鬼禍 02
足音も無く、いつの間にか二人の背後に立っていた金髪の森妖精は、ニコニコと邪気のない笑みを浮かべていた。かなりの長身であるリンドウに見劣りしない上背があり、身体の鍛え方は見るからにリンドウを上まわっている。
「スケアクロウ! フツーに近づけッ、フツーに。驚かせやがる」
「嫌だなあ、これも野伏になる修行の一貫ってヤツさ」
「ならねぇっつてんだろ」
「それは残念」
肩をすくめる芝居がかった仕草も絵になる色男で、リンドウはついつい目を眇めてしまう。
スケアクロウは故郷を出た森妖精であり、数少ない成功した遺跡荒らし(本人たちは冒険者や探検家を自認することが多い)でもある。金持ちなのに、故郷にも帰らず都会にも住まず、好き好んで人外魔境に住んでいる変人だ。
「リンドウ、とりあえず村長の家に来てくれるかい? 詳しい話はそっちでね」
「おう……じゃあな」
守衛に別れを告げたリンドウは、先行するスケアクロウを追って村の大通りを歩く。
〈ごった煮村〉は、村というか集落という規模で、子供を含めても村民は五〇人に満たない。村人の大半が獣頭人で、他は汎人が数人に森妖精と岩妖精が一人ずついる。
戦火を逃れてきた逃亡奴隷を筆頭に、他に行く当てのない人間が集まる吹きだまりのような村だ。やもすれば実体は難民キャンプに近い。物陰からリンドウの様子を窺う目にも怯えや恐れが見て取れる。
「流石にそろそろ、慣れちゃくれねえもんかな」
「季節ごとにじゃなく、毎月でも来れば良いんじゃないかな」
「ダイアナの婆さんにおんぶ抱っこじゃ、いつまで経っても自立できねぇぜ」
「そうじゃなくってさ……まあ、別に良いけど」
村の突き当たりには、周囲のものより一回り大きな家と見張り塔が建っている。村長の家だ。
*****
薬を補充し支払いも済むと、さっそく悪鬼の話になった。部屋には村長とリンドウの他に、案内役だったスケアクロウも残っている。
「あれは本当に厄介な連中ですからのぉ……」
〈ごった煮村〉の村長は鼠頭人(ネズミの特徴を持つ人間)の老爺だ。故郷が戦火に飲まれる前は、そこでも村長をしていた。寄り合い所帯のこの村では、村長といえども強権を振るう立場ではなく、調停者としての意味合いが強い。
「いやはや、これでは狩りにも採取にも行けず、弱りましたわい」
村の周囲にある〈まどわしの草地〉を開墾してしまうと、村を守る結界に影響が出る。農地は野菜類を育てる畑が幾つかある程度で、あとの食料は狩猟採集と外貨での購入に頼っていた。村から遠く離れるほどに危険は増すので、近場の森の恵みは獣より先に手に入れたい。
「悪鬼の数がまだ分からねぇから何とも言えねえが。仮に大所帯だったとしてだ。領主に騎士団を派遣して貰うってのは無理なんだぜ」
〈奥溜の大樹海〉はどの国の領地でもない。と言うか、公式には人が住んでいない。リンドウの発言はそれを指摘したものだ。
「冒険者に頼むっていうのも、ちょっと難しいかな」
スケアクロウが続けた。わざわざ好き好んでこの僻地にやって来る、腕利きの冒険者なぞ居ない(ここに居る一人を除いて)。数を頼りに食い詰めた宿なしを集めれば、今度はこの村の存在を秘密にできない。
「おっと、さっき言った通り婆さんは自宅療養中だからな。当てにされても困るぜ」
念のためリンドウが釘を刺す。この世界では害獣扱いの悪鬼だとしても、家主にわざわざ大量殺戮の片棒を担がせるつもりはなかった。
「それもこれも、巣の規模を確認してからだね。でも弱ったな。探索に参加できる人数が、そのまま村の全戦力なんだよねぇ」
スケアクロウの指摘する通り、曲がりなりにも戦力になるのは一〇人程度。あとの村人は全く戦えないか、当たらない弓を撃つので精々だ。
それまで黙って話を聞いていた村長が、おずおずと声をあげた。
「〈主〉さまに、頼むのはいかんのですかな」
「ちょっとなぁ。ヘソ曲げられたら取り返しがつかねぇから、最終手段だな」
リンドウが却下する。この村の近辺に住む〈主〉にはダイアナが渡りを付けてあるので、簡単にこの村を壊滅させるような魔獣に襲われる心配は(一応)ない。
しかし、それ以外の雑魚――普通の人間には十分に脅威だが――の行動に制限はなく、魔獣から得られる素材は村人にとって貴重な外貨獲得の手段でもある。しかし、悪鬼にはそういう旨味も無い。ひたすら迷惑なだけだ。
「いっそのこと、わざと相手に攻め込ませる?」
「補給がないと先にこっちが干上がっちまうぜ。スケアクロウ、あんたの持ち出しか?」
「非常事態だからね。最悪はそれでも良いけど、ずっとこのままじゃマズイよねえ」
「カジャクが仕事の合間を縫って弩を作っとりますが、弩の数も使い手の技量も心許ないですの」
「『オヌシら岩妖精なら何でも簡単に作れると思っとらんか?』って愚痴ってたよ」
「弩の数が揃っても、農具やら糸車やら織り機やらを使ってたヤツに、いきなり弩で戦えってのも酷な話だからなぁ」
魔法や魔術といった「超・暴力」の世界に男女差は無いが、常識的な戦いの範疇では女性が不利なのはこの世界も同じだ。現代の地球とは違って機械がない分、力仕事や戦いはもっぱら若い男性の仕事になる。
「うちの村の者から、ダイアナ様が弟子を取って頂ければ良かったんですがの」
村長がリンドウを見る目に、つい恨みがましいものが混ざる。
「婆さんが村人みんな調べたんだろ? こればっかりは仕方がねぇ、単なる偶然だからな」
女性でも魔法や魔術が使えれば暴力で男性を圧倒できるが、これも険しい道のりだ。
まず魔法は残酷なほど才能依存の力で、この世界には「魔法使いは『なる』ものではなく、初めからそう『生まれる』ものだ」という言葉もある。
魔術は魔法に比べれば格段に努力が実を結びやすいが、習熟には長時間の座学と実習が必要なうえ、習うのにも使うのにもお金がかかる。下々の民にはどだい無理な相談だ。
「とりあえず、目の前の問題をどうにかしよっか」
パンッと手を叩いたスケアクロウが、話題を元に戻した。この場に唯一いる「暴力の専門家」として意見を述べる。
「とりあえず、戦える人間だけでも――」
ドンドンと、乱暴なノックに言葉を遮られた。返事を待たず部屋へ入ってきたのは、鼠頭人の老婆だった。
「あなた、リュビちゃんがどこにも居ないの!」
「何っ!?」
「……リュビ?」
「ほら、魔獣使いの女の子だよ」
村人全員の名前を把握し切れていないリンドウに、スケアクロウが助け船を出す。
「あー、あの馬鹿デカいイヌの」
「魔狼犬の血は半分以上、魔狼らしいけどね」
興奮する妻を落ち着かせようと、宥めるように村長が言い聞かせる。
「目につく場所に居ないなら、畜舎の方じゃないのかい?」
「捜したわ、でも居ないのよ……」
「僕も捜してみるよ」
言い残すと、スケアクロウが急ぎ足で部屋を出て行った。慌てて六尺棒と革鞄だけを手に取り、リンドウも後を追う。
小走りでスケアクロウに追いつきながら、リンドウが尋ねる。
「もの凄ぇイヤな予感がするんだが」
「寄寓だね、僕も同じ」
「無茶だろ」
「まったくだね」
少し躊躇った後に、リンドウが問い質した。
「この村じゃ子供を戦わせてるのか?」
立ち止まり、振り返ったスケアクロウの表情は苦々しいものだった。
「リュビの魔狼犬は僕に次ぐ戦力だ。この村には大食らいを遊ばせてる余裕はないし、普段だって危険なことは――」
言い澱んで頭をガリガリ掻くと、スケアクロウは再び歩き始めた。
「止そう。言い訳だ!」
リュビ本人は子供扱いを嫌がるけれど、やっぱり子供に頼るなんてイカす冒険者の行いじゃない。
スケアクロウが後悔に歯軋りしていると、リンドウが疑問を呈した。
「テメエが食う分を自由に森で狩らせちゃダメなのか?」
「馴致した生き物は使い魔でも下僕でもないんだ、野生に返っちゃうよ」
「持て余すぐらいなら、それも仕方ねぇように思うが」
「それは残酷かな」
どういう意味なのか。リンドウが声をかけるより先に、スケアクロウは猟師小屋に入っていった。
壁や棚を漁りながら、怒濤の勢いでスケアクロウが武装を調えていく。
邪魔しないよう部屋の隅で、珍しげに小屋の中を眺めていたリンドウが口を開いた。
「魔狼犬ってのは、どれぐらいヤれる?」
「一対一なら悪鬼なんて目じゃないよ。でも、オオカミは群れなきゃ真価を発揮できないし、リュビはまだ九……十歳だったかな? まあ、とにかく子供だから」
オオカミやイヌは群れで自分たちより大きな獲物をも仕留める狩人だ。しかし、唯一の攻撃手段にして強力な武器でもある顎門は、一度に多数の敵を相手にできない。
「囲まれたらガキんちょの方が危ういな」
「お待たせ」
スケアクロウの準備が終わった。革の防具を身につけ、鉈を腰に帯び、投擲用短剣のベルトを締め、弓に矢筒。完全武装だ。
あまりの物々しさにリンドウが呻きを洩らす。
「戦争でも始めるつもりかよ」
「あったり前じゃん」
スケアクロウが呆れ顔で答えた。
「どちらが先に手を出しても、相手を皆殺しにするまで止まらないよ」




