第一章 03
放課後……ではなく昼休み。
昼休みまでの間、僕は春樹が言ったことが本当であると実感した。
皆だけではなく、教師まで僕を秋月神斗だと扱った。
生徒だけなら、皆のイタズラか何かだと思うこともできたかもしれないが、教師までとなると別だ。
昼食を食べ終え、ほとんど人のいない屋上で僕は取り乱し始めた。
誰も見ていないからか、急に緊張の糸が切れ、素直な感情が出たのだ。
「なんで……なんでこんなことに!? どうしよう!? ねえ、どうしよう!? 春樹!」
「落ち着け、人。俺はお前が人だってわかっているし、友人関係はともかく。生活環境はそんなに変わらないだろう?」
「なんでそう言えるんだよ!?」
「えっ、だって、同じ学校なんだし、家も確か、そんなに離れたところにあるわけじゃないんだろう?」
「そりゃ、離れたところにあるわけじゃないけど、朝起きた所が家なら、一人暮らしのアパートだよ。親も一緒に住んでいるわけじゃなさそうだし」
「えっ、そうなのか?」
「そうだよ」
そう言うと春樹はショックを受け、考えこんでしまった。
そこに違和感があったが、よく考えたら向こうはどうなんだろう?
向こうというのは、僕だと思われている方だ。
今日の様子を見る限りでは秋月が僕――夏目人だと思われているらしい。
だが、秋月には戸惑った様子もなく、普通だった。
僕と違って秋月は、自分が夏目人ではなかったことを覚えていなくて、僕の記憶を引き継いでいるのだろうか?
そこで僕は二つのことに気付く。
一つは僕は大分落ち着いてきたこと。
自分の状況を棚にあげて、相手のことを考えるなんて余裕が出てきた証拠だ。
そして、もう一つ。
こっちは気付いたというより疑問。
「あっ、そういえば、なんで、今日の放課後が暇だって言っただけで、僕だってわかったの?」
「……」
「春樹。春樹?」
春樹は考え事をしているみたいで答えない。
目の前で手を振ってみる。
反応無し。
こういう時はあれだ。
え~っと、手を叩く。
「えっ、あっ、ああ、なんだ?」
「あっ、気付いた」
「何、遊んでるんだ? 人? 俺をからかっているのか?」
「いや、何か考え事をしているみたいで返事がないから……」
「ああ、悪かったって、それで、なんだ?」
「だから今日の放課後が暇だって言っただけで、なんでわかったのかって聞いているんだけど?」
「えっ、ああ、秋月は部活をやってるらしいんだよ。サッカー部。それもアウトの要因」
「え? ああ、一発で、僕が秋月じゃないってわかるってこと? でも、それならそれでよくない?」
「いや、ダメだろう? 部活のことを忘れているって思われるだけならともかく、誰が見てもお前が秋月だって認識されているんだから、自分が人だって言ったら、お前が狂ったか、記憶喪失だと思われるだろ?」
「えっ、あっ、そっか? でも、誰か一人くらい僕が人だってわかったりしないかな? ん? 待って? 僕の正体がわかるならわかるで大丈夫だし、信じてもらえないなら誰も信じないんだし――ああ、ただ狂っただけだと思われる可能性があるのか?」
「はあ~、そこまで落ち込んではいないんだな?」
春樹はため息と共に言う。
僕は率直な意見を返す。
「まだ、諦めていないだけだよ」
「そうだな。問題は今からどうするかだな、神斗(、、)」
「えっ? 春樹? お前まで?」
春樹が僕に対する呼び方を変えた。
春樹まで僕を秋月だと思うようになってしまったのかと少し焦る。
春樹が僕を僕だと覚えてくれているから、まだそこまで不安ではなかったのだ。
その希望が途切れたら、僕は本当に狂ってしまうかもしれない。
「いや、これからは――少なくとも元に戻るまではお前を神斗って呼ばないと周りに怪しまれるだろ? まあ、少しずつ動いてみればいいだろ?」
そう、春樹が僕のことを覚えてくれているのは僕にとってのほんの少しのそして確かな救いの芽だった。