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雨夜の森 02

 どんな尋問(あるいは拷問)が待っているのかと肝を冷やしていたボニファスだが、黒髪の男の取り調べは暴力も恫喝もない至って穏便なものだった。

 男はボニファスの話に殆ど口を挟まない。彼が自分で話すのに任せ、聞くことに徹していた。

 本当のことを言えだとか、嘘をついたら承知しないだとか、月並みな台詞をいっさい口にしないのが却って不気味だ。


 一通りの経緯を説明し終えると、ボニファスは拍子抜けするほどあっさり縄を解かれた。

 ボニファスが手足に残るロープの跡を揉みほぐしていると、男は焚き火の方へ向け顎をしゃくって見せる。


「冷めないうちに食っとけ」

「おおっ」


 鍋の蓋を開けると、湯気と共に空きっ腹を刺激する匂いが立ち昇る。

 ボニファスは麦粥(ポリッジ)を器によそい、貪るように匙で掻き込んだ。

 押し麦の粥はキノコと野草、そして申し訳程度の干し肉が入った月並みなものだが、やけに美味しい。

 確かに身体は疲れ腹も減っているが、それを差し引いても尚そう感じる。


 先程の調理をしていた様子を思い出して、ボニファスは黒髪の男に目をやる。

 地面に敷いた外套(マント)の上に座り、男は物憂げに雨が降る闇夜の森を見つめていた。

 料理人なのだろうか? だとしたら、なぜ森の中にいたのだろうか。

 男の身なりに比べて、野営に使われている道具がやけに上等なのも気になる。仕入れ先が知りたくなる程の品々だ。

 しかし、それを尋ねることは出来ない。先に釘を刺されていた。


「陽が昇ったら街道までは連れて行ってやる。嫌なら今すぐ出て行け。詮索はなしだ」


 ボニファスには一人で街道まで戻れる自信はなかった。従う他ない。

 名前を尋ねても、


「必要ねぇだろ」


 ――と、取り付く島もない。

 では非友好的なのかといえば、そうとも思えない。


 服や財布や物入れ(ポーチ)は既に返却されている。

 もっとも服はまだ乾いていないから、依然として裸に毛布一枚の姿に変わりはないのだが。

 財布や物入れ(ポーチ)の中身は記憶にある通りだった。

 懐にのんでいた短剣(ダガー)だけは取り上げられているが、それも別れる前には返す約束をしている。


 親切過ぎて逆に疑わしく思え、ボニファスは不安になった。その疑いには特に何の根拠もないが。

 それよりも、安心して腹も満たされたら今度は眠気が襲ってきた。

 こっくり、こっくりと船を漕ぎ始める。


「さっさと寝ろ」

「では失礼して……」


 見張りのことが頭をよぎり、それに伴って何かを忘れているような思いにも囚われたが、長くは続かない。

 ボニファスは毛布の上へ倒れ込むようにして眠りに落ちた。




     *****




 ボニファスが眠りに落ちた後、しばらくすると新たな人影が天幕の下に入ってきた。

 六尺棒(クォータースタッフ)を手に持った白髪の女性だ。

 野外でも身動きのとれる、それでいて上等な服に身を包んでいる。

 その姿を目にして、焚き火の前に座っていた黒髪の男は眉間にシワを寄せた。


「おい」

「寝たフリかどうか、わたくしには分かりますので」


 男はため息をつく。

 彼は、彼女に隠れたままボニファスを監視し、不審な行動を見せたら即座に棒で殴るよう頼んでいた。

 先程までも彼女は、天幕のすぐ側にある藪の中で身を潜めていたのだ。


「見張りと焚き火の番はわたくしに任せて、リンドウ様も床に就いては如何ですか」

「シークェルさんよ、アンタ分かってんのか?」

「……と、言いますと?」


 男――リンドウは大きなため息をついた。

 彼は最初、ボニファスに死なない最低限の手当てだけをして放置するつもりだった。

 考えを変えたのは、自分たちが二人とも樹海の外を殆ど知らないことを思い出したからだ。

 彼で反応を試すつもりだった。

 今さら見捨てるつもりはないが、関わらなければ良かったと思い始めている。


「見ただろアレ、お前さんの持ち物に興味津々じゃねえか」

魔道具(マジックアイテム)ですらない安物ですのに」

「だから、その格好も絶対目立つっただろ!」

「目を覚ましますよ」


 苦虫を噛み潰したような顔でリンドウは押し黙った。


「しかし、弱りましたね……」


 シークェルの声は平然としていて、そのようには全く聞こえない。だが、実際に困っていた。

 目立つのは出来るだけ避けたい。しかし、今の格好で町に行けば必ず目立ってしまう。

 そして服を買うには町に入る必要がある。

 堂々巡りだ。


略奪者(レイダー)の遺留品から適当に見繕えっつってんだろ」

「えぇっ……」


 いま着ている物とは違い、それらは単なるリネンや羊毛で作られた品だ。

 自動人形(オートマタ)のシークェルにとって、自分で自分の性能を落とす行為は非常に抵抗がある。

 髪の毛を染めるのも拒否していた。感知器(センサー)の一部だからだ。


「そもそも、リンドウ様が目立たないのは最初から無理なのでは?」

「ぐっ……」


 今度はリンドウが言葉に詰まる。

 髪は染められる。服は着替えられる。顔もメイクできる。

 でも、身長を縮めることは出来ない。


 現代の日本を例に挙げれば、身長が一八五センチメートル以上の人口は一パーセント以下だ。

 この世界でも汎人(地球で言うところの人間)の身長は現代日本のソレと大差が無い。

 身長だけなら獣頭人(ビーストフォーク)にはもっと高い者も居るが……。

 風向きが悪くなってきたのを感じてリンドウは話を元に戻した。


「頼むから、町に入るなら服を着替えろ。髪を染めるのが嫌なら頭巾でも何でも被れ」

「…………」


 シークェルは無言になった。

 彼女には今のところリンドウについて行く他に選択肢がない。

 だからといって、リンドウは立場を盾に取って言うことを聞かせるのが嫌だった。

 それでは彼が最も嫌う類の連中と同じになってしまう。

 ボニファスのことも、身の安全の為とはいえ脅すような真似をして憂鬱だった。


「あの商人が目を覚ましそうになったら起こしてくれよ」


 リンドウは返事を待たずにさっさと横になる。

 シークェルがその背中へ向けて問うた。


「あの方は、何か自分に都合の悪い事実を隠しているようでしたが」

「そりゃそうだろ」


 リンドウが持つ〈他心通〉(テレパシー)の能力は、相手の表層意識を読み取ることが出来る。

 使い手の未熟さ故に、残念ながら頭の中を丸々お見通しとは行かないが。

 相手が一瞬だけ脳裏に浮かべたメージを瞬時に読み取る、などといった真似も今のところ出来ない。

 それでも、相手に魔力を感知する手段がない場面においては便利な力だ。

 揺さぶりをかけた結果、ボニファスには何か後ろ暗い面があるらしいと分かっている。


「宜しいのですか?」

「俺には関係ない」


 リンドウはシークェルの疑問を一刀両断する。

 領主に突き出す? 具体的に何をしたかも知らないのに。

 持ち物にも犯罪の証拠になるような物は含まれていなかった。

 悪党は生かしちゃおけない? それこそナニサマのつもりだ。

 仮に、ボニファスが大悪党で死を望む者も沢山いるとして……なぜ自分が?

 他人の恩恩怨怨に巻き込まれるのは真っ平御免だ。


「それよりも、調査のために身分を隠すとか何とか、さっさと自分の中で折り合いつけてくれ」


 また考え込んでいる様子のシークェルに声をかけ、ようやくリンドウは目蓋を閉じ眠りについた。

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