2罪のハジマリ 第三章 04
「着いたね」
「ああ」
「私ね。自殺しようとする場所をここにしようとした理由、今ならわかる気がする」
春美ちゃんが話し出す。
「ここの搭が好きだから……。だから、最後に搭からこの街の――みんなと出会った街の景色が見たかったんだと思う」
「それだけじゃないんじゃないかな?」
「えっ?」
俺はその声――春美ちゃんが塔を選んだ理由を話す声を聞いて思ったことを言う。
「この搭は高いし、目立つから……。誰かに――それこそ冬彦に自殺を止めて欲しかったんじゃないかな? 少なくとも悩んでる自分を見て欲しかったんじゃない? だから、自殺の瞬間に冬彦を呼んでその光景を見せたんだと思うよ」
「うん、そうかもしれない……」
春美ちゃんがそう答えると千秋がニヤニヤしていた。
「もう! イチャついてくれちゃって! 昔、冬彦が私に言ったセリフがらしくないって言ってたけど、天典の今のセリフもどっちかというと冬彦の言いそうなセリフだよね!? 春美ちゃん、今日は意外な一面を見てばかりなんじゃない?」
「よせよ、千秋。春美ちゃんは――」
「春美ちゃんは?」
千秋が俺の言葉を遮って聞き返してくる。
どこか真剣な表情だ。なんだ? 恋のライバルだから真剣になっているのか?
「冬彦のことが――」
「私はね!? 今は冬彦くん以外の異性が気になってるよ」
「えっ? ……ってええ?」
春美ちゃんの言葉に驚き、驚いたのが俺だけだということにさらに驚いた。
「なんで、冬彦と千秋は驚かないの!? あれ、三角関係の当人達にしかわからない何かがあるの!?」
三人は呆れた顔をして、溜息をつき、冬彦が口を開く。
「天典。特技はどうした!? 特技は! (今の春美の一言にどれだけ勇気が……)」
「ぼそっと言っても聞こえてるからね! 勇気って何!? 三角関係を壊す勇気!? 後、特技は俺の発想にないことはわからないし、たまに肝心な時に役に立たないっていうか、後からわかると俺が知っていけないことに関しては――って、俺が知っていけないことなの!?」
「すごい、ある意味、正解! さすが、天典」
千秋が何か言っている。
何? 今日はこういう日?
ん? 千秋?
「なあ、冬彦」
「ん?」
俺が真剣な表情で冬彦の方を向き、冬彦がこっちを向く。
「どうしたんだ? やっと、わかったのかい?」
「お前も何か気付かないか?」
俺は冬彦に聞き返す。
「何に?」
「あっ、そっか」
「……」
冬彦は惚けているのかもう一度聞いてくるが、春美ちゃんと千秋は気付いたみたいだ。
冬彦は本当に気付いてないのか?
「春美ちゃんは冬彦以外の男性が気になっていて、もしかしたら冬彦のことはもう異性として気になっていないかもしれないんだぞ?」
「……ああ、そうだね」
答えるまでに間があった。
なにより、声でわかる。
冬彦も気付いた。だから、俺は追求する。
「なら、わかるだろう? 今、冬彦のことを好きなのは――いや、違うな。今、冬彦の返事を待っているのは千秋だけだ。この意味がわかるな?」
「天典……。君の言いたいことはわかる。でも……」
この状況でも返事を渋る冬彦の態度が気に食わず俺は少し声を荒げて言おうとする。
「でもじゃない! 今、冬彦を待っているのは――」
だが、冬彦の表情が予想以上に真剣なので言葉を止め、穏やかな声で聞く。
「なあ、冬彦、もう迷う必要はないだろう? 千秋に返事をしてやってくれないか?」
「天典、違うよ。僕が悩んでいたのは、千秋と春美のどちらと恋人として付き合うかじゃない」
俺は冬彦の予想外の言葉に首を傾げる。
「どういうことだ?」
そう聞きつつも、俺は冬彦の声かどこかでその答えがわかっていたのかもしれない。
「自分の気持ちがわからないんだ。千秋のことが好きなのかどうか。恋なんてしたことがないどころか、友達付き合い以上の感情を信じてこなかった。いや、そういう感情があるのは知っていたが、もっと大人になってからわかるものだと思っていたんだ」
その声を聞いて、俺は冬彦の言いたいことがどういう意味か少しだけわかった。
だが、俺は少し声を荒げてしまう。
「つまり、どちらかと付き合うかどうか以前に、誰かと付き合うかどうかを考えていたということか?」
頭にきたが、俺はまだその先は何も言わなかった。
だってそうだろう? そんな贅沢な悩み! 二人の女性から好かれていて、どちらとも付き合わないことがありうるのか?
いや、違うな。俺の本音は、千秋に好かれていながら、付き合わない可能性が――つまり、正直にいって、俺の好きな女性に好かれていて付き合わない可能性が――
そこまで考えて俺は自分の感情がわかった。
だから、俺はこの後、声を荒げることはできないだろう。
ただ、俺が悔しいだけだと気づいたから……。
「正確には違うよ、天典。付き合うという行為をするかどうかを考えているんだ」
「冬彦、じゃあ、お前は自分を好いてくれている女性の気持ちに答えない場合もあるということか?」
「自分の気持ちにウソをつかず、誠実でいたいんだ」
そのセリフには声を荒げてしまった。だが、俺が思っているよりは声は荒れているようには聞こえなかった。自分の声がどこか別の人の声に聞こえた。
多分、俺は分かっていたのだろう? 冬彦の言葉の意味が……。
「それは誠実なのか? 二人の女性に好かれていながら、中途半端な状態にしておくのが!?」
「中途半端な気持ちのまま付き合う方が失礼だよ。天典。僕はきちんと相手を好きになってから付き合いたいんだ」
「それはわがま……ま……だ……よな?」
俺は最後まできちんと言い切れず声がしぼんでいく。
俺はもうこの時点で冬彦の方が正しいと認めてしまっていたのかもしれない。
それでも冬彦は律儀に答える。思えば、俺が間違っているかもしれないのに冬彦の声はずっと穏やかなままだ。まるで子供に諭すような……。
「それをわがままというなら、僕は千秋に振られてもしょうがないんだよ」
俺はこんなところでも冬彦に負けていた。
悔しさで耳を塞ぎたくなる。
だが、そんなことはできなかった。
でも、そんなことをしなくてよかった。
千秋が口を開いたのだ。
「そっか、なんでなんだろうね? なんで私の時だけうまくいかないのかな? なんで……なんで……」
千秋は涙を流していた。
「私も春美ちゃんみたいに早く告白すれば付き合えたのかな……」
違う、違うよ、千秋。
声でわかる。俺の特技で……。
千秋は、冬彦がまだ春美ちゃんのことが好きだと思っている。
それは違うんだ、千秋。
冬彦は……。
「無意識でも、恋の感情を意識してなくても私は冬彦と付き合いたかったな……」
無意識? そこで俺の中には一つの疑問が浮かんだ。
だが、そんなことを考えていたせいで反応が遅れた。
千秋が泣きながら、去っていった。
「千秋ちゃん!」
春美ちゃんが声をかけるが追うことはできなかった。いや、今、千秋を追えるのは――千秋を追っていいのは冬彦だけだ。
「冬彦、お前は恋についてわかっていなかったとしても、春美ちゃんの時は告白を受け入れておきながら、千秋の時は考えさせてくれと言った。それは何故だ?」
「……」
俺は千秋の去っていった方を見ながら言う。
冬彦は答えない。
「無意識に千秋の告白を真剣に考えているからじゃないのか? 確かになりゆき上の必然なのかもしれない。だけど、お前が千秋の告白を真剣に考える結果になったのは――」
俺がそう言いながら、冬彦の方を見ると冬彦は――
涙を流していた。あまりにも自然に……。
それが運命だったのだと、どこか俺をあざ笑うかのように……。
あざ笑うなんておかしい?
あっているだろう?
だって、この瞬間、二人は――千秋と冬彦は――俺の大好きな人達は――俺の初恋の人と大親友は結ばれたのかもしれないのだから……。
だが、まだ俺は言わなければならない。
「冬彦、千秋を失ってもいいのか? 人は失敗も経験のうちだというが、それは失敗から得るものがあるからだ。決して失敗自体がいいんじゃない。それを失敗せずに得られるならそのほうがいいんだ。だって、そうだろう? 戦争や事故なんて典型的な例じゃないか? そんな失敗しないほうがいい。冬彦、お前はまだ間に合う。行け! おっと、涙は拭いて行けよ」
「ああ、僕は……泣いていたのか。……ありがとう、天典。行くよ」
「ああ、そうだ。冬彦。誕生日、おめでとう! これが俺のプレゼント『冬彦の気持ちに気付かせる』だよ」
「ああ、ありがとう。僕が千秋と付き合ってもまた一緒に遊ぼう」
冬彦は千秋の去っていった方に走っていった。
そして、俺は春美ちゃんに声をかける。
「春美ちゃん、ごめんね。あんな感じでも元彼を他の女の子とくっつけようとして……。よく考えたら春美ちゃんは一度も冬彦のことが好きではないなんて言ってないのにね……」
「ううん、大丈夫。冬彦くんのことは気になってないっていうとウソだけど、異性として好きなのはもう別の人だよ」
「そっか、よかった」
ああ、本当によかった。じゃあ、この気持ちを抱えているのは俺だけか。
でも、そうなると……。
「じゃあ、帰るのかな? 俺は冬彦達が報告に戻ってくる可能性もあるかなと思うから少しここにいるよ」
「天典くんが残るなら――」
春美ちゃんがその言葉と一緒にこっちを見た。
気付かれた!? まあ、それならそれでしょうがないけど……。
「ううん、やっぱり、帰るね。じゃあ、またね。……大丈夫、天典くんにもイイ人がいるよ。元気出してね」
やっぱり気付かれていたか……。
春美ちゃんが見えなくなった途端。
「くっ、うっ、うわあああぁぁぁ」
俺は大泣きした。
大好きだった。誰よりも好きで隣に居たい人だった。
俺の親友を好きになったとわかってからも、親友を想う姿にますます惹かれていった。
でも、その人の隣に居ていいのは俺じゃない。その人が隣に居てほしいのは俺じゃない。
その人があんなに一途に想っているのは俺じゃない。
俺が何も言わずにいたら少なくとも、その人が親友と付き合うのはもう少し遅れただろう。
それでも言わずにはいられなかった。その親友のことも大好きだから……。
その親友ならその人を幸せにできると信じているから……。
いや、一番の幸せはその親友じゃないと与えられないからだな。
俺は自分が千秋のことをまだ好きだとわかっていながら、千秋を冬彦とくっつけた。
まあ、まだわからないが今の冬彦ならうまくやるだろう。
大好きだったよ、千秋、冬彦。これからも好きで居続けると思う。友達として……。
でも、少しの間なら――この恋愛感情が残っている間なら泣いてもいいよな。
それはかけがえのない俺の感情だから……。




