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暗夜の礫 02

 薄暗い、がらんとした広い部屋に二人が残った。

 部屋は男の言ったとおり隅は物置になっていたが、それでも二人だけで使うには広すぎる。

 リンドウは次々に鎧戸を開けて、部屋に陽射しと風を入れる。

 フードを脱いだシークェルが首を振って髪をなびかせた。


「随分と大人しくしてたな」


 適当にその辺りの木箱に腰を掛けリンドウが口を開いた。

 床に坐っていたシークェルは何の衒いもなく答える。


支援(サポート)ユニットが出しゃばってどうするんですか」

「あぁ……」


 どう言い含めたものかリンドウは迷う。

 主体性を持てと言われただけで、ハイそうですかと行動を改められるなら世話がない。


「一緒に来るのは仕方ねぇとして、わざわざ俺に気を使う必要は無い」

「お役に立ちませんか?」

「違う、違う」


 そうじゃないんだと否定するように、リンドウは掌を左右に振る。

 シークェルは首をかしげていた。


「……まぁ、焦ることも無ぇか」


 何せ遺跡から外の世界に出てまだ一週間も経っていない。

 課題は未来の自分に放り投げて、目の前の問題についてリンドウは見解を述べていった。


 〈命脈の湯〉(アルダースバッド)の周囲には山小屋ぐらいしかないらしい。

 消耗品や保存食を補給したい旅人は、この村で買っておく必要がある。

 実際には二人とも何も買わなくて平気だが、何ひとつ買わないのでは不自然だろう。

 食事も本当は必要ないが、食べる所か調理する所を他人に見せておくべきか。

 村に着いたのに「食事は乾パンと干し肉で済ませました」では奇妙に思われる。


 リンドウが思いつく限りの注意点を挙げていると、眉を曇らせたシークェルが目に入った。


「なんだよ」

「自意識過剰なのでは」

「そうか?」


 何も起こらなければ、確かにその通りだ。

 しかし、何かあったとき村人たちは「そういえば……」で芋ずる式に不審な点を見つけるだろう。

 心配し過ぎでも、後から笑い話で済むなら上等だ。


「疚しいところが無いなら、堂々としていれば宜しいのです」

「隠し事があるから困ってンだろ……」


 シークェルには今ひとつ危機感が足りないように思う。

 それとも自分が余計な気を使いすぎなのか?

 リンドウは、どちらの考えもそう間違っていないように思えた。


 要するに程度問題なのだ。

 根拠がある不安ならともかく、何も無いなら割り切らなければならない。

 悪いケースばかりを想定していると何ひとつ行動できなくなる。


「今日はもう疲れて休んだことにして、明日は山道に詳しい人間を探すか」


 何とも締まらない結論のまま、二人はその日を終えた。




     *****




 翌朝、リンドウはシークェルに起こされるまでもなく自ら目を覚ました。

 階下が騒がしい。一階の倉庫スペースに何かが運び込まれたのか。

 しかし、宿泊客にひと言もなく? 幾らなんでも様子を見るぐらいはするだろう。

 何だか嫌な予感がしてリンドウは口の端を歪めた。


「魔獣が現れ、怪我人も出たようですね」


 リンドウが尋ねるより先にシークェルが教えた。

 眠る必要のない彼女は、既にその地獄耳で階下の状況を把握しているようだ。


「助かったのか?」

「まだ何とも。今から運ばれてくるようです」


 リンドウが階下へ降りると、今まさに怪我人が運び込まれる所だった。

 一緒に倉庫へ入ってきた者たちの中には、昨日会った村長代理の男が居た。


「ああっ、うぅグググ……」


 地面へ置かれた衝撃で、戸板の上に乗せられていた男が呻き声をあげる。

 周囲に血の臭いが満ちた。

 リンドウは、遠目に怪我人の状態を確認して眉をしかめる。

 部屋に最初から居た村人たちに、村長代理の男が声を荒げて訊いた。


「おいっ、魔法の水薬(マジックポーション)は?」

「いま村長を叩き起こしに行ってる、もうすぐだ」


 村人たちの会話を耳にしたリンドウは――


(こりゃ、放っといたら死んじまうな……)


 と、心の中で呟いた。

 傷は広範囲に及び出血も多い。全ての傷を魔法の水薬(マジックポーション)一瓶で治すのは無理だ。

 だからといって一度に大量の水薬(ポーション)を使っても怪我人は死ぬ。そもそもが劇薬なのだ。

 少量で効果の高い水薬(ポーション)を常備する財力は貴族や都会の金持ちにしか無い。


(死ぬんなら俺に見えない所で、気付かないうちに死んでくれねぇかな……)


 などと、酷く身勝手なことを考えていた。

 リンドウの脳裏に昨日の記憶が甦る。が、すぐさま思い直す。

 関係ない人間のせいで、この見知らぬ怪我人が割を食うのは間違っている。

 彼は急いで二階に戻ると、荷物の中から革鞄を手に取り階段を下りていった。

 すぐ後ろにはシークェルが続いた。


「退け」


 声に気付いた村人が振り返り、気圧されるように道を開けた。

 二人は怪我人を囲む村人たちを掻き分け前にでる。

 村長代理からは訝しむような眼差しが向けられた。

 リンドウはぶっきらぼうに尋ねる。


「助けがいるか?」

「――アンタ医者なのかっ!?」

「野次馬は全員、部屋から追い出せ。死なせたいなら別だが」


 慌てて村長代理が部屋から村人を追い出す間に、シークェルは出血を抑えながら怪我人の状態を調べた。

 怪我人は二〇代半ばの男性。顔色は悪い。

 着ている服は、上半身と両腕が血でべっとりと濡れている。

 顔にも大きな傷はあるが、眼球が飛びだしたりはしていない。


「大丈夫ですか?」

「……あぁ? ここは――ッ、ウゥゥ……」


 シークェルの呼びかけに怪我人が応える。少し混乱しているようだが意識はある。

 彼女が怪我人の容体を確かめていると、村人に話を聞いていたリンドウが戻った。

 血まみれの生々しい傷口を間近で目にして渋面になった。


(こりゃ完全にR18+だな……)


 などと考えながら、リンドウは発見時の状況を伝える。


「行商で毎月ここに来る男だそうだ。見つかったのは四半刻前、血まみれで村の端に倒れてたらしい。そこまでは自力で歩いたんだろうな」


 リンドウは言葉を口にしながら、怪我人の耳に入れたくない内容を〈他心通〉(テレパシー)で尋ねた。


《で、助かりそうか?》

《医療は専門ではありませんから、期待されても困りますが……》


 シークェルの知識が前提としている、高度に発達した魔術に支えられた医療は既に失われている。

 その知識の範囲も命を病院まで保たせる為のものだ。

 彼女の職分は旅行ガイドであって医者ではない。


「それでもココにいる中じゃ一番マシだろ。魔術も使っていい。俺も補助する」

「良いのですか?」

「あんまり良かぁないが……始めるか」

「はい」


 シークェルが掌を上に向けると、天井に魔術の光が灯り室内を照らしだした。

 彼女がフード付きの外套(マント)を脱ぎその相貌を晒すと、村長代理から驚きの声が漏れる。

 リンドウは諦めの境地でその様子を見ていた。頭髪まで隠すような外套(マント)をしたままでは治療の邪魔だから、これは仕方がない。

 シークェルは邪魔になる髪を紐で後ろに束ねると、自分たちに〈清浄〉(クリーン)の魔術を施していく。

 リンドウは魔法で水と風を生み出し、全身を洗浄して汚れを室外へ追い出す。

 魔法で生み出された〈かりそめの水〉は、術者から魔力の供給が途絶えると一瞬で消え去る。

 大量の水で洗い流しても周囲が水浸しになることは無い。


 大盤振る舞いされる魔法や魔術を前に村長代理が呆気に取られていると、俄に建物の外が騒がしくなった。

 野次馬を掻き分け、息を切らせて一人の若者が部屋に駆け込んでくる。

 その手には陶器製の小瓶を持っていた。木栓がされ蝋で固めてある。

 小瓶を一瞥してリンドウが呟いた。


「やっぱり普及品か」

「何だッ手前ぇ!?」


 リンドウの言葉に、駆け込んで来た若者がいきり立つ。

 後ろから村長代理が羽交い締めにして止めると、その顔が不安と困惑に染まった。


「これじゃダメなのか?」

「普通に飲ませても死ぬだけだ。そいつを寄こせ」

「お、おぅ……?」


 リンドウが揉めている間にも、シークェルは粛々と治療の準備をしていた。

 彼女はリンドウが持ってきた革鞄から薬品の入った小瓶を取りだして並べる。

 革鞄の中から取り出すフリをして、自分の〈底なし鞄〉(ハンマースペース)からも応急手当用品を幾つか取り出す。

 シークェルが怪我人とその周囲を先程と同様の手順で浄化していく。

 リンドウは自分の持ち物から、ひとつの小瓶と匙を手に取った。


「おい、これが飲めるか?」

「うぅ? あ……あぁ、あい……」


 リンドウは怪我人に痛み止めを飲ませる。痛み止めとは言うが、要するに薬効を調整した麻薬だ。

 痛み止めが回るのを待つ間に、シークェルは怪我人の衣服をハサミで切り裂き、巻かれている布を剥がしていく。

 その作業と並行して、リンドウは流水で傷口とその周辺の汚れを洗い流していった。


 シークェルは出血の多い傷に〈浄化〉(クレンジング)の魔術を施し、直に魔法の水薬(マジックポーション)を垂らし治療していく。

 既に壊死している皮膚は切除した後に水薬(ポーション)を使って傷を塞ぐ。

 全ての傷が癒えるより先に水薬(ポーション)を使い切った。あとは通常の治療を行う。

 大きな傷は縫合し、小さな傷は軟膏を塗って包帯を巻く。

 砕けた歯をヤットコで抜く際には、小瓶を持ってきた若者の口から悲鳴があがった。


 リンドウはシークェルの作業を補助しながら、同時に外から見えない傷――たとえば体内での出血や骨折の有無を魔力で検査していく。

 彼には専門の知識も臨床経験もないので、明らかな異常にしか気づけない。あくまでも気休めだ。


 傍から見れば、二人は何の打ち合わせもなく阿吽の呼吸で作業をしているように見えた。

 実際には口に出していないだけで、〈他心通〉(テレパシー)を介してぎゃあぎゃあ言い合っている。

 リンドウの持つ薬品や、シークェルの正体に関わる会話は、他人の耳がある場所では出来ない。


白い女神さま(ホワイトゴッデス)……」


 痛み止めの影響でボンヤリとしている怪我人の口から呟きが漏れた。

 透けるような白い肌と白く輝く髪、おまけに後光(照明の魔術)まで差すシークェルが、彼の目にはそう映ったのかもしれない。

 治療の手を止めたシークェルは、しかし、怪我人に錯乱した様子も見受けられなかったので、特に反応も見せず無感動に治療を再開した。


「幾らなんでも女神は言い過ぎだろう、女神は」

「私に言われても知りませんよ」

「そこまで強い幻覚作用は無い、ハズなんだがなぁ……?」


 リンドウが軽口を叩いている間に治療は大詰めを迎えた。

 肋骨のヒビは安静にする以外どうしようもないが、右腕の骨折は添え木で固定する。

 最後の仕上げにリンドウが化膿止めの油を塗り込み包帯を巻く。

 全ての作業が終わると口から大きな息が出た。


「二度とやりたくねぇ……」

「お疲れさまでした」


 いつの間にか建物の周囲に集まっていた村人たちから、わっと喚声が起こった。

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