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暗夜の礫 03

 他に適当な場所もなかったから、怪我人はリンドウたちと同じ倉庫の二階に運び込まれた。

 痛み止めの影響で夢の中にいるようだった男は、いつの間にか本当に夢の世界へ旅立っていた。

 リンドウが寝顔を覗き込む。とりあえず、痛みに苦しんでいる様子はない。


 好奇心に目を光らせる村人たちを追い散らすと、オービルと名乗った村長代理は二人を居酒屋(タバーン)へと誘った。

 リンドウは疲れていたし、そもそも他人と付き合いで飲むのも嫌いだ。

 しかし、明日以降の対応を決めるには話を聞いておくべきだと思い直し、結局は申し出を受けた。


 田舎の居酒屋(タバーン)は飲み屋というより、酒類も売っている雑貨屋だ。

 現代日本で喩えるなら飲み屋よりも、イートインのある個人経営のコンビニが実体に近い。

 居酒屋と聞いて世人が想像するような店は都会にしかないのだ。


 そんな店だからメニューなど有って無いようなものだ。各々、出されたものを適当に食べる。

 料理と酒が運ばれる段になり、リンドウは慌てて〈他心通〉(テレパシー)でシークェルに尋ねた。


《そういや飲み食い出来るのか?》

《フリ、ですが》


 危ないところだった。一人だけ飲み食いして連れはお預けだなんて、いったい何のプレイだ。

 その彼女は自ら率先して、大皿から料理を取り分けている。

 何でも自分でやるのが身に染み付いているから、リンドウは居心地の悪い思いをしていた。

 乾杯の合図と共に、木製のジョッキに注がれた温いエールを喉に流し込む。


(…………)


 口にも顔にも不満を出さなかったが、リンドウは思わず無言になっていた。

 この世界の飲食全般に言えることだが、はっきり言ってあまり美味しくない。

 日本人の好み(ラガー、とりわけ冷やしたピルスナーが好き過ぎる)を差し引いてもイマイチだ。

 慣れの問題もある。ビールっぽい見た目なのに甘味が強くて苦味が弱かったりハーブの香りがしたりアルコールが強かったりするのでコレジャナイ感が拭えない。

 オービルが気まずそうに口を開いた。


「口に合わなかったか? ここらじゃ酒といったらワインだからなぁ」

「いや、以前に別の所で飲んだ味と違っててな。何が違うんだろうと思ってた」


 あまり追求されると困る。ホップを使ったラガーがこの世界にあるかも知らない。

 その場合、いったい何処で飲んだんだという話になる。

 これも考えすぎか? いや、しかし……。


「ネストルは強運だった」


 しみじみと呟いたオービルの言葉で、思考の海に沈んでいたリンドウは我に返った。

 ネストルとは、あの怪我をした行商人の名前だ。


「本当に運が良かったら、そもそも襲われてねぇだろ」

「それもそうか」


 オービルは一気にジョッキを呷り中身を空ける。

 コッ、とテーブルをジョッキが叩く音と共に二人へ切り出す。


「なあ、あんた達は医者なのか?」

(来た来た)


 世話ばなしという名の事情聴取だ。

 進研ゼミで予習をしてあったから焦らずに答えられる。


「……じゃあ、アンタが薬を作って、そっちのベッピンさんが治療するってことか?」

「まあ、そうなるな」


 シークェルも無言で頷き肯定する。

 そういう設定になった。

 完全な嘘ではない。


 リンドウは薬「も」作るし、シークェルは基本的な治療「も」できる。

 実際に誰かを治療したのは今日が初めてだが。

 つまり殆ど嘘だから、リンドウはボロが出る前に話題を変える。


「あの怪我人もまだ暫くは安心できねぇぞ。あとで痛み止めやら何やら出しとく」

「……やっぱり金は取るよな?」


 リンドウは、救い難いアホを見るような目でオービルを見た。


「当たり前だ」

「この通り、頼むから手加減してやってくれるか? 知らない仲じゃないんだ」

「アコギな真似するつもりは無ぇよ」


 オービルが大きく息を吐いた。


「若いのを何人かやって道を捜させたんだが、血だまりに荷物が散乱してたそうだ。ロバの姿は無かったってさ。安い買い物じゃないってのに」 

「身代わりだと思えば安いモンさ」

「そうは言うがな……オオカミかな?」

「目を覚ましたら本人に詳しい話を聞いてみりゃ良いが、たぶん違う」

「何でわかる」

「傷だ」


 オオカミに襲われたなら手足(特に足)の傷が多くなるだろう。

 それに、相手が群れる生き物だったらネストルは死んでいたハズだ。

 頭の傷が多いのはそこを狙われたからで、両腕の傷は頭を庇ったからだ。

 腕の骨が折れたのは災難だが、庇わなかったら頭蓋骨を割られていたかもしれない。

 相手は四つ足でも体高が人より高いか、後ろ足で立ち上がれる生物だと思われる。

 もっとも、前者だったら最初の一撃で死んでいただろうが。


「勿体ぶるなよ、相手は何物なんだ!?」


 村の安全に関わることだからオービルも必死だ。

 しかし、リンドウの答えは非情なものだった。


「傷口だけで分かるワケねぇだろ」

「何だそりゃ!……いや、そりゃそうか」

「俺より狩人(ハンター)にでも聞いた方が良い。順当に考えりゃクマ辺りだが」


 その傷が爪によるものか牙によるものか見分けることすら、慣れていなければ本職の医者でも難しい。

 あまり無責任なことも言えず、リンドウが釘を刺した。


「ただのクマなら良いんだけどな……」

「魔獣の被害なんて、この辺りじゃ滅多にないんだぞ」


 喉彦半島の付け根になる二つの大きな町と、その二つを結ぶ街道が一種の境界となって、〈奥溜の大樹海〉から半島の内陸部にまで流れてくる魔獣は殆どいない。

 この世界の何処にでも出没する類の魔獣はもちろん居るが、薬狩道を通す際の討伐で数が激減している。

 その平和はもう何年も破られていなかった。


「うーむ」


 リンドウが唸る。

 〈奥溜の大樹海〉では最近、異変があった。リンドウたちも巻き込まれた大火事だ。

 木々が燃え尽きた範囲にいた生き物は他の場所に移り住んだ。

 もちろん、移り住んだ先には元から住んでいた生き物がいる。

 樹海はいま、新たな秩序へ移る前の混乱期を迎えているハズだ。

 魔獣の一匹や二匹や十匹が、喉彦半島まで流れてきても不思議はない。


「俺も自分の目で確かめたワケじゃないんだが――」


 リンドウは〈奥溜の大樹海〉に「何か」異変があったことをオービルに伝えた。

 素人目では、遙か彼方で発生した煙や火災雲と、ただの積雲を見分けるのは難しい。

 だが、専門家は樹海深部での火災発生におそらく気付いている。

 この村までその情報が伝わるのは、本来なら随分と先になっただろう。


「うむむ……」


 今度はオービルが俯き考え込んだ。

 村の防壁を手入れする人手も必要だが、もう少し経つと月桂実が収穫の時期を迎えるのだ。

 村の防壁を直す。月桂実の採取。ネストルを襲った獣の退治。

 とてもではないが、一度に全ては出来ない。

 大した被害も出ていない段階で領主へ魔獣退治を頼み込んでも無駄だろう。

 月桂樹油の取引に来る商人へ手紙を出しておいて、護衛を多目に連れて来て貰うか?

 金がかかるのは仕方ないとしても、それでは遅すぎる。戦力はいま必要なのだ。

 すぐに取りかかれるのは防壁の手入れだが、これには時間がかかる。

 月桂実の収穫に、今年は周囲の見張りだけではなく護衛も必要か。

 しかし、それでは村の守りが手薄になってしまう。

 ネストルを襲った獣の正体だけでも今すぐ確かめたいが……。

 できれば退治もして貰えれば助かる。が、これは虫が良すぎるか。

 どこかに手練れは居ないものか。


「どうぞ」

「いや、これはこれは」


 シークェルの手から、なみなみとエールの注がれたジョッキを受け取る。

 オービルの目に彼女は、色が白過ぎるし身体は痩せ過ぎで何だか全体的に浮世離れして見えた。

 だが、何にせよ美人なんだから悪い気はしない。

 ジョッキをぐいっと呷ると、再び考え込んだ。


 …………。

 この二人ならどうだ?

 魔獣が樹海から流れてくるかもしれないと言ったのは、あの男だ。

 なのに、護衛も付けずにたった二人で〈中州宿場〉(ファインホルム)から歩いて来たと言う。

 二人とも魔術を使っていた。

 まさか、戦いに使える魔術をひとつも知らないなんてこと無いだろう。

 得体の知れない連中だが、人は良さそうだから頼めば引き受けてくれるかもしれない。

 そうに違いない。

 オービルは意を決して頼み込もうとーー


「えっ?」


 いつの間にか二人は、オービルの目の前から跡形もなく姿を消していた。

 いや、それだけではない。

 オービルは気付かない間に自分の家へ戻っていた。


「……はぁ!?」


 間の抜けた声を上げながら、干し草のベッドから飛び起きる。

 着ていた服は上着もそのまま着っぱなしだ。

 鎧戸を開けて窓から外を見ると、既に陽が高く昇っている。

 オービルには酒を飲み過ぎて前後不覚になった経験もあるが、それとはどうも違う。

 混乱した頭で慌てて部屋を出すオービルに声がかかった。


「いつまで寝てるんだい、まったく」

「母さん、頼むから後にしてくれ!」


 オービルは母親の追求を躱して家から飛び出す。

 目指す倉庫兼宿屋の建物はすぐ隣だ。

 階段を駆け上る。

 そこには、全身包帯姿のネストルがひとりスヤスヤと寝息を立てていた。


「ネストル起きろっ!」

「あぁ、オービル。昨日は――」


 寝ぼけ眼で応じたネストルはもう大丈夫なようだ。

 身体中に残る痛々しい傷を除けば、昨日の怪我の影響は見えない。

 感謝を伝えようとする彼を遮ってオービルが尋ねる。


「隣にいた連中はどうした!?」

「へ? ……ああ、そういえば、明け方に誰かゴソゴソしていたような」


 それも、言われてから初めて思い出す程度の話だ。

 まったく要領を得ない言葉に、オービルはがっくりと項垂れた。

 その様子を目にしたネストルの顔に困惑の色が浮かぶ。


「いったい何なんです?」

「俺が知りてえよっ」

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