2罪のハジマリ 第五章 03
飛行機を降りて、携帯の電源を入れるとすぐに携帯が着信を告げる。
「はい」
『こちら、裁判教会です。冬彦さん、何か異常があったみたいですけど大丈夫ですか?』
「あっ、それが千秋の異能が少し無意識に何かしようとしただけで発動してしまったのと、僕の異能が電波障害のようなものを起こしてしまったようで……」
『そうですか? では冬彦さんの異能でディスクを出してください。そのことに関する改善のプログラムを冬彦さんに送ります。DVDを見てもらうだけで視覚的に修正プログラムが入りますので内容が関係ないことでもしっかり見てください』
「わかりました」
「神父さん? なんだって?」
「ああ、神父さんだったよ。修正プログラムを送るって」
「修正プログラムって何か機械みたいだね?」
「そうだね。まあ、内容は関係なくても必要なことだからしっかり見るようにって!」
「へえ、そっか、わかった」
僕は異能でディスクを出すと、持ってきていたDVDプレイヤーで、それを見た。
内容は九割が異能を悪い事に使ったことに対するお説教だった。
しかし、修正プログラムでもあるので最後まで見るハメになった。
教訓、悪いことはしてはいけない。
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DVDを見た後、僕達は訪れた国にある日本の大使館に向かった。
千秋の異能で自然と大使館に入った。
だが、そこからが問題だった。
僕達は神父さんに聞いて、訪れた国が核兵器を秘密裏に持とうとしていることを知っているが、いきなりそんなことを言い出しても――
「核兵器所持の疑いについて調査をしに来ました」
「千秋!?」
「はあ、そうかい?」
あれ!? そうか、千秋の異能?
でも、大使館の人も核兵器のことを知っていたのか?
「あの、あなたもこちらの国に核兵器所持の疑いがあることを知っているんですか?」
「ええ、実は私が総理の命を受けて、調査している者の一人でね……」
「そう……ですか」
「では、早速……どうしよう?」
「は?」
「あっ、いえ、失礼いたしました。少々、お待ちください」
千秋のボケっぷりに呆れつつも、僕は時間を稼ごうとそう言う。
「千秋、考えなしに進めないでくれないか?」
「う~、でも、ここまではいい感じだったじゃない?」
「ハハハ、そうだね。ありがとう。ここからは僕が進めるから、千秋にはフォローをお願いするよ」
「うん! やっぱり冬彦は頼りになる!」
「はいはい」
千秋に適当に返しつつも、どうしようか考え、まとめる。
実は少し策を思いついた。
少し他人任せだけど……。
いや、他人ではないからいいか?
「すみません、核兵器のことに関して詳しく知ってそうな怪しい人物は絞りこまれていますか?」
「ああ、絞り込めているよ」
「では、その人達の会談か何かの様子が見られる――いえ、すくなくとも電話で音源を相手に聞かせられるようにしてもらいたいのですが……」
「なぜ、そんなことを?」
しまった!
千秋にフォローの内容を伝えていない。
僕は千秋に目線をやる。
すると千秋は頷いてくれた。
「僕達の友達に人を見る目がずば抜けていい人がいまして……」
千秋の異能の発動条件がわからないから、少しでも異能が発動させやすいように千秋のセリフを残す。
まあ、ここまで言えば、千秋も何を言えばいいかわかるだろう?
飛行機の中では千秋が声を出さずに異能を発動させていた気がするが、念のためだ。
失敗するわけにはいかない。
「その人に音源を聴かせることをご承諾お願いします」
「わかった、いいよ」
よし! 僕は心の中でガッツポーズをした。
「もしもし、冬彦だけど、天典かい?」
『ああ、そうだよ。久しぶりだな? 元気か?』
「元気だよ。ところで、早速だけど、頼み事があるんだ」
『頼み事? どんな頼み事かによるが?』
「今から何人かの声を聞かせるから、その人が信頼できる人かどうかを判断して欲しい」
『わかった。いいよ』
「すぐには決められない? 頼むよ」
大使館の人に聞こえていないのをいいことに僕は白々しくそう言う。
『だからいいって言って――』
「頼むよ。状況を察してくれ」
大使館の人に気付かれるか危なかったが、天典に文字通り状況を察してもらわなければもっと危ない橋を渡ることになる。
『……っ、なるほど。『冬彦達の周囲に聞かれたくないこと』もあるのか? いいよ、わかった』
わかってくれたか!
「詳しいことはこの(、、)人(、)から(、、)」
わざとらしく『この人から』の部分を強調する。
聞き方を考えると――
詳しいことは(まず)この人から(能力の対象にして信用できるかを判断してくれ)ということになる。
そう、この大使館の人が信用できるとは限らないのだ。
この人が信用できない人なら全てが水の泡になる。
最悪、僕や千秋が危険な目にあう。
僕はよくても千秋を危険な目にあわせるわけにはいかない。
少し不安だが、天典なら察してくれるだろう?
そこで大使館の人に電話を代わる。
「やあ、私から説明しよう。この後、会談形式で話をしている声を聞かせるからその人達が信用できるかどうか判断してくれ。では、私は準備をするから、しばらく君の友達と話をしていてくれ」
『……わかりました』
「どうだい?」
『大丈夫だ。今の人は信頼できる。会談形式の方も任せてくれ』
「そうかい? ありがとう! 良かったよ! では頼むよ」
二重の意味で良かった。
天典は僕の言葉から察してくれたみたいだ。
その後、会談形式で話す何人かの人物を信頼できるか、信頼できないかを判断してもらって電話は終わった。
最後に、大使館の人が――
「少しシャクだったが用心深いんだね? 次はもう少し上手くやることだよ」
と言ってきた。
危なかった!
この人が信用できる人じゃなければ僕は終わっていたかもしれない。
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僕達はそれから信頼できないと判断された人を徹底的に調べ上げた。
そして、絞り込んだ何人かに千秋の異能も使って張り付いた。
そこからは時間との勝負の上に綱渡りだった。
僕達は発電所で天典を喜ばせる未来の映像を得ていたが、それが核兵器の秘密所持を暴けたからとは限らないのだ。
だが、そうであることを信じ、せめて、手遅れになる前に暴けるように調べ尽くし、映像を大使館の人に見てもらい、どこの発電所か突き止め、証拠を掴んだ直後に、その発電所に行き、そういう未来にするほかに策は思いつかなかった。
いや、その策に頼りすぎて、他の策を考えようとしなかったことも問題かもしれないが、異能でこの未来の映像を見たのは僕だ。
この策で大丈夫だという自分の感覚を信じるしかなかった。
そして、見事に核兵器を創りだす瞬間を僕の『自分が見た映像を任意の媒体に記録する異能』で記録し、千秋の『千秋が任意に選んだことを自然だと疑わせなくする異能』でそれが証拠だと信じ込ませ、認めさせる。つまり、実際、最終的には自供させるということだった。
だが、僕達の方にも、そこで想いゆえの揺るがない思考が立ちはだかる。
千秋の異能はあくまで人間(、、)に(、)自然だと思わせる異能なのだ。
機械には効かないのだ。
それでも、人間が機械を使っていて、僕達がリアルタイムで異能を使っている時は問題がなかった。
侵入する時なんか警報が鳴りまくっていたのに、それを自然だと思わせることができた。
だが、想いゆえの揺るがない思考を持った人が、念のためにと以前のデータを調べたのがまずかった。
その人は僕達が侵入したことに気付き、僕達は指名手配された。
それでも、千秋の異能で人間に捕まることはなかった。
だが、相手もそれがわかり、手を変えてきた。
警備を機械だけにしてきたのだ。
僕達は証拠と思わせられる映像を入手し、もう、後は天典達を発電所で待つだけだというところで、その手に追い込まれる。
「くっ、なんでここまで来て、こんな手に引っかかるんだい!?」
「冬彦、落ち着いて! 最悪、ディスクの存在だけでも隠すよ。機械で私達をどうにかしても、それを片付けるにはどうしたって人間の手がいるんだよ。どれが片付けるべきものなのか判断しなくてはいけないんだから……」
「いや、そんなのダメだ! 千秋だけでも――」
「冬彦、冬彦まで巻き込むのは心苦しいけど、その手しかないよ」
僕は必死にその言葉を否定する材料を探す。
皮肉なことにこの事態を解決する方法よりその言葉を否定する材料の方がすんなり見つかった。
「ダメだよ。それでは文字通り、誰もディスクに気付かない。それを届けたい天典にさえ……」
「……っ、大丈夫だよ! 天典ならきっと……なんとか見つけてくれるよ」
「ダメだよ。僕達が見た未来の映像は……そうだよ。あの未来があるということは必ずこの状況は乗り切れる」
そう思うと冷静に考えられた。
あの未来があるんだ。手はある。
考えろ、考えろ!
僕の異能と、千秋の異能を理解するんだ。
僕達には何ができる?
今まで何ができた?
待てよ!?
たしか、飛行機で!?
「千秋、機械をなんとかしてみる。でも、僕は少し体調不良になるかもしれないから、僕と他の人に自然だと思わせるのをお願い」
「冬彦! 体調不良って、無理はダメだよ!」
「大丈夫、少し頭痛がするかもしれないだけさ」
僕は飛行機で機械を少し狂わせてしまった感覚を思い出す。
あの感覚で機械を狂わせるのだ。
あの後、修正プログラムを組み込んだが、まだ完全じゃないはずだ。
あの長い説教が完全には効いてないことを祈る。
そこで警備システムが止まった。
「やっ……た」
僕は頭痛で倒れそうになるが、千秋が支えてくれる。
「冬彦、頑張ったね? 後は任せて」
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そうして、目を開けた時、僕はまだあの建物、僕が見た未来の映像の発電所にいた。
逃げきれなかったか?
「冬彦、起きた?」
「千秋、逃げきれなかったのかい?」
「ううん、ここの警備システムは壊せたみたいだったから、逆転の発想、ここで天典達が来るのを待とうよ」
「えっ? そんなこと可能なのかい?」
「大丈夫。侵入には警備システムが働いてしまうけれど、もう侵入はできたんだから、ここの職員に紛れ込んでしまおうよ。そうして、天典達に会えるまで、ここに潜んでしまおうよ。ね?」
そこで天典達が来るまでの時間、僕達が無事だったのは千秋の異能のおかげだった。
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「なるほど。俺が今回、ほとんど役に立っていないと思っていたが、俺の知らないところで役に立てていたか」
「僕だって、同じ気持ちさ。僕も実際は現場に立ち会っただけだったからね」
「でも――」「それでもね。――」
「「俺(僕)は君に救われた。ありがとう!」」
「「……」」
「「「「ふっ、アハハハハ」」」」
今度の笑いには千秋や春美も加わった。
離れていても俺達は見えないところでお互いを支えていた。
冬彦も思っているのだろう。
俺達は本当にいつでもお互いに救われている。
俺がどうしようもない時は冬彦のやったことが、冬彦がどうしようもない時は俺がやったことが、どんなに小さくてつまらないことでも、相手を救う。
世界を救う方法は案外こんな簡単な方法かもしれない。




