第四章 03
俺はその人に事情を話し、裁判教会まで連れてきて、神様に会わせる。
少し警戒したが、まあ、神様だ。
何があっても大丈夫だろう。
だが、その人から出た言葉は意外なモノだった。
「この神様ではない」
「えっ!?」
「俺が探しているのは別の世界の創造主だよ」
「別の世界?」
俺が不思議に思っていると神様が口を開く。
いつもなら声を聞けば、大抵のことはわかるんだが、さすがに、俺の発想にないことはわからない。
「まあ、世界にもいろいろありますからね」
「どういうことです? 神様は神様ではないんですか?」
「私はあくまで、この世界の神様だということです」
「この世界の……」
「ですけど、貴方は何故、私が貴方の探し人ではないとわかったのですか? 貴方には神を見分ける能力があるのですか?」
俺が納得できるまでの時間を有効に使うためか、神様は俺が連れてきた人に問う。
だが、俺も気になった内容なので耳を傾ける。
「俺はその創造主が作った世界の人間じゃないからね」
「ああ、自分の世界の神様じゃなければ、見分けられるってことですか? それがこちらの神様にも有効だと?」
今度は発想が理解できなくもなかったので確認する。
神様も続けて問う。
「ですが、どうやって異世界に来ているのですか?」
「俺は自分を世界から切り離して旅をしている」
「なるほど、少し危険な気もしますが……」
「まあ、さっきの質問の正確な答えは、俺が自分を自分の世界から切り離して旅をしているからこそ、他の世界と同調することで、その世界のさまざまなことを知ることができるからだよ。異世界に行って、その世界の常識を知らなかったらいろいろ苦労するでしょう?」
「なるほど。ですが、貴方は何が目的で、その創造主を探しているのですか?」
「……」
俺が連れてきた人が黙る。
目的を言ってもいいものかを悩んでいるのだろうか?
「少し、俺の考えを聞いてもらってもいいだろうか?」
「ええ、いいですよ。聞きましょう」
「世界がどうやってできたかという話だ」
「世界が? 宇宙ならビックバンという爆発で誕生したんじゃないんですか?」
俺は言い回しが気になったが、宇宙の誕生として聞いたことのある話を口にする。
まあ、違っても、参考意見や話の展開を助けるものにはなるだろう。
「宇宙が……ではない。世界が……だよ。それに、たとえ、宇宙の話だとしても、そのビックバンはどうやって起きたんだ?」
「えっと、急に爆発が発生したんじゃないんですか?」
「つまり、何もないところから何かが発生したということかな?」
「えっ、まあ、そうなんじゃないんですか?」
「確かにそういった意見もある。だが、何もないところから何かが発生したとなると理屈が説明しづらい。だから、俺はもう一つの可能性について、考えているんだ」
「もう一つの可能性?」
これは、まさしく発想の問題だ。
俺にその発想がなければわからない。
まあ、発想があっても、続く理論が俺にわからなければ、意味がないのだろう。
恐らく、パクリとかはその理論があるかどうかで判断できるのだろう。
発想は知識として奪うことは可能かもしれないが、続く理論は考えて導き出さなくてはわからない。
つまり、人の考え方そのものだ。
始まりはパクリだとしても、続く理論の考え方が違えば、最終的には全くの別物になるのだろう。
そして、理論すらも奪おうとしても、詳しく聞かれたら、考えた人自身以外なら、いつかつじつまが合わなくなったり、考えている人にも理屈を繋げられなくなるのだろう。
俺は続く言葉で思考を戻す。
「世界には始めに時間さえも超越した循環があった」
「循環?」
「そうだよ。時間さえも超越しているから順番が関係ない。その循環から世界は派生しているという考え方だよ」
「でも、循環なんでしょう? 始まりと終わりがつながっていたら、この世界の時間の概念に合わなくないですか?」
「歴史の始まりと終わりが循環しているわけではないよ。誕生のみが循環しているという考え方だよ」
「誕生?」
「ああ、世界がお互いの世界を作ったという循環だよ」
「お互いの世界を? えっ、それでもどちらかが先に作るんじゃないですか?」
「いや、その世界の途中の時間から世界を作り、それ以前の歴史は誕生したときに作られたということだよ」
「つまり?」
「時間を超越して、お互いの世界がお互いの世界を同時に作った。いや、そういう決まりが最初からあったという考え方だよ」
「ああ、何もないところから何かが生まれたという考え方とは対極ですね」
「そう、循環という決まりなら最初からあっても、決まり自体の誕生は気付いたというのが正しい表現だろう?」
「はあ、まあ」
なんだか俺にはわからなくなってきた。
だが、俺が連れてきた人はわかっているみたいだ。
神様が口を出さないのもわかっているからかもしれない。
「まあ、お互いの世界という二つの関係じゃなくてもいいんだ。いくつかの世界が世界を作りあって繋がっていても……。大切なのは循環、環になっているということだよ」
「それで、貴方がそう思っているとして、それが貴方の目的にどう繋がるのですか?」
神様が口を開く。
それが合っているかは言及しない。
俺が連れてきた人は少し考えてから言った。
「……その循環をたどれば、いつか世界の真理や永遠にたどり着けるのではないかと思った……かな。つまり、だから誕生に関わった人に会いたいんだ」
永遠!?
それは俺が目指したモノだった。
世界の循環が永遠にたどり着く?
たしかに循環していれば、終わりのない永遠なのだろう?
だが、それでは何も変わらない。
ただ、そこにあるだけの悲しい永遠だ。
世界の真理の方から考えてみよう。
ん?
それが世界の真理なのではないか?
いや、世界の誕生の真理か?
そこから、永遠を?
そして、俺は気付いてしまった。
そして、そこで神様が試すように意見を求めてくる。
「どう思います? 天典さん?」
「悲しいですが、それが理由というのは嘘ですね? 永遠という言葉を聞いて、同士なのかもとか、その理由が本当であってほしいとは思いましたが、おかしいです。その――ここで『根源の環』と呼んでおきますが、その環をたどったところで、その環を巡るだけです。それに俺の異能でわかります。彼が言った理論はともかく、その理由は嘘です」
「ええ、私もそう思います。本音をさらけ出してもらわなければ、こちらも情報を提供できませんよ」
「っ……。何か知っているのか!?」
俺が連れてきた人が食いつく。
神様はすました顔で言う。
「貴方が知っていることを教えてくれませんか?」
「……」
それでも、俺が連れてきた人は何も言わない。
言いづらいことなのだろう。
もし、そこで話して有効な情報が得られなければ、探し人に自分が探していることがバレてしまう危険性もある。
そうしたら、その人が逃げる可能性も否定できない。
そこで少し時間が経ち、先に折れたのは神様の方だった。
「わかりました。これでは埒があきません。まずは、貴方が探している創造主の特徴から教えてはもらえませんか? 探すのでしたら特徴を知らないと探しようがありません」
「ああ、それくらいなら……。その創造主は人の想い等を結晶化したり、結晶に封じ込める能力を持っている」
「結晶?」
俺は何か引っかかるものを覚えた。
神様は俺に向かって口を開く。
「天典さん、覚えていませんか?」
「?」
「貴方に担当してもらった事件の資料はお渡ししたはずですが?」
「っ……、ああ、そういえば、なにかと結晶が関わっていましたね」
「っ……。その話を詳しく!」
自分に有益な情報だと思ったのか、俺の連れてきた人が食いつく。
さっきまで、黙っていたのにゲンキンな人だ。
「まずは貴方の本音を教えてもらえませんか? 大丈夫ですよ。ここまでの展開を私が予想できて導いていたことはわかるでしょう? 決して、悪いようにはしませんよ」
「はあ~~、さすが、この世界の神様だね。この世界にいる限りではかなわないかな」
「お褒めにあずかり光栄です」
えっ!?
なんだ?
やっぱり、本音が別にあったのか?
だが、神様は怒らずに話を促す。
「まずは貴方の呼び名から」
「呼び名? 名前じゃないんですか?」
俺が問う。
神様が補足する。
「呼び名でいいでしょう? いえ、その方がふさわしいでしょう?」
「はあ~~、本当に恐れ入るよ」
「えっ!? え?」
「俺は世界渡りの覇王と名乗っているんだ」
「世界渡りの覇王?」
「ああ、最初は普通の人間だったんだ。その名前も言ったほうがいいかな?」
イマイチよくわからない俺を置いて事態は進む。
それには神様が言う。
「いえ、お構いなく、しかし、世界渡りの覇王ですか? その呼び名は自分で?」
「いや、正確には未来の自分が異世界に行っている間に現れて、そう名乗っていて、自分が世界を旅し始める時に、その人が自分だったことを知ったから、歴史を変えないように俺もそう名乗ったんだ。俺が根源の環の理論を考え始めたのも、それが原因だよ」
「なるほど」
「続き、いいかな?」
「ええ、話の腰を折ってすみません」
「いや、いい。それで、俺はかつて、人の想いを殺すことのできる存在に関わっていたんだ」
「ほう、探し人に似ていますね?」
「ああ、そうだね」
「そんな存在、本当にいたんですか?」
その質問をしたのは俺だ。
「いたんだから仕方ない。まあ、その存在は異世界から来たんだけどね」
「異世界、多いですね? 一体、いくつの世界があるんだか……」
「まあ、あるとわかってしまえば、いくつあっても同じですよ」
今度の質問には神様が答える。
それは気にせず、世界渡りの覇王は話を続ける。
「その存在が本来いた世界が俺の探す創造主の作った世界だよ」
「なぜ、それがわかったのですか?」
「その世界に行ったからだよ」
「そこはどんな世界でした?」
「人や獣、天使など様々な形をした存在がいた。その存在は形はそうでも中身は『殺し屋』、想いを殺すことのできる存在だったよ」
「ほう、なるほど。興味深い」
「そんな世界なのになぜ、いろんなモノの形が似ているんですか?」
俺がどうでもいい質問をする。
だが、それは話を展開させるにはいい質問だったらしい。
「実際に昔は人間がいたらしい。そして、人間という自ら想いを生み出す存在のいる世界で想いを殺そうとした。それが、その存在が俺達の世界に来ようとしていた最初の理由だったよ」
「うわ、危なっ」
俺の意見に世界渡りの覇王は補足する。
「最初のと言っただろう? そこにいた僅かな人間が奮闘し、それを純粋な目的へと浄化させたんだよ」
「どういう意味?」
今度の俺の質問には神様が答える。
「目的の悪い部分を排除して、本当に必要な部分だけにし、どちらの世界にも悪い影響が出ないようにしたんですね?」
「ああ」
「その世界に行かないという選択肢はなかったんですか?」
俺のその質問から核心へと近づく。
「その存在の世界は俺達の世界に来る必要があったんだよ」
「その理由は?」
「その世界は問題を抱えていた。人が少ない中、想いを殺しすぎたせいで、想いが枯渇し、無気力な世界になるところだったんだよ」
「無気力な……」
「それでその世界はどうなったんですか? 貴方達の世界に行って……」
「代表として俺達の世界に来たのは俺達の世界から移り住んでいた人間ともう一人だったんだが、その二人は恋をして、世界を渡って、人間の世界に戻り、平和に暮らそうとしていただけだったんだよ」
「ここでラブストーリーの展開ですか!?」
俺の言葉を無視して話が進む。
「まあ、それも理解できないことではなかったから、散々世界を振り回した後、その二人は平和な世界に暮らせることになったんだが、問題は解決しなかった」
「なるほど。ですが、その殺し屋という存在も、そのことに対して対策を考えてなかったわけではないでしょう?」
「ああ、いくつかの殺し屋の意識だけに世界を渡らせて、人間の想いを理解させようとしているんだが、俺達の世界に来ていない殺し屋と連絡が取れないし、今となっては時間が掛かりすぎる。だから、俺がその代わりをしようとして」
「そして創造主に頼ろうとしたと……」
「ああ」
「ですが、貴方もお人好しですね? 関係ない人間が連れてきた存在まで救おうとするなんて……」
「その辺は少し複雑で……な」
「しかも、事情をそれだけ知っているとなると、その二人が平和な世界で住めるようになるのも手伝ったのでは?」
「ハハハ」
世界渡りの覇王は乾いた笑いを浮かべる。
「えっ!? 本当なんですか!?」
「それより、約束の話を、天典さん」
「えっ!? なんでしたっけ?」
「おい!?」
「結晶が貴方の担当した事件に関わっていたという話ですよ」
「ああ、夏目くん――世界渡りの覇王が同調したという少年と法内さんが記憶と恋を取り戻した時が、結晶をタイムカプセルから取り出した時だったとか、あとはその結晶の色が変わったんですよ。その時に……」
「っ……、なるほど。俺が同調した少年から俺の探し人の気配がしたのも考えると、近くにいる可能性は高いね」
「まだ、あるでしょう?」
「えっ!?」
「ほら、天堂くんが――」
「え、ああ、天堂くんが罰による記憶の書き換えに抗って、記憶を取り戻した時に結晶が砕けたことですか? でも、あれは夏目くんの努力と裁園寺さんの想いの強さのおかげでしょう?」
「っ……、いや、罰といえば異能のようなもので……だろう? 二件も同じようなことがあるのもあるし、かなり可能生は高いと思う」
「では今回の件に関わった人達を呼びましょう」
「ではまた後日だね」
「ええ」
「待ってくれませんか?」
俺は去ろうとする世界渡りの覇王を呼び止める。
思わず呼び止めてしまった理由は明確にわかる。
俺の目指したモノ。
永遠の話だ。
俺は興味を持ってもられるように言い方を工夫して、世界渡りの覇王に問う。
「光あふれる永遠はあると思いますか?」
「っ……」
「どうかしましたか?」
「懐かしい……な」
その声を聞いてわかった。
この人は心から懐かしいと思っている。
俺はそれに惑わされたが、その言葉のどこかにある俺の目的との違和感を無視して問う。
「っ……、永遠を手に入れたことが!?」
「そんなわけがないだろう? 手にしていたら、ここにはいられない」
「なら、なぜ懐かしいと言ったのでしょうか?」
「『光あふれる永遠の顕現』。それが、俺が間違えた時、俺の恋人が俺の考えを正してくれるのに使った異能の技だ」
「そんな異能の技が!?」
「落ち着け、違う世界だから、この世界の異能の技みたいなものじゃない。実際は時間を凍らせるような感じで彼女が説得する時間を作っただけだ。だから、あれは永遠ではないと思う」
「でも近づくための方法の一つの可能性はあるんじゃないですか?」
「きっと違うと思うぞ」
「それでも!」
「なんだ? 永遠を手に入れたいのか?」
「……ええ、正直、俺が形だけでも敬語にしているのは、それが理由の一つです」
「だが、残念だったな。俺は動けてはいた。動ければ歳をとってしまうだろうから永遠ではないな。むしろ、自分を周りの時間と切り離して何かを停止させただけの危険なモノだぞ」
そう言って、世界渡りの覇王は俺を見定める。
俺は何かを試されている気がして、待つ。
試されて合格すれば、永遠へのヒントを得られると信じて……。
「その様子だと永遠の命とか、そういったモノが目的ではないな?」
「ええ、そんなの。思いつきもしませんでした」
「俺の意見で良ければ聞かせるが、期待はしない方がいいと思うぞ」
「はい! 是非、聞かせてください」
俺は嬉しくなり、即答する。
だが、世界渡りの覇王の答えは永遠とは違った。
「あれは彼女が使っていたから優しかった。危険なモノのはずが優しかったんだ」
「優しい?」
「目的を履き違えないことだな」
「目的?」
さっきから疑問ばかりの俺に呆れたのか、世界渡りの覇王は、俺の両肩に手を置く。
そして、真剣な声で言う。
「そうだ。目的だ。お前は人の声からいろいろなものを理解するような異能を持っているんだろう?」
「えっ!?」
そういえば、俺、さっきから異能を活かせていない。
かろうじて、世界渡りの覇王は、それを世界との同調で手に入れたのだとわかる程度だ。
「そうだ、気付いただろう? お前は永遠という言葉にこだわり過ぎだ」
「……」
俺は世界渡りの覇王の言葉をしっかり受け止めようとする。
だが、はやる気持ちは永遠について考え続けるのをやめない。
そんな俺の危うさを自覚しながらその先を聞く。
「永遠を目指すと言っても、本当に求めているのは常に感じていたい別の想いのためだろう?」
俺がかろうじて、思い出したのは、『あんな楽しい時間がずっと続いて欲しかった』そんな想いだった。
「そちらを手に入れることを一番にして目指した方がいいと思うぞ。優先順位を間違えるなよ」
その言葉は、少なくともこの時は届いていた。




