第三章 02
春樹が泣き止むまでかなりの時間がかかった。
春樹が泣いている間は、男が泣いているところを見られたくないだろうと察してくれたのか夏上さんが美冬と夏葉を家の中に戻してくれた。
それには少し助けられた。
実は僕も少しもらい泣きしてしまったのだ。
うん、もらい泣きだよ。
他意はない。……多分。
落ち着いた春樹に、僕は補足として言う。
「春樹、君は罪を犯し、偽物になった。少なくとも、間違いを犯さない――何一つ憂い無き本物にはなれない」
「ああ、それはわかっている。それは俺にとって重い罰として、ある意味、罰を受けたがっていた俺にとって救いとなる」
まだ、そんなことを考えていたのか?
まあ、それでも責任を感じてくれていると思えば、悪くないか。
「はあ、まあ、とにかく、だからこそ、これからが大事だよ」
「っ……」
「間違いを犯さない――何一つ憂い無き本物にはなれなくとも、間違いの中にある想い――理由があることを知った本物にはなれる」
「ハハハ」
夏上さんが笑う。
僕は少しイラッときて問う。
「何がおかしいんですか?」
「そうですよ。さんざん引っ掻き回した張本人が」
「だいたい、裁判教会が事前に防げば、こんな辛い想いをすることも、その憂い無き本物になれなくなることもなかったんじゃないですか?」
美冬と夏葉が援護する。
だが、夏葉の言葉は少し強引だ。
それを指摘しようとしたら、春樹が指摘する。
「夏葉、それは言い過ぎだ。どっちにしろ、俺がそれをしようとしたことは変わらなかっただろう」
「ああ、そうだ。わかっているじゃないか? 俺はたしかに俺達の責任も少しはあると思っているが、それもよかれと思って、天堂くんがした行動だ。それにそれを否定することは、今の一度、オリジンイーターが発動した歴史――天堂くんと裁園寺さんが付き合うことになった歴史を否定することだぞ?」
「うっ」
「それとも、そんな未来にするか?」
「何を言っているんですか?」
「ハハ、要するにこのままでは罪をなくすことは出来ない。けれど、この状況になることで君達に残った感情は――許されることで手にした未来は、かけがえのないモノのはずだということだよ。他に何かあるかい?」
「このままでは?」
夏葉が気付いて問う。
夏上さんはニヤリと笑みを浮かべて答える。
「そこに気付いて、問うか?」
「それは愚問だよ。夏葉。どんな方法があっても、一度、そういう出来事があったことは世界に刻まれる。たとえ、時間が戻っても、戻る前の時間で、それが一度起こった事実は誰が忘れたとしても、たしかにある」
夏上さんが乗り気になってしまったらしいので、僕は慌てて軌道修正を試みる。
だが、夏上さんはなおも誘惑する。
「忘れられるだけでも救いだと思わないか?」
「その事実を忘れずに挽回するという難しい――くっ、そう、難しい選択を諦めるべきではない。少なくとも僕は諦めない」
「ここにいる全員がお前ほど強いと思うか? いや、すでにそうではないと疑ってはいるか? 少なくともという言葉をつけたのは、その恐れを抱いた証拠だ。他に何かあるかい?」
「私はすがりたい。その春樹が救われる可能性に!」
夏葉は完全に惑わされている。
夏葉はそういう部分は自信がないところがあるから……。
「待って! この人の性格と立場を考えれば、それどころか――」
「ダメ! ジン!」
僕の言葉を遮った美冬は気付いた。
僕が気付かなかった可能性に……。
「俺への罰か!? うけ――」
「ダメだ。春樹! 僕の罰を――許されることを受け入れてくれ!」
春樹に受けようとは言わせない。
だが、夏上さんは僕に賛同してくれた。
「そうだ。俺の用意した罰を受けるというのは、お前がやったことへの責任を放棄することだぞ? それを選ぶのか?」
「それなら受けない。せめて、その記憶だけは残してくれ」
春樹は踏みとどまった。
条件付きではあるが、たしかに踏みとどまった。
「ほう? そうか? だが、どうする? 夏目くんをこのままにしておくのか? 夏目くん、少なくとも君を元に戻すことは必要だろう?」
夏上さんは方向を変えて僕に聞く。
「そんなの、普通に……っ」
「そうだよ。君が秋月くんだった時間の行動はどうする? おそらく、天堂くんの力ではコントロールしきれないよ。神様に仕える裁判教会の力が必要だと思わないか?」
「ジンくん、やり直そう?」
「夏葉?」
夏葉の言葉に僕だけが疑問を感じる。
そこに美冬が聞いてくる。
「ジン、一つだけ確認させて。貴方は、貴方が秋月くんと入れ替わっていなかったら、私と付き合っていなかった? 他ならぬ貴方の意見を聞かせて」
「いや、そんなことはないと思うよ。どっちにしろ、あのタイムカプセルを開ければ、僕は君への想いを思い出した。いや、そんなことをしなくても、僕は君に想いを伝えたと思う。僕が君を好きなのは確かだったんだから」
「なら、少なくとも私達はやり直しても、結果は変わらないよね?」
「えっ!?」
僕は疑問の答えを知る。
「つまりさ、ジンくん、私達の絆は一度、なかったことにされたくらいで壊れたりしないってことだよ」
夏葉の言葉と同時に、夏上さんの手元が光を発する。
「でも! でもさ!」
「待て! それでも、俺が用意した罰はやり直すモノとは少し違うぞ! 落ち着け! このままでは!」
夏上さんは、実は罰を受けさせないつもりだったのか、焦り出す。
だが――
「私は裁判教会が用意した罰を受けたいよ。私も春樹に励まされ、救われた。私も春樹を救いたい。間違った選択かもしれない。でも、私はこうなの!」
「バカ! そんなに純粋に願うな! 罰なんだから、お前と春樹くんの仲をこのままにしておくわけがないだろう! くっ、暴走しそうだ! 今すぐ、今の言葉を否定しろ! このままでは――」
「大丈夫、何があっても、私は春樹を見捨てない! たとえ、もう一度ということになるとしても必ず好きになる!」
罰の世界は発動する。




