? 燻製買っておく!?」
「ああ、いいよ」
「ねえタイガ、疲れた時に甘いものが食べたいよね!? 砂糖豆買っておく!?」
「お、いいねえ」
「ねえタイガ、小腹が空いた時に果物とか食べたいよね!? 砂リンゴ買っておく!?」
「オッケー」
「ねえタイガ、川バナナはおやつに入りますか!?」
「お、おう……」
いかん。楽しそうに買い物をするエマリィにつられて気前よく返事を返していたのはいいが、気がつけば商品の入った麻袋が俺の両手じゃ抱えきれないくらいに増えているではないか。
「ご、ごめん。ボクも遠征は初めてだからつい楽しくなっちゃって……。でも二人で分担して運ぶからそんなに負担にはならないと思うよ、えへへ……」
確かに食料に加えて野営用の厚手の毛布や回復薬などを入れると、元の世界で言えば大き目の登山用リュック二つくらいの量といったところか。
エマリィの言うとおり二人で分担すれば持てない量ではないし、ABCスーツを装着している俺なら一人で難なく背負えるだろう。
いや、それならばいっそエマリィを背負って走ることで、日程を短縮した方がいいのではないか?
そうすれば荷物の量はここまで必要ない。
と言うか、食料の三分の二が肉の燻製なんですけど、エマリィさんどれだけ肉が好きなんでしょうか。
しかしエマリィのこれまでの三ヶ月間の生活のことを思えば、腹一杯に好きな物を食わせてあげるのも男の甲斐性というもの。
それに街道沿いの集落で必ず食料が手に入るという保証も無いとなると用心にこしたことはないか。
そうなるとやはり食料はダンドリオンで確保しておいた方が良いと言う事になる。
それよりも向こうで獲れた素材やお宝はどうやって持ち帰ろうか?
宿場町で売却できるかもしれないが、ダンドリオンよりレートが低かったら損じゃないだろか?
あれ、たかだか片道十五日程度の遠征と高を括っていたが、いざ準備を進めてみれば次々と心配事が浮かんできて何だかいろいろと面倒くさいぞ。
俺が腕を組んで思案する横で、エマリィもため息をついていた。
「はあ、こんな時に妖精袋があればなぁ。そしたらこれ位の量で頭を抱えなくてもいいのに……」
「うん? なんなのその妖精袋って?」
「大陸の西の方にある森林地帯の奥には妖精族の国があってね、その妖精だけが作れる魔法具なの。大きさは普通の袋なのに、秘伝の空間魔法で屋敷一件分の荷物が入れられるとっても便利なものなんだよ」
「もしかしてなかなか手に入らないとか……?」
「うん。妖精族はヒト族と交流自体少ないからねえ。でもたまにどういうルートで入手したのかお店に並ぶことはあるんだけど、すぐに売り切れちゃうから。とは言っても最低でも金貨百枚の値がつくって話だから、ボクたちには一生縁のない話だけど……」
と、エマリィは自虐的に力なく笑う。
そんな話を聞きながら俺は通りを歩く人たちを見ていると、ある商人に視線が釘付けになった。
「――ちょっと俺に考えがある! エマリィはここで待ってて!」
俺は人混みを掻き分けて商人の後を追いかけた。
そして五分ほどしてエマリィの元に戻ってきた俺の手は一台の荷車を引いていた。大きさは畳み一畳ほど。木製の車輪の外側には鉄環も付いていて、箱型の荷台の造りもしっかりとしている。
商人に銀貨一枚で売ってくれと持ちかけたら、喜んで譲ってくれたものだ。
「もしかして馬車にするの? でも馬は結構値が張るんだよ?」
エマリィは荷車を見て不安そうな顔を浮かべる。
「いや、そこは大丈夫。馬車は馬車でも俺が馬役をするんだ! このABCスーツがあればそれくらい朝飯前だから!」
「へ……?」
どんと胸を叩く俺を見て、魂が抜けたような顔をするエマリィ。
しかしその一瞬後には腹を抱えて大笑い。そしてひとしきり笑った後で涙を拭きながらサムズアップ。
「うん、なんかそれ楽しそう! ボクも後ろから押して手伝うよ。ほんとタイガって変わってて面白いなぁ!」
別にウケ狙いのつもりでもなかったが、無邪気に笑うエマリィを見ているとそれも良しと思えてくる。
そんな感じに遠征の準備も一通り終わり、俺たちは宿へ戻る前にギルド会館へ行ってみることにした。
せっかく東の迷宮へ出掛けるのだから、同じ方面で何か依頼が出ていないか確認する為だ。
それでマーケット通りを荷車を押して歩いていると、にわかに大通りの方が賑やかになって人々が一斉にそちらに向かって駆けて行くので、俺たちもその人波に向かって走り出した
次のエピソードは夕飯までにはなんとか




