燔祭の獣 05
職業意識は結構だが、案内人魂を炸裂させるなら時と場合を選んで欲しかった。
相手がヴァイオラでなければ、先に〈他心通〉で釘を刺せたのに。
百人規模で偵察部隊を送ってくる悪鬼の根拠地なんて行きたくねぇ。
リンドウが心の中で愚痴っている間も、シークェルのプレゼンテーションは続いていた。
「〈導きの星〉がまだ健在であれば、自分の正確な位置が割り出せたのですが……」
「なあ、文献に出てくる〈導きの星〉って北極星のことじゃ無ぇのかよ。まさか人工衛星なのか?」
「関係のない話は後にしろっ」
話に割り込んできたリンドウを叱りつけ、ヴァイオラは改めて二人を上へ下へジロジロと見つめる。
「貴様ら、竜語が話せるだけのサルだと思って真面目に見ておらなんだが、何とケッタイな」
老竜の超感覚にかかれば、二人が普通の人間でないのは明らかだった。
しかし、幸運なことにヴァイオラは二人の正体について大した興味がなかった。
彼女は「竜」「それ以外」という区分が大事なのであって、竜ではない二人が何者であろうと些事でしかない。
「貴様らが何者だろうと案内さえ出来れば良い。悪鬼なぞ余にかかれば何匹居ようと同じよ」
これはヴァイオラの言う通りだった。
ヴァイオラは酸だけでなく、毒霧の吐息を吐くこともできる。
空を飛びながら地表に竜の吐息を吐けば、敵が毒に対抗する手段を持っていない限り一方的な殺戮にしかならない。
直撃を避けても毒を吸い込んだら意味がないだけ、場合によると炎の吐息よりも性質が悪い。
「さて、寝所をいつまでも空けておくワケにもいかん、さっさと野暮用を済ますぞ」
ヴァイオラは左右の手でリンドウとシークェルを各々に掴む。
握り潰さないよう気を使った動作なので、避けようと思えば避けられた。
が、避けたら後が怖い。
「ブェェェ――ッ、ゲフッ、ゲフッ」
「ヴァイオラ様、瘴気を抑えてくださいませんと、リンドウ様が」
「面倒な……」
ヴァイオラが飛び立とうとしたとき、突然、顔に焦りの色を浮かべたリンドウが身を乗りだし叫ぶ。
「撃つな――ッ!」
村を囲む木柵の陰から弓を構えたスケアクロウが姿を現す。
竜の咆哮を聞きつけた彼は居ても立ってもおられず、そばの物陰に隠れて今まで様子を窺っていたのだ。
悲しいかな、彼は竜語も古語も理解できず、距離もあった所為で何を話していたのか分かっていない。
普通に考えれば竜に連れ去られる=死なのだ。
しかし、二人を見捨てられなかったとはいえ、彼の行動はあまりに無謀すぎる。
『おい、この〈耳長〉、余を舐めとらんか?』
「すぐ武器を捨てろっ、ブッ殺されるぞぉ――ッ!!」
不穏な発言を耳にしたリンドウが更に叫ぶ。
慌ててスケアクロウは鉈を放り捨て、弓も地面に置いた。
『フンッ』
ヴァイオラ曰く“〈毛なし猿〉の鳴き声”を目の前で喚かれて不快だったか。
いささか乱暴な調子でヴァイオラが翼を打ち振るうと、周囲に突風が吹き荒れた。
両脚で地面を蹴ってフワリと宙に浮くと、翼を広げみるみる間に空へと昇っていった。
スケアクロウは吹き飛ばされまいと地面に這いつくばったまま、竜が遠く空に消え去るのを見送るしかなかった。
*****
〈ごった煮村〉を飛び立ったヴァイオラは、シークェルの指示に従い進路を西北西に取る。
空から眺めれば地の果てまで〈奥溜の大樹海〉が広がり、前方には天を貫く霊峰〈ときじく山〉がそびえ立っていた。
ヴァイオラは全力を出せば時速一〇〇ノット(約一八五キロメートル)近い速度を出せる。
この世界の移動手段としては驚異的な速度を誇っている。
竜が巨体にも関わらず空を飛べるのは、魔法の力で重力と風を制御しているからだ。
お陰でリンドウとシークェルの二人は、高速道路を走る車の窓から顔を出した人のようにはならず、多少の風に吹かれるだけで済んだ。
「ウェー……」
風にはためく外套を抑えつけ、リンドウは眼下に過ぎ去る景色を恐る恐る覗き込んでいた。
彼なら宙に放り出されても魔法で安全に降りられるはずだが、根源的な恐怖が拭い難くある。
時折、乱気流の影響で揺れるのは飛行機と一緒で、これがまた心臓に悪い。
「空の旅は、今では珍しいものになっているのですか?」
「軍じゃ飛竜やら鷲獅子やら使ってるらしいな」
シークェルの疑問にリンドウが答える。
彼女は髪が風になびくに任せ、至って平然としていた。
リンドウとは違って、幾ら身体が頑丈でも墜落すれば問題があるハズなのだが。
「わたくしの持つ情報と現在の地形に食い違いがあります」
千年前、現在の〈奥溜の大樹海〉は平原だった。
グランモルス帝国の崩壊により引き起こされた精気の大規模拡散は、周囲の自然環境を激変させていた。
その際には地震や火山の噴火といった天変地異も同時に起こっている。
「おい貴様、大丈夫なのか?」
「概ね予想の範囲内ですし、〈ときじく山〉が目印になりますので」
ヴァイオラの言葉を受け、シークェルが前方を指差す。
「今は悪鬼たちがやって来た隧道に添って進んでおります。この先に隧道の環状交差点がございますので、まずはそこを調べませんと」
旧グランモルス帝国の首都を始点に大陸中へ張り巡らされた〈大環状隧道〉は、今では地上にその存在を知る者が殆どいない。
悪鬼や豕鬼、狗鬼といった奈落の住人が神出鬼没なのは、この古代帝国の遺物を利用しているからだ。
残念なことに(地上の住民にとっては幸運なことに)彼らは協調することを知らない。
よって〈大環状隧道〉の全貌を知る者は彼らの中には居ない。
各部族ごとに秘匿している〈抜け穴〉として伝わった知識が全てだ。
彼らが互いの知識を照らし合わすことが出来れば、地上の被害は今よりもずっと深刻なものになるだろう。
前方に目を向けたリンドウが顔をしかめた。
「このまま進んだら、もうすぐ〈陸の痘痕〉だぞ」
「その場所に何か問題でも?」
シークェルの疑問にはヴァイオラが答えた。
「彼の地はアレの縄張りだからな」
「アレ……とは?」
ヴァイオラは返事の代わりに低く唸る。名を口にするのも嫌なようだ。
リンドウに目をやれば、彼は苦笑しつつ肩をすくめていた。
〈ごった煮村〉から六〇マイル(約九七キロメートル)ほど進み、〈ときじく山〉と村の中間地点を過ぎた辺りで、ヴァイオラはこの地域を支配する〈主〉の縄張りを避けて進路を大きく西へ変更する。
そのまましばらく飛んだあと大地に降り立った。
リンドウとシークェルの二人も、ヴァイオラの掌から地面へ降りる。
リンドウが下から見上げながら話しかけた。
「他の〈主〉の縄張りへ勝手に入ったら、後から揉めますぜ? 日を改めちゃどうです」
「いいや、殺る。今すぐ殺る。殺らいでか」
「〈主〉同士の争いになったら、俺たちゃ巻き込まれる前にトンズラしますからね」
「ムゥ……仕方あるまい。許す」
ヴァイオラは自分が敗北することなど考えもしないが、〈主〉同士の戦いになれば周囲が無事では済まないことは理解していた。
ちまちまと悪鬼の足跡を調べるような真似が面倒で案内を連れて来たのに、それが死んでしまったら元も子もない。
「じゃあ、ちょっくら悪鬼の行く先を調べてきますんで」
「余をここに置いていくつもりか? 戻る時間が無駄だ」
「目立ってしょうがないでしょう。道もないですし」
「フッ、矮小な種族のモノサシで竜を測るなっ」
鼻で笑われた。
ヴァイオラの全身を覆う碧緑色の鱗が淡い燦めきを放つと、黄色く色づいた秋の森を反映した迷彩模様に変化していく。
巨躯に似つかわしくない軽快な身のこなしで森に足を踏み入れる。
すると、驚くべきことに、藪や樹がまるで意志を持って動くようにヴァイオラの身体を避けていく。
八〇フィート(約二四メートル)を越える生物が通ったというのに、森には何の痕跡も残らない。
「えぇっ……」
後を追いながら、リンドウは緑竜の持つ能力に言葉を失っていた。
あれほど大きな生物が姿も見せずに森の中を忍び寄ってきて、いきなり猛毒のガスを噴霧しながら襲いかかってくるのか。
「ムチャクチャだろ……」
リンドウは、この世界の住人がどうやって緑竜に対処しているのか気になった。
もっと年若い竜なら、あそこまで規格外ではないのか。
あるいは、狙われた場合は運が悪かったと最初から諦めるのか。
「わたくしの知識でも、緑竜はもう少し常識的な生物のはずですが」
表情には表さなかったが、流石のシークェルも驚いているようだった。
「貴様らが後ろでどうする、さっさと先導せんか」
ヴァイオラに急かされて、二人は隧道の環状交差点がある地点を目指して走る。
シークェルが言うには、地上部分に地下への出入り口があるらしい。
もう夕方も近い。このまま夜を徹して悪鬼の後を追う羽目になるのだろうか。
夜行性の生物の巣を夜中に襲う? 竜からすれば相手が寝ていようと起きていようと大差ないのかもしれないが……。
しかし、リンドウの心配はまったくの杞憂に終わる。
何故なら、目指していた遺跡が丸ごと、悪鬼の根拠地として改装されていたからだ。
目的地は此処だった。
*****
遺跡の周囲は森が切り開かれ、地面が剥き出しになっていた。
露天掘り鉱山の要領で螺旋状の道が掘られた立坑には、食料や武器が山と積まれ悪鬼たちがひしめいている。
立坑の側面には隧道の入口らしい大きな横穴が幾つか開いていた。
あとは立坑を囲う城壁でも作れば、要塞と呼んでも過言ではない。
「いつの間にこんなモン作ってやがった……」
リンドウは木に上り、根拠地の全体を眺めていた。
悪鬼の数は少なくとも五〇〇、地下に居る者も含めれば一〇〇〇人に届くかもしれない。
すぐ横には、リンドウの手に縋るような態勢のシークェルがいる。
少々不格好だが仕方がない。
手を離した途端に、重量が元へ戻り枝がへし折れてしまうのだから。
「元から地下にある施設を拡張したとはいえ、残土はどうしたのでしょうか?」
「どっかに捨ててんだろうが、見当も付かねぇな……」
地下から地表に向かって漏斗状に穴を掘り進め、残土は横穴から何処か別の場所に捨てる。
全ては地下で行われるため、地上からの見た目は完成間近になるまで変化がない。
どうやら悪鬼にも、地下洞窟を拡張する際のノウハウを持つ者がいるようだ。
〈ときじく山〉の麓では、奈落の住人たちが部族ごとに分かれ覇を競い合う状態が何百年も続いている。
この遺跡を占拠しているのは、その部族のうちのひとつが放った別働隊か。
あるいは、大きな部族が規模を維持できずに巣分かれしたのか。
またあるいは、勢力争いに敗れ逃げ延びてきた部族が新天地を見つけたのか。
今のところは分からない。
「いずれにせよ、彼奴輩は今宵、一匹残らず死に絶えるのだがな」
暗い愉悦を滲ませてヴァイオラが独りごちる。
こんなに愉快なことは他にないといった調子で、すぐ横で聞かされたリンドウはゲッソリしていた。




