マカフカシギ
あれから数年後、彼らの行く末は。
ユゴーさん、ご結婚おめでとう。
そう言って花束を渡したのは、ユゴーの女友人、クリストファー。
「ありがとうクリストファー。今まで本当にありがとうな。」
ユゴーはすっかり大人びていて、ひげを生やして、立派なスーツを着て、もう何も言われることのない、そんな人へと成長した。
「ユゴーさん、新曲聴きましたよ、ほんっとうに最高でした!できれば私の地元でライブやってください」
ユゴーファンだ。
ユゴーは音楽の道へ進み、自ら楽曲を手掛けるほどの才能を見せていた。
最新作であった「Mirror」というアルバムでは、ユゴーの顔がどアップで記載されていて、ユゴーはそのアルバムに自筆のサインを書いてファンに差し出していた。
ユゴーの婚約相手はレントゲンという女性。いかにもという感じのグラマラスな体形をしている。バストが90近くもあり、通りでユゴーが惚れたわけだ。
とかいっちゃうと、まるでユゴーが外見で判断したかのような下心満載な解釈が立派に成り立ってしまうので、ここは彼の顔を立ててあげよう。
彼は彼女の声に惚れたという。
彼女はれっきとした歌手で、一部では結構な人気を博していた。
「ユゴーさん。こちら、本日のディナーコースが用意されている部屋です。」
ゆるりと案内される新郎新婦は、今まさに人生最大の幸福を迎えようとしていた。
「あなた、ほんと素敵…もうちょっと顔をこっちへ寄せて…」
そう言われたユゴーは、ゆっくりと、ゆっくりとレントゲンに顔を寄せていく。
公衆の面前での大胆なキス。
周囲にいる人たちはそれを目の当たりにして、一瞬しまった!みたいな顔をしたが、それもつかの間。
後ろのほうにいた若い男性が、ヒューっと高く口笛を鳴らすと、その場は一斉に盛り上がった。
「最高だぜユゴー!お前って奴はよぉ!」
幼馴染のチヴィタは嬉しそうに高笑いする。
場が静まった後、ユゴーはスタッフにギターを持ってこさせた。
何をするかはだれの目にも明白であった。
「君のために、一曲。歌います」
「まぁ、こんなところで」
レントゲンの口角がふわりと上がり、周囲は再びすぅーっと物静かな空気に抱擁されてゆく。
場内に、ボン、ボンボン、とギターの弦が弱振動する際に生じる音が響き渡る。
曲が、始まった。
イントロは低音から入る。
バスブーストのような重く響き渡る旋律は、周囲の人々へリズムを与える。
みんな音楽にノッてきた。
魔法がかかったかのように、レントゲンも足を、こつん、こつんとタップする。
落ち着いたイントロから、またもや落ち着きのあるメロディーへ。
気流のような連続したメロディーは、時間をも揺らがせるが如く、会場内を虜にしてゆく。
主旋律が鳴りやむときには、皆今まで体験してきた時間感覚を忘れているようだった。
しかし、一番浸りに浸っていたのは、ユゴーだった。
「ありがとう、レントゲン…皆さん」
本当に時間旅行したような、不思議な感覚にどっぷりと浸かっていた。
しかし、その会場にはミレーの姿はなかった。