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忘られし物たちの国 02

 何者かが正面階段を降りてくる気配がある。


 階段を降りてきた何者かは真っ直ぐ入口の方へ向かうと、二人が隠れている柱から一五フィート(約四メートル半)ほど離れた場所で立ち止まる。

 透き通るような、それでいて平板な女性の声がした。


「お客様、当館の施設は一部を除いて既に閉鎖しております。地上までの案内がご入り用でしたら、警備の者をお付け致しますが如何なさいますか?」


 思わず二人は顔を見合わせる。完全にバレていた。

 もはや奇襲も観察も不可能なうえ、“警備の者” という以上は目の前の人物(?)を倒しても事態は好転しないだろう。

 リュビとレトをまだ見つけていない以上は、ムチャをするのも躊躇われる。

 二人は観念して柱の陰から出た。


 目の前に立っていたのは汎人(地球で言う人間)の若い女性だ。

 全身が白い。陽射しを浴びたことがないような白い肌。先端が肩甲骨の辺りに届く髪も絹の白さだ。真っ白の中で瞳の淡青色が目を引く。

 顔だちは整っていたが不思議と印象は薄い。

 飾り気のない地味なワンピースにケープを合わせた装いは、この世界に於いてはデザインも縫製技術も極めて異質なものだ。


 顔を合わせた途端、それまでは固く引き結ばれていた唇が解けるように弧を描いた。

 人形のようだった無表情が一転し、花が咲いたように微笑む。


 うっかり警戒を緩めそうになって、スケアクロウは内心で冷や汗をかいた。

 ごまかすように咳払いをし、居住まいを正す素振りでさり気なく鉈の柄に手を置く。

 リンドウのガラス玉のような目は終始、冷たい光を放っていた。

 外套(マント)の下では革鞄の留め金に指をかけている。


「当館にお越しくださいまして、誠にありがとうございます。わたくし、本日お客様の案内を務めますシークェルと申します。どうぞ、お見知り置きの程を」


 口上を述べると、シークェルは優雅に一礼して見せた。


 リンドウが小さく頷いて促すと、スケアクロウが尋ねた。


「まず先に確認させて貰いたい。僕たちより前にイヌを連れた女の子が来ませんでしたか?」

「はい、迷い子の狼頭人でしたら私どもで保護しております」


 リンドウは訝しんだ。記憶ではリュビは汎人だったハズだ。

 まさか、ここへ来て人違いだとでも言うのか。

 困惑しつつ横目で窺うと、苦虫を噛み潰したような顔をしたスケアクロウと目が合った。


「できれば忘れてあげて」

「お、おう」


 リンドウはよく意味が分からないまま、何となく不穏な空気を察して承知する。

 二人のやりとりを前にして、シークェルが小首をかしげた。


「あの者はお客様の婢でございましたか?」

「メヤツコ?」

「奴隷のことだよ」

「えぇ……」


 獣頭人=奴隷という前提を当然として語られ、スケアクロウは若干引いてしまう。

 リンドウが説明を加えた。


「グランモルス帝国じゃ、汎人と獣頭人はひとり残らず奴隷か未開の野蛮人扱いだったそうだぜ」

貴種(マギウス)の方々は賤種(モーブ)と呼んでおられました」


 シークェルの註釈が入った。


「じゃあ、何で僕らは “お客様” とやらでリュビは違うのさ」


 まだ納得のいかないスケアクロウの声にはトゲがある。


森妖精(エルフ)のお客様は、外来者(ビジター)として丁重におもてなしするよう言付かっております」

「へえ、別の遺跡じゃ警告もなく襲われたことあるんだけど?」

「それは……私どもには分かりかねます」


《俺の事情について余計なことは言わないでくれるか》


 リンドウは話題が自分の方へ移るより先に〈他心通(テレパシー)〉でシークェルへ伝えた。

 シークェルは何の反応も見せなかった。

 本当に伝わっているのか不安になり、すぐさまリンドウは自分で話題を変えた。


「あんたの言葉を信用しないわけじゃないが、まずは嬢ちゃんに会わせて貰えるかい?」

「かしこまりました。では、こちらへ」


 スケアクロウは今のやり取りに微かな違和感を覚えたが、それよりもリュビとレトの安否に気を取られていた。


 シークェルに先導されて、正面階段を回り込み一階フロアの奥へ入っていく。

 一行の移動に合わせて明かりが点滅するので足元に不安はない。

 しばらく進むと前方に明かりが見えた。


 明かりの下には艶のない黒一色の球体が転がっていた。人間が何とか両手で持ち抱えられる程の大きさだ。

 まるで背後にある部屋の入口を守るように通路の真ん中を陣取っている。

 シークェルが近づくと役目は終わったとばかりに、床の上を音も無く転がって通路の奥に闇へと消えていった。


「どうぞこちらへ」


 シークェルに恭しく一礼され二人は部屋へ入る。

 入口に靴箱のある広い部屋には、毛布(ブランケット)で雑魚寝できるスペースが用意されていた。

 本来は施設の従業員が休憩するスペースらしい。

 部屋に入るより先に、レトは誰かが近づくのを察知し身を起こしていたが、スケアクロウの姿を目にして警戒を解いた。

 リュビは疲労のためかまったく目を覚ます様子がない。胎児のように膝を抱えて毛布にくるまっている。


 リンドウが小さく舌打ちし、眠っているリュビを起こそうとしてスケアクロウに止められた。


「ンだよ」

「いやいやいや、眠らせてあげなよ? 疲れてるだろ」

「元はといえばコイツの撒いた種じゃねえか、起こしてさっさと帰ろうぜ」


 小声で言い争う二人の後ろから声がかかる。


「些細なものでしたが傷を負っておりましたので、治療致しました。水分も補給させておりますので、そのまま眠らせておくのが宜しいかと存じます」

「じゃあ起きるまでここで待ってるよ」


 スケアクロウが脱いだ長靴(ブーツ)を行儀悪く放り出し、荷物は一纏めにして頭の下へ置くと敷物(マット)に身を横たえた。

 シークェルは制止したいようだったが、無理強いもできないらしい。困惑した顔で、手が無意味に宙を彷徨う。


「お客様――」


 スケアクロウが立てた人差し指を口に当て、ちらりとリュビの方へ目をやる。

 言い募ろうとしたところを制止され、シークェルは声を落とした。


「困ります」

「そう? 僕は困らない」


 スケアクロウは意地の悪い笑みを浮かべていた。

 ここまでのやり取りをワリと根に持っていたらしい。

 その後も、シークェルが何を言おうとまったく取り合わなかった。


「問題ないだろ、ンなもん本人の好きにさせとけよ」

「……左様でございますね。では、そのように」


 いい加減、面倒になったリンドウが諫めてその場は収まった。


「そういえば、当館のエントランス付近におられる岩妖精(ドワーフ)の方は、お連れ様でございましたか? ただいま接客係(アテンダント)がわたくししか居りませんので、あちらの方をお迎えにあがる間は案内をお待ち頂きたいのですが」

「「あ」」


 二人して忘れていた。




     *****




 その後も見張りをしていたはずのカジャクが居眠りしていたり、悪鬼(ゴブリン)が既に施設の警備によって跡形もなく “掃除” されていた事実が判明して身を震わせたりと色々あった。が、それもこれも些細なことである。


 一行は明朝ここを出る算段をつけ、三人は空いている部屋へ各々分かれた。

 スケアクロウだけはリュビと同じ部屋のまま、レトと交代で不寝番をするつもりのようだ。

 無意味な行為かもしれない。シークェルにこちらを害する意志があるなら、施設を守る警備機構を前に抵抗が無意味なのは明白だ。

 だからといって、素直にハイそうですかと受け入れるかどうかは別の問題だが。


 あてがわれた部屋でベッドの上に寝転びながら眠るでもなく、リンドウは滅び去った古代帝国について思いを馳せていた。

 この宿泊施設にしても、帝国が滅びた千年ほど前から補給が途絶えているため目も当てられない状態だそうだが、それでも普通の宿とは比べものにならない水準だ。

 華美でも豪奢でもないが、部屋のあらゆるものが魔道具(マジックアイテム)になっている。同じような部屋を再現しようとしたら、幾ら金が必要なのか検討もつかなかった。

 文献を読む限り、魔術に支えられた古代帝国の生活水準は、一部分では二一世紀の日本を越えるほど高かったらしい。

 そんな国でさえ滅びるときには、あっという間だったのだ。


 リンドウがベッドの上でウトウトしていると、控え目なノックの音がした。

 扉まで歩いて立ち止まり、少し迷った後、鍵を外す。

 扉を開けるとシークェルが立っていた。

 反射的に扉を閉めようとしたが、隙間に足の爪先を入れ阻止された。

 かなりの勢いで足を挟んだはずなのに顔色ひとつ変えない。


「何なんだよ……」

「少しお時間を頂いても宜しいでしょうか?」

「あ~」


 厄介事の匂いがする。どうにでもなれという気分で部屋に入れた。


 地獄のように不機嫌な面で、リンドウはベッドに腰掛けた。

 後ろ手に扉を閉めたシークェルはリンドウの前まで来ると、床に跪いて顔を伏せた。


「そういうの良いから」

「かしこまりました」


 面を上げても床には跪いたままだったので、リンドウは無理やり椅子に座らせる。

 恐縮するシークェルを完全に無視し、一方的に言い放った。


「前置きとかいらねーから速攻で本題に入ってくれ、あと過剰な敬語もゴメンだ」

「わたくしを外へ連れだして欲しいのです」

「アーアー聞こえないーアーアー」


 急激に知能指数を下げたリンドウはベッドの上で何度も転がった。

 リンドウの奇行に動揺する様子もなくシークェルは話を続ける。


「お手間はとらせません。ただ、どなたかとご一緒する形でなければ、この施設からは出られません。そういう規定(プロトコル)なのです」

吸血鬼(ヴァンパイア)かよ……」

「?」


 シークェルには意味がわからない。この世界の吸血鬼(ヴァンパイア)には、住人に招かれなければ家の中に入れないなどという弱点はない。


「いや、いい、忘れてくれ」

「異世界の吸血鬼には、そのような規定(プロトコル)が存在するのですか?」

「……やっぱりバレてたか」


 この施設が来訪者を外見で判断しているのなら、汎人に見えるリンドウは賤種(モーブ)として扱われたはずだ。

 肉体の中身で判断しているのなら、魔獣として扱われ警備機構が排除しようとしたはずだ。

 どちらでもない以上、例外扱いをされているとリンドウは予想していた。実際にはそれ以上だったが。


「わたくしどもも、〈異言者〉(ゼノグラシア)のお客様は初めてお迎えします」


 〈異言者〉(ゼノグラシア)、この世のものではない未知の言語を話す者。

 彷徨者(プラネテス)他所者(ストレンジャー)、他にも色々と呼び名はある。意味するところは全て同じだ。

 

「どうして分かった?」

「魔術による生気(オド)の走査です」

「それって、ありふれた技術なのか?」

「千年前でしたら、はい」

 

 むぅ、とリンドウが唸る。探られたのにまったく気付かなかったからだ。

 よほど隠蔽が上手いのか、あるいは受動的な探知だったのだろう。

 どうやら今後も国の重要施設には、初めから近づかない方が良さそうだった。


 それはそれとして――いま問題なのはシークェルの目的だ。

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