実験
深夜。少数しか居ない使用人たちも深い眠りにつき、館は静寂に包まれる。
そろそろ頃合だ、そう思い行動を開始することにした。
「まず試したいことは…」
特に意味もなく呟きながら眼前の幼女を見下ろす。黒髪の彼女は穏やかな寝息を立てていて、起きる気配はない。魂が混じっているといっても、肉体に引っ張られて一緒に眠ってしまうことは無いようだ。夜の時間は情報収集に使えるだろう。
「彼女の体を動かすことはできるかどうか、かな」
できたなら彼女の意識がない時でも危険を避けることができる。意識の無い今なら出来そうな気がした。
彼女の体に戻り、自分の体とリンクさせる感覚を意識してみる。まずは右腕からだ。魂に体、というとおかしなものだが生前の感覚なのだろう。
暫く繰り返すと右手の人差し指をピクリと動かすことができた。これだけでもかなりの疲労感があり、一朝一夕にはいかないことが分かる。一刻も早くと彼女の体から滑り出る。
「人の体重いな…」
彼女の体が重いという訳ではない、決して。いや間違ってもいないのだが。質量を持たない存在が質量のあるモノを動かす、ということはとても難しいのだ。10gに満たない紙一枚で1tの鉄塊を動かせるかどうかを考えてみてほしい。普通に考えれば無理だろう。扱う人間にどれ程の力があろうが、紙の方が先に負けてしまう。
「補助する力、他の何かが必要なのかもしれないな」
もしかしたらさっき指を動かした時にも、念動力的な何かが働いていたのかもしれない。
一先ず動かせることは確認したため、これから毎日少しずつ慣れていくことを目指そうと思う。そこで掴めるモノもあるだろう。
その後、幾つか試してみて得た結果として、
一つ、彼女から離れようと思えば幾らでも離れられそうな感覚がある。しかし言い知れない不安感があり、2km以上は離れたくない。
一つ、自分1人では鏡に映らない。
一つ、通り抜けられる壁と抜けられない壁がある(素材のせいか?)
それから、彼女から離れる試みの途中で書庫を見つけた。児童書や初等教育向けと思われる本で満たされた解放された書庫と、地下にひっそりとある鍵のかかった書庫。
「他人の隠してることって覗きたくなるよね?」
ニヤリと、意地が悪そうだからヤメロと注意され続けた顔を浮かべてみる。悪そうじゃなくて悪いんだけどな?
優しいところも、察しのいいところも2人の少女はよく似ていると思う。ただの願望かもしれないけれど。
「素直じゃないところは、似なくてもいいかもなぁ」
少しだけ、切ないような寂しいようなな心地で呟く。誰も聞いていないから。
「会いたいなぁ」
そして今度こそ鍵のかかった書庫へと足を向けた。いい情報が得られるといいんだが。
……そういえば俺は、本を開くことができるのか?
補足。玲司くんは生前からの癖で人前では"僕"か"私"、自分と妹だけの時は"俺"です。